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俺は悪魔だ

作者: 工場長

この小説は「聖なる写真」さんの企画された「写された聖域第一弾・鬼にも照明を」企画参加作品です。「鬼にも照明を」(「」はいりません)入力することで、他の作者さんの参加作品も見ることができます。

 彼は悪魔だ。

 といっても特別人を苦しめる能力を持っているわけではない。外見も一般の高校生と変わらない。髪はスポーツ刈りだし、目は一重まぶた。鼻と口はこれといった特徴は無い。肩甲骨の辺りが少々盛り上がっているが、悪魔の翼の痕だろう。

 彼が産まれた国が幽霊や妖精の存在を信じるイギリスや熱心なイスラム教徒の国だったら彼も悪魔の能力を遺憾なく発揮できたであろう。

 しかしここは日本である。平安の源氏絵巻の世だったら先述の国のように悪魔の能力が使えたであろうが、幽霊やもののけの存在を信じず、とくに一つの宗教に固執しない現代になってはその能力も弱まると言うものだ。

 彼ができる悪魔的な行動と言ったら一般の悪い高校生と変わりない。授業をサボり、タバコを吸い、弱そうな高校生を見たら金を巻き上げる。こういうことしかできない。

 しかし、産まれは悪魔そのものであり、原宿にある公園の木の股から「おぎゃあ」と生まれたところをたまたま通りかかった夫婦に拾われて十六年が経っている。

 彼は拾ってくれた養父母に申し訳ないと思いながらも悪魔的な行動を繰り返している。

 そんなある日、悪魔はいつものように学校をサボり、駅前公園のベンチに座ってタバコを吸っていると、目の前に腰まで髪を伸ばした一人の女子高生が現れた。目は二重でパッチリと開かれており、丸い鼻にしっかりと結ばれた口。身長は一般の女子高生の平均ぐらいだろうか。彼女は彼の目の前に立つなり。

「私は天使だ」

 と、言った。しかし外見に天使的な特徴は見られない。どこの学校の制服かは分からないが、普通の女子高生だ。

「おまえは天使か」

 悪魔はタバコを咥えながら反問した。

「そうだ、私は天使だ」

 誇らしげに答える天使。悪魔は身を前に乗り出した。

「天使のお前が俺に何のようだ。天使だから、悪魔を倒しに来たのか?」

 悪魔がそうたずねると、天使はふっ、と笑みを浮かべて。

「そうしたいのはやまやまだがあいにく私にはそんな力は無い。おまえもそうなのだろう?」

「そうだな、俺もお前を倒すといった大それたことはできやしないわ。日々を普通の人間として暮らしている。誰も俺を悪魔だとは思わない」

 悪魔の咥えたタバコから灰が足元へと落ちた。

「私も同じだ」

「そうか、お前もか」

「私たちは似たもの同士かもしれないな」

「そうだな」

 二人は互いに笑いあった。直後、天使はまじめな顔になった。

「しかし私は天使だ。天使としての職務を全うしなければならない」

 それを聞いた悪魔は身構えた。

「ほう、俺をどうする気だ」

「私にできることはこれぐらいだ」

 天使は右手を伸ばすと、悪魔の口からタバコを取った。そしてベンチの隣の灰皿へ投げ入れた。

「高校生がタバコを吸ってはいかん」

 両手をはたく天使を見て悪魔は声を上げて笑った。

「ははははっ、天使ができることってタバコを注意することだけか。落ちぶれたものだな」

 悪魔の笑い声を聞いて天使は顔を赤くした。

「な、何を笑うか。お前だって悪魔の力を持っていないくせに。私ができることはこれだけじゃないぞ。今後ずっとお前の行いを正していくからな」

 そう言うと天使は走り去っていった。悪魔は天使の後姿を眺めながら二本目のタバコに火をつけた。

「ちくしょう、天使じゃなければナンパしようと思ったのに」


 翌日、何かの予感がしたのだろうか珍しく朝学校に来た悪魔は大いに驚くことになる。

「えー、転入生を一人紹介する。君、入りなさい」

 担任の先生に促されて入ってきたのは昨日会った天使だった。

「みなさん初めまして。天田空あまだ くうです。両親の仕事の都合でこの町に引っ越してきました。特技は空手です。みなさん、よろしくお願いします」

 昨日の尊大な態度とは違い普通の女子高生の挨拶。

「席はー、井上いのうえの隣が空いているからそこをつかいなさい」

 井上とは悪魔の人間名である。天使と悪魔の席は隣同士となったのだ。

「井上君、よろしくね」

 天使は丁寧に頭を下げると、席に座った。

「あ、ああ……よろしくな」

 昨日のこともあり呆然とする悪魔。そんな悪魔に天使は一枚の紙切れを渡した。そこにはこう書いてあった。

 ――お前の行いを正すと言ったであろう――


 それからというもの、天使は悪魔の後ろをずっと付いて歩くようになった。

「どうして俺の後を付いて来るんだよ」

「お前が悪い行いをしないか監視するためだ」

 悪魔は一人の生徒を発見した。毎週のようにカツアゲをしている一年生だ。彼は悪魔を見て直立不動の姿勢をした。悪魔は彼に話しかけたかったが、後ろに天使がいる。無視して通り過ぎると、彼は小刻みに震えながら動き出した。

「今の生徒、なんだか様子がおかしかったがー」

 天使が後ろを見ながら訝しげに尋ねる。

「さあな、体調でも悪いんじゃないのか」

 悪魔は適当に答えたが、天使はそれに納得がいかなかったようだ。

「やっぱりおかしい。悪魔、私について来い」

「お、おい! 何するんだ、やめろ!」

 悪魔は抵抗したが空手で鍛えている天使の力にはかなわず、先ほどの一年生のところまで引きずられた。

「おい、そこの君」

「は……、はい。僕ですか?」

 いきなり呼び止められたので、彼は怯えながら答える。

「君はこいつを見たとたん様子がおかしくなったように見えたのだが……、何か関係あるのか?」

 天使はそう言いながら右手で首根っこを押さえた悪魔を指差す。

「な、なにも関係ないよな! おい!」

 悪魔は彼を睨みつける。

「正直に話してくれれば悪いようにはしない。さあ、お姉さんに話してみろ」

 天使は爽やかな笑顔を見せた。天使がこの世で使える数少ない能力の一つである「天使スマイル」に魅了された彼は正直に悪魔との関係を答えた。

「分かった。正直に話してくれてありがとう。今後一切こいつにはそんな『カツアゲ』というものをさせないから安心しろ。もし、またこいつに何かされたら私が飛んでくるから助けを呼んでくれ」

「は、はい……、分かりました。ありがとうございます」

 彼は何度も頭を下げると廊下を走り去っていった。

「年下のものを暴力で脅すとは……、呆れたやつだな」

「うるせえ、おかげで毎月の小遣いが少なくなっただろうが」

 このようにして天使は悪魔の行いを監視しては正していった。学校をサボろうにもどうやって調べたのか、

「井上君、迎えに来たよー」

 と、天使が悪魔の家までやってきては学校まで引っ張っていく。そんな二人だったから、クラスだけではなく、学校中で「付き合っているのではないか?」という噂が立った。

 当初、天使はそれを聞いて

「人間とはなぜ簡単な方向に答えを持っていこうとするのだ?」

 と、気にしなかったが、時が経つにつれて

「ち、違う! 私はこいつがよい生徒になるよう更生させているだけだ!」

 と、ムキになって否定するようになった。


「お前が素行を改めないから妙な噂が立ってしまったではないか」

 ある日の放課後、天使は悪魔に抗議した。顔が赤くなっているのは夕焼けのせいではない。

「何今さらそんなこと気にしているんだ? お前が俺についてこなければいい。それだけの話だろ?」

「ば、馬鹿野郎。そ、それでは天使としての役割がだな……」

 天使の顔がさらに赤くなる。

「と、とにかくお前にはよい生徒になってもらわないと私が困るのだ!」

「俺がいい生徒になったらお前は俺から離れて噂も消える。それで目出度しってやつか」

 悪魔がそう答えると、天使は右手で頭を抑えて

「そ、そうだなそうすれば私もお前に付きまとう必要はなくなるが……、そうなるとだな……、私は……」

 と、小声で呟きだした。

「何悩んでいるんだよ」

 悪魔は天使の右手をそっと掴んだ。天使の鼓動が早くなっている。

「ば、馬鹿野郎! 離せ!」

 天使の左ストレートが見事に悪魔の顎をとらえた。

「うごっ!」

 悪魔は仰向けに倒れる。

「いたいけな乙女の手を触るなんて、なんて奴だ」

 天使は左手で悪魔が触れた右手をかばう。顔はさらに赤くなっている。

「ははーん、なるほどー」

 悪魔は殴られた顎を押さえながら立ち上がった。

「お前、俺に惚れたな?」

 天使の顔が熟れた苺のように赤くなり、そこから湯気が蒸気機関車のように噴出した。

「な、何を馬鹿なことを言っている。天使と悪魔が愛し合うなんて許されたこ……」

 天使は否定するが、悪魔は天使の動揺を逃さない。

「そもそも天使が悪魔を倒さずに付きまとうこと自体どうなんだ? それもお前の世界では許されない行為と教えてもらわなかったのか?」

「う……、それはそうだが、この国では私の力は……」

 天使と悪魔の距離が狭まっていく。

「そう、力が無い。俺の力も無い。つまりそこらの人間と変わりないわけだ。そんな二人が愛し合っても構わない。そうだろ?」

「し、しかし私は……、天使としての……っ!」

 悪魔の右手が天使の顎を掴んだ。天使の鼓動が速く脈打つのが聞こえる。

「自分に正直になれよ。天使とか悪魔とか関係ないだろ。この国はいろいろな神や悪魔に寛容なんだ。正直になれ」

 悪魔が天使の耳に囁く。天使の体が激しく震えた。

「う……、人の心の隙に付け込むなんてお前は悪魔だ……」

「そうさ」

 悪魔が唇を天使の唇に押し付けた。

「んっ……!」

 天使は一瞬体を硬くしたが、徐々に力が抜けていく。


(そうさ)


「ん……」


(俺は悪魔だ)

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― 新着の感想 ―
[一言] 物語の設定が個人的に好きだったのでコメントさせて頂きました。面白かったです。
[一言] 短くてもツボを押さえていていい感じでした。
[一言] 初めまして、同企画に参加した卯月夜と申します。 小説読みました。 キャラも話も好みでした(笑) 二人の会話や、やりとりを楽しみながら読ませて貰いました。 これからも小説頑張って下さい。…
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