あの……私、違うんだけど?
こんにちは、葵枝燕です!
短編『あの……私、違うんだけど?』を、お送りします。ジャンルは、[文芸(コメディー)]にしたのですが、笑えるのかは……わかりません。笑っていただければ嬉しいです。
それでは、どうぞご覧ください!
「はじめまして、ノウスケ様。お会いできて嬉しいです!」
目の前で喋るそれを見て、私はただただ混乱していた。
眼前にいるのは、深海のような濃い青の髪に、夕陽みたいなオレンジ色の瞳を持った、文句のつけようもない美少女である。
「あのさ」
「はい、何でしょう?」
とりあえず、早急に訂正しなければならないことが一つある。それを教えてあげなければ――そう思って、口を開いた。
「人違い、なんだよね」
「人違い? 何がでしょうか?」
思わず口をついて出そうになる溜め息を、喉奥へと追いやる。そうして、言葉を続けた。
「私、ノウスケじゃないんだよ」
発端は、午前十時。私は、ノウスケの部屋で暇を持て余していた。
「暇すぎて、死にそう……」
ノウスケが、「旅行に行ってきます! 留守番頼んだ!」という連絡を寄越してきたのは、三日前のことだ。留守番が必要なほど、ノウスケの家に金目のモノがあるとは思えなかったのだが、ノウスケに言わせれば「この家は宝の山」らしい。私には、ガラクタの寄せ集めにしか思えないんだけど。
部屋の中は、文庫本やら漫画やらで溢れている。そのどれもが、美少女が魔法で戦うとか、さえない男が美少女達に囲まれるとか、そういったものだ。本棚や机に置かれたフィギュアにしても、ピンクや水色の髪と服装の美少女ばかりである。そんなノウスケの趣味は、正直いって私には理解できなかったし、理解する気もない。試しに一冊、漫画を手に取り開いてみたが、一話読むのさえ苦痛で、一冊読みきることは諦めた。
そんなわけで、暇を持て余した私は、寝転がって天井を見るしかやることがなかった。ここ数日寒さが戻ってきて、外出するのもいやだったのだ。
そんな私の元に、その荷物は届けられる。チャイムの音がして、仕方なく玄関まで行きドアを開けた。
「沼崎ノウスケ様宛のお荷物です」
見るからに好青年といった風貌の配達員は、笑顔でそう言った。その両手には、一メートルくらいの長さの段ボール箱があった。
「あー……すみません。本人、今いないんですよ」
そう言いながら、内心では「早く帰ってくれ」と思いながら発した言葉だった。人見知りというわけではないけれど、何だかこの配達員は信用できない感じがしたのだ。
「とりあえず、ここにサインをお願いします」
好青年配達員は、笑顔を崩すことなく言う。
ていうか、“とりあえず”って何だよ。そんな適当な受け渡し、していいのかね。その前に、他人の話をちゃんと聞けよ。――そんな思いは、もちろん口に出すわけにはいかなかった。
「あの、とりあえずこういうのは、本人がいた方がよくないですか? あと三日くらいしたら、帰ってくると思うんで。それに、荷物来るなんて聞いてないんですよ」
「いや、……まあ、何でもいいんで受け取ってもらっていいすか」
ただの好青年かと思っていた配達員は、途中で言葉に苛立ちを混ぜた。それほど早くこの仕事を済ませたいらしい。それがわかってしまうと、もうその荷物を受け取るしか手はなかった。こちらだって、玄関先で口論したいわけではないのである。
荷物を受け取って、一時間後の午前十一時。箱を前にして、私は混乱していた。
宛名は、確かにこの部屋の住所で、この部屋の住人であるノウスケの名前だ。それなのに、肝心の中身について、伝票には何も書かれていなかった。
ノウスケに電話すれば、わかるのだろうか――そう思い、私はケータイの電話帳からノウスケの名前を探し出した。何コール目かの後、ガチャリと音が鳴る。
『もしもーし。こちらノウスケでーす。ご用件は何ですかー?』
間延びした声が、こぼれてくる。少しだけイラッとしたけれど、それを隠して声を発する。
「もしもし、バカ兄貴。私、ソウですけど」
『おーソウか。あ、今の駄洒落じゃないからな。“そうか”と“ソウか”……なんてな。ブククク』
ああ、本当にバカ。だから、ノウスケと喋るのはいやなんだよ。
「ノウスケ、何か荷物頼んだ?」
話を引き延ばせば、相手のペースに乗せられる。それがわかっていたから、私はさっさと本題に移ることにしたのだった。
『荷物?』
そう呟いた後、私達の間に沈黙が流れた。
『どんな荷物だ?』
「……は?」
その後続くノウスケの台詞は省略するが、とにもかくにも一つだけ確かなことがわかった。通販やらで色々購入しているため、ノウスケ自身も自分が何を注文しているのか把握できていないようだ――ということである。
「あんた、一体誰の金だと思って……」
呆れと怒りから、言葉を発する。しかし、電話口で何か言葉が交わされている気配がして、私の言葉は遮られた。
『あ、悪い。もうすぐバンジーの順番回ってくるから切るぜ。じゃ、あと三日、留守番しくよろっ!』
ツーツーツー。音が空しく脳に届いた。私はケータイを握りしめて、心の中で「ノウスケのバカヤロウ!」と叫んだ。
そして、電話を切って振り向いて――我が目を疑う光景に出くわすのである。
そして現在、午後十二時に差し掛かった頃。私は、例の美少女の説得をしていた。
「でも、ここは沼崎ノウスケ様のお部屋ですよね?」
「うん、そうなんだけど」
「それなら、アナタがノウスケ様なのでしょう?」
「それは違う」
この手の会話を、既に十回に手が届きそうなくらいやっている。それでも、目の前の美少女は納得してくれないのだから、困ったものだ。しかし、本当に知らないようなので邪険にもできない。それがよけいに、私を困らせるのだ。
「じゃあ、アナタはどなたなのです?」
「だから、私はノウスケの妹で、沼崎ソウ。ノウスケに留守番頼まれて、ここにいるわけ」
こうして、私とノウスケの関係性と、私の名前を言っても、美少女は納得してくれない。
「でも、似過ぎです」
「それは、どうも。全く嬉しくないけどね」
私とノウスケは、他人からみれば双子の兄弟みたいに見えるらしい。身長も、顔の作りも、声も、似たり寄ったりなのだ。違うのは、性別と性格と趣味くらいのものだろうか。そのうえ、私はベリーショートなので、まず女性に見られない。よく言えばスラリとした、悪く言えば凹凸のない体型も、それに拍車をかけているのだろう。
「とにかくね、私はノウスケじゃないわけ。顔は似ているだろうけど、それも兄妹なら仕方ないって……思ってくれないかな?」
「むー……」
美少女は、いかにも不本意と言いたげに唇を尖らせた。それでも頷いて、
「わかりました。アナタがノウスケ様ではないこと、理解します」
と、言ってくれた。納得したわけではないようだが、とりあえず私がノウスケではないことだけは認めてくれるらしい。
「それで、こっちからも質問いいかな?」
私が訊ねると、美少女は驚いたように私を見つめた。
「構いませんよ。ワタシで答えられることなら」
そう言いながら、美少女は姿勢を正す。そんなに堅くならなくてもいいのになぁ、と思いながら、言っても聞かないだろうと思ったので、私は口を開いた。
「あなたは一体、何なのかな?」
「ワタシ、ですか?」
美少女は、考え込むように首を傾げた。やがて顔を上げると、
「どこから話せばいいでしょうか……。とりあえずお話ししますので、気になったところがあれば遠慮なく仰ってくださいね」
と言って、話し始めた。
途中で質問をはさんだりしながら、私は美少女の話からとりあえず次のことを理解した。
この美少女が、精巧に作られた人型の機械――いわば、アンドロイドであること。
“持ち主となる人間と恋愛をする”という目的の下、そのデータ――名前や顔などの情報は、あらかじめインプットされているということ。
持ち主の好みに合わせて見た目とか性格とかを、自在に変えられるということ。
ちなみに、人工知能が入っているだとかで、会話は経験を積めば段々上手くなるとのこと。
そうやって、色々なことを説明されれば、美少女がノウスケを知っていたことも、顔の似ている私をノウスケだと思ったことも、納得がいく。さらにいえば、この美少女がノウスケの趣味全開の存在であることも、理解せざるをえなかった。
そして、美少女曰く“最も重要なこと”が、
「ワタシに名前を付けてください!」
……これである。
「いや、あのね」
「お願いします! 名前を付けていただけないと、契約が成立しないんです!」
正直、私にそれを言われても困る。
美少女の目的があくまで“持ち主となる人間と恋愛をする”ということであれば、その“持ち主”とは他ならぬ沼崎ノウスケであり、私は全くもって関係ない。それ以前に、私は妹――つまり女で、美少女と恋愛する趣味なんて持ち合わせていない。それを抜きにしたとしても、だ。
「そういうのって、持ち主本人がするべきじゃないの? 他人がやっちゃって問題とかないわけ?」
もしも私が、美少女に名前を付けたとしよう。それで、私と恋愛する、なんてことになったらどうすればいいのだ。ノウスケには恨まれるだろうし、私だって複雑な気持ちになるに違いない。
「それは――わかりません。前例がないので」
「じゃあ、無理。ノウスケに文句言われたくないし、責任取れない」
美少女は、泣きそうな顔で私を見てくる。そんな顔をされても、駄目なものは駄目だし、無理なものは無理なのだ。
「そこを何とか……お願いできませんか?」
「……っ。そんな声出すなんて、反則なんですけど」
泣きそうな顔と、泣きそうな声。そのダブルパンチは、さすがに辛かった。
ああ、もう。本当に、ノウスケのアホは――……。厄介なモノ、持ち込みやがって。私に、このコをどうしろっていうんだよ。
ほんと、私ってば、非情になれないんだからいやになる。そう感じて、溜め息をこぼした。
「……仕方ないな」
「え?」
美少女が、驚きに目を見開いて私を見る。そんな美少女に、私は告げた。
「名前、付けてあげる」
三日後。ノウスケが帰ってきた。リビングへと入ってきたノウスケは、
「え……何、やってん……の?」
そう呟いて、持っていた旅行バッグを床に落とした。
そんなノウスケを見て、私は冷静に、
「おかえり、バカ兄貴。旅行は楽しかった?」
と言い、
「おかえりなさいませ、ノウスケ様!」
と、美少女が言った。ノウスケは、そんな私達を見て固まったままだ。
「え、この状況何なの……?」
「は? あんたが頼んだんでしょ、このコ」
「そうですよ、ノウスケ様。お忘れですか?」
これだから、バカは困るよ――そう言いかけた言葉を飲み込んだ。私の言葉を美少女が憶えるならば、ろくなことにならない。さすがに、ノウスケがかわいそうだ。ちょっと、いや、かなり不本意だけどね。
「いや、それは憶えてっけど」
「じゃあ、何にそんなに動揺してるわけ?」
「今のソウ達の状況そのものにだよ!」
私は、美少女とオセロをしていた。今はまだ私の方が強いけど、すぐに追い越されてしまうだろう。そのぐらい、美少女は物覚えがよかった。
「オセロしてるだけじゃん。何か変?」
「何でそんなに仲いいわけ?」
「三日あれば、仲良くもなるんじゃね? ねえ、海夕」
「はい!」
そんな私達のやりとりに、またもノウスケが混乱する。
「ちょっと待って。ミユウって何? 何のこと?」
「このコの名前。深海の“海”に、夕陽の“夕”で、海夕ね」
我ながら、よくできた名前だと思う。もちろん、美少女の見た目――深海のような濃い青の髪に、夕陽みたいなオレンジ色の瞳から、それぞれ一字ずつ取った名前である。
まあ、ノウスケにとって、名付け理由なんてどうでもよかったみたいだが。
「名前付けちゃったの!? ソウが!?」
そう叫ぶノウスケに、私は心底うんざりした表情を向ける。私以外に誰がこのコに名前を付けるんだよ。
「付けてほしいって言われちゃったからねぇ。ごめんね?」
「こんなときだけ女っぽくなるな!」
「失礼だな。これでも女なんですけど」
「女に告白される女は、最早女なのかも疑うわ!」
「もてないからって、僻まないでくれる? 見苦しいんですけど」
そんな私達のやりとりを見て、美少女もとい海夕が笑う。
「ふふふ。仲良しなんですねぇ、お二人とも」
「今後、その発言はすべきじゃないよ、海夕」
ノウスケと仲良しとか、勘弁したい。こんなバカと、脳のつくりとかまで一緒みたいじゃないの。兄妹であることもいやになるときがあるのに、仲がいいなんてもっといやだ。まあ、仲が悪いのもどうなのかって思うけど。
「あ。すみません。気を付けますね、ソウ様」
律儀に謝る海夕に、
「いいってことよ」
と返す。それを聞いたノウスケがさらに混乱する。
「ソウ様って何!? 持ち主は、俺だよね!?」
ノウスケはとりあえず置き去りにすることに決め、私は盤に向き直った。
「さーて、と。海夕、続きやろっか」
「はい、ソウ様!」
その背後でずっと、ノウスケが何かを叫んでいた。おおかた、「俺が名前を付けたかった」とか「ソウ様って何なんだ」とか、そういったことを叫んでいたんじゃないかな。ま、どうでもいいけど。
最初は厄介モノだと思ってたけど、海夕と過ごす日々は楽しかった。正直、妹とか、新しい友達ができたみたいな感覚があったし。うん、悪くなかったかな。
そんなことを思いながら、私は自分の石を盤に置いたのだった。
短編『あの……私、違うんだけど?』のご高覧、ありがとうございます!
この作品は、二〇一六年十一月二十一日に作成を始めて、二〇一七年三月八日に書き終わりました。こんなに時間がかかったのは、どう終わらせたものか……と悩んでいたせいですね。
この作品を書こうと思ったのは、私自身が美少女ロボ育成ゲームみたいなものをしていたからです。今はもうやっていませんが、当時は結構ハマってた記憶がありますね。女なのに美少女ロボを楽しく育成してたなんて……どうなんでしょうか。
ソウやノウスケは、ノリで付けた名前です。ソウは漢字にすると“爽”が似合うと思いますが、ノウスケは――漢字があまりに合わなかったので、二人ともカタカナにしました。
海夕は、二回ほど名前を変えてここに落ち着きました。個人的にちょっとバランスが気に入らないけれど、まあいいかなって思います。
さて、少しでも、笑っていただけたのでしょうか? 笑ってくれてると嬉しいです。
よろしければ、評価や感想などお願いします。なお、「もっと行間を空けてほしい」という意見にはお応えできません。よく意見をいただくのですが、「時間が変わったときとか以外で空けたくない」という思いがありまして、そのスタイルは変わらないと思います。あらかじめ、ご了承ください。
ご高覧、ありがとうございました!