家族としての関係
次回の幹部会の話で盛り上がるカロッソとクロード。
2人の話をしばらく黙って聞いていたメリッサだったが、会話内容が気になってつい口を挟む。
「カロッソお兄様。クロードお兄様は幹部になるんですか?」
「ん?そうだな。それを決める為の会議が来週開かれるって感じかな」
「まあ、それは素敵なお話ですね」
嬉しそうに顔を綻ばせるメリッサは何か良い事を思いついた様に手を合わせる。
「でしたら来週は絶対に家族全員でお祝いしないといけませんねお母様」
「そうね。メリッサ」
はしゃぐメリッサの言葉にレイナーレも笑顔で応じる。
どうやらこの2人はクロードが幹部になれると信じて疑っていないらしい。
組織の事に関わっていない2人が何をもってそう思うのか根拠は不明だ。
それだけ自分の事を信じてくれているという事なのだろうが、それはそれで絶対に失敗できないというプレッシャーでもある。
そんなクロードの気持ちを知ってか、知らずかレイナがメリッサを窘める。
「気が早いわよメリッサ。まだ決まったわけではないのだから」
「大丈夫ですよレイナお姉様。だってクロードお兄様ですもの」
「それじゃ理由になってないわよ」
まるで根拠のない自信を口にするメリッサにレイナは少し呆れた様に溜息を吐く。
「一部では確かにこの人が次の幹部で決まりみたいな空気が流れているけれどそう簡単にはいかないと思うわ。実際、幹部の中にはこの人が幹部になる事に反対している人も何人かいるのは確かだし、その人達が他に候補を立てる可能性だって十分に考えられる。もしそうなった場合この人が選ばれる可能性はかなり低くなるでしょうね」
「どうしてですか?」
「組織にはこの人よりも長い時間を掛けて組織に貢献してきた実力のある人は他にもいる。確かにこの人は短期間で作り上げた実績と名声はあるようだけど、身内さえ知らない秘密の多い人だから同じ組織で信頼関係を築く上で信頼に欠ける。集団を率いる者としてどちらを選ぶかは自明でしょう」
そこまで言ったレイナはクロードの方を横目でチラリと見る。
どうやら今の言葉はクロードを幹部にする事に反対する者達の言葉であると同時にレイナ自身の言葉でもあるらしい。確かにレイナの言う事にも一理ある。
人間関係というものはまず最初に互いを知る事から始まると言っても過言ではない。
お互いの情報を共有する事によって関係が深まっていく。
にも関わらずクロードは自身の過去の事や自分の能力については仲間だけでなく家族にさえそのほとんどを秘匿し続けている。
クロードなりに事情がある事とはいえ、そんな秘密主義が時に不信感に繋がるというのは理解できない話ではない。
レイナの話にクロードが理解を示す一方で、そのトゲのある物言いに納得できなかったメリッサが不満そうに頬を膨らませる。
「だったらお兄様の邪魔になりそうな人たち全員闇討ちしてしまえばいいと思います」
「オイオイ」
「メリッサ。流石にそれはちょっと・・・」
平然と恐ろしい事を口走るメリッサに流石の兄2人の表情が引き攣る。
だが、そんな兄2人の言葉に耳を貸さずにレイナの方に鋭い視線を向ける。
「そもそも何故そんな冷たい事を言うのですか?レイナお姉様はクロードお兄様を応援してあげないのですか?クロードお兄様がお嫌いなのですか?」
「好きとか嫌いかそういう問題ではないの。この人が父さんや他の方達が信用するに値するかどうかという話よ」
「じゃあ、お姉様は本当はクロードお兄様にどうなってほしいと思っているのですか?」
「特に何も。そもそも私は選ぶ立場にないからどんな結果であれ幹部会の結果に従うだけよ」
あくまでも公正な第三者視点としての意見を述べる事に終始するレイナに、不服そうにメリッサが食い下がる。
「レイナお姉様はなんでクロードお兄様にそんなに冷たいんですか?」
「別に冷たくはないわ。ただ興味がないだけよ」
「それは嘘です。昔のお姉様はもっとクロードお兄様に懐いてました。呼び方だって今みたいに"この人"とかじゃなくて"兄さん"って呼んでましたし」
「そっ、それはもうかなり昔の話でしょ」
当時を思い出してか顔を赤くして否定するレイナ。
しかし、メリッサが言う様に昔と今で呼び方が違うのは確かだ。
何故今の様に邪険な呼び方になったのかはその場の全員が気になっていた事。
もしかしたら今回のメリッサの追及でその理由が判明するかもしれないと思ったレイナーレとカロッソは早々に傍観を決め込んで事の成り行きを見守る。
そんな2人の期待に応える様にメリッサはさらに姉に詰め寄る。
「確かにもう昔の話かもしれません。だけど私にはお姉様かワザとそう言ってるみたいに聞こえてとても引っ掛かっています」
「ワザとだなんてそんな訳ないじゃない。メリッサの気のせいよ」
「いいえ、そんな事はありません。レイナお姉様はクロードお兄様に大して何か不満があるはずです」
否定の言葉を述べて目を逸らすレイナにメリッサが厳しく追及する。
その様子はまるで熟練の刑事の取り調べか、裁判に立つ検察官の様だ。
メリッサからの執拗な追及にレイナは心底困った様に視線を彷徨わせる。
日頃から冷静で何事にも動じず落ち着いているのがレイナ・ビルモントという女性なのだが、他の家族同様に昔から妹のメリッサに対してだけは甘い。
可愛がっている妹からの詰問に助けを求める様にレイナは母と長兄を交互に見る。
だが、とうの2人が助け舟を出す様子は全く見られない。
いよいよ困り果てる義妹を見兼ねてクロードは小さく溜息を漏らす。
「メリッサ。もうそのぐらいにしておいれやれ」
「でも、これではクロードお兄様があまりに・・・」
「俺の事はいい。本当に文句があるならレイナの方から言ってくるだろ」
それになんとなくだが今回の話で義妹が自分に他人行儀に接する理由の一端ぐらいは掴めた気がする。
今回はそれが分かっただけでも十分な収穫だ。
「クロードお兄様がそう仰るなら・・・」
そう言ったメリッサは少しだけ落ち込んだように俯く。
どうやらクロードの為とはいえ、大好きな姉にキツイ物言いをしてしまった事を反省している様だ。
「レイナもすまなかったな。俺のせいで」
「ごめんなさいレイナお姉様」
「別にいいのよメリッサ。にいさ・・・コホンッ、この人の事で貴女に誤解をさせてしまったのは私のせいだし」
咄嗟に昔の呼び方が出そうになったのを咳払いで誤魔化しつつレイナは隣に座る妹の頭をそっと抱きしめる。
メリッサもそれに応える格好でレイナの腰に手を回して抱き着く。
仲睦まじく抱き合う姉妹の姿に傍観者2名がようやく口を開く。
「良かったわ。2人が喧嘩にならなくて」
「そうですね母さん」
「そう思うなら兄貴と義母さんは楽しんでないで仲裁してくれ」
「何を言っているのクロード。楽しむだなんて人聞きが悪いわよ」
「そうだぞクロード。俺達もどうやって2人を止めようか真剣にだな・・・」
「そう思うなら鏡を見てこい。2人共口角上がってるぞ」
『・・・・・・』
クロードからの指摘に2人は無言で顔を逸らすと自分の両頬を触って口角の具合を確かめる。
まるで鏡写しの様に同じ行動を取る2人の姿を見てクロードは大きな溜息を吐く。
(ここまで同じリアクションなのに2人に血の繋がりがないとは到底信じられないな)
実はレイナーレはアルバートの後妻であり、2人の間の子はメリッサだけ。
カロッソとレイナはアルバートの前妻との間に出来た子になる。
ちなみに2人の母親は今も健在であり、アルバートとの離婚後は子供2人を残して世界中のイイ男を探す旅と称して世界各地を渡り歩いている困った人だ。
それだけならまだ害もないのだが、たまにフラッとこの国に戻ってきては屋敷に数日滞在した挙句に面倒事を起こしていくのでクロードははじめ関係者は非常に手を焼いている。
しかもレイナーレとは非常に仲が悪いので滞在中は2人が鉢合わせないように屋敷の人間は凄く気を遣う羽目になる。
「そういえば義母さんと兄貴は仲いいよな」
「なんだよクロード。藪から棒に」
「いや、なんとなくそう思っただけだ」
「そうか。でもそんなの今更だろ?」
「そうね。私達は家族なんだから当たり前でしょ」
そう言って2人は顔を見合わせると可笑しそうにケラケラと笑う。
前妻との仲は最悪なのに前妻の子とはこうまで意気投合するケースも珍しいのではないだろうか。
普通こういうケースだと親子関係は結構ギクシャクしたりするものだと思うのだが、この2人に限ってはそういった場面を見た事は今まで一度もない。
(どうであれ家族の仲が良いにこしたことはないか)
語らう家族の様子をどこか他人事のように見守るクロードにカロッソが口を尖らせる。
「な~に他人事みたいな顔してるんだよ。そもそもお前だって家族の1人だろう」
「・・・ああ、そうだったな」
カロッソの指摘にクロードは何となく気恥ずかしさを感じて視線を逸らす。
そんなクロードの態度を見てカロッソがあからさまに不満そうな態度と見せる。
「まったくマフィアとしては一人前になってもそういう所は変わらないな。お前の悪い所だぞ。そうやってすぐに自分の事を家族の輪の外に置きたがる所」
「そういう性分だ。放っておいてくれ」
クロードはバツの悪さを誤魔化す様にテーブルの上のコーヒーカップを手に取ると、ズズッと音を立てて中身を啜る。
気まずそうなクロードの姿を横目にしつつ他の家族は好き放題に言い続ける。
「まったく素直じゃないなクロードは」
「本当。困った子よね」
「面倒くさい人」
「でもそんな照れ屋なお兄様も素敵です」
暗黒街の中でも屈指の実力者として知られる恐れられる男も家庭での立場なんてこんなものだ。
段々と肩身が狭くなり居心地の悪さから逃れたくなってきたクロードは何か別の話題はないかと思案していると、丁度カロッソに用事があった事を思い出す。
「話は変わるんだが兄貴に頼みたい事がある」
「ん?クロードが俺に頼み事とは珍しい事もあるじゃないか」
今まで家族に対して滅多に頼み事などしなかったクロードの言葉に、先程までの話は一度置いてカロッソは興味深そうに身を乗り出す。
「兄貴が持ってる店"ラ・フィール"ってあっただろ。あそこのパーティルームを1日貸してほしいんだが」
「ウチの店のパーティルームを?なんだ会社の宴会にでも使うのか?」
「いや、そうじゃない。世話になってる友人の家族の誕生会を開いてやりたくてな」
「ああ、なるほどそういう事ね」
納得したように何度か頷いた後、カロッソは腕を組んで少し考え込む。
「ちなみにウチの店が三カ月先まで予約で埋まってるってのは知ってるか?」
「いや、流石にそこまでは知らなかったが予約が難しいのは知ってる。だからこうして兄貴に直接頼んでいる」
「オーナーの俺ならその辺の融通を利かせられると思ったと」
「難しいか?」
「う~ん。そうだな~」
難しそうな顔をしていたカロッソだったが、不意にその口元に緩む。
「本当はこういう特別扱いはしないんだけどな。中々家族を頼ろうとしない弟からのたっての頼みだ。兄としてなんとかしない訳にはいかないだろ」
そう言って笑みを作るカロッソにクロードは頭を下げる。
「すまない兄貴。手間を掛けた分は支払いに上乗せさせてもらう」
「何を馬鹿な事言ってんだ。弟から金なんてとれるかよ」
「いや、しかし・・・」
「たまには弟らしく兄ちゃんに我儘ぐらい言うもんだ」
屈託なく笑うカロッソを見てやはり兄には叶わないなとクロードは思う。
これでラビとの約束を果たす目処も着いたと一安心所で、頃合いを見計らったように、マリンダがクロードの傍に近付いてくる。
「クロード様。旦那様の方の準備が整いましたのでお迎えに上がりました」
「ああ、ありがとうマリンダさん」
礼を述べた後クロードは手に持っていたコーヒーカップの中身を空にしてから席を立つ。
「もう行かれてしまうのですかクロードお兄様」
「ああ、この後もやらなきゃならない事があるからな」
「そうですか。もっとお話ししたかったのですが・・・」
「心配するな。また近い内に顔を出す」
残念そうにするメリッサにそう告げるとクロードはコートを翻し席を立つ。
リビングを出ていく彼の背中に向かってカロッソが声を掛ける。
「クロード。次の幹部会を楽しみにしているからな」
「ああ、期待に堪えられる様に善処する」
後ろに向かって軽く手を振ってからクロードは義父が待つ書斎へと向かうべく部屋を後にした。
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