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ビルモント家の四兄妹

ビルモント家の屋敷のリビングにて久しぶりに揃った家族と共にクロードはテーブルを囲む。


「これ、第八区画で買った焼き菓子の詰め合わせです」

「ありがとう。後で頂くわ」


第八区画で買った土産を渡して席に着いたクロードはどこか落ち着かない様子で他の面々の顔色を窺う。

こうして家族が集まるのも久しぶりだというのに、クロード以外の全員が以前とまるで変わらない様子で居る事に少なからず違和感を覚える。


(こうして同じ食卓を囲むのも数年ぶりだというのに誰も気にならないのか?)


傍から見ると華やかな場に1人だけ黒づくめの男がいるというのはそれだけで違和感が半端ないのだが、誰もその事を気にする素振りさえ見せない。

自分ばかりが気にし過ぎなのだろうかとカロッソの方を横目でチラリと見る。


「ん?クロードどうかしたか?」

「いや、・・・なんでもない」


なんとなくバツが悪くなって視線を逸らすクロードにカロッソは小首を傾げる。


「そうか?ところでそこのバターを取ってもらってもいいか」

「ん?ああ、分かった」


バツの悪さを誤魔化す様にテーブルの上に目をやりバターの入った容器を探す。

するとレイナがバターの入った金属容器をクロードの方に向かって無言で差し出す。


「すまないレイナ」

「別に・・・」


素っ気なく応えるとレイナはすぐにクロードから視線を逸らす。

露骨にクロードへの無関心を装うレイナにクロードも思わず苦笑する。

いつ頃からだったかは忘れたが義妹は自分に対してこのような態度を取る様になった。


(気に喰わない事があるならハッキリ言ってほしいんだがな)


クロード本人としては特に怒らせる様な事をした記憶がない上、理由を聞いても答えてくれないので原因は未だに分からず困っている。

記憶している限りこの家の養子になって最初の頃は多少ぎこちないながらもそれなりに仲良くやれていたはずなのだが、気が付けばこうなっていた。

ただ、本気で嫌われているという訳でもないようでカロッソと3人一緒にたまに食事に行ったりはしている。


「レイナちゃんは相変わらずクロードに対して冷たいよね」

「そうですか?私は至って普通だと思いますよ」


自分は普段と変わりないと言い張るレイナにカロッソは苦笑を浮かべる。

それは確かに初対面の相手であれば素っ気ない態度であっても理解はできるが、家族になって既に10年の歳月が経っており、加えて以前までの2人の関係を知っていると今更それは通用しない様に思う。


「あんまり不機嫌な顔してると折角の美人さんが台無しだ」

「この顔は生まれつきなので放っておいてください」


何食わぬ顔で答えるレイナにカロッサは溜息交じりに肩を竦める。

長兄の小言に無視してレイナは澄ました顔で手に持ったスプーンを口元へ運ぶ。

そこへ兄姉の会話を静観していたメリッサが口を挟む。


「心配ありませんよカロッソお兄様。レイナお姉様は照れているだけです」

「おや、そうなのかいメリッサ?」

「はい。現にレイナお姉様は昔クロードお兄様に買ってもらった熊のぬいぐるみを今でも大事に部屋に飾っていますもの」

「っ!?」


突然メリッサが口走った言葉に驚いてレイナは口に含んだスープが気管に入って咽る。

口元を抑えて咳き込む彼女の顔は恥ずかしさのせいか真っ赤に染まっている。


「なっ!突然何を言い出すのメリッサ」

「だって本当の事じゃないですかお姉様」

「あっ、あれはその・・・」


慌てて取り繕おうとするレイナだが中々うまい言い訳が出て来ないらしくしどろもどろになりながら視線を彷徨わせる。

常日頃から冷静沈着な義妹がこれほど取り乱すのも中々珍しい。

そんな妹の様子が余程面白かったのか、彼女の姿を見てニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる長兄カロッソ。


「へぇ~、意外だな。てっきりもう捨てたものだと思っていたよ」

「いえ、だってそのぬいぐるみに罪はありませんから」


苦しい言い訳だと本人も自覚しているのだろう耳まで真っ赤にしたままレイナはそっぽを向く。

彼女にしては普段キツく当たっている相手から貰った物を何年も大事に持っていると知られた事は余程恥ずかしかったらしい。

もっともこの事実を知って贈った側のクロードの方は満更悪い気はしていない。


(熊のぬいぐるみというと確か俺が家を出てすぐの頃に最初の給料で買ってやったヤツか。あれから随分経つがまだ持っていたとはな)


一応毎年家族の誕生日にはプレゼントだけは欠かさず贈る様にしており、あの頃より稼ぎも良くなった事もあって高いアクセサリー等も買ってやれるようになった。

そうなった今でも若い時分に薄給で買った安物のぬいぐるみを今でも残しているというのは素直に嬉しいものである。


「良かったなクロード。熊ちゃんの方はちゃんと愛されてるみたいだぞ」

「~~~~~っ!」


カロッソの言葉にレイナは羞恥で顔を更に真っ赤にして頭から湯気を立てている。

完全に義兄のおもちゃにされているレイナを見て流石に可哀想になってきたので助け舟を出してやる事にする。


「カロッソ兄貴。そのくらいにしておいてやれよ」

「アハハハハッ、つい反応が可愛くってさ~」

「気持ちも分からんではないが、あまり調子に乗ってると後が怖いぞ」


そう言ってクロードは楽しそうに笑う義兄に見えるようにコーヒーカップを持った手の人差し指でレイナの方を指差す。

改めてカロッソがレイナの方に視線を向けると、若干目に涙を浮かべ心底恨めしそうな目で睨む妹の横顔が見えた。


「アレ?これはもしかしてこれはかなりマズい?」

「さあな。俺は知らん」

「カロッソお兄様は少しデリカシーが足りませんね」


義弟と末の妹にも見放され、孤立無援となったカロッソはこの後の展開を想像して思わず乾いた笑い声を漏らす。

義兄カロッソは義父アルバートの会社で社長職に就いており、義妹のレイナはその秘書を務めている。

仕事のスケジュール管理は秘書であるレイナが担っているので、彼女がその気になればスケジュール上に休む暇もない程の仕事を詰め込む事だって可能だ。

つまりカロッソを生かすも殺すも彼女の気分次第で操る事が出来るという事だ。


「兄さんは今日から半年間休みなしです」

「嘘!いや冗談だよね。さすがに俺死んじゃうって」


恐る恐る尋ね返すカロッソにレイナは無言のままキッと鋭い目で睨み返す。

その目の奥に宿る怒りを読み取ったカロッソはどうやら調子に乗りすぎてしまったようだと今更ながらに後悔する。しかしそんなものは後の祭りである。


「ごめん!ごめんなさい!謝るからそれだけは勘弁してぇ!」

「イヤです。絶対許しません」


長兄としての威厳などかなぐり捨てて妹に許しを請うカロッソを冷たく突き放すレイナ。

不毛なやりとりを始めた2人に若干呆れつつクロードはテーブルの上のパンに手を伸ばす。

そんな兄妹達の様子をしばらく黙って見守っていたレイナーレが可笑しそうに笑う。


「こうして皆で食卓を囲むのはいつ以来かしらね?」

「そうだね。確かクロードが家を出て以来だったかな」

「随分と経ったのね。でもまたこうして家族が皆揃で集まれて私は嬉しいわ」


ティーカップを片手にそう言ったレイナーレは心底嬉しそうに見える。

彼女の言葉に隣に座っていたメリッサが大きく頷く。


「そうですね。お兄様やお姉様が家を出られてから寂しくなってしまいましたから」


メリッサの言葉に家を出た張本人達は複雑な表情を浮かべて沈黙する。

この屋敷は広くに使用人も大勢いるが彼等は家族ではない。

マリンダの様に長年仕えている者等は家族同然に親しくしている者も何人かいるが、それでもやはり雇用主と従業員という関係上の埋められない溝はある。

そうなると屋敷に務める使用人達を除けばこの家に住んでいるのはたったの3人。

しかもこの家の主であるアルバートという男は決して口数の多い人物ではないし、家を空ける事も少なくない。

そう考えるとレイナーレやメリッサはもしかしたらこの広い屋敷で寂しい思いをしているのかもしれない。

そんな事を考えていると、隣に座っていたカロッソが突如おかしな事を言いだす。


「それについてなんですけど今後はクロードが家に顔を出す機会がかなり増えると思いますので寂しい思いをする事は少なくなると思いますよ」

「・・・・・・ハァ?」


カロッソが放った言葉にクロードの口から意図せず間の抜けた声が漏れる。


「いきなり何を言いだすんだ兄貴は?」

「なんて事はないただの事実さ」

「いや、事実も何も俺は一言もそんな事を言ってないんだが・・・」


確かに以前、屋敷に顔を出した際に今後はもう少し顔を出すとは言ったが、それでも個人的には年数回、可能であれば程度のつもりでの言葉だった。

勝手な事を言われて少し苛立った様子のクロードにカロッソは余裕の笑みを返す。


「なんだ知らないのか?幹部ともになれば首領である所へ報告なんかで顔を出す事も増える。当然だろ」

「いや、確かにそれはそうだろうけども」

「最低でも週一回は来ることになるんじゃないか?」

「流石にそこまで頻繁にはありえないだろ」


幹部であるフリンジの側近としてそれなりに長くボルネーズ商会の専務をしているが、フリンジが週一回ペースでこの家に顔を出しているなんて話は今まで一度も聞いた事がない。


「そうでもないぞ。前回の幹部会で首領との連絡を密に取り合うって方針が決まったばかりだからな」

「前回の幹部会?」

「ああ、そうだ。もっともお前はその時仕事が忙しくてフリンジさんから話を聞いてないと思うが」

「ぐっ」


確かにカロッソの言う様にその頃は丁度鉄道関係のデカイ案件を抱えていた為、方々に色々と出かけていてフリンジと顔を合わせる機会はほとんどなかった。


「待ってくれ。もしそうだとしてもまだ幹部になると決まった訳じゃない。親父達の話だと次の幹部会でその是非を・・・」

「その幹部会だが来週いよいよ開かれる事になった」

「来週っ!」

「そう来週。だからそれまでにしっかり心の準備しておけよ」


あまりに突拍子もない話に驚くクロード、彼を余所にカロッソは淡々と話を進める。

まるで最初からこの流れを想定していたかの様なその喋りに違和感を覚えたクロードは頭の中にある憶測が浮かぶ。


「まさかと思うが兄貴。今日それを俺に言うためだけに実家に泊まったのか」

「さぁ、どうだったかな?」


恍けた様子でトーストを頬張る義兄の横顔を見てクロードはこの流れがあらかじめ予定されていた物だと確信する。

つまりクロードが今日ここに至るまでの流れは全て義兄の計画通りだったという事だ。


(まったく手の込んだ真似をしてくれる)


すっかり忘れていたがこの義兄はビルモントファミリー屈指の策士であり、その性格は陽気で家族思いであり、アジールに似て少し意地が悪い。


(やれやれだな。この分だとフリンジの叔父貴もグルという事か)


そうでなければクロードの今朝の動向をコントロールする事等不可能だ。

まさかそんな事を伝える為だけに幹部2人が結託するなんて思わなかった。

心底呆れたといった様子で首を振るクロードを横目にカロッソが悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「ともかくお前は早く俺達と同じところまで上がって母さんと可愛い妹を喜ばせてやれ。ついでに父さんと俺の事も少しは楽にしてくると助かる」

「ああ、分かってる」


言われなくても最初からそのつもりで今日までやって来たのだ。

今更その意思が変わる事などありえない。

自分がマフィアとして目標としていた場所にもうすぐ手が届く。


(来週の幹部会。必ず次の幹部の座についてみせる)


決意を新たにクロードはテーブルの下で拳を固く握りしめる。

この時よりクロード・ビルモントの幹部昇格への最後の試練の日々が始まる。

前回と今回の話でビルモント家の全員が登場となりました。

ようやくカロッソとレイナの事が書けて作者的には一段落。

とはいえ喜んでばかりもいられないです。

何せこの第五章は登場人物が多いのでここからが大変。

本章では現ビルモントファミリーの幹部が勢ぞろいします。

少々キャラが多くなって参りましたがそちらの方もお楽しみに

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