ある朝のビルモント邸
第八区画から戻った翌日、クロードは組織の長である首領アルバートの屋敷へ向かっていた。
その手には先日、第八区画からの帰り際に駅の売店にて購入した土産を携えている。
「まさかこんなに早くまた実家に来る事になるとはな」
目前に見える屋敷の門を見つつそう零すクロード。
そもそも当初の予定では今日実家に足を運ぶような予定はなかった。
事の発端は2時間ほど前に遡る。
自分が留守にしている間に溜まったであろう業務の処理をしようと今日はいつもより早く家を出て事務所に向かった。
そんなクロードを見透かしてなのか、事務所に入とそこには社長であるフリンジが仁王立ちで待ち構えていた。
「よう、クロード」
「あ、おはようございますフリンジの叔父貴」
思いがけぬ出迎えに若干面食らいながらもフリンジに軽く会釈してから自分のデスクに向かおうとするクロード。
そんな彼の首根っこをフリンジの太い指が後ろから鷲掴みにする。
「おい、待てどこへ行く」
「いや、留守の間の仕事を片付けようかと」
入り口からでも見えるほど自分のデスクの上に積まれた書類を指差すクロード。
ラドルへ業務の引継ぎを始めているとはいえまだまだ立場上、クロードの承認や確認を必要とする書類は多い。
特に支払いや決済に関する書類は間違いがあってはいけないので必ずクロードを通すよう指示を出してある。
結果、この一週間の間にクロードの机には紙の束が積み上がっていた。
「んなもんは俺のところに回せよ」
「いや、叔父貴は叔父貴で忙しいですから」
返ってきた言葉にフリンジは渋面を浮かべる。
確かにクロードは優秀な男ではあるが、余計な気を回しすぎる。
周りの能力を信じていないとか他人を頼りにしていないわけではない様だが、自分への負担を軽視しすぎているきらいはある。
「書類仕事はこっちでなんとかするからお前は第八区画であった事の報告をしに今からアルバートんとこ行ってこい」
「え、今からですか?」
「そうだ今すぐ、即座に、速攻にだ」
それなら書類仕事を終わらせた後でもという顔に出ているクロードを有無を言わせずフリンジは事務所から追い出す。
強引に事務所から締め出されたクロードはというと、いきなりの事に頭の整理が追い付かず事務所の扉の前でしばらく呆然とする。
「一体何なんだ?」
「さあ?何か怒らせるよう事したんじゃない?」
アジールの言葉に出張前の出来事を思い返してみるが心当たりがまるで思い当たらない。
ともあれいつまでもここで突っ立っていても仕方がない。
フリンジに言われた通りに第八区画での出来事を報告すべく実家へと足を向けた。
そうして辿り着いた実家の門の前、顔馴染みの門番が丁度こちらに気付いて会釈する。
「おはようございますクロードさん」
「ああ、おはよう」
「珍しいですね。今日はお1人ですか?」
「ん?ああ、まあ・・・そうだな」
どことなく歯切れの悪いクロードに門番が不思議そうに首を傾げる。
「今日はどういったご用件ですか?」
「首領に報告する事があって来たんだが」
「左様ですか。事前の面会の約束はされてますか?」
「いや、約束はしていないから通常通りの手続きを頼む」
「畏まりました。ではそちらの手荷物を拝見させて頂きます」
「ああ、頼む」
クロードは門番の1人に土産の入った包みを預け、他2名からボディチェックを受ける。
本当はアルバートとレイナーレから門番達にはクロードが来たら無条件で通しても構わないという指示が出ているのだが、クロードは特別扱いを嫌って他の者と同様の手続きを経て自宅に入る様にしている。
「問題なしです。どうぞお通り下さい」
「いつもすまないな」
「いえ、これも仕事ですから」
門番のチェックをクリアしたクロードは門番の横を通って屋敷の敷地内へと足を踏み入れる。
だだっ広い庭を抜けて一直線に屋敷の建物へと向かう。
屋敷の玄関の前に着くと使用人が1人、クロードを待っていた。
「お帰りなさいませクロード様」
「どうもマリンダさん」
挨拶を返すクロードにマリンダと呼ばれた恰幅のいい中年女性はニコリと朗らかな微笑みを浮かべる。
彼女はアルバートの屋敷に最も古くから仕えているハウスキーパーだ。
分かりやすく言うとメイド長もしくは女中頭といった役職であり、この屋敷の家事全般の一切を取り仕切っており他の誰よりも屋敷の事を把握している人物である。
この広い屋敷の中、アルバートがどこにいるか居場所を聞くのにこれ以上の相手は居ない。
「親父に用があって来たんですが、今どこにいるか知ってますか?」
「旦那様でしたら書斎にいらっしゃいますよ。ただ、今は先客がいらっしゃっていますので少し後にされた方がよろしいかと」
「客・・・ですか」
朝もまだ早い時間だというのに客とは珍しいと思いつつクロードは顎に手を当てる。
(親父がこんな早くから会うような相手か、一体誰だろう?)
余程緊急の用件で無ければ普通はこの時間から取次はしていない。
だが、先程の門番の落ち着き具合から考えると緊急の要件という事はないだろう。
となると他に可能性があるとすれば恐らく幹部級の人物という線が濃厚となる。
こういう場合、詮索するのはあまり褒められた事ではないがやはり気になる。
そんなクロードの気持ちを察したマリンダが含みのある笑みを浮かべる。
「フフッ、お相手が気になりますか?」
「その口振りだとマリンダさんは今来てるのが誰かご存知ですね」
「ええ、それはもちろん」
「それなら少し教えて貰えると助かるんですけど・・・」
そう言って反応を窺うクロードにマリンダは首を左右に振って答える。
「申し訳ありませんがそれについてはお答えできません」
「どうしてもダメですか?」
「ハイ。ダメです」
「・・・そうですか。それでは仕方ないですね」
マリンダの答えを聞いて意外な程アッサリと諦めるクロード。
別にクロードの諦めが良い訳ではない。これ以上聞いても彼女が答えないと分かっているから追求しないだけだ。
この家の情報に精通している彼女は他者に伝える情報の取り扱いについて厳格だ。
それは例えこの家の人間であるクロードや自身の家族であろうと変わらない。
相手が誰であろうと伝えるべきではないと思った相手には絶対に伝えない。
多少厳しすぎると思われる事もあるがこれがプロフェッショナルというものである。
そもそも簡単に情報を漏らす様な人間にマフィアの、それも大組織の首領の家のハウスキーパーは務まらない。
きっと彼女は自分や自分の家族が命の危険に陥ろうともこの家の事について一切何も喋らないだろう。
(この様子だと帰りも俺と鉢合わせない様に根回しされるな)
恐らく彼女がここで待っていたのもその為だろう。
(後でアジールに聞けば誰が居たのかはすぐにわかる事だが・・・)
そんな事を考えるクロードの思惑を見透かしたようにマリンダが忠告する。
「ご心配にならなくてもお相手については恐らく数日中に分かるかと思いますよ」
「なるほど。それならその時まで気長に待つとしますか」
そう言ってクロードはやれやれと肩を竦めて見せる。
この屋敷の人間は家人だけでなく使用人に至るまでつくづく食えない人間ばかりだと思う。
(しかし参ったな。報告を済ませたら手早く帰るつもりだったんだが)
本音を言うと仕事が溜まっているので早めに帰りたい所だが仕方ない。
そうなると今度はアルバートと来客との面会が終わるまでどうやって時間を潰すかが問題となる。
(屋敷内は義母さんに禁煙令が敷かれているから、庭の隅の方にでも行くか)
時間まで外でタバコで吸いながら待つ事にしようと思い、庭に出ようと踵を返すクロードにマリンダが何かを思い出した様なワザとらしい演技で何やら呟き始める。
「ああっ!そういえば本日は偶然にもお屋敷にカロッソお坊ちゃんとレイナお嬢様が泊まってらっしゃいましたね」
「えっ、カロッソ兄貴とレイナが来てるんですか?」
想定していなかった人物の名を聞いて少なからず驚くクロード。
義兄と義妹にとってもここは実家なのだから別に居た所で不自然でも何でもないのだが、2人共家を出てそれぞれに暮らしているのでこうもタイミングよく出くわすとは思っていなかった。
少し驚いた様子で尋ねるクロードにマリンダは大きく頷き返す。
「はい。今のお時間ですと丁度リビングで奥様やメリッサお嬢様と一緒に朝食を摂ってらっしゃいますね。お会いになられますか?」
会うかどうかと聞きつつズイッと顔を近づけて来るマリンダ。
どうやら彼女の中で答えは既に決まっているらしく、その目には会っていく以外の答えは認めないという無言の圧力が込められている。
あまりの圧力にタジタジになりながらクロードは考えを巡らせる。
(別に兄弟仲が悪い訳ではないのだがな)
とはいえこうして家族が揃うのも今となっては義父や義母、あとは義妹の誕生会等の大きなイベントがある時ぐらいしかなくなった。
その数少ない機会も最近はクロード1人がすっぽかす形で全員が揃う事はほとんどなくなっている。
(珍しく家族全員が揃った事だし顔ぐらいは出しておくべきか)
義兄のカロッソにはラビの妹の誕生会の為に店を都合してもらおうと思っていた所だ。
ここはマリンダのおせっかいに乗っかっておくのも悪くない。
そう考えたクロードは彼女の提案を受け入れる事にする。
「そうですね。折角ですし会っていく事にします」
「畏まりました。ではすぐにご案内しますね」
そう言うとマリンダはにこやかな笑みを浮かべ屋敷内へとクロードを招き入れる。
彼女の後に続いてロビーを抜けてリビングへと移動する。
途中、リビングの方から焼けたトーストと溶けたバターの香りが漂ってきて鼻腔をつく。
今朝はアイラが作ったいつもより気合の入った朝食を摂ってから家を出てきたが、それでも漂う匂いに微かな空腹感を覚える。
「少しでしたら材料がございますので朝食のご用意が出来ますがいかがしますか?」
「っ!?」
クロードに背を向けたまま尋ねてくるマリンダにクロードは引き攣った笑みを浮かべる。
思わず彼女の背中か後頭部に目がついているのではないかと本気で疑いたくなった。
(そもそも表情にさえ出した覚えはないんだがな)
つくづくビルモントの関係者はバケモノ揃いだと思いつつリビングへの扉を潜る。
リビングに入るとテーブルで食事を摂る4人の視線がこちらに向かって集まる。
「おや?朝食の席ではあまり見かけない人物の登場だ」
最初に口を開いたのは青い瞳に耳が少し隠れるほどの長さのプラチナブロンドの髪に美形と言って差し支えない程の整った顔立ちをした白いスーツに赤いネクタイ姿の青年。
マフィアというより貴族か騎士と言った方がしっくりくる容姿に加え、外見だけならクロードよりもかなり若く見える彼こそがビルモント4兄妹の長兄、カロッソ・ビルモントである。
「茶化すなよカロッソ兄貴」
「ハハハッ、滅多に家に帰らないお前が悪い。そう思うだろマイシスターズ?」
カロッソはそう言って自分の対面の席に座る2人に水を向ける。
「それについてはカロッソお兄様に同感ですわ。レイナお姉様は?」
「私は・・・その人に興味ないから」
カロッソの言葉に頷き熱っぽく語るメリッサに話しかけられた黒髪の美女はクロードを一瞥すると興味無さげに視線を外す。
長い黒髪に水色の透き通った瞳、グレーのジャケットとタイトスカートが良く似合うこのクールビューティーこそビルモント家の長女、レイナ・ビルモント。
「アハハッ、相変わらずクロードに冷たいな~レイナちゃんは」
「別に・・・。それより兄さん、"ちゃん"付けで呼ぶのはやめて下さいっていつも言ってますよね。いい加減直してくれませんか」
「そうだったっけ?ごめんごめん気を付けるよレイナちゃん」
「・・・ハァ~」
ワザとらしく恍けて見せるカロッソにレイナは呆れた様に溜息を吐く。
そんな兄妹のやりとりを見守っていた母レイナーレが穏かに微笑む。
「クロード。貴方もいつまでもそこに突っ立ってないで一緒に食事にしましょう」
義母の招きに無言で頷くとクロードは彼等の座るテーブルの方へと移動する。
すいません。久々の投稿になってしまいました。
ちょっとスランプ気味で筆が停滞しておりました。
とはいえこれでなんとか第5章開幕となります。
今後の展開にご期待ください。




