氷の檻の虜囚
ヒサメの呼びかけに応じ暗殺者達の前に姿を現した雄々しくも美しき白虎は悠然とその足を前に進める。
暗殺者達をまるで歯牙にもかけていないかの様な堂々とした歩み。
ただ歩いているだけだでまだ何もしていないのに放たれる気配だけで身が竦む。
恐らく相当に強力な力を持った精霊なのだろう、存在感が人とはケタ違いだ。
あまりにも圧倒的すぎる気配に圧されて暗殺者達の体が思考に反して後退る。
歴戦の仕事をこなしてきた彼等だから分かる。この獣はまともに相手をしてはいけないと。
「どうする。逃げるか?」
「そうしたい所ではあるが・・・」
残念ながらそういう訳にはいかない。何故なら敵に味方の身柄を抑えられている。
足を固められた2人はなんとか脱出できそうだが、ヒサメに投げられて気を失った1人が問題だ。
証拠隠滅の為に炎の魔法で焼き殺そうにも目の前の白虎が邪魔で攻撃できない。
万が一魔法を当てられたとしてもあのヒサメという少女が使う氷結系統の魔法で鎮火させられる可能性がある。
少しでもミュハトに繋がる痕跡を残す訳にはいかない彼らに撤退の選択肢を取る事は許されない。
「我々がここにいたという痕跡を残して戻る事は出来ん」
リーダー格の男の一言で自分達の取るべき行動を理解した暗殺者達は武器を構える。
核の位置が分からない以上、どの道彼らに精霊は殺せない。
生きてこの場を脱するには標的であるドルバックとこの白虎の姿をした精霊を呼び出した精霊術師であるヒサメの2人を始末する以外に道はない。それが結論。
その2人を仕留めるのも簡単ではなさそうだがやるしかない。
幸いにも自分達が纏っているローブは魔法に対して高い防御力を誇る。
最も警戒すべき精霊の魔法攻撃にも耐えられるはずだ。
問題はむしろ虎の姿をしているが故に持つ鋭い爪と牙といった物理の攻撃力の方にある。
決して広いとは言えない店の中であの巨躰から繰り出される攻撃から全員が逃げきるのは至難の業だ。
ならば避けずに誰かが犠牲になって少しでもその動きを抑えるしかない。
「行け!」
『応!』
靴を床に固定された2人が手に持った剣で靴を切り裂いて強引に引き剥がす。
多少足が傷ついて血が出たが、捨て石になる事を決めた彼等にはどうでもよい事だ。
捨て身で白虎の前に飛び出した2人はその前足に向かって飛びつく。
白虎の注意がそちらに向いた隙に、その巨躰を飛び越えるべく4人の暗殺者が真上に向かって飛ぶ。
「そんなチャチな手でオレを出し抜けると思ってんじゃねえよ」
前足に飛びついてきた2人を無視して、スズシロは頭上を飛び越えて行こうとする4人目掛けて飛び上がる。
目で世界を見ていない精霊相手に視線誘導は無意味。その事を知らない暗殺者達はまるで囮に惑わされずに飛び掛かってきたスズシロに驚く。
しかもその巨躰に似合わぬ俊敏な動きに何もできずに簡単に前足で叩き落される。
「ぐはっ!」
「うぐっ!」
「ゴホッ!」
まるで虫の様に叩き落された4人は店の床に思い切り体を打ち付ける。
その間にクルリと空中で身を翻したスズシロは、足元に飛びついた2人を真上から踏み潰す。
「ギャフッ!」
「フゲッ!」
踏みつぶされた2人が呻き声をあげるのを聞きながらスズシロは容赦なくその背中を踏みにじる。
「なんだよ。こんな程度じゃ全然遊べないぞ」
期待外れだと言わんばかりに前足の下にいる2人をグシグシと踏みつける。
「アガッ・・・アアア」
「ぬぁああああああ」
スズシロが踏みつける程にパキパキと音を立てて男達の背中が凍り付いていく。
徐々体が冷たくなり感覚がなくなっていく現実に足下の2人から悲鳴が上がる。
まるで相手にされていない事に流石の暗殺者達も戦慄する。
そもそも彼等が得意とするのはあくまで暗殺であり、今まで精霊術師を殺した事はあっても精霊と戦った事がなく戦い方が分からない。
相手が力の弱い精霊相手ならなんとかなった可能性もあったが今回は相手が悪い。
スズシロは世界中探しても数体しかいない希少な精霊であり、その力も絶大。
初心者が相手に出来る様な楽な相手ではない。
「これは・・・」
この状況は非情にマズイとリーダー格の男は焦る。
背後に回り込むどころかあの四足獣の横を突破するイメージすら浮かばない。
「どうするんだよ。オイッ」
「このままだと全員犬死にだ」
「分かっている!」
分かっているが突破口が見えない以上、闇雲に動いても良い結果になるとは思えない。
必死になって考えるが、そうしている間にも目の前の白き暴威が迫る。
「もう終わりか?もっと頑張れよ」
そう言ったスズシロの足元では踏みつけられた事で背中周りが体が凍り付き肺機能が低下した2人が呼吸困難に陥っている。
そんな2人を前足で蹴とばして道を開けると、スズシロはのそりと前に出る。
「撤退だ」
『っ!』
リーダー格の男の言葉に部下達は微かに動揺を見せた後、スズシロから距離を取りつつ店の入り口に向かって後退する。
撤退の態勢に入った様に見えるがこれは演技。本当に逃げるわけではない。
これは事前に打ち合わせて決めておいた符丁。つまりは暗号である。
逃げるフリをして一度店を出る事で相手が勝利を確信し、深追いしてきた所を再襲撃という古典的な戦法だ。
人は己の勝ちを意識した時ほど脆くなる。その隙を突く作戦だ。
これで駄目ならもはや勝機はない。
最後の作戦に賭けてドアを開け様としたその時、男達は異変に気付く。
「どうした!早くしろ!」
「駄目だ。ドアノブが・・・回らない」
ドアノブに手を掛けた1人が青い顔をして仲間の方を振り返る。
「何を馬鹿な!そこを代われ俺がやる!」
ドアの前に立っていた男を押しのけてもう1人がドアノブを掴むが、まるで動かない。
「どういう事だ!」
「そもそもどうしてドアが閉まっている!」
店に突入する時、ドアは開け放っていたはずだ。
誰がいつの間にドアを閉めたというのか、さっきから分からない事だらけだ。
蹴破ろうとしたり。椅子で殴りつけてみるが傷一つ付かない。
焦る暗殺者達の中、リーダー格の男が背後の敵を確認する。
視線の先、映った少女の口元が動き何かを呟く。
「氷牢・・・逃がさ・・・ない」
「クソがぁあああああああああああああ!」
口の動きで何を言ったか読み取った男は今まで上げた事のない絶叫を上げる。
ドルバックの命を奪いに来たはずの彼らは今や獰猛な獣の棲む檻の中に放り込まれた草食動物も同然。
もうこの店の中のどこにも彼等の逃げ場はない。
プルプルと拳を震わせてリーダー格の男はヒサメの方を振り返る。
「全員、特攻だ。覚悟を決めろ」
隊を纏める者として苦渋の決断を強いられたリーダーの言葉に全員が黙って従う。
だが誰も彼が悪いとは思わない。
こうなってはもう取れる手段が他にないのは誰もが分かっている。
「最後の意地だ。誰か1人でいいからアイツ等に目に物を見せてやれ」
『応っ!』
「いくぞっ!」
最後に一矢報いるべく残り7人全員で命懸けの特攻を仕掛ける。
手元に残っていた魔法道具をありったけ投じる。
「風の結晶石よ。力を放て剣刃疾風」
「水の結晶石よ。撃ち抜け水閃矢撃」
「火の結晶石よ。焼き切れ斧斬炎焼」
「土の結晶石よ。突き穿て槍突岩砕」
異なる四種の魔法が前面に向かって一斉に放たれる。
襲い来る攻撃を前にスズシロは楽しそうに口元を綻ばせる。
「そうそう。それぐらいじゃないと張り合いがねえ!」
言ってスズシロは自身の体の前方に向かって魔力を放出する。
直後、ありえない事が起こる。
放たれた魔法が全てスズシロの前で全て凍り付けになってその動きを完全に止めた。
それをヒサメの後ろで見ていたドルバックが驚きの声を上げる。
「馬鹿な。水魔法だけじゃなく風や火まで一瞬で凍っただと!」
属性や性質などを一切無視したその所業。
しかしそれを為した当の本人たちはまるで気にも留めていない。
「属性は・・・関係・・・ない」
「俺に凍らせられないものなどないからな!」
何食わぬ顔で恐ろしい事を口走る2人。
こんなとんでもない真似が出来る人間を、自分が連れていた事にドルバックは心の中で恐怖を覚える。
自分はおろか区画番号保持者である悪鬼の如き弟でさえも彼女を相手に勝てるとは思えない。
暗殺者等よりもヒサメ達の方が遥かに恐ろしい存在だと思い知る。
同時にこんな者達を平然と連れているクロードの底知れなさを垣間見る。
「奴は、奴等は一体何なんだ」
ドルバックが驚く一方で暗殺者達はまるで驚いた様子がない。
相手は自分達の常識で計れないのだからと既にそれについて考える事をやめている。
だからもう相手が何をやっても驚きはしない。
目指すは一点、標的の命をとる事のみ。
砕け散る魔法の影から飛び出した暗殺者達は上下左右から一斉に特攻を仕掛ける。
「懲りねえ馬鹿共だ!だがその思い切りは嫌いじゃねえぜ!」
迎え撃つスズシロは最初に前足で2人を力いっぱい殴り飛ばす。
車にでも轢かれたように3人の体が真横に吹っ飛び、1人を巻き込み4人一緒になって壁に叩きつけられる。
石壁に叩きつけられた衝撃で4人の全身の骨が砕け、腕や足がおかしな方向に曲がる。
後1人、上空に飛んだ男の足に首を伸ばして噛みつき床に叩きつける。
衝撃で呼吸に詰まる相手の足をそのまま喰い千切る。
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
片足を失くした男が足を抑えて蹲る。その間に3人がスズシロの横を駆け抜けていく。
だが、それとてスズシロは御見通しである。むしろ敢えてそうなるように仕組んだ。
「ヒサメそっちに2人だ」
「分かっ・・・た」
ヒサメの返事を聞いて横を抜けた3人の1人をスズシロは後ろ足で背中を蹴り飛ばす。
ミシミシと音を立てて男の背骨がへし折れ、男は白目を剥く。
残ったリーダーともう1人がヒサメに向かって襲い掛かる。
「死ね!」
両手に握った剣を駆使して左右から挟み込む様に繰り出す。
その一撃をヒサメは身を低くして躱し、相手の腹部目掛けて手刀を突き出す。
ズブリと相手の脇腹を貫くヒサメの指。だがそれで終わりではない。
傷口から冷気が流れ込んで男の血液を凍らせる。
「アガガガガガガッ!」
今まで感じた事のない痛みに体を蝕まれ、男の視界が明滅する。
その隙にヒサメの背後に回り込んだヒサメがその背中を狙う。
「1人だけでも!」
ヒサメを道連れにしようと剣を突き出すリーダー格の男。
だが、その体に鋭い痛みが走る。右肩の辺りが熱を帯びた様に熱い。
痛みの先に目を向けると血を吹き出す自身の右腕、そしてその腕に大振りのナイフを突き立てるドルバック・ガルネーザの姿。
「俺の事を忘れるんじゃねえよ」
「おのれぇえええええ!」
素早く左手に持った剣を真横に振ってドルバックを振り払う暗殺者。
そこへ、手を血に染めたヒサメが近付く。
「これで・・・最後」
「っ!?」
必死になってその顔面目掛けて剣を突き出すが、簡単に躱されて腕をとられる。
ヒサメの手が触れたかと思うと手首が逆方向にへし折られ、次に肘を固められる。
そしてヒサメの小さな体が暗殺者の身にピタリと張り付く。
瞬間、男の体が宙を舞い、一回転してから床に叩きつけられる。
意識が飛んだ男を下にしてヒサメはゆっくりと起き上がる。
「これで・・・全員?」
「ああ、その様だな」
室内を見渡してみるが暗殺者達は全員行動不能に陥っている。
重傷者は多数いるがかろうじて全員生きはている様でヒサメは安堵の吐息を漏らす。
「約束・・・守った」
そこでようやく胸を張るヒサメ。
暗殺者を誰一人殺さず、それでいて2人とも無傷という結果。
一方でヒサメに守られる事となったドルバックの方が震え上がる。
そして思うのだった。この少女だけは絶対敵に回してはならないと。
タイトル変更の件ですが、一文字変えました。
「烏」を「鴉」に変更しました。
あと、現在一話から見直し修正を実施しております。
なにか変だなとか思う所ありましたら一言お願いします。




