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暗黒街で鴉と呼ばれた男と精霊術師  作者: イチコロイシコロ
第4章 策謀交錯の暗殺行
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その手は勝利に届かない

偽クロードの言葉にリットンとミュハトが呆然と立ち尽す。

そうしている間にも2人の周囲で次々と悲鳴が上がる。


「いっぎゃぁあああああああああああああああああっ!」

「俺の足が!足がぁあああああ!」


敵であるクロードを攻撃する度に誰かが傷つき倒れていく。

自分達に起こっている現実にミュハトは必死に頭を使って考える。

目の前で自分達を嘲笑うクロードの姿をした精霊は攻撃しても無駄だろう。

だからといってこの場でむざむざ殺される訳にはいかない。

自分には神の意志をなすという使命があるのだ。


「全員攻撃を止めろ!これは敵の魔術で同士討ちになるぞ!」


ミュハトの声にその場にいる者達に動揺が広がる。

当たり前だ。敵が目の前にいてそれが敵の術だから攻撃をするなと言われてもすぐ理解するのは難しい。

余程信頼関係があるならその言葉も信用できるだろうが、この場にいる者の半分程がミュハトの部下ではない雇われ兵士やマフィアだ。

繋がりの薄いミュハトの言葉を信じるよりも彼への疑いの方が先に立ってしまう。


「何言ってるんですか局長さん。敵は目の前なんですぜ!」

「仲間をやられて頭がおかしくなったか!」


ミュハトの言葉を無視して早く倒して手柄を立てようと躍起になって攻撃する者。

自分達に何が起こっているか分からずその場でオロオロする者、自分の身だけでも守ろうと血走った目で周囲を警戒する者。

完全にクロードの術中に嵌っており、場は混乱の一途をたどる。


「クッ、馬鹿共が!」


自分の言葉に従わない者達にミュハトは苦々し気に舌打ちする。

本当は自分の部下以外がどれだけ死のうが構わないが、彼等が暴れる程自分の部下達が傷つき命を落として行く。


「幻術というはの決まればこれほど恐ろしいものなのか・・・」


人間というのは思った以上に視覚から得る情報に頼って生きていると思い知らされる。

確かに視覚からの情報を信じずに行動する事は決して簡単な事ではなく。

見えているものが信じられないというのがこれほど不安を駆り立てるとは思わなかった。

そうこうしている間にもクロードに向かって馬鹿共が攻撃を繰り返し、その攻撃によって1人、また1人と致命傷を負って倒れていく。

気付けば自分達を含めて当初54人いた男達はその数を半分にまで減らしていた。

果敢にクロードの幻影に斬りかかっていた者達もいつしか攻撃の手が止まる。


「どうなってんだ。どうなってんだこれはよ!」

「こっちはこんなに減ってんのにあの野郎はなんで無傷なんだ!」


荒い息を吐く男達の前でクロードは何食わぬ顔でタバコの煙を吐き出す。


「なんだ。もうおしまいか?」

「体力無さすぎだよね。だらしないな~」


彼等の様子を見て呆れた様に零したクロードは目の前の男達に冷めた目を向ける。


「仕方ないな。アジール少し手伝ってやるか」

「しょうがないよね~」


どこか楽し気にさえ聞こえるアジールの声に男達は言い知れぬ恐怖を感じる。

そしてその恐怖はすぐに現実となって彼らの身に降り注ぐ。


月下の操り人形アンダームーンマリオネット


クロードがそう呟いた直後、クロードに近い所にいた男達の体が金縛りにあった様に急に動かなくなる。

何が起こったのか分からずにいると彼らの体は自身の意思とは違う動きを始める。

グルリと体の向きを変えた男達は突如手近なところにいた仲間に向かって襲い掛かる。


「ヒギャァアアアアアアアアッ!」

「グァアアアッ!」

「いきなり何をする!」

「血迷ったか!」

「違う!そうじゃない!」

「体が勝手に!」

「やめろ!やめてくれぇえええ!」


何の前触れもなく仲間に牙をむいた仲間の姿に場はさらに大混乱。

手に持った武器を同朋の血で染め、味方同士で殺し合う男達。

瞬く間にしてその場は阿鼻叫喚の飛び交う地獄絵図と化す。


「攻撃を止めれば同士討ちしなくて済むと思った?残念だけどこの月女神の支配領域(アルテミステリトリー)はそんな甘っちょろい術じゃないんだよね」


本人達の意思を無視して体を操り仲間を攻撃させる。

別に全員を操る必要はない。数人を操って攻撃させれば疑心暗鬼に囚われた彼らは近付く相手全員が敵に見える様になり、手を下さずとも勝手に本人達で殺し合う。

例え操られていると分かったとしても自分の身を守る為には相手を殺すしかない。

絶望的な状況を目の当たりにしたミュハトはどうすればこの状況を切り抜けられるかを必死に答えを考える。


「全員!目を閉じて外に逃げろ!」


外に出るのに目を閉じろという無茶な言葉に全員が困惑の表情を浮かべる。

目を閉じた状態で移動するのがどれほど難しいかなど誰にでも分かる事だ。

それはミュハトとて分かっている。だがもはやこれ以外に生き残る術がない。

幻術によって視覚情報が当てにならない以上、目を閉じて入ってくる誤情報を遮断するしかない。

後は僅かに流れる風の流れや音を頼りに外に出て逃げるしかない。


「敵の魔術の影響範囲の外に出られればなんとかなる!急げ!」


そう言うとミュハトは目を閉じて風の流れを頼りに走り出す。

ミュハトに続いて生き残った照霊騎士団の者達も彼に続いて移動を開始する。

こうして一斉に逃げ出せばクロードとて全員を追いかける事は出来ないだろう。

幸い照霊騎士団は視界不良の濃霧の中で風だけを頼りに行軍した事がある。

その他の者よりもこの場から逃げ遂せる可能性が高い。


「悔しいが我々ではヤツに勝つ事は出来ん。それが分かった以上なんとか逃げ延びてこの事を教会に伝えねば!」


照霊騎士団の再建する為の手柄には足りないだろうが止むをえまい。

それよりもこの場から何としても逃げ伸びて教会本部にあの男、酒木蔵人の生存とその脅威を伝えねばならない。

そして教会の総力を結集してあの男を倒すのだ。

あの男はこの世にあってはならない危険な存在だと強く思う。


「誰でもいい。一刻も早くこの報せを教会へ!」


そう叫んでミュハトは闇の中を全力で疾走する。

一方、ミュハトと一緒に逃げ出したリットンも何も見えない世界をただひたすらに走っていた。


「神よ!神よ!今こそ貴方の忠実なる僕たる我が身を守りたまえ」


祈りの言葉を口にしつつリットンは肌に感じる風の感覚だけを頼りに真っ暗な世界を全力で滅茶苦茶に走る。

その頭の中にあるのは何故自分がこんな事になったのかという疑問がグルグルと回っていた。


「失敗だった。あの男には手を出すべきではなかった」


ミュハトの指示で行っていたガルネーザ乗っ取り計画の中にクロード襲撃の予定はなかった。

しかし、今後の計画の為に以前から謎の多かった第七区画の鴉を調べようとして刺客を放った。結果がこの有様である。

やはり区画番号保持者セクションナンバーホルダーは不可侵の存在。

手を出そうなどとする事自体がそもそもの間違いだった。

もし時が戻るなら刺客を放つ前に戻って自分を止めたい。


「ああ、私はなんという愚かな真似を」


風の流れに逆らい、地面の土や草を踏みしめ、時に木々に体をぶつけながら自身の感覚だけを頼りに右へ左へジグザグに走り続ける。

それからしばらく走り続けた後、リットンはようやく足を止める。


「ハァッ、ハァッ、ここまで来れば・・・大丈夫だろう」


どこをどう走ったかなんて分からないが、随分距離は稼げたはずだ。

そう思ってリットンは閉じていた目をゆっくりと開く。

しかし、彼の目に飛び込んできたのはついさっき逃げ出したはずの講堂の中だった。


「なっ!」


自分は確かにこの講堂を出て外に逃げ出したはずだ。

その間に一度だって目を開ける事はなかった。

なのにどうして自分はまだこの場所にいるのか理解が出来ない。


「どうしたリットン・ボロウ。まるで狐に化かされた様な顔をしているぞ」


背後から響いた聞き覚えのある声に心臓がドクンと大きく跳ね上がる。

振り返ってはダメだ。その声のする方を見てはならない。

見たらきっと自分の心が耐えられなくなる。

そう自分に言い聞かせるリットンだったが、その視線はまるで吸い寄せられるように声の主の方へと向かう。

視線の向かった先、まるで水槽の中の魚を観察するような目でリットンを見るクロード・ビルモントの姿があった。

その姿を見てしまったリットンの心が遂に限界を迎え、心の壁が一気に瓦解する。


「うあああああああああああああああっ!」


悲鳴の様な叫び声を上げてなりふり構わずにリットンは駆け出す。

どこへ向かう等ではなく心からその場を離れたい。その一心だった。

が、走り出してすぐに目の前に突然壁が現れてリットンはその壁に激突。

リットンはその場に無様にひっくり返る。

強打した額から血が出ているがそんな事はもうどうでも良かった。

この場から逃れる事が出来ないという現実が心を絶望で染め上げる。

彼の思いは信じる神に届く事はなく。代りに黒き死神を呼び寄せた。


「何をやっても無駄だ。お前達の五感は既にこちらで掌握が完了している」


上位精霊術である月女神の支配領(アルテミステリトリー)は直接的な攻撃力こそ皆無だが、相手に幻惑を見せたり、視覚情報から脳の機能を汚染し標的の五感さえも支配する事が出来る。

そして一度支配されてしまえばクロードが術を解除しない限り解放される事はない。


「そういう訳だから君達の体はもう君達の思い通りに動かないよ」

「俺を敵にした時点でお前達の敗北は既に決定していた」


そう言って自分を見下ろす冷たい瞳にリットンは心から恐怖する。

誰かに救いを求める様に辺りを見渡すが、皆蒼い顔をしたまま立ち尽している。

自身が尊敬してやまなかったはずのミュハトでさえ為す術なくその場に膝をついている。


「これだけの力、何故最初から使わなかった」

「別に大した理由はない。ただ俺はお前達が嫌いだったから少し嫌がらせをしたかった」

「嫌がらせ・・・だと?」

「ああ、簡単な話だ。お前達が少しぐらいは勝てる可能性があると思って希望を持ったところを叩き潰す。それだけの事だ」


淡々と語るクロードにミュハトの顔から生気が失われていく。

どうやら彼の今の言葉でミュハトの心が完全に折れたらしい。

無理もない。最初から勝てる相手ではなかったのだから。

こうなった以上、生き残る為の唯一の道はなんとかしてこの黒き死神の取り入る他にない。


「頼む!助けてくれ!金ならいくらだって払う!」


誰よりも早く決断したリットンは自分は一生言わないと思っていた命乞いの言葉を叫ぶ。


「中々魅力的な提案だが、それをお前の所の首領が許すか?」

「大丈夫だ。俺は首領から絶対的な信頼を得ている。俺のやる事に文句は言わせない」

「そうか。だが俺は既にドルバック側に付いている」


その話を聞いてリットンはここしかないと一気に捲し立てる。


「だったらその約束は無効になる!だから私と組もう!いや、私を手下にしてください!」

「ほぅ。それはどういう意味だ?」


クロードからの問いにリットンは策士らしからぬ馬鹿正直さで答える。


「ドルバックには今夜キャトルが連れてきた刺客を放つ手筈になっている。だからきっと今頃ヤツは死んでいる!アナタのやっている事は無駄になる」


生き残るチャンスと勘違いして自信満々に答えるリットンにクロードは小さく溜息を吐く。


「そうか。それは運が悪かったな」

「・・・へ?」


クロードが言っている事が分からずに目が点になるリットン。

そんな彼に哀れみの篭った目を向け、クロードはある事実を告げる。


「残念だがドルバックは死なない。何故ならヤツの所には最強の護衛を残してきたからな」

今回の戦いはマフィアらしい邪悪さと恐ろしさを

出したつもりですがいかがでしたでしょうか?


次回はヒサメのバトルになる予定。

遂にヒサメの精霊が登場します。

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