会談の夜が明けて
地下室で行われたドルバック達との交渉を終え一夜が明けた日の昼。
クロードはヒサメと共に第八区画の中心部にある市場を歩いていた。
「今日は・・・霧が・・・ない・・・ね?」
「ああ、だが直にまた霧が出てくるだろう」
「どゆ・・・こと?」
首を傾げるヒサメにクロードは以前、新聞に記載されていた環境学者と国内でも著名な魔術研究者の対談記事を思い出す。
「そもそも第八区画にだけやたらと霧が発生するのはこの土地特有の原因があるらしい」
「そう・・・なの?」
「流石に天候だけでアレだけの霧が毎日の様に発生はしない。太陽の位置と雲の動き、風の流れ、湿度といったものとこの土地の地形なんかが魔術的な因果関係を生み出して大気中にある"魔術因子"に作用して霧を発生させているらしい」
「全然・・・分から・・・ない」
まるでチンプンカンプンといった様子のヒサメを見てクロードはフッと微かに笑う。
「別に無理に理解する必要はない。普通に生活する分にはあまり関係のない話だ。それに今の話も数多ある学説の中でも特に有力とされているものの一つに過ぎないからな。本当の所は定かじゃない」
「そう・・・なんだ」
そんな話をしながら2人は市場を見渡しながら進んでいく。
「まあ、理由はともあれ今の時間に霧が晴れていて良かった。おかげで市場の様子がよく見える」
最初にこの街に来た時は周りは霧ばかりで街の様子等まるで分かりはしなかった。
ナレッキオ・ガルネーザの屋敷へ向かう際は霧も晴れていたが、馬車の中でモウストの相手をしていた為に街の景観などじっくり見ている余裕はなかった。
(こうして霧のない時に改めて見てみると思った以上に人通りがあるな)
濃霧の時とは打って変わって周囲は人通りに溢れている。
市場を歩き回ってみても思った以上に活気があり、賑わっている。
しかも店頭には第七区画の市場では見ない様な珍しい物がチラホラと見られる。
普通に散策するだけでも中々に楽しめそうだ。
もっともそれは後ろに監視役が付いていなければの話だが。
「・・・・・・」
「・・・・・」
クロードとヒサメから少し距離をとって歩く2人の黒服の姿。
朝、屋敷を出てからずっとついてくる仏頂面の彼等が今日の監視役らしい。
上から言われた役目とはいえ本人たちにとっては不本意なのだろう。
態度や表情から露骨にこちらに対する感情が滲みでている。
こちらとしても別に仲良くする気もないが、せめて道案内ぐらいしても罰は当たらんだろうと思う。
そんな事を考えながら周囲の路地の影などに目をやると素早く身を隠す様に建物の影等に身を潜ませるのがチラリと見える。
(この2人以外にも他にも何人かついてきているみたいだな。まあ当然か)
彼等にとっての自分は自由に出歩かせられない要注意人物。
ちょっと目を離した隙に見失いましたでは済まされない。
念には念を入れておくのは当然の処置だろう。
「そうそう好きなように見て回らせてはくれないな」
「気に・・せず・・・・見て・・・回ろ」
「そうだな」
監視が付いて行動範囲も決められているが、指定された範囲内なら見て回るのは自由。
ならばその範囲の中で出来る事をするまでの話だ。
といっても第七区画にある市場とそれほど大きな違いはない。
だが、稀に店頭に並んでいる物の中に第七区画では手に入らない珍しい商品が並んでいたりする。
そういった商品置いてある店を見つけては積極的に店に近付き話しかける。
途中、香辛料の店と思しき店を見つけたクロードは、店先に並んだ黄色の粉末が入った小瓶を手に取ると店主の方に向かって声を掛ける。
「ご婦人。この商品について伺いたいんだが?」
「あい、ちょっとお待ち・・・」
声を掛けられた露店の女店主がクロードの顔を見て一瞬複雑な表情をする。
だがそこは客商売だけあってすぐに気を取り直して営業スマイルで応じる。
「そいつは"イエローチノア"っていう唐辛子の粉末だよ」
「イエローチノア?聞いた事のない名の唐辛子だな」
「そりゃあそうさ。何せこの国ではあまり出回ってない外国の品だからね」
「ほぉ」
興味深そうに聞き入るクロードに、店の女主人が得意げになって語り始める。
「この国から西方にある亜人の国でしか育たない唐辛子さ」
「西方か・・・」
何かを確かめる様にボソリと口の中で呟いたクロードに、店の主人はさらに続ける。
「そうさ。確かボレノンとか言ったかな?それも特別な伝手がないと手に入らない品だから扱ってる店はこの辺りでもウチとあとは数店ぐらいさ」
「そうなのか?」
「そうさ。他にも西方でしか手に入らない珍しい品があるよ。ただ、そういった品を卸してもらうには特別な伝手と割高な手間賃が必要なんだがね」
そう言うと女店主はクロードの後方にいる監視役の2人の方をチラリとみる。
どうやらこの店はガルネーザファミリーから品を卸してもらっているらしい。
だからといって店主がガルネーザファミリーに対して好意的かといえばそうではないらしい。
それは彼等に向けられる女店主の目を見れば分かる。
「おっと余計な愚痴が出ちまった。今のは聞かなかった事にしておくれ」
「大丈夫だ。告げ口をする様な趣味はない」
「それは良かったよ。アンタ顔に似合わずいい人だね」
「・・・顔に似合わずというのは余計だな」
「アハハハッ、つい本音が出ちまうの性質でね。気にしてたんなら謝るよ」
本当に謝る気があるのかどうか疑わしい笑顔を浮かべる店主にクロードは苦笑する。
「その必要ない。それよりももう少し話を聞かせてくれ」
「ソイツを買ってくれるってんならいいよ。もちろん詫びの意味も込めて安くしとくよ」
そう言って店主はクロードが手に取った小瓶を指差す。
詫びと言いつつちゃっかり購入を勧めてくるくるあたり流石は商売人である。
「詫びならタダじゃないのか?」
「馬鹿言っちゃいけないよ。そんな事したらこっちは商売あがったりさ」
「・・・それもそうだな」
商魂逞しい事だと思いつつクロードは懐から財布を取り出すと紙幣を数枚抜いて差し出すと、店主は喜々として紙幣を受け取って数え始める。
「毎度あり。それで何が知りたいんだい?」
「そうだな。この品の他にこの店にある品の中で外国から仕入れたものがあればその産地の情報を」
「構わないけど、相性がいい料理と大体の産地しか分からないよ。ちなみにさっきの"イエローチノア"は魚料理に合う」
「それでいい。後はこの市場の中で他の区画じゃなきゃ手に入らない珍しい品が置いてある店は他にあるか?」
「ああ、それならお安い御用さ」
お釣りを差し出してきた女店主から紙幣を受け取った後、しばし彼女の話に耳を傾ける。
「私が知ってるのはこんな所だけど役に立ったかい?」
「ああ、非常に参考になった」
「それは良かったよ」
必要な情報を聞き終えたクロードは店主に礼を述べ、店を後にする。
一見無駄にも思えるクロードの行為。だが、このやりとりには非常に重要な意味が隠れている。
このレミエステス共和国は基本的に自由貿易の制度を取っている。
なので国の認可さえ取れば特定の危険物でない限り輸出入は割と自由に行う事が出来る。
簡単そうに聞こえるかもしれないが交易路を開くのも決して楽な事ではない。
何せ一歩国の外に出ればまだまだ危険な事が多い世の中。
武力を持たぬ一般人が私財だけで貿易を行える程甘くはない。
故にほとんどの区画では国外との交易はその区画でも飛びぬけた武力を持つ各区画のマフィアが取り仕切っているというのがほとんどだ。
つまり、この市場にある品の出所が分かればその区画のマフィアが国外にどのような交易網を持っているかが分かるという事でもある。
今回クロードが市場調査を行う目的はまさにそこにある。
まさか商人との世間話の内容から自分達の交易路の情報が洩れているとは露ほども思っていない監視役の2人は退屈そうにクロード達の様子を後ろから見ている。
(危機意識の欠如が甚だしいな。もっともおかげでこちらは情報が得られる訳だが)
長年敵対している組織の現状に複雑な心境を抱きつつクロードは女店主から聞いた話を頼りにいくつか店を回っていく。
それから次々と露店を渡り歩いたクロードは、途中でヒサメにねだられて買った串焼きを頬張りながら各店で得た情報を頭の中で話を纏めていく。
(ガルネーザファミリーは西側の亜人の国を中心に交易網を築いている様だな)
訪れたどの店でも話に上ったのは"西"と"亜人"という2つのキーワード。
どうやら西方にある亜人の国が彼らの勢力圏らしい。
(西側方面にはウチはあまり手を出していなかったが今回の話で奴等が使っているルートについても大体見当がついた。今後は奴等の交易路を奪うか潰すかするのも対応としてはありかもしれないな)
一昔前ならいざ知らず。マフィアの世界も今や世界を相手に手広くやっていく時代。
その為に使う外貨や商品の取引、流通を潰すのもマフィアの戦い方の一つだ。
しかも国の外であれば9大組織で結ばれた協定の範疇からも外れる。
どうやって横取りの算段をするクロードを横目に見つつヒサメがポツリと呟く。
「クロ・・・楽しい?」
「なんだ急に?」
「なんか・・・・楽しそ・・・だった」
喜々として悪巧みしているのが表情に出ていただろうかと思い口元に手をやる。
一応自分では無表情を装っていたつもりだっただけに少しショックだ。
「大丈夫・・・多分・・・他人には・・・分からない」
フォローのつもりかそんな言葉を掛けてくるヒサメ。
自分にしか分からないから大丈夫。そんな風に言う彼女のどこか楽し気な姿を見てクロードは今朝彼女と話した時の事を思い返す。
昨夜、ドルバックの突き付けた条件を聞いたクロードは即座に条件の変更を求めた。
この地に連れてきてしまったとはいえ、ヒサメにこちらの仕事は手伝わせたくなかった。
そんな思いからせめて別の条件に変えられないかと粘ってはみたが、その要求は聞き入れられなかった。
頑なに譲らないドルバックに最終的には向こうの提示した条件を受け入れる形になった。
勿論クロードには彼等の要求を固辞する事も出来たが、敢えてそうする事はしなかった。
その代り会談の最後に彼らに向かってこう伝えた。
「どんな事になっても知らんからな」
この言葉を彼らがどのような意味で受け取ったかは知らない。
恐らくクロードがどんな思惑でこの言葉を残したか正しく理解してはいないだろう。
そして部屋に戻った時にはヒサメは眠っていたので、朝になってからドルバック達との話の内容について説明した。
「すまんな。こんな事になって」
「問題・・・ない」
こちらの思いとは裏腹にやる気に満ちたヒサメの姿を見てクロードは深い溜息を漏らす。
クロードが頼んだ場合、ヒサメがどんな回答をするかなど聞く前から分かっていた。
彼女だけじゃない。クロードと共に暮らす女達は全員が同じ様に答えるだろう。
クロードの役に立ちたい。そう思っている。
そのくらいには自分が愛されている事をクロード自身も理解している。
だが、今回はそのやる気が問題なのだ。
(条件が満たされた場合、ドルバック達は果たして生きていられるだろうか)
今回提示された条件で心配なのはヒサメの方ではなくむしろドルバック達の方だ。
ヒサメには条件付きで不殺の約束をしているが、今回はその条件が満たされる可能性がある。
その場合、精霊の力を解放したヒサメの攻撃に巻き込まれてドルバック達が死ぬ可能性が非常に高い。
「間違っても殺すなよ」
「まか・・・・せて!」
感情の薄い彼女が目に見えてやる気を見せる事がクロードの不安を煽る。
(まったく、余計な条件をつけてくれる)
まさかこんな事で味方ではなく敵の心配をする羽目になるとは思わなかった。
とはいえ、この条件を飲んだ理由は他にもある。
万が一、自分がリットン襲撃に向かっている間に何か不測の事態が起こってドルバックが狙われる様な事があったとしてもヒサメがいれば撃退が可能だ。
(多少リスキーな賭けの要素がなくはないが、何も手を打たずにいるよりはいくらかマシか)
自分の回答が保留にしているとはいえ、回答を出すまでキャトル達が手を出さないとは言い切れない。
むしろ自分に濡れ衣を着せて殺そうとする可能性だってある。
可能性がある以上は何かしら手を打っておくべきだと最終的に判断した。
「さて、後はどんな目が出るかだな」
他にも昨夜の段階でドルバック達と話をし今夜の計画についての準備は整えた。
後は投げられた賽がどのような転がり方をしてどの様な目を出すかだ。
「サイコロがどう転がるかは分からないが、結末だけは決まっている」
何があろうと何人だろうと家族と仲間に仇なす者は全て排除する。
いつか己に誓った決して揺るがず変わらない思いを胸に、クロード・ビルモントは敵地にて運命の夜を迎える。
さて、ここで交渉パートは終了。
次回からはいよいよ戦闘パートに突入です。
どの様な展開になるかは・・・・お楽しみに!
タイトル変更の件は現在も検討中です。
そのままの方がいいというお声もありましたので熟考しております。
戦闘パート終わる前には結論出すつもりです。




