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暗黒街で鴉と呼ばれた男と精霊術師  作者: イチコロイシコロ
第4章 策謀交錯の暗殺行
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後継者候補の決断

クロードの口にした言葉にドルバックは表情を引き攣らせる。


「貴様が俺達と交渉だと?正気か」

「無論正気に決まっている。むしろそちらにその意思があるから俺の事を呼んだのだと思っていたが違ったか?」


不敵な笑みを浮かべ椅子の上で足を組んだクロードは手に持ったタバコを咥え直すと、目の前に立っているドルバックからモウストの方へと視線を移す。

クロードから水を向けられたモウストは即座に肯定の言葉を口にする。


「いや、お前の言う通りだ」


モウストから期待通りの返事が返ってきた事にクロードは小さく頷く。


「となればこれでお互いに共通の認識だという事が確認出来た訳だな」

「そういう事になるか」


これでようやく本題に入れるとクロードが思ったのも束の間、この場の主役のはずなのに完全に蚊帳の外にされたドルバックが顔を真っ赤にして2人の会話を遮る様に手に持っていた刃の砕けた斧を床に叩きつける。


「何を勝手に話を進めようとしている。俺はまだ認めていないぞ!」

「そうは言うがなドルバック」

「口を挟むなモウスト!決めるのは俺だ!」


宥めようと手を伸ばしたモウストを振り切ったドルバックがクロードを睨むと、空いた左の人差し指を目の前へと突き付ける。


「クロード・ビルモント。貴様の語る言葉は信用出来ない」

「ほう、それはつまりまだ交渉は出来ないと?」

「当たり前だ!そもそも貴様の言葉を信じる理由が何処にある」

「リットン側から依頼があったと教えたと思うが?」

「ふざけるなよ、あんなもの障りだけで貴様への依頼の詳細については何もしゃべっていない。貴様の潔白の証明になどなるものか!」


頭に血が上っている間に勢いで押し切れるかと思ったが、流石にそこまで都合よく事は運んでくれないらしい。


「何より俺には貴様の行動が解せない」

「何か気に障る様な事でもあっただろうか?」

「白々しい。貴様はまだ肝心の俺の側に付くと言った動機を喋っていない」


そこまで言ったドルバックは、頭の中に浮かんだ言葉を口にすべきかどうか迷う様な素振りを見せるが、それもほんの一瞬の事、悔し気に表情を歪ませた彼は認めたくなかった事実を自身の口で言葉にする。


「貴様はさっきの話の中で後継者争いはリットンの方が優勢だと言ったな。確かに金も力もリットンの方があるのは事実だ。それらを背景にした勧誘で俺の配下に居た者達も何人か奴の側に寝返った。身内ですらそんな状況なのに何故部外者のお前がこちら側に付く?余所者の貴様なら勝ち目がある方に付くのが道理だろうが」


確かにドルバックの言う様に普通こういった面倒事に関わる場合、少しでも勝ち馬に乗ろうとするのがセオリーだ。

ワザワザ負けそうな側について貧乏くじを引く可能性を上げる理由などない。

どうやらそれがドルバックにとって気掛かりであるらしい。

だがクロードとってこの男に加勢する事を特別重要視している訳ではない。

一番重要なのはリットンを抹殺する事であり、彼に助力するのは事を成すついでにガルネーザファミリーとの間にパイプを持つ事が出来れば程度の安易なもの。

あとはせいぜいリットンを消す真の動機を他の者に悟られぬ様にドルバックからの依頼という別の理由でカモフラージュする事が目的。

それ以外の目的は特にない。とはいえ流石にそれを交渉相手の前でそのまま口にする訳にはいかない。

だからこういう時の為にあらかじめ考えておいた理由をドルバックに伝える。


「ドルバック・ガルネーザ。アンタはウチの親父の通り名を知っているか?」

「通り名だと?それが今なんの関係がある」

「いいから答えろ。そうしたら納得のいく理由ってのを教えてやる」


クロードの横柄な物言いに不快そうに表情を歪ませるドルバックだが、余程理由が気になったのか最終的に自身の記憶を掘り返し始める。


「確か・・・『反逆の荒鷲』だったか」

「正解だ。この国が出来る前の動乱期に一時壊滅寸前まで追い込まれた革命軍を親父の率いる自警団が救援。以降、革命軍と合流し王国打倒から共和国建国まで革命軍を影から支えた時の活躍ぶりを称えて付けられた呼び名らしい」

「それが何だというんだ」


ドルバックの問いにクロードは口に咥えたタバコを手に取り、ニヤリと笑う。


「今のアンタは俺にとって敗北寸前の革命軍と同じなんだよ」

「なんだとっ!」


怒りに顔を紅潮させるドルバックの前に手を突き出し、まだ話の途中だと黙らせる。


「勘違いが無い様に言っておくが俺達はマフィアだ。まかり間違っても義気に駆られてロクに面識もない対立組織の幹部を助ける様な真似はしない。そんな事をする時は必ず相応の利益を見越した上で動く」

「相応の利益?つまり貴様は父親が革命を助けた事で名声を得た様に、俺を助ける事で利益を得る。つまりそういう事か」

「その辺りは想像に任せる」


クロードの意図が見えてきた事でドルバックの表情から僅かにトゲトゲしさが消える。

この裏社会で生きる者にとって利害関係程信頼に値するものはない。

人によっては古からの縁故や親子の情よりも利害関係の方が優先される。

クロードからすれば反吐が出る様な話なのだが、交渉する上ではこういった内容の方が相手の理解を得る上でも非常に効果的だ。


「形勢有利なリットンと追い込まれたアンタ。普通に考えれば有利な方に付くのは確かに道理。勝ち馬に乗りたがるヤツは多い。数が多い程得られる分け前が減るのもまた道理。対して形勢不利のアンタ達は不利だが当たればそれこそ大穴。向こうに付くよりも勝った時のリターンは大きい。違うか?」


クロードの問いかけにドルバックはなんて嫌な事を聞きやがると渋面を作る。

何故ならこの問いに対する答え1つ間違えただけで、自分についてきてくれている者達が自分の下から離れていく可能性があるからだ。

自身の配下といえどこの場に居るのは裏社会を生きるマフィア達。

自分への忠誠心で付いてくる者も少しはいるだろうが、多くはクロードが語ったように勝った時に得られる報酬を期待しているはずだ。

そういった者達を味方に留める為にも、ここでドルバックはクロードの問いを否定する言葉を口にすることは出来ない。

完全にしてやられた。今更そんな事を思ってももう遅い。


「当然だ。俺に付いた者に後悔はさせん」


クロードが味方につくに十分な理由であると自分の口で認めてしまった。

言ってしまった以上、自身でこれを覆す事はもう出来ない。

そんな事をすれば味方の信頼を失う事に繋がりかねない。


「その返事が聞けただけで俺がアンタに与する理由は十分だ」


自分で言わせておいていけしゃあしゃあとそんな事を宣うクロードを見て、ドルバックは悔しそうに歯噛みして視線を逸らす。

どの道彼には好き嫌いで相手を選んでいられる様な余裕はないのだ。

そう判断したからこそ参謀役のモウストが僅かな可能性に掛けてクロードをこの場に招いた訳であり、その事は当のドルバック自身も分かっている筈だ。


(ヤツにも幹部としてのプライドがあるから気持ちが分からんでもないが)


彼にとってクロードは長年敵視してきた組織に所属している相手。

一度は自ら刺客まで送り込んだ男に助力を求める事は彼にとっては相当に屈辱的な事なのだろう。

とはいえそんな個人的な感情で目の前に現れた勝機を手放すべきではない。

それはこれから組織の首領になろうというものであれば尚更だ。


「まあ俺の事を刺客と疑う気持ちは分からないではないが、ここは一度冷静に考えるべきだろう。俺がアンタにもリットンにも手を貸さなかったとしても死体になるのはアンタの方だ。ドルバック・ガルネーザ」

「どうしてそう言い切れる?」

「確かに今までは自力で対処出来たかもしれん。だが今回は第三区画の幹部補佐キャトル・マキウィとヤツが連れている連中がいる。アレ等はアンタを確実に消す為だけにリットン・ボロウがワザワザ外から呼び寄せた必殺の駒だ」

「っ!?」


クロードの言葉に室内にいるドルバック派の面々が俄かに騒ぎ出す。

どうやらこの場にいる者達はそれほど事情に詳しくないらしい。

周囲の反応など気に留めず、クロードはさらに言葉を続ける。


「ヤツがどういった経緯でこの地に招かれ、どういった準備をしているのか俺は知らない。だが、今まで交流の無かった第八区画と第三区画、両方を巻き込んだ上で仕込んだ手札だ。それが連絡役なんていう使い走りだけをする為に滞在している訳がない」


クロードの言葉に思う所があったのかドルバックは何も言い返せず黙り込む。

静かになったドルバックに代わって今度はモウストが口を開く。


「あまりウチの二代目をイジメてくれるな」

「悪かった。そんなつもりではなかったんだが」


言葉とは裏腹に全く悪びれる事なくタバコの煙を吹かすクロード。


「とはいえ状況は楽観視できない。向こうもは他の区画の人間を巻き込んだ上で事に臨むわけだから確実に決める為の算段をしているだろう。今の状況のアンタ達に対処できる可能性は低い。早急に手を打つ必要があるんだが・・・。アンタも弟がいれば泣きつく事もできたかもしれんがな」

「それはありえないな。アイツには家族の情なんてものはない」


ドルバックは自身の弟の事を思い出してか心底苦々しそうに顔を歪める。

どうやらこちらの過程には兄弟の情というのは無きに等しい様子。クロードにとってはむしろ好都合と言える。


「なら、他に頼れる者を味方に付けるしかない。それも向こうの策を打ち砕けるだけ力を持った強力なヤツをな」

「そうだな。つまりお前にとっては自分に有利に交渉を進める条件が揃っている訳だ。まさにこれ以上ないタイミングだな」

「フフッ、そうとも言えるな」


モウストの言葉に我が意を得たりとクロードが微かに笑みを浮かべる。


「さあ、どうする?このまま何の手も打てないまま死を待つか、俺を味方につけて逆転の一手を打つか。決めるのはアンタだ」


クロードから突き付けられた生と死の二択にドルバックは押し黙ったまましばし考え込んだ後、重苦しい溜息を吐いてから貌を上げる。


「どうやら結論は出た様だな」

「ああ、非常に不本意な事だが貴様と手を組む」

「賢明な判断だ」


これで当初考えていた作戦を進める上での条件は揃った。

内心でほくそ笑むクロードに向かってドルバックはさらに言葉を続ける。


「ただし、条件がある」

「条件?」


ここまで来てまだ条件を付けてくるとは悪あがきをする。

そんな事を思いつつドルバックの言う条件に耳を傾けるクロード。

そしてクロードはドルバックの口から一番望ましくない言葉を聞く事になる。


「貴様が連れている女がいたな。アイツを決着(ケリ)が着くまで人質として差し出せ。それが手を結ぶ条件だ」

「・・・・・はぁ?」


クロードの口から思わず間の抜けた声が漏れる。

無理もない。ドルバックが突き付けた条件それは彼らにとって最大の奇手だった。


「おい、ドルバック」

「この条件だけは絶対に譲らん」


宥めようとするモウストの言葉も聞かずに頑なに言い張るドルバック。

そんな彼にクロードは思わず素の反応で返す。


「えっと・・・・。やめたほうがいいと思うぞ」


クロードが何を言っているのか分からないと2人が不思議そうな顔をする。

当然だ。2人は知らない。

今この屋敷の中でクロードと唯一渡り合える相手がいて、それこそがヒサメであることを。


(強さだけで見れば確かに俺以外で護衛に付けるならば最強の手札ではある。あるんだが・・・)


正直クロードとしても彼女が何を考えているか分からない為、何をしでかすか不安も大きい。

昼間の駅での1件を見ても相手を無力化は出来ていたが、手加減という面でまだまだ心配もある。


「そんなに自分の女が心配か?」

「いや、心配というか何というか」


むしろ心配なのはヒサメに同行する人間の身の安全だとは言い出せず言葉を濁すクロード。

そんな彼を無視してドルバックはこの条件で決定と判断を下した。

だが、このドルバックの提示した条件が後にこの第八区画における後継者争いの結末を左右する事になる。

前回投稿時に内容が不十分な個所があったので訂正しました。

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