陰謀が渦巻く地 4
中庭を後にしたクロードとヒサメはそのまま真っ直ぐに部屋へと戻った。
椅子に腰を下ろしたクロードはタバコと一緒にポケットの中に忍ばていたメモ紙を取り出す。
クロードの手に持った紙を見たのヒサメがベッドの上から不思議そうに尋ねる。
「なに・・・ソレ?」
「ん、これか?まだ中を見てないからハッキリと断言は出来ないが、恐らく・・・」
言いつつクロードは真ん中で綺麗に真ん中折りされたメモ紙を開く。
だが、そこには何も書かれておらず真っ白だ。
クロードは少し考えた後、オイルライターを取り出して紙を下から軽く炙ってみる。
すると真っ白だった紙の上に薄らと文字が浮かんでくる。
そこに書かれた内容はクロードが予想していた通りのものだった。
(0時・・・屋敷の地下・・・最奥の部屋か)
断片的な情報が記載されただけの紙切れだが間違いない。これは招待状だ。
ただ招待状にしては肝心の呼び出しの理由や差出人の名前等についての記載は一切ない。
「炙り出しなんて随分と古典的な手を使うね。しかも内容は単語の羅列だけというなんともお粗末な招待状だね」
いつの間にか姿を現したのか、右肩の上からクロードの手元を覗き込むアジール。
「まったく、どこの誰だか知らないけれどたったこれだけの情報で僕の相棒を気安く呼びつけないでほしいものだね」
「そう言ってやるな。相手にも事情ぐらいあるだろう」
「僕には関係ない話さ。で、君はその招待に応じるのかい?」
「さて、どうするかな」
罠の可能性も否定できない以上、普通に考えれば受けるべきではない。
ただでさえ自分達には常に監視が付いている。
例え監視が付いていなくても屋敷内には常に数人が巡回している状態。
部屋を抜け出す事すら難しいのに地下に降りるまで誰にも見つからずに移動する事等最早至難の業。
安全が保障されていない以上は危険を冒すべきでない。それは相手も分かっている筈だ。
(そのリスクを冒してでも交渉する気があるかという事か)
どうやら相手はクロードが彼らにとって交渉するに値するだけの器と力量を持っているかどうかをこの招待状で試すつもりの様だ。
「人を呼びつけておいてこの招待状の主は随分と上から目線だな」
「感じ悪いよね。もういっその事無視しちゃえばいいんじゃない?」
「本音を言えば是非そうしてしまいたい所ではあるんだがな・・・」
しかしクロードはこの招待状を出した相手に興味がある。
一体どのような意図の下にこんな回りくどい真似をするのかむしろ確かめたいという気持ちに駆られる。
「その顔は行く気だね?」
「分かるか?」
「そりゃあ契約してからそれなりに長い付き合いだしね」
「フッ、良く言う」
確かにクロードにとってアジールは人生の半分近い時間を共に過ごしてきた相手だが、精霊であるアジールにとっては10年という時間は今まで生きて来た時間の中でも決して長いものではないはずだし、過去の契約者の中にはクロードよりも長い時間を共に過ごした者だっているはずだ。
別に今が特別という訳でもないだろうと思いつつクロードは話を続ける。
「力を借してくれるな?」
「しょうがないよね。相棒だもの」
やれやれとでも言いたげな様子でアジールが首を左右に振る。
その声音がどこか楽し気に聞こえるのは気のせいだろうか。
ともあれアジールが手伝ってくれるのならば大方の問題はクリアされる。
何せアジールさえいれば屋敷内部の構造や人の配置まで分かるので、知らない屋敷の中であっても我が家の様に好き勝手に歩き回れる。
後は自分達が部屋を留守にしている間をどうするかだが、これについてはヒサメに頼む他ない。
「そういう訳だからヒサメ。俺達が部屋を出ている間の留守を頼めるか」
「任さ・・・れた」
「すまないな。なるだけ早く戻る様にする」
「う・・・ん」
ベッドの上で僅かに首を動かしたヒサメはそのままベッドの上でゴロンと転がる。
傍から見ると気のない返事に聞こえるかもしれないが、これでいて意外としっかりしている。
「さて、これで後は時間が来るのを待つだけだな」
そう言ってクロードはタバコを咥えると、先端に火を点け深く煙を吸い込む。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
深夜0時に差し掛かる頃、明かりを落とした部屋の中でユラリと影が立ち上がる。
「アジール。状況は?」
「廊下側の監視人数は変わらず、ベランダの外も見張られてる」
「監視状況は変わらずか」
「だね。全く夜遅くまでご苦労な事だよ」
「そうか。ならばこちらも計画通りに事を運ぶとしよう」
言ってクロードはポケットの中から取り出した皮手袋を装着する。
「それじゃあ行ってくる」
「うん。・・・がんば・・・れ?」
「そこは疑問形にしなくていい」
何とも締まらない感じだが、今はそれを気にしている暇はない。
ヒサメをベッドの上に残してクロードは風呂場へと移動すると、風呂場の天井に付けられた換気口を外して屋根裏へと移動する。
「流石に埃っぽいな」
「なら今から戻って部屋の前の監視を気絶でもさせるかい?」
「それが出来るなら苦労はない」
残念ながらクロードは相手の記憶を書き換えられるような術を修めていない。
アジールの力を使えば彼らの目を欺く事も可能だろうが、如何せん当該の術は規模が大きすぎる為に勘の良い者に気取られる可能性がある。
特に標的であるリットンと彼の側に付いたキャトルは魔術師であり、気付かれると厄介だ。
「止むを得んか」
「諦めが着いたなら早くいくよ」
「・・・クッ」
狭い屋根裏を音を立てぬように梁の上を慎重に進んでいく。
自分達の部屋から距離が離れた所にある屋根のメンテナンス口から外に出る。
「ふぅ、狭い屋根裏を出た後だと夜風が心地いいな」
そう言って屋根の上に立ったクロードは念の為に周囲を見渡す。
「問題は無さそうだな」
「だからさっき言ったじゃないか、ここは監視の目が薄いって」
「分かってる。一応念の為だ」
「もう、僕が言ってるんだから間違いなんてある訳ないじゃないか」
不満そうに文句を垂れるアジール。
もちろんクロードとてその能力を疑っている訳ではないのだが、日頃面白そうだという理由で平然と嘘をつかれている身としてはその言葉を素直に受け入れがたいものがある。
「何?その少し不満そうな顔は」
「別に何でもない。そんな事より早く警備が手薄な所を教えろ」
無理矢理話題を逸らすクロードに対して釈然としないものを感じつつ、アジールは屋敷内の人の動きを観測する。
「ここから東側に移動した所から2階のベランダを経由して1階に降りられるね。そこから北側に壁伝いに移動すれば窓が開いてる。そこなら警備も手薄で比較的安全に入れるよ」
「そうか」
クロードは頷くと同時に足音を立てぬように素早く移動を開始する。
それから20分程が経過した頃、屋敷の地下にある廊下を1人歩くクロードの姿があった。
どこに人の目があるとも知れないのでアジールは既に自身の影に潜ませてある。
「この分なら時間には間に合いそうだね」
「ああ、そうだな」
途中から慎重を期して僅かながらアジールの力の中でも小規模な術を使っている。
おかげでここまで特に誰かに見つかる様な事もなく無事に辿り着く事が出来た。
後は今歩いている石造りの廊下の奥にある部屋に辿り着くだけなのだが。
「ところでさクロード?」
「なんだ」
「さっきから気になってたんだけどここってさ・・・」
「ああ、牢屋だろうな」
足を止めたクロードは通路の両側に並ぶ鉄格子のはめられた部屋の一室の中を覗き込む。
部屋の中にはサッカーボール程の大きさをした重しが付いた足枷や、血の付いた拷問器具が転がっている。
「聞いた話だとこの屋敷は元々この国の貴族の屋敷だったものを改装して使っているらしいから。この牢屋もその頃の名残だろう」
「その割には壁に付いた血とか結構新しいみたいだけど?」
「まあ職業柄使い道はあるからな。今でも有効活用してるって事だろう」
実際、耳を凝らせば並んだ牢屋の幾つかから痛みを堪える様な呻き声が漏れ聞こえる。
まあどの様な理由で捕まったかは知らないが、別に助ける義理も理由もないので放置して通路の奥へと進む。
「アジール。一応牢屋の中の奴等が告げ口せんとも限らんから奥に着くまで術は解くなよ」
「分かってるよ」
それからは呪詛の様に響く呻き声を聞きながら廊下をしばらく歩くと、突き当りの方に僅かに明かりが見えた。
見ればそこだけ扉の両側にだけ松明の火が灯されている。
どうやらクロードに招待状を出した相手は先に来て待っているらしい。
「どうやら先方はお待ちかねらしいな」
「そうだね。ただ穏便に話し合いをするというには随分と数が多いみたいだけどね」
すんなりと話が進むとは思っていなかったが、こうなってくると相手に話し合いをする気があるのかどうかさえ怪しくなってくる。
「ちなみに数は?」
「ざっと10人ぐらいかな」
「10人か。その中に今日の昼間に会ったヤツは居るか?」
「さあ、それは入ってみてのお楽しみかな」
「・・・オイ」
ここまで来て肝心なところで情報を隠すあたりやはり相棒は底意地が悪いと思わざるおえない。
問いただしたところではあるがそれをしたところで素直に答えるとも思えない。
アジールの説得を早々に諦め、クロードは黙って最奥の部屋に続く扉の前へと移動する。
部屋に近付くにつれ人の気配と扉越しでも分かる程の殺気が伝わってくる。
「このまま部屋の中に入るが、その前に術は解いておけよ」
「いいのかい?」
「ああ、相手がどう出るか分からない以上、手の内をあまり見せたくない」
「分かったよ」
返事の後、クロードの周囲を覆っていた術が解けて、構成していた魔力が大気中に霧散する。
術が解除されると同時にクロードは目の前の扉をゆっくりと押し開ける。
開かれた部屋の中には明かり1つなく、ただ闇が広がっていた。
どうやら意図的に明かりを消しているらしい。
(まったく面倒だな)
そう思ってクロードが部屋の中に踏み入ると同時に、闇の中から銀色の刃が3本飛んでくる。
それが斧だと気付くと同時に空いた左手で距離が近い順に掴み取り、背後に向かって投げ捨てる。
続いて闇の中からナイフを小脇に抱えた2人の男が闇の中から飛び出す。
姿勢の低さや音のない足運びを見てもそこらのチンピラとはモノが違う。
相手は間違いなく一流の殺し屋。だが、そんな相手であってもクロードにとっては何の問題にもならない。
(殺すと後が面倒そうだからここは・・・・)
自分の命の心配よりもこの後の展開について考え、向かってくる相手に拳を握る事もせず間合いに踏み込んだ2人の頭を素早く掴むとそのまま地面に捻じ伏せる。
「ぐっ・・・・」
「クソが、離せ」
地面に頭を押し付けられた2人が悔しそうな声を漏らすが聞く耳は持たない。
そんな事よりも今、クロードには言うべき事がある。
「招きに応じてわざわざ出向いて来たというのに随分と手荒い歓迎ですね」
闇の中にいる人物に向かって投げかけた言葉。
その言葉に応じる様に部屋の中に明かりが灯る。
「流石は"第七区画の鴉"だな。この程度では傷一つ付けられないか」
「そう思われるなら最初からやらない方がいいですよ。場合によっては貴重な部下を失う事にもなる」
「生憎と多少犠牲を払ってでも自分の目で確かめないと信じられない性質だ」
「そうですか。では自分の目で見た結果について今、どの様な感想をお持ちですかモウスト殿?」
灯された明かりの中に浮かびあがった相手に向かってクロードは告げる。
問われたモウストの方はと言うと不敵な笑みを浮かべて答えを返す。
「味方に回るなら良し、敵ならどんな手を使っても排除したい。そんな思いだ」
「それは良かった」
答えに満足したクロードは抑えつけた男2人の頭から手を放して立ち上がる。
「出来ればそちらの方からも何かコメントを頂きたい所ですね」
そう言ってクロードが視線を向けた先、モウストの背後に立つもう1人の男の姿があった。
ガルネーザファミリーの幹部にして次期後継者候補。
そしてクロードにとってはこの第八区画で最も交渉したかった相手、ドルバック・ガルネーザがいた。
次回はいよいよ交渉。
交渉は1話で終わる予定。
そしてその次はいよいよ戦いへ
夏が近付いてきた。最近熱い。
部屋で書いてると蒸し暑い。
パソコンの熱がもうね。




