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闇市で旅支度

ラビが帰った後、クロードはすぐに第八区画行きの準備を開始する。

リットンの密会予定日まであと4日。正直なところ日数はあまり残されていない。

こちらは作戦決行日までにドルバックと接触し、交渉を終える必要がある。

加えて今回出向くのは今まで行った一度も踏み入った事のない第八区画。

ドルバックとの交渉を成立させるまで現地の協力者は望めない。

万が一ドルバックとの交渉に失敗した時の事も考慮して作戦決行前にせめて自身の行動予定範囲内の情報は可能な限り収集しておきたい。


(とりあえず取り急ぎやるべき事はフリンジの叔父貴への報告と第八区画へ向かう口実作り、そして俺が不在の間に仕事に不具合が生じない様にする為の引き継ぎだな)


手に持った手帳に思いついた内容を書き足して即席の行程表を作成する。

時間的猶予はあまりない。足りない時間の分は頭を使って補うしかない。


(全ての準備を整えて向こうに行けるようになるのは早くても2日前か)


2日で準備を終えて残り2日でドルバック・ガルネーザと接触しこちら側に付ける。

それからリットンを抹殺して、こちらへ戻ってくる。

本当はもう少し余裕をもって準備を行いたい所だったがこればかりは仕方ない。

急ぎすぎている感は否めないが、いつまでも危険因子を野放しにしておく事も出来ない。

クロードにとって最優先すべきは問題になり得る可能性の排除。それ以外は二の次だ。


「時間はあまりない。すぐに行動を開始するか」


誰にともなくそう呟いた後、クロードは椅子から立ち上がる。

失敗できない作戦ではあるが、クロードは普段と変わらず落ち着いている。

別に慌てる必要はない。マフィアにとってはこれこそが日常、普段通りだ。

一般人と変わらぬように仕事をこなしていようともクロード達の本質は悪党。

ならず者、アウトローと呼ばれる世に多く居る一般人とは一線を引いた存在だ。

どんなに外面を取り繕おうともその本質が変わる事はない。


直後にタイミングよく出先から帰ってきたフリンジに事情を説明し、第八区画へ出向く事の許可を取りつけた。

流石に何の理由もなく急に乗り込むのは不自然なので、とりあえず第八区画の市場調査と幹部になる前の研修を兼ねて第八区画の視察という名目の出張扱いとなった。

取って付けた様な無理矢理感は残るが、これで表向きの体裁は整った。

後は仕事の引継ぎだが自分も周りの者もそれぞれに予定があったので仕事の引継ぎは翌日実施する方向で調整した。


「さて、行くか」


いつもより少し早く仕事を切り上げたクロードは旅の支度をするべく街に出る。

旅支度と言っても着替えは決まった物しか着ないし替えは家に置いてあるので今更新しいのを買う必要はない。

武器の類も向こうで誰かに鞄の中を見られないとも限らない。

そうなった時に誰かに要らぬ疑いを掛けられても困るので武器などは用意しない。必要とあれば最悪現地調達すればいい。

どこにでも持ち込めるという武器として星神器もあるがあれはあくまで最終手段。余程の状況でない限りは使うつもりはない。


(とはいえ油断は禁物。弾のストックもあまりないし事だし、いざという時の為に弾丸が生成できるように鉱石の塊をいくつか仕入れておくか)


金属の塊さえあれば自分の左手に宿った固有の能力。

魔弾の生成者(バレットメイカー)を使って銃弾を生み出す事が出来る。

しかもただの鉱石の塊であれば見つかっても誰かに疑われる心配もない。


「それじゃあ最初の買い物は決まったね」

「ああ、そうだな」


いつの間にか自身の肩に実体化していた相棒と共にクロードは夕暮れ時の街を目的地へ向かって歩き出す。

昼間にならず者から襲撃を受けた裏通りに向かい、そこから更に細い脇道に逸れて細く入り組んだ道を暗がりに向かって歩いていくと道幅が広い場所に出る。

そこには明らかに怪しい風体の露天商達が道の両脇に所狭しと犇めきあっていた。


「相変わらず胡散臭い感じの人間ばっかりだね」

「そういう連中が集まる場所だからな」


道一杯に広がる露店の店先に目を向けると、見るからに怪しい上に異臭を放つ果実や毒々しい色をした謎の肉、他にも何に使うか分からないどころかまともに動くかどうかも定かでない魔法の道具やら盗品と思しき場違いこの上ない壺なんかが陳列されている。

もちろん見た目通り商品のほとんどが胡散臭くて真っ当な商品など望めそうにない場所ではあるが、真っ当でないからこそ手に入る物もある。

クロードの欲している鉱石の塊に関しても、街の商店街では買う人間が居ないのだから当然取り扱っていない。

なので仕入れるとなると必然的にこういった裏のマーケットを利用せざる負えない。


「折角幹部に鉱山持ってる人間がいるんだからさ。リッキードの所から定期的に分けてもらう様にすればいいのに」

「・・・理由が分かっている癖にそれを言うな」


クロードは自分の持っている能力について、そのほとんどを他者に明かしていない。

組織の内部でも父であるアルバートやごく一部の近しい人間相手にしか自身の能力については知らせず秘匿し続けている。

明かさない理由は単純だ。自身の持つ飛び抜けて異質で強大な力が多くの者に知られれば余計な争いの火種となると知っているからだ。

それでも今日までの日々を生き延びるには力を使わずにいる事は難しく、危機的状況を切り抜ける為に止む無く何度か力を行使した。

その甲斐あってか精霊術師であるという事以外の情報はほとんど外に漏れていない。

それでも力を使った結果だけは確かに残るので残った結果はそのままクロードの名声となり、いつしか"第七区画の鴉"などという異名で呼ばれる様になっていた。

名声を得て有名になった事で幹部への道を開く事が出来たが、おかげで今まで以上に能力の使用には注意を払う必要が出てきた。


(今は昔と違って師匠(せんせい)から教わった魔術も色々と使える様になったし、魔術刻印の力もあるから以前よりも楽になった部分はあるが・・・)


名声を得た事で昔より自分の命を狙ってくる連中は増えたが、昔と比べて自分を狙ってくる連中を相手にする事に苦戦する様な事もなくなった。

ただ、最近ではそれが少しばかり物足りないと感じる事が増えてきた。

一体いつから自分はこんな争いを好む様な性格になったのだろう。

少なくともこちら側に来る前の自分は今ほど好戦的ではなかった風に思う。

そんな事を考えながら歩いているといつの間にか目当てにしている人物の前へと辿り着いていた。


「あれ?クロードの旦那じゃないですか」


目の前で立ち止まった相手がクロードだと気付くなり揉み手をしながら愛想の良い笑顔を向けるのは頭にターバンを巻いた褐色の肌の青年。

一方、声を掛けられたクロードの方はというと青年が売り物として並べていると思しきガラクタなのか金属の原石なのか分からない石の塊を一瞥すると無表情のまま青年の方に視線だけを向ける。


「相変わらずロクなものを置いてないな」

「ハハハ、旦那は相変わらず言う事キッツイですね」


クロードの遠慮も容赦もない指摘に青年は苦笑いを浮かべると、自分の足元に置いてある真っ黒な石の塊を一つ手に取る。


「これでも加工すりゃそこそこ質のいい金属なんですがね」

「加工できないとまるで価値はないがな」

「それはそうですけど・・・・旦那。今日はえらく絡みますね」

「気のせいだろ」


素っ気ないクロードの返しに青年は変わらず苦笑いを続ける事しかできない。

金属を加工する技術や道具があるならそもそもこんなところで商売などしていない。

そんな言葉が一瞬青年の脳裏を過るが、クロード相手にそんな事を言う度胸は流石にない。

何より相手は数少ない客の中でもかなりの上客。

機嫌を損ねて商品を買ってもらえなかったら自分が困る事になる。


「それよりも旦那。今日はどういった御用件で?」

「いつもの鉄鉱石はあるか?」

「ありますよ。っていうかこんな溶かしてもほとんど加工出来ないような鉄鉱石の欠片を買っていくのなんて旦那ぐらいのもんですよ」


そう言って青年は後ろに置いてあった木箱の中から麻袋を取り出すと、クロードに差し出す。

青年からずっしりとした重みのある麻袋を受け取ったクロードはその中を検める。

中には小さな鉄鉱石の欠片がぎっしりと詰まっていた。

これだけあれば数十発分の弾薬の生成が可能だろう。

クロードはそのまま袋を受け取ると財布を取り出し、青年に向かって数枚の紙幣を渡す。


「へへっ、毎度どうも。それにしてもこんなものを欲しがるなんて旦那は本当に変わり者だな」

「本業の方をほったらかしてこんな所で油売っているお前には言われたくないなザハナーテ」

「ナハハッ、こいつは一本取られましたね」


そう言ってザハナーテと呼ばれた青年は自分の額を軽く叩いてみせる

この青年こんな所で露天商の真似事をしているが、実はそこそこ大きな商店を営んでいる若社長だ。

昔、この辺りで実験に使える鉱石が売ってないか探していた時に、偶然揉め事に巻き込まれたのを助けてやったのが縁となって取引を行っている。

今日はこうして客と商人として会っているが、たまに仕事で協力する程度には付き合いがある。


「いや~、旦那みたいな人と繋がりを作るにはここで商売するのが一番なんですよね。あと駆け出しの頃の苦労を忘れない」

「そうか。確かにこちらとしても欲しい物が手に入るから文句はないが、あまり調子に乗りすぎるなよ」

「それはもちろん」


クロードからの忠告にザハナーテは素直に頷く。

大勢が商売しているとはいえここは暗黒街の一角、一般人が商売するにはリスクが高い。

いつ何時妙な事件に巻き込まれて命を落とすとも限らないのはザハナーテとて理解している。


「今度も何かデカイ仕事ですか?」

「・・・なんでそう思う」

「いえね。旦那がそいつを欲しがる時は大概なにかしらの事件が起こるんで」


そう言ってヘラヘラ笑うザハナーテにクロードはキッと鋭い視線で睨みつける。


「あまり余計な詮索はしない事だ。命が惜しいならな」

「・・・こいつは失言でした。今言った事は忘れてください」


クロードの鋭い眼光に圧倒されたザハナーテは表情を引き攣らせながら僅かに視線を逸らす。

下手な言い訳をしない辺りは流石にこの街で暮らす人間だけあって心得ている。

その態度に免じてさっきの質問についてはなかった事にしてやる。


「用は済んだ。今日はもう行く」

「はい、また儲け話があったら誘ってください」

「・・・考えておく」


去り際に儲け話の事を振ってくるあたりなんとも商人らしいと思いつつ。

クロードはザハナーテに背を向けると裏通りを後にする。

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