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幹部候補という標的

クロードの挑発に、男達は叫び声を上げながら一斉に前に向かって飛び出す。


「うらああああああっ!」

「死ねやぁあああっ!」


正面から2人が踏み込みと同時にクロードを挟み込む様にして左右から鉈を振るう。

クロードはその刃を避けるでも受けるでもなく微動だにしない。

動けないのではなく動かない。そもそも動く必要がない。


「アジール。反発領域(リフレクタフィールド)

「分かってるよ」


クロードとアジールの短いやりとりの後、鉈の刃がクロードの体に迫る。

殺ったと思ったと相手が思った瞬間、クロードの体に触れる直前で2人の持つ鉈の刃が何か硬質な物にぶつかったように後ろへと弾かれる。

まるで岩の塊を叩いたかの様な感触に男達が目を見開く。


「何っ!」

「どうなってんだ!」


自身の目の前で起こった事が不可解な現象に訳が分からないといった顔をする目の前の敵に向かってクロードは余裕の表情を向ける。


「そんなナマクラじゃ俺には届かないな」


当然の結果だと言わんばかりのクロードの態度に、あまりにも得体の知れない事態を前に恐怖で顔を引きつらせる2人の目の前でクロードは両拳を握る。

咄嗟に後ろへ下がろうとする相手の動きに併せて前に出ると同時に2人の持つ鉈の刃目掛けて交互に拳打を繰り出し、鋼の刃をまるで陶器の器でも割る様に容易く粉砕する。

鉈の破片が砕けて散らばる中を破片を押しのけながらクロードがさらに踏み込む。


「まずはお前からだ」

「ヒィッ!」


自分から見て右手側にいる相手に狙いを定めたクロードは右拳を繰り出す。

咄嗟に両腕をクロスして身を守ろうと防御する男。

そんな相手の動きなど一切無視してクロードの拳が男の両腕の上から突き刺さる。

ボギボギと音を立て、男の両腕が小枝の様に内側に向かってへし折れる。

両腕もろともに上半身を拳で打たれた男の上半身が勢いよく後ろへと反り返り、後頭部から固い地面の上に叩きつけられる。


「おごぉおおおお」


鼻と口から血を吹き出しながら白目を剥いて男が意識を失う。

クロードは倒れた相手の状態を確認する事無く次の相手に向かって攻撃に移る。


「クッソォオオオオオ!」


破れかぶれになって折れた鉈で襲い掛かってくる男。

だが、そんな適当な攻撃でクロードを止める事等出来るはずもない。

相手が武器を振り下ろすよりも先に相手の右膝を目掛けて拳を打ち込み膝を破壊する。

膝から力が抜けた男の体には僅かな浮遊感と凄まじい激痛が襲う。


「イッギャァアアアア!」


堪らずに悲鳴を上げる男、その悲鳴を遮る様にクロードの手が体勢を崩す男の顔面を右手で鷲掴みにして自分の方へと引き寄せる。


「あまり唾を飛ばすな。コートが汚れる」


冷たい声が男の鼓膜を揺らした直後、クロードは男の体を片手で持ち上げて近くに建つビルの壁面へ向かって投げつける。

顔面から激しく壁面に強く打ちつけられた男は衝撃で鼻がへし折れ、口からは血と一緒に折れた歯が地面に飛び散る。

屈強そうな男2人を容易く沈黙させたクロードは退屈そうに残った3人に目を向ける。


「思ったよりも大した事ないな。これじゃ遊びにもならない」


コートの裾に付いた埃を払いながらそんな事を言うクロードに男達は悔しそうに歯噛みする。


「畜生、なんてヤツだ」

「あの細身の一体どこにあれだけの力があるってんだ。クソッ」

「愚痴っても仕方ねえ。取り囲んで一斉に仕掛けるぞ」


クロードを遠巻きにしながら三方向から仕掛けようと散開してクロードを取り囲むスキンヘッドの男達。

先程、仲間が武器を弾かれた事の謎も未だ解けてないというのに無謀にも挑もうという男達にクロードは呆れて肩を竦める。


「もう少し頭を使ったらどうなんた?」

「うるせえ!余計なお世話だ」

「余裕ぶってられるのもここまでだ。今度こそぶっ潰してやる」

「覚悟しやがれ!このカラス野郎」


相手を威嚇するように大声を張り上げて3人が一斉にクロードに向かって仕掛ける。

一方のクロードの方はというと、迫る男達を前に身構えるどころかポケットの中からシガーケースとライターを取り出す。


「この手の連中は言語ボキャブラリーが貧弱すぎるな」

「カラス野郎だってさ。センスも壊滅的だよね」


武器を振りかぶり必死の形相で向かってくる男達とは対照的にクロードは取り出したタバコを口に咥えてライターで火を点ける。

タバコの先に火が灯るとほぼ同時に、三方向から同時に棍棒と鉈が振り下ろされる。

しかし結果はさっきと同様、刃も棍棒もクロードに触れるどころか口に咥えたタバコから立ち昇る煙さえ揺らす事すら無く弾き返される。


「なんでだ。どうして届かないんだ!おかしいだろうがよ!」

「クソッ、全然刃が通らねえ」

「まるで見えない壁があるみてえだ」


まるで微動だにしないクロードに悲壮感を滲ませながら目の前の現実に抗議する男達。

そんな事をしたところで彼らの現状が変わる訳ではない。

脂汗まみれになった男達の見事なスキンヘッドが裏通りに僅かに入り込んだ光を何倍にも増幅して反射しテカテカと光る。

その光に眩しそうに目を細めるクロードとアジール。


「何度やっても同じ事だよ。僕の結界を抜きたいならせめて聖剣の1本ぐらいは持ってきてもらわないとね」

「そんな代物がそう簡単に手に入る訳ないだろ。それこそこんな連中じゃ一生無理だ」

「それもそうだね」


男達の嘲笑うかのようなクロード達の態度に怒りを感じながらもどうする事も出来ない。

鍛え上げた自慢の筋肉が歯が立たない時点で男達は既に詰んでいたと今更ながらに思い知る。


「奇妙な術なんぞ使いやがって卑怯者め」

「ほう、だったら1人を6人で囲むのは卑怯じゃないのか?」

「ぐっ、それは・・・」


クロードの問いに男達は黙り込んで目を逸らす。

流石に1人を相手に多勢で仕掛けておいて、その上で武器まで持ち出しているとなれば彼等の様な阿呆でもどちらが卑怯か程度の分別はつくらしい。

もっとも分別が付いたから大人しく引き下がるかと言えばそれはまた別の話だ。


「黙れ黙れ!テメエも男なら素手で勝負しろ!」

「俺は最初から素手なんだがな・・・」

「そっ、その妙な術を解いて俺達と堂々と戦えって言ってんだ!」

「お前マフィアの幹部になるんだろ。だったら男を見せてみろ!」

「そのカスみたいな言い分に俺が付きあう意味があるのか?」

「本当、言ってる事が滅茶苦茶だね」


今まで何度か待ち伏せにあった事はあるが、こんな情けない事を言い出した奴等は目の前の今回が初めてだ。

男達のあまりの身勝手さとバカさ加減に怒りさえ湧かず、むしろ哀れみすら感じる。

だからと言って命を狙ってきた相手に優しくしてやるほどクロードは甘い人間ではない。


「そろそろ終わらせるか」

「そうだね」

「ちょっ待っ!」


相手が言葉を言い終えるよりも早くクロードの拳が1人の顔面を殴りつけて通りの出口まで吹き飛ばし、続けざまにもう2人目の腹にボディーブローを見舞う。

メキメキといくつもの骨の折れる音が静かな通りに響いた後、意識を絶たれた2人目の男が前のめりになって地面に崩れ落ちる。

その時、手から零れ落ちた棍棒を奪い取って残った最後の1人の足元目掛けてフルスイングする。

ぶ厚い筋肉で覆われた足の骨がいとも簡単にへし折れ、支えを失った男の体が地面の上へと倒れる。


「あああああああああああっ!足がぁあああああ!」


想像以上の激痛に襲われた男は駄々をこねる子供の様に往来の真ん中をゴロゴロと転がる。

クロードはそんな男の傍に近付くと足で腹を踏みつけにして、顔の横に棍棒を突き立てる。


「あまり耳障りな声で騒ぐな」


クロードの冷たい視線に射抜かれた男は怯えた子犬のような目でその姿を見上げる。

先程まで普通の人間にしか見えなかった相手の姿が今はとても恐ろしい怪物に見える。


「今からする質問に速やかに答えろ」

「言えばこれ以上痛い思いをしなくて済むかもね」


クロードの威圧的な態度に圧倒されそうになる心を必死に抑え込んで男は最後の抵抗を試みる。


「そんな事・・・できるか、俺達全員・・・殺さちまう」

「このまま戻っても殺されると思うが?」

「それでも・・・テメエみたいなヤツに・・・・話すのだけはお断りだ」

「クロード。まだ痛みと恐怖が足りないみたいだね」

「その様だな」


クロードはそう言って男の顔の横に突き立てた棍棒をおもむろに持ち上げると、男の右肩目掛けて容赦なく振り下ろす。

ゴキャッという聞いた事もない音と共に右鎖骨が折れてかつて味わった事のない程の痛みが男を襲う。


「ひぎゃぁあああああああああああああ!」


裏通りの端から端まで響くほどの絶叫が辺り一帯に響き渡る。

だが、そんな男の叫び声もクロードに腹を思い切り踏まれてすぐに声が途切れる。


「騒ぐなと言っただろ?」

「ば・・び。ずみ・・ヴぁぜん」

「もう一度だけチャンスをやる。素直に答えれば見逃してやるが、そうでないなら・・・」

「・・・わがり・・・まじだぁ」


涙を浮かべ、すがるような目を向けてくる男にクロードは相手の心が完全に折れたと確信する。


「お前等を差し向けたのは誰だ?」


クロードの問いに男は僅かに逡巡した後、諦めた様に口を開く。


「・・・ガルネーザファミリーの・・・ドルバックさんです」


考えていたのとは違う人物の名が出てきた事に、クロードとアジールは首を傾げる。


「ドルバック?誰それ?」

「確かガルネーザファミリーの首領(ドン)の息子の片割れがそんな名前だったか」


ドルバック・ガルネーザと言えばガルネーザファミリーの次期後継者。

第八区画の大物ではあるが、クロードとは因縁どころか面識すらない相手だ。


「ぞうです。そのドルバックさんです」

「リットンじゃないんだね」

「・・・はい」


殺気を強めて脅しても変化がなく、どうやら嘘を語っている様子はない。

流石にこの局面で腹芸が出来る程賢そうにも見えないし本当だろう。

ひとまずここは男の言葉を信用するとして問題はその理由だ。

クロードにはガルネーザの後継ぎと争うような理由がない。


「何故ドルバック・ガルネーザが俺を狙う?奴とは何の接点もないはずだが?」

「それについては聞いてません。・・・俺達は頼まれただけで」

「本当に知らない?」

「本当に本当です。ただ・・・・」

「なんだ?隠し事は為にならないぞ」

「分かりました!話します!」


男は気を静めるとあくまでも噂であると前置きしたうえで語り始める。


「ドルバックさんはリットンさんと物凄く仲が悪いらしい」

「ほぅ、面白そうな話だな。続けろ」

「はい。ガルネーザの親分さんは実子のドルバックさんよりもリットンばかり贔屓しているって話で、息子のドルバックさんはそれが気に入らないらしい。しかも一部じゃ親分さんは息子のドルバックさんじゃなくてリットンさんを2代目にしようって話があるってもっぱらの噂で」

「それとクロードがどう関係するのさ?」

「多分、以前リットンさんが送り込んだ刺客がアンタに返り討ちにされたって話があったからリットンさんよりも先にアンタを潰してアピールしたかったんじゃないかと」

「なるほどな」


男の言った噂とやらが真実なら確かに考えられない話じゃない。

マフィアの世界は血筋も大事だがそれ以上に実力主義社会だ。

血筋が良くても力のない人間は上には上がれない。

最近組織内で幅を利かせているリットンを抑えるにはヤツ以上の手柄を立てる必要がある。

そう考えた時、相手が出来なかった事をやるというのは効果が大きい。

しかも今回ターゲットにしているクロードは標的とするには丁度いい相手だ。

他のファミリーの幹部相手に不用意に手を出せばファミリー同士の大きな抗争にまで発展しかねない為に手を出しにくいが、一構成員を殺ったところで大した手柄にはならない。

しかし幹部候補ならば組織の役職に就く可能性のある重要人物ではあるが、まだ候補止まりなので幹部程の扱いにはならない。

かといって一構成員よりも遥かに価値のある存在、仕留める事が出来ればリットンに差を付けられるだけじゃなく相手の組織にまでダメージを与えられる。

そうなれば大手柄は間違いない。

だからドルバックにとって今のクロードは是が非でも自分の手で殺したい相手という訳だ。


「まさかガルネーザの後継者争いに巻き込まれるとはな」

「なんだか面倒くさい事になってきたね」


他人の喧嘩の勝ち負けを決めるのに巻き込まれた事に不満そうな溜息を吐くアジール。

クロード達にとっては全くもっていい迷惑である。

しかし、その話を聞き終えたクロードの頭に閃くものがあった。


「そう悪い事ばかりでもないぞアジール」

「どういう事?」

「やり方次第でこの話、利用できるかもしれない」

「えっ?」


クロードの言葉の意味が分からず不思議そうに首を傾けるアジールに対し、クロードは口元を歪め邪悪な笑みを浮かべる。

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