鴉の家の家族会議
突然のビルモントファミリー大幹部であるダリオの訪問の後、タダ飯で腹を満たしたロック達を家から追い出しクロードと彼の同居人達はリビングでテーブルを囲んでいた。
いつもと何かが違う異様な空気に包まれたリビングの中で、折り目正しく椅子に腰かけていたルティアは隣に座っているクロードを見上げる。
「クロードさん。これから何が始まるんですか?」
「見てれば分かる。多分な」
どこか疲れた様な顔でそう答えるクロードに、ルティアの疑問はさらに膨れ上がる。
だが、そんな彼女の疑問も次に放たれたアイラの言葉ですぐに晴れる事になる。
「これより緊急の家族会議を開催します」
静かな空間にいつもよりハッキリとした口調で話すアイラの声が響き、グロリアとシャティ、ヒサメの3人が乾いた拍手を送る。
そんな中、クロードだけ心底が不満とも呆れとも取れる複雑な顔をして、テーブルの上に置いてあった灰皿を自分の手元へと引き寄せる。
「家族・・・会議?」
今の場の雰囲気に似つかわしくない何とも和やかなフレーズにルティアは小首を傾げる。
一体何について話し合うのだろうかと思った時、先程までこの場にいたビルモントファミリーの大幹部。ダリオの残した言葉がルティアの頭に思い浮かび不安に駆られる。
「もしかして私が工作員と疑われている事についてでしょうか?」
「いいえ違います。それはどちらかというと些細な問題です」
「些細な問題・・・ですか」
ルティアにしてみれば自分の命に関わるかなり重大な用件を些細な事と言われた事に複雑な思いがしないでもないが、それ以上にアイラが問題としている話題が他にあるという事に関心が高まる。
「他に何か重要なお話があるんですね」
「ええ、私達にとっては非常に重要かつ、とても大切な話です」
「それは一体・・・」
ゴクリと喉を鳴らすルティアの前でアイラが真剣な顔で言葉を紡ぐ。
「旦那様が私に幹部推薦の話を黙っていた事です」
「・・・へ?」
想像の斜め上を行くアイラの言葉にルティアの目が思わず点になる。
アイラの言っている事の意味が理解できずに混乱するルティアの隣で、当事者であるクロードがまるで他人事の様な顔をして、いつの間に取り出していたのかテーブルの上に置いたシガーケースの中から1本のタバコを抜き、口に咥えて火を点ける。
「今日までの間に旦那様から幹部推薦のお話を聞いた人はいますか?」
「残念だけど今日初めて聞いたわね」
「グロリア姐に同じく~」
「まったく・・・聞いて・・・ない」
アイラの問いに答えたグロリア達の表情にも不満がありありと見て取れる。
どうやらルティア以外の全員がアイラと同じく今回の事を不満に思っているらしい。
そこで改めてルティアはこの家で暮ら人間にとって"クロード・ビルモント"という人物がどれだけ大きな影響力を持つかを思い知る。
彼女達全員が彼の一挙手一投足を気にしており、それ以外の全ては二の次なのだ。
「何を呆けた顔をしているんですかルティアさん。これは一大事なんですよ」
「そこまで言う程の事でもないと思うんですが・・・」
「何を言ってるんです。当たり前じゃないですか!」
ルティアの言葉に、そんな事はないと強い拒絶の色を滲ませるアイラ。
普段一歩身を引いた姿勢を取るアイラからは想像出来ない少しヒステリーな態度に、思わずルティアも表情を引き攣らせる。
「日々寝食を共にしている私達にも教えてくれないなんておかしいです」
「今回はアイラ姐の言う通りだと思う」
「そうね。ありえないわね」
「断固・・・糾弾」
胸に抱いた感情を隠そうともせず、感情の篭った眼差しをクロードへと向けるアイラ達。
そんな彼女達の視線を一身に集めるクロードはというと、何事もない様に肺の中に取り込んだタバコの煙を宙空へ向かって吐き出す。
アイラ達4人の責める様な視線にもまるで動じないクロード。
長年彼女達と一緒に暮らしているだけあってこういった事態にも慣れているらしい。
「今日帰ったら話をするつもりだった」
「それは本当ですか旦那様?」
「俺がお前達に嘘をつく理由がない」
実際、ダリオという予定外の来客が無ければ夕食の席で話をするつもりだった。
早めに話をしないとこうなるであろう事は長い付き合いから予想出来ていたからだ。
しかしそんなクロードの予定もダリオによって見事に狂わされた。
(完全に予定を狂わされただけでなく。状況が悪い方へ流れてるな)
ダリオのせいでアイラ達4人に幹部推薦の事を今日まで黙っていた事がバレただけでなく、自分の口から伝えるべきだった話を彼女達とは初対面の男に先に言われた。
結果として彼女達がその事をどう思うか等、想像するのは容易い事だ。
4人からの疑いの眼差しに晒されたクロードはそんな事を考えながらタバコを吹かす。
(まったく、ダリオの叔父貴も余計な事をしてくれる)
流石にこれまで幹部になる為の試練のつもりで仕掛けたという事はないだろうが、彼のおかげで何事もなく済むはずだった話が一転、厄介事へと変わった。
別に後ろ暗い事なんて何1つとしてありはしないが、報告を後回しにされた彼女達の不満を静めるにそれだけでは足りない。
どう対処しようかと考えていたクロードに最初に質問したのはシャティだった。
「ダーリン。幹部になるって話はいつ決まったの?」
「先週だ。親父の所に呼ばれた時に聞かされた」
「なんでその時に話さなかったの?」
「その時はまだ正式に発表になっていない話だったからな。教えられる訳ないだろ」
「いいじゃないですか。一緒に暮らしている私達にくらい教えてくれても」
「そういう訳にはいかないだろ」
"第七区画の鴉"なんて呼ばれた所で、クロードは所詮ファミリーの一構成員でしかない。
いくら自分の事であろうと勝手にファミリーの情報を漏らしていい筈がない。
それは例え一緒に暮らしている家族同然の人間が相手であってもだ。
「真面目っていうか堅物よね。クロードって」
「とっても・・・頑固者」
「コンプライアンスに関わる事だからな。仕方ないだろ」
田舎暮らしの学生だったとはいえ、日々ネット等を通じて数多くの情報が行き交う世の中で生きていたクロードは情報というモノの重要性を理解している。
かつて織田信長が桶狭間で今川義元を討った様に、情報というものは時に不利な状況さえも覆し、歴史さえも左右する。
そしてそれはクロードの生きているこの裏社会も同じ事、今時のマフィアは腕っぷしが強い事だけでは上に上がるところか生き残る事も出来はしない。
「だからって旦那様は少し私達に冷たいと思います」
「クロは・・・冷たい」
「体温ならお前よりは高いと思うぞヒサメ」
「確かめて・・・みる?」
「いや、遠慮しておく」
手をワキワキさせながら立ち上がろうとするヒサメをクロードは手で制する。
軽口を叩いているが、4人からの不満の篭った目は途切れた訳ではない。
この場に居座り続けている性質の悪い不満を払拭するには彼女達を納得させるだけの言葉と、もう一つ何か別の要因が必要だ。
(さて、どうするか)
どうするか等いちいち考えるまでもなく分かっている事だが、あまり気乗りしない。
「悪かった。といえば許すのか?」
「無理です」
「無理ね」
「無理かな~」
「ム・・・リ」
「だろうな」
アイラ達が"家族会議"と呼ぶこの茶番劇が開かれた時点でクロードは負けている。
そもそもこの席でクロードに求められているのは誠意ある謝罪の言葉等ではない。
彼女達の目的はあくまでもこの機を利用してクロードに自分達のワガママを聞かせる事にある。
それが分かっているなら聞いてやれば済む話だと思うかもしれないが、あまり譲歩しすぎると後からとんでもない要求を突き付けてくるので油断ならない。
だからこの場で交渉して少しでも彼女達の要求してくる条件のレベルを引き下げる必要がある。
「で、要求はなんだ?」
「今夜一晩一緒に・・・」
「却下」
「じゃあ、一緒に風呂場で・・・」
「却下だ」
「・・・・・」
「・・・・・」
アイラとグロリアが立て続けに口にしかけた要求を、彼女達が言い終わるよりも早く立て続けに却下するクロード。
「旦那様。まだ言い終わってませんが?」
「そうよ。人の話は最後まで聞きなさい」
「最後まで聞かなくてもお前達が言いそうな事等お見通しだ」
最初のワンフレーズだけで彼女達がどんな事を言おうとしていたか等容易に想像がつく。
「クロ・・・我儘すぎ」
「ダーリン諦めが悪いよ」
「お前達がそれを言うな。後、ここぞとばかりにがっつきすぎだ。少しは慎みを持て」
このまま彼女達の意見を聞いて埒が明かない。
そう感じたので今度はこちらから条件を提示してみる事にする。
「何か欲しい物はないのか?多少高くても・・・」
「旦那様より欲しいモノはありません」
「左に同じくよ」
「アタシもそれに同意見~」
「クロが・・・欲しい」
然も当然と言わんばかりに言い切る4人の言葉に今度はクロードが言葉を遮られる。
それにしてもこうも立て続けに、しかも淀みなく言われると流石に反応に困る。
照れが表情に出ない様に必死に堪えながらなんとか平静を装う。
「俺をモノ扱いしてる事はスルーか・・・まあいい。なら今度、全員で街に買い物に行くというのはどうだ?」
「買い物ですか」
「そうだ。不服か?」
クロードの提案にアイラ、グロリア、シャティ、ヒサメの4人が顔を見合わせる。
視線だけで何やら意思疎通を行っている様だが、生憎とクロードにその内容まで読み取ることは出来ない。
だが、その会話の内容は大凡見当はついているので問題はない。
というかここまでの流れも含めてクロードの手の内だ。
しばらく相談を終えたらしき4人の中から代表してアイラが答える。
「分かりました旦那様。多少残念ではありますが今回はそれで妥協しましょう」
「そうか。なら良かった」
計画通りというのがバレないよう安堵した様な表情を作って見せる。
自分の家の人間相手にこんな腹芸を披露しなければならな虚しさはあるが仕方ない。
ともあれ、これでひとまず本日最後の問題はクリアできた。
後はこの場を借りて持ち帰った話を当人に伝える事にする。
「話題は変わるがルティア嬢」
「あっ、はい!なんですか?」
いきなり話しかけられたルティアは顔を上げて姿勢を正す。
「君の次の仕事についての話だ」
「えっと、どんなお仕事なんでしょうか?」
どんな仕事をさせられるのか気にした様子のルティア。
クロードの事を信用しているとはいえ、マフィアに仕事を斡旋してもらうのだから少なからず不安もあるのだろう。
「君には俺の師匠であるブルーノ・ラグランジュ師の助手を頼もうと思っている」
「えっ!あの工房を持っている凄い魔術師の方のですか?」
「ああ、そうだ」
クロードの返事にルティアは嬉しさと驚きの入り混じった様な顔をする。
彼女は精霊術師であり、普通の魔術師とは術の使い方などが根本的に違う。
それでも高位の魔術師と接する事が出来るに関心が高まる。
何よりクロードの師がどんな人物なのか非常に興味がある。
「私でいいんですか?」
「ああ、とりあえず明日の昼に面談する事にしたのだが構わないか?」
「はい、大丈夫です」
「明日の昼前にファミリーの人間が迎えに来る事になっているからそれに従ってくれ」
「分かりました。雇ってもらえるように頑張ります」
ルティアの意気込みを聞いたクロードは小さく頷くと、持っていたタバコの先を灰皿に押し付けて消すのだった。




