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その覚悟を問う

それはほんの一瞬の出来事だった。

テーブルの上、並べられた料理に手を伸ばそうと出したダリオの右手。

その手が僅かに向きを変えたと思った瞬間、袖口に隠し持っていたダガーナイフが放たれる。


「っ!!」


ダリオの手によって繰り出されたナイフは限界まで引き絞った矢の様なスピードで、ルティア目掛けて一直線に飛ぶ。

その場にいる誰もが予想していなかった完全なる不意打ちの一撃に、咄嗟に反応したクロードの手が寸での所でナイフを掴み取る。


「へっ?」


キョトンとした顔で目の前に突き付けられたナイフの刃先を茫然と見詰めるルティア。

一方、素手でナイフを掴んだクロードはナイフを飛ばした張本人へと視線を戻す。


「ダリオの叔父貴。こいつは何の真似ですか?」


出来るだけ態度に出ない様に努めてはいるが、声音や表情に怒りの色が滲み出ている。

クロードが怒るのも無理はない。なにせ今の一撃、クロードが止めなければナイフの刃は間違いなくルティアの喉を貫いていた。


(いきなり仕掛けてくるとは、どういうつもりだ)


何故急にこんな行動を取ったのかはまるで分からないが、自分の目の前で躊躇なくルティアに向かって刃を投げつけたダリオにクロードは心からの怒りを覚える。

そんなクロードの態度にもダリオはまるで動じる事無く平然としている。


「何の真似?それはこっちのセリフだぞクロード・ビルモント」


そう言って椅子から立ち上がったダリオの鋭い眼光がクロードを射抜く。

その目はまさに悪党と呼ぶに相応しい凶悪な目をしていた。


首領(ドン)アルバートの右腕、アンダーボスである俺の邪魔をした。その行動の意味が分からないとは言わせない」

「理由も教えられずにいきなりこんな真似をされてはこちらも黙っていられません」

「お前の都合など聞いていない」

「だったらこちらも黙って見過ごすつもりはありません」


そう答えたクロードは手に持ったままだったダガーナイフの刃をそのままへし折り、足元に捨てる。

テーブルを間に挟んで向かい合ったまま、互いに一歩も譲らないクロードとダリオ。

そんな中、あまりに突然の出来事に一体何が起こっているのかまったく思考が追い付いていない男達が居た。


「おい、これって一体どういう状況なんだ?」

「分からん。でもなんかマズい雰囲気じゃないか?」

「ああ、まさかこのまま殴り合いになんてなったりしないよな?」

「・・・殴り合いじゃ済まないかも」


ロック達3人の前で対立しているように見えるファミリーのNo.2と兄貴分のクロード。

もしこのまま2人が戦うなんて事になった場合、自分達は一体どちらの味方をすればいいのかそれさえも分からないといった様子だ。

一方、どちらの味方をするかさえ分からずにいる若い男連中とは対照的に、例え世界の全てを敵に回してもクロードに付いていくと決めているアイラ達4人は実に冷静だった。

狙われていると思しきルティアの襟首をグロリアとシャティが掴んで強引に後方へと下がらせると、自分達の背後に庇う様にして前に出る。


「ルティアさんは後ろに下がってください」

「そうそう。アタシ達に任せておきなよ」

「にしてもダリオって男。かなりの使い手みたいね」

「ナイフ・・・投げたの・・・見えなかった」


もしこのまま戦いになってもいい様に戦闘態勢に入る4人。

彼女たちの後ろでただ1人未だに事態が呑み込めていないルティアだけがポカンと口を開けたまま呆けている。


「あれ?えっ?今、何がどうなったんですか?」

「ルティア、アンタまさか自分が今殺されそうになったって自覚がないの?」

「ルティちゃん・・・大物」


ルティアの発言に思わず額に手を当てて呆れるグロリア、その隣でルティアに向かってヒサメが右手でサムズアップをしてみせる。

2人の言葉に首を傾げるルティアの背後から小型化したままの姿のアルマが顔を出す。


「あの男、我のルティアを傷つけようとしおった」


怒りに震えるアルマがダリオを睨み付けながら吠える。


「絶対に許せん!消し炭にしてくれる!」

「アルマ様は少し落ち着いてください」

「そうそう。今出ていくと話がややこしくなるからね」

「うるさい。我がどうしようと我の勝手だろう」


そう言ってルティアの背から離れようとするアルマにアイラが冷たい眼差しを向ける。


「あまり聞き訳がない様だとお仕置きしますよ」

「うっ!」


何故だろう。このエルフの女に睨まれると強く逆らえない。

彼女を敵に回してはいけないと長い年月を生きて培った経験がそう告げる。

アイラの眼力に圧倒されて縮こまるアルマの頭をルティアがそっと撫でる。


「アルマ。私は大丈夫だからここはクロードさんにお任せしましょう」

「うぅ、またあの男に頼るのか」


内心の複雑な思いを吐露しながらもアルマはルティアの言葉に従う。

そうやって周囲の視線を集める中、言葉を発する事無く睨み合う2人。

そんな状況がしばらく続いた後、最初に口を開いたのはダリオの方だった。


「理由を教えろと言ったな。それを聞けば貴様は納得するのか?」

「それは話を聞いた後で俺が判断します」

「もし、これがファミリーの総意であったとしてもか?」

「それでもです」


決して己の意思を曲げようとしないクロードにダリオはフンと鼻を鳴らす。


「いいだろう。なら聞かせてやる。そこのルティアという娘にはレグンニーズ王国が我々ビルモントファミリーの内情を探る為に送り込んできた工作員の疑いが掛けられている」

『えっ!』


ダリオの言葉にその場にいる全員が驚きの声を上げ、ルティアの方へと視線を集める。

だがそれはダリオの話を聞いた周囲の人間よりも、疑いを掛けられたルティア本人が一番驚いている様子だった。


「何の事を言っているのか全然分からないんですが?私、そんなの知りませんよ」

「自分から素性をバラす様な工作員は居ないだろう」


然も当たり前と切って捨てるダリオの言葉にクロード達は困惑の表情を浮かべる。

だがその表情はルティアを疑ってそうなったのではない。

むしろ逆、その話はほぼ間違いなくデマだと確信を持ったからだ。

この一週間、ルティアと暮らして皆ある程度その人となりは分かってきた。

素直で少し鈍くさいところのある彼女に、クロード達全員を騙す様な真似が出来るとは思えない。

もしこれが演技だったとするなら工作員など即刻辞めて劇団に入る事を勧める。


「待って下さいダリオの叔父貴。そもそもそれってまだ疑いが掛かっているってだけなんじゃないないですか?」

「少しでも疑がわしいならそれは黒と同じだ。疑わしきは罰せよという言葉を知らんのか貴様は?」

「知ってますが、そんな白か黒か以前の話で彼女を殺そうとしたんですか?」

「何を温い事を言っている。そんな青臭い考えでビルモントファミリーの幹部が務まると思っているのか」

「いいえ、ダリオの叔父貴。幹部になるからこそです」


絶対王政が残っている様な余所の国ならまだしも、ここレミエステス共和国は民主国家。

ちょっと疑わしいから死刑にしましょうなんて時代錯誤な考え方は既に通用しない。

それはクロード達の様なマフィアのいる裏社会とて同じ事。

悪党には悪党の世界の法があり秩序がある。

そしてクロードの養父である首領(ドン)アルバートが作ったビルモントファミリーの法はそんな傍若無人を許してはいない。

だが、ファミリーのNo.2であるダリオは今、その法から外れた発言をしている。


「親父はこの事を知っているんですか?」

「この程度、わざわざ首領の耳に入れる様な事ではないな」

「それは親父が止めると分かっているからですか?」

「さあな。だが真にファミリーの為を思うならどんな手を使っても僅かな障害の芽まで摘み取るべきだ。そうは思わんか?」


ダリオのその言葉を聞いたクロードは、両拳を固く握りしめる。


「その言葉、相手が組織のNo.2のアンタであってもそれは聞き流せないな」

「なんだと?」


今日初めて苛立たし気な表情を見せたダリオに、クロードは真っ向から言葉を浴びせる。


「アンタの言ったやり方は俺がこの世で最も尊敬するアルバート・ビルモントという男の理念に反する。だからアンタの話は聞けない」

「ほう、どうあってもか?」

「例えファミリーの大幹部であるアンタを敵に回す事になっても、これだけは譲れない」


宣戦布告とも取れるクロードの言葉にダリオの方も態度を崩さない。


「随分と大口を叩いたな。ならばもし、その娘のせいでファミリーが痛手を被る様な事があったら貴様はどう落とし前をつけるつもりだ?」

「その時は俺の手でも足でも命でも好きな物を持って行って頂いて構いません」

「大きく出たな。それだけの覚悟があると?」

「無論です」


ハッキリと言い切るクロード。それを聞いてダリオは左手で眉間を抑え僅かに俯く。

表情が見えなくなった途端にその肩が小刻みに震え始め、指の間から笑い声が漏れ出す。


「・・・フッ、フフフフ、ハハハハハッ」


突然笑い声を上げ始めたダリオにクロード達の間に微かに動揺が走る。

ついさっきまでの張り詰める様な緊張感漂う空気とは明らかに違う。

空気が緩み肩が軽くなったような様な何か妙な感じがする。

違和感に動揺するクロード達を余所にひとしきり笑ったダリオが顔を上げる


「流石は親父が幹部や古参連中の反対を押し切ってまで自分の養子にする程見込んだ男。大した侠気だ」

「・・・えっ?」


先程まで凄まじい威圧感を放っていた男と同一人物かと疑いたくなるほど、可笑しそうに笑顔を浮かべるダリオに他の全員が狐につままれた様な顔をしている。


「えっと、ダリオの叔父貴?」

「なんだ、まだ気づかないのか?」


その言葉にクロードは今までの事がすべて彼の芝居であったという事にようやく気付く。


「いや、でも・・・ルティアに投げたナイフ」


そこまで考えた時、ふとある事に気付く。

組織でナイフの扱いについてファミリーでも随一の腕を持つと言われるダリオ。

いくらクロードといえどダリオの本気をこうも簡単に見切れただろうか。

そう思って先程へし折った足元のナイフに視線を落とすと、真ん中で二つに折れたナイフの刃が粒子状の細かい砂となって崩れる。


「一応お前が反応しやすい様に投げるタイミングやナイフの出所が分かりやすい様に投げたし、万が一お前が失敗しても大丈夫な様に保険はかけておいた。ちなみにソイツはブルーノ大先生に頼んで作ってもらった魔術式を仕込んだ特性のナイフだ」

「なんて手の込んだ真似を」

「あれぐらいしないとお前が乗ってこないと思ってな」

「ぐっ」


確かにダリオの言う通りかもしれない。

正直ここでやられなければクロードはダリオの策に引っ掛かったりしなかっただろう。


「しかし、何故こんな真似を?」

「最初の方に言っただろ。"お前が幹部の器に相応しいか確かめる為に来た"と」

「・・・あっ」


ダリオはクロードが幹部に相応しいか見極める為にこんな手の込んだ茶番を演じたのか。

自分はまだまだこの人の足元にも及ばないとクロードは痛感する。


「まあ、手間を掛けた甲斐あってお前の本音を知ることは出来た。まだまだ未熟で甘い部分はあるが、親父の理念を守ろうと俺に歯向かった所は認めてやる」

「・・・恐れ入ります」


ダリオの褒め言葉にもクロードの表情は冴えない。

それはそうだ。今回自分はダリオの術中に嵌って掌の上で踊らされただけだ。

1人で暗い表情をするクロードにダリオはやれやれと肩を竦める。


「そんな事よりもそろそろ食事にしないか?実は昼から何も食べていなくてな腹ペコなんだ」

「あっ、はい」


そうして落ち込むクロードは気まずい空気の中、皆と食卓を囲むことになった。

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