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情報屋からの定例報告 2

ボルネーズ商会の会議室、そこにはクロードとロック、バーニィの3人とラビが居た。

会議室の外ではドレルが1人で食事をしながら警護班の再編成案を考えている。


「とりあえず今週の定例報告から始めちゃおうか」

「そうだな」


そう言うラビの正面には先程届いたばかりの出前料理。

見るからに旨そうな料理からは湯気が上がっておりおいしそうな匂いを漂わせている。

彼女の前に座っているクロード達も同様に目の前に料理を並べている。

各自この後も予定があるので食事をしながらラビの情報を聞く事にした。

多少行儀が悪い行為ではあるが、それはこの際仕方がない。


「そういえばこの間のリッキードおじさんの鉱山の件どうなった?」

「ああ、例の奴隷商人共か。俺も後から聞いた話だが当日の内に鉱山に乗り込んで1人残らず身柄を抑える事が出来たそうだ。リッキードの叔父貴が今度ラビに礼がしたいと言っていたそうだ」

「別にいいよ~。クロードくんに頼まれてた仕事の一環だからね。ところで捕まった奴隷商人の人達はどうなったの?殺しちゃった?」


少しだけ声のトーンを落としたラビはいつもより真面目な顔をしている。

一応情報を提供した身として彼らがどの様な末路を辿ったか気にしているらしい。

ラビはいつもお気楽そうに振る舞っているが、自分が扱っている"情報"という商品が時に人の生き死にすらも左右するものだという事もよく理解している。

だから彼女はそれを提供する相手や提供する情報の取り扱いには細心の注意を払っているし、人の命が関わるような場合はその結末を必ず確認する。


「いや、今回の奴等は全員捕らえて鉱山で強制労働に従事させている。リッキードの叔父貴の言葉を借りるならば"自分達が今までしてきた事が理解できるまで叩き込むからそれまでは楽に死なせたりしない"だそうだ」

「ふ~ん、そっか~」


生返事を返しながらラビの目がクロードの目を正面から見据える。

彼女は情報屋。リッキードの気性についても話に聞いて知っている。

基本的には温厚で知られている人物だが、一度怒らせると手が付けられないという事と非道を働いた者や仁義に悖る行いをした者には容赦がない事で知られている。

そんな人物が果たして捕まえた連中を少しでも生かしておこうとするだろうか。

これは勘だがクロードが何か根回しをした可能性が高い。

恐らく彼らが死ねば自分が気に病むと思って何かしら手を打ったのだろう。


「ありがとねクロードくん。気を遣ってくれて」

「ん?何の事かよく分からんが気にするな」


ラビに応えながらクロードはドーム状に盛られたチャーハンを手に持ったレンゲで崩す。

隣ではフォーク片手にロックがパスタの様にラーメンをフォークで巻き取り、その更に隣ではバーニィが手慣れた様子で箸を操り豚の生姜焼きを持ち上げる。


「お前よくそれでメシが食えるな」

「慣れればこっちのが食いやすいぜロック」

「うるせ~。どうせ俺は箸使うのが下手糞だよ」


拗ねた様に言ってロックはレンゲの上に麺を盛るとスープと一緒に口元へ運ぶ。

この国の食文化は基本的にヨーロッパ文化に近いが、様々な種族が集まって出来た国という事もあって宗教や食、生活習慣等の文化が色々と混じっている。

箸に関してもクロードがこの国に来た時から既に使っている店はいくつかあった。


「バーニィくんって器用だよね~」

「そうですかね?確かにガサツなロックや無骨なドレルと比べれば手先の器用さには自信ありますけど」

「うっせーぞ、このスケコマシ野郎」

「ハハハッ、モテないからってやっかむなよロック」


そう言って嫌味ったらしい笑顔を浮かべたバーニィは薄切りの豚肉を口に咥えて手に持った箸をカチカチと打ち鳴らす。

バーニィはロックやドレルと違って喧嘩等の荒事はあまり得意ではないが、代わりに手先の器用さには定評があり、細工やピッキングの技術を習得している。

器用さの理由について以前聞いてみた事があるが、本人曰くベッドの上で女を喜ばせるテクニックを磨いてたらこうなったとか本気か嘘かよく分からない発言をしていた。

もっとも、肝心の女性関係はあまり芳しくなく付き合っても長続きしない。

見た目は割とイケメンで女性受けする顔をしているバーニィだが、交際を始めるとすぐに女性に見境なく手が早いのと浮気性である事が相手にバレてすぐに振られる。

ちなみに彼は年上好きなのでラビは年齢的に好みのラインに入るのだが、体型がどう見ても子供なので守備範囲の外だ。


「チッ、ちょっと手先が器用だからって調子に乗りやがって、いつか別れた女に刺されればいいのに、というかむしろ刺されろよ今すぐに」

「バーカ、俺がそんなヘマするかよ。そもそもいつも振られるのは俺の方だから向こうに俺を恨む理由が残ってないんだよ」

「・・・それってなんか悲しくないか?」

「ああ、正直自分で言っててなんか涙出てきた」


自信満々だった表情が一転、落ち込んだ様子で目に涙を浮かべるバーニィ。

だがその涙に同情の余地は皆無である事をその場の全員が知っている。

奴隷商人達と一緒にするのは何だが、全ては自身の行いの結果。自業自得。


「馬鹿は放っておいて話の続きだラビ」

「トムソンくんの時もそうだったけど自分の弟分に容赦ないよね。クロードくんって」

「気のせいだろ」


まるで気に留める様子もなくクロードはレンゲに掬ったチャーハンを口に運ぶ。

香ばしいチャーハンの味を噛みしめながらクロードは話を戻す。


「そんな事よりトレビック社長の所から攫われた社員の件とガルネーザファミリーのリットンについてだ」

「そだね~」

「・・・流石に放置は酷くないっすか?」


とうとう目に溜めていた涙を流し始めるバーニィを無視して、ラビは皿の上の餃子をフォークで突き刺し、ようやく本題について語り始める。


「トレビック社の社員さんを攫った連中の件はまだ報告出来る様な大きな動きはないんだ~。ごめんね~クロードくん」

「謝る必要はない。お前に出来ないなら他の誰にも出来ない事だ」

「えへへ~、その代わりと言っては何だけどもう一つの依頼内容については期待してもらっていいよ~」

「そうか。なら早速聞かせてもらおうか」


そう言って2人はそれぞれ箸とフォークの先にある餃子を口の中に放り込む。


「モグモグ。それじゃ情報整理しようか。まず今回のクロードくんの敵の名前はリットン・ボロウ、第八区画"イプシロス"を仕切るガルネーザファミリーの首領(ドン)のお気に入りらしいね」

「噂には聞いている。金策の方でかなり上手く立ち回っているらしいじゃないか」

「そうみたいだね。ガルネーザファミリーの主なシノギは金貸しだけど、彼が加わった頃を境に飛躍的に儲けを増やしたらしい。実際、その額はかなりのもので先月その金で新社屋を建てたらしいよ」

「ほう、それはまた随分と景気が良さそうだな」

「そだね。ただ随分悪質な貸付、取り立てをやっているみたいだよ」


そこまで言うとラビは口の中の物を飲み込んでテーブルの上の湯呑を手に取り、中に入った熱々のお茶を一口啜る。


「お金を借りるつもりのない通行人を強引に捕まえて無理矢理金を貸した後で、後から高い金利で取り立てる。まあ、よくある手だよね」

「しかし、そんな強引な手を使えばお上が黙ってないだろ」


この国にも金貸しに関する法律があり、取り締まる警察の様な政府機関も存在している。

いくら第八区画最大の勢力を誇るガルネーザファミリーといえど、あまり強引な手を使えば通報されてまとめて牢屋に叩きこまれるのがオチだ。


「どうやらリットンはそっちの方に強い繋がりを持っているらしくてね、市民からの通報を全て握り潰しているみたいなんだ」

「なるほどな」


重要なポストについている人間が汚職に手を染めるのはどこにでもある話だ。

とはいえそういう相手を見つけるのは決して簡単ではない。

何せ話を持ち掛ける側も持ち掛けられる側にとっても相当に危険な話。

しくじればお互いにタダでは済まない。

だからこういった話はあまり成立し辛いのだが、リットンはそれを成し遂げた。

確かにそれだけでも十分にガルネーザの首領がリットンを気に入る理由にはなる。


「しかし妙だな。ヤツは新参者のはずだ。どうやってお上に取り入る道筋をつけたんだ」

「そう言うと思ってラビちゃん調べておきました」

「相変わらず用意が良いな」


クロードに褒められたラビはエヘヘと照れ笑いを浮かべながら仕入れた情報を披露する。


「リットンは元々この国の人間じゃない。クロードくんは天聖法国グラミデアっていう国があるのを知ってるかい?」

「・・・ああ」


まさかこんな所でその名前を聞くと思っていなかったクロードの表情に僅かに影が差す。

彼の国はルティアのいたレグンニーズ王国等、多くの人の国において信奉されている"アーデナス教"という宗教の総本山であり、多種族廃絶を掲げる国家群の旗頭でもある。

そしてクロードにとっては忌まわしい過去のある因縁の国。

クロードの表情の異変に気付いたラビが心配した様に尋ねる。


「どうかした?クロードくん」

「いや、なんでもない。続けてくれ」

「そう?ならいいんだけど」


釈然としないものを感じつつもラビはクロードに促されるまま話を続ける。


「リットンはどうやらそのグラミデアの出身だったらしくてね、今回彼が取り込んだ機関の幹部も同じグラミデアの出身らしいんだ」

「なるほどな。大体読めて来たぞ」


故意か偶然かは不明だが、恐らくリットンとその幹部はアーデナス教の教会か、グラミデアに関連する施設のどこかで接触したのだ。そしてお互いの素性を知り協力関係を結んだという事なのだろう。

アーデナス教の教義は多種族に対して厳しいものだが同族に対しては非常に寛大だ。

それも同じ神を崇める者が相手であれば尚更だ。恐らく奴はそれを利用したのだろう。


「第八区画の郊外にあるアーデナス教の教会で2人が会っているのを目撃したって情報がいくつかあるからまず間違いないと見ていいね」

「神様のお膝元で悪事の相談とはまったく恐れ入る」


クロードは皿の上のチャーハンを再びレンゲで掬い上げながらそんな言葉を漏らす。

リットンという男がどんな人物かは不明だが、それでも大した悪党振りだと思う。


(それにしてもグラミデアが絡んでくるとなると少し厄介だな。奴に俺の素性が知られた場合、その事がグラミデアにその事が漏れる可能性がある。いや、もしかしたらもう既に知っている可能性もあるのか?)


何を隠そうグラミデアこそが10年前に酒木 蔵人(さかき くらひと)を第一級犯罪者に指定して懸賞金を掛けた国。

あの国に素性や居場所がバレたらクロードはきっとこの国に居られなくなるだろう。

何せ相手は多くの国を宗教という思想の鎖で縛って従える様な大国。

ましてやあの国は複数の英雄と呼ばれる存在を抱えている。

彼らの力を知っているからこそクロード1人がどうあがいた所で勝ち目はないと分かる。

出来る事と言えば彼の国にこちらの情報が伝わる前に阻止する事だけ。

今回、もしクロードの素性についてリットンが知っていてクロードに刺客を放ったのならば事は一刻を争う。最悪の場合、既に手遅れという事も考えられる。


「ラビ。リットンが俺に刺客を放った理由については分かるか」


いつになく真剣な目を向けてくるクロードにラビは餃子を突き刺そうとしていたフォークを止める。


「ああ、その事ね。彼が通っているお店のお姉ちゃんの話とか彼の関係者の話を総合した結果だけど、最近名を売っているクロードくんを自分で潰してその名声を丸っと頂くつもりだったみたい。まあ失敗したけど」

「・・・そうか」


ラビの答えにひとまず胸を撫で下ろすクロード。

絶対安心という訳ではないが、まだ猶予はあると思っていいだろう。

ともあれ、ラビの話を聞いてリットンを野このまま放しにしている訳にはいかなくなった。

相手がこちらにいつ気付くとも分からない以上早急に片をつける必要がある。


(もっと時間を掛けて追い詰めるつもりだったが、今回はそうも言ってられないか)


リットンとグラミデアの関係が現在どうなっているかは知らないが、ヤツの存在がクロードやクロードの周囲の人間にとって危険を呼び寄せる可能性がある以上見過ごせない。


「ラビ。急ぎの依頼だ」

「な~に?」

「大至急、奴が次に密会する日取りと場所を調べてほしい」


先程までとは打って変わって真剣な態度のクロードに彼の本気を悟ったラビはブルリと身を震わせる。

別に怖気づいたわけじゃない。むしろクロードからこんな風に頼みごとをされるのは久しぶりで頼りにされた事への嬉しさから出た震えだった。


「任せといてよクロードくん。これを食べ終えたらすぐに行くね」

「すまない。頼む」


話が決まった後、ラビは急いで残った食事を平らげて事務所を飛び出していった。

部屋に残ったクロードは普通に食事を済ませいつも通り仕事に戻る。

その顔に焦りはない。焦らずともあの小さく頼もしい友人が報せを持って戻るのをただ待っていればいい事をクロードは知っているから。

ラビの報告回になります。

作者的にクロード、ラドル、ラビの3人の関係性が結構好きです。


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