昼食は出前で
フリンジによってクロードの幹部推薦の話がラドル達に知らされた後、今後の業務計画や仕事の引継ぎについて大まかな予定を話し合いその場は解散となった。
「もう昼か・・・」
会議室を出た後、事務所の壁に掛かった時計を見ると時刻は既に12時を回っていた。
少しばかり会議に時間を掛けすぎてしまったらしい。
「各自、今日予定してた仕事は大丈夫なのか?」
「俺とバーニィは元々午後からの予定なんで大丈夫っす。ドレルの奴はさっきの話し合いの資料の修正ですかね」
「そうか」
ロックの回答に納得した様子で頷いた後、今度はラドルの方を見る。
「ラドル。お前達の方はどうなんだ?」
「えっと・・・、俺の予定ってどうっなってたっけオックス?」
「ちょっと待ってください兄貴。今、確認します」
ラドルに言われてグレーのスーツを着た黒毛の厳つい牡牛の頭を持つ男が懐から分厚い手帳を取り出してスケジュールを確認する。
当然の様にオックスにスケジュールを管理させているラドルにクロードの頬が引き攣る。
「・・・オイ、何をやっている」
「ん?何って今日の予定の確認だろ?」
「そうじゃない。何故お前の予定をオックスに確認させている」
なんで自分の予定を把握せず部下であるオックスに管理させているのか、別に部下を信用するなと言っているのではない。部下を使うのも上司の仕事の内だ。
しかし、人の上に立つ立場にある人間がなんでもかんでも人任せと言うのは如何なものだろうとクロードは思っている。
クロード自身が先頭に立って行動するタイプの人間だからそう思うだけかもしれないが、今のラドルの姿には疑問を抱かざるを負えない。
(今更ながらこの馬鹿に俺の後を任せていいか不安になってきたな)
自分が居なくなった時の事を考えて早速不安に駆られるクロード。
そんなクロードの心配を余所に、ラドルは背を逸らして豪快に笑う。
「ナハハハハ、別にいいじゃねえかよ細かい事は。なあ、オックス」
「いえ、自分もクロードの兄貴に賛成ですね」
「なんだと!」
「子供じゃないんだからいい加減自分の事ぐらい自分でやってくださいよ」
「いいじゃないか少しぐらい」
「それじゃ困るんですよ。兄貴はいずれボルネーズ商会を背負うんですから予定管理ぐらい自分でしてやってもらわないと」
そう言ってオックスは呆れ気味に溜息を1つ吐いて手帳をめくる手を止める。
「ありましたよ。今日の予定」
「おお、そうか」
「午後から輸送警備の打ち合わせが4件入ってますね」
「そういう事らしいぞクロード」
まったくラドルもラドルだが、オックスもオックスである。
なんだかんだ言って結局ラドルの世話を焼いている。
オックスが甘やかすからラドルがしっかりしないのじゃないかという気さえしてくる。
「らしいぞじゃない。結構予定入ってるじゃないか、ここでゆっくりしていて間に合うのか?」
「駄目ですね。すぐに出ないと間に合わないですね」
「そうなのか。んじゃ、すぐに行くとするか」
「仕方ありませんね。お供します」
ラドルとオックスの2人はすぐに支度を整えて事務所を出ていく。
それと入れ替わりにラビが事務所の中に入ってくる。
「あれ?ラドルくんとオックスくんどっか行くの?」
「仕事だ」
「ふ~ん、忙しいんだね」
自分で聞いておいてあまり興味無さそうな生返事を返したラビは、ニカッと笑って見せる。
「そんな事よりクロードくん。ラビちゃんが来たよ~」
「ああ、今日は早いんだな」
「まあね~」
そう言ってラビは事務所内を適当に見渡した後、近くにあった椅子に勝手に腰かける。
彼女にとっては我が家同然のボルネーズ商会の事務所、まるで気を遣う様子はない。
逆に事務所内に居た他の若い連中の方が自分達より若く見える彼女に頭を下げているぐらいだ。
「ラビさんこんちわ~っす」
「ちわっす。ラビさん」
「うんうん、くるしゅ~ないよ~」
次々と自分の仕事で出かけていく若者達を、ラビは愛想のいい笑顔を浮かべて送り出す。
あっという間に事務所の中にはクロード、ロック、バーニィ、ドレル、フリンジと留守番役であるトムソンにラビを加えた7人だけしかいなくなった。
「そういえばラビ。もう昼メシは食べたか?」
「ん?まだだけど~」
「そうか。なら丁度いいな」
「?」
可愛らしく小首を傾げるラビに、クロードがテーブルの上に置いてあったヒロシの店の出前用メニューが書かれたチラシを差し出す。
「昼飯に出前を取ろうかと思っていた所だ。お前も何か好きなものを頼め」
「えっ、いいの?」
「構いませんよね叔父貴?」
「おう、ラビ嬢ちゃんにはウチの馬鹿息子も昔から散々世話になってるしな。奢ってやるから遠慮しねえで好きなのを頼みな」
「ありがとう。クロードくん、フリンジおじさん」
子供の様に満面の笑みを浮かべたラビはメニュー表を眺め始める。
その間に注文担当のトムソンがメモを片手に全員の注文内容を聞いて回る。
「ロックがチャーシュー麺半チャーハンセットで、ドレルがレバニラ定食と餃子、バーニィが生姜焼き定食っと・・・クロードの兄貴とフリンジの叔父貴は何にするっす?」
「そうだな。今日は玉子チャーハンと餃子にしておくか」
「なんだ少ないなクロードは、ちなみに俺はラーメン大盛りと鶏唐揚げだ」
「了解っす~。ラビさん決まりましたか?」
「う~ん、もうちょっと待ってねトムソンくん」
それからしばし悩んだラビは結局半ラーメンセット(半ラーメン、餃子3個、半チャーハン)をトムソンに伝えた。
「なんだラビ嬢ちゃん。もっと高いの頼んでも良かったんだぞ?」
「いや~、あんまり食べると太っちゃいそうで・・・」
そう言って腹の辺りをさするラビ、彼女も年頃の女性なのでやはりその辺りは気にしているらしい。
もっとも、クロードとしては気にするべきは20代後半になってもまるで変っていない子供の様な体型の方ではないかと思う。
(ラビの姉さん達は結構な大人っぽい美人なのになんでコイツだけずっとチビのままなんだろうな)
そんな失礼な事を考えるクロードの気持ちを代弁するかの様にフリンジが言う。
「そうか?俺はもっと肉を付けた方がいいと思うぞ」
「そうかな~」
「そうだぜ。ちょっと太ってるぐらいが男は好きなんだよ。ウチのカミさんみたいに・・・」
『っ!?』
フリンジの言葉に思わず吹き出しそうになったクロードとロック達は慌てて口元を抑える。
そうなるのも無理はない。何せフリンジの嫁は肉付きが良いというには些か大きすぎる。
というかはっきりと言ってしまうとかなり太っている。
初めてあった時はもう少し痩せていたのだが、年々その体は大きくなっていった。
フリンジは大きくなっていく妻の姿を見て惚れ直したと言っていたが、流石にそれはかなり偏った思考だと言わざるを得ない。
(まあ、太るのは仕方ない。あそこの家は大家族だし食べる量も多いからな)
出産の度に落ちた体力を戻したりしている内にああなったのだろう。
その事はもちろんラビも知っており、どう答えていいか分からず曖昧な作り笑いを浮かべている。
「ウチのカミさんみたいになればきっとモテるぞ」
「そっ、そうかな?」
ラビも自分がお子様体型だという事は知っているし気にもしてもいる。
だからといって他の人間から陰でカバかゾウの様だと揶揄される程太りたくはない。
そんなラビの気持ちを知ってか知らずかトムソンが大声で笑い声を上げる。
「アハハハハ、それはちょっといくらなんでもないっすよ叔父貴~」
「あん?それはどういう意味だ」
笑顔のまま表情が固まったフリンジがゆっくりとトムソンへと視線を向ける。
危機を察知したクロードとロック達は素早く彼の視線から外れる様に部屋の隅へ寄り、事態に気づいていないトムソンだけがそのまま失言を続ける。
「だって叔父貴の奥さんってまるで外見が熊みたいじゃないっすか~」
「ほぉ、ウチの母ちゃんが熊か面白い事を言うじゃねえかトムソン」
ゆっくりと顔を上げたフリンジの額には無数の青筋が浮かんでいる。
酷く怒っているというのが目に見えて分かる程に怒っている。
その表情に自分の失態に気付いたトムソンだったが既に後の祭りである。
「ウチのカミさんを侮辱した奴がどうなるか分かってるだろうな?」
「あっ!いやっ!そんなつもりじゃ!」
「言い残す言葉があれば聞いてやるぞトムソン」
「ヒィッ!」
悲鳴を上げて必死に助けを求める様な視線を向けてくるトムソンだが、誰も彼と目を合わせようとしない。
奴自身が撒いた災いである。こんな事で巻き添えを喰らうのは誰だって御免だ。
「ロック。お前がヒロシくんのとこに注文の電話入れとけ」
「了解です」
「ちょっとクロードの兄貴!ロックゥ~!」
トムソンが悲痛な叫び声を上げて助けを求めるが2人とも聞こえないフリをする。
そうしている間にトムソンに詰め寄ったフリンジの手が彼の頭を鷲掴みにする。
「ちょっと外に行って話をしようじゃないかトムソン」
「叔父貴ご勘弁を~!」
命乞いをするトムソンを無視してフリンジは彼の頭を掴んだまま外へと引き摺って行く。
ギリギリと万力の様な力が指に込められてトムソンが痛みに悲鳴を上げる。
「ぎゃひ~っ!叔父貴!頭が割れるっす~!」
「うるせえ!静かにしないと握り潰すぞ!」
「どわひゃぁあああああああっ!味噌が飛び出るっすぅうううう!」
フリンジの手の中でジタバタともがくトムソンの姿は、昔テレビで見たライオンに捕まった鹿の子供の様に映った。
ああなってしまってはもう逃げることは出来ない。
フリンジが事務所を出た後、遠ざかっていくトムソンの悲鳴を聞きながらクロード達はまるで何事も無かったかのように出前の話に戻る。
「とりあえず叔父貴のは帰ってきてから頼むとしよう」
「そうっすね。じゃ2人分キャンセルっと」
そう言って何食わぬ顔でトムソンとフリンジの注文の上にボールペンで横線を引いたロックは受話器を手を伸ばす。
その横で一部始終を見ていたラビが呆れた様に溜息を吐く。
「君達って意外と仲間に冷たいんだね」
「まさか、あのバカが例外なだけだ」
「ですね」
「愚かなりトムソン」
「自業自得だろ」
クロード達にしてみればいつもの事なのでまるで気に留める様子もない。
まるで心配されていないトムソンが少しだけ哀れに思えるラビ。
「気にするなラビ。叔父貴も流石に殺したりはしない"ハズ"だ」
「そうそう、心配しなくても明日にはケロっとした顔で出てきますよ。"生きていれば"」
「ラビさんが心配する様な事にはなりませんって、"きっと"」
「本当に大丈夫なの?」
『・・・・・』
ラビの問いに全員がどこか遠くを見る様な目をして一斉に黙り込む。
彼等の態度に、これはもうダメかもしれないなと思いつつラビは手にしていた出前のメニュー表をそっとテーブルの上に置いた。
今回はちょっとコメディ回にしてみました。
次回はラビの調査結果の報告回になります。




