筋肉を纏った乙女心
互いの手を取り固い握手を交わすクロードとモンテスの2人。
「なんとか話がうまくまとまったみたいですね」
「へへっ、クロードなら当然の結果だ」
2人の様子を傍目に見ていたラドルとロックが互いの拳を軽くぶつけあって成功を喜ぶ。
「よし、今夜はお祝いだ。さっさと片付けて宴を仕切り直ししようぜ」
「えっ!まだ飲むんですか?」
「当ったり前だ!こんなめでたい時に飲まずにいつ飲むんだよ」
「ラドルの兄貴はいつも飲んでるじゃないですか」
「うるせえ!いいからテメエも片づけを手伝え」
床に転がった戦鬼達を片付けるべくラドルが入り口の方へ体を向けた時、VIPルームの扉の外から新たに1人部屋の中に入ってくる者が居た。
「あら~ん。店が大変な事になってるって聞いたから駆けつけたんだけど、無駄足だったみたいね~ん」
そう言って部屋の中に入ってきたのは、はち切れんばかりに筋肉が隆起した胸板と、丸太の様に太い二の腕をさらけ出し、桃色のワンピース姿をした傍目から見たらどう見ても頭がおかしいとしか思えない恰好をした坊主頭の大男だった。
男は体をクネクネと曲げながら室内の状況を見渡した後、右手を頬に沿えて首を傾げる。
現れたオカマ口調で喋るその気持ちの悪いマッチョを見て男連中が表情を引き攣らせる。
「ゲッ!リゲイラの叔父貴!」
「どうして此処に!」
先程までのお祝いモードから一転して青い顔をするクロード達3人。
モンテスはそのあまりにも特異な容姿に度肝を抜かれて固まっており、ヨーザに至っては気持ち悪さに耐えかねて人目も憚らずにその場で嘔吐している。
男連中の引き攣った表情を見つめたまま、リゲイラは今度は逆の向きに小首を傾げる。
「いやね~。店でおイタをしてる連中がいるって店のスタッフが飛んできたから、ウチの若いのを連れて慌てて駆けつけたのよ~」
そう言ったリゲイラの後ろから彼の部下達が次々と部屋の中に踏み入ってきて、ノビている戦鬼達を次々に引きずり出していく。
他のスタッフも次々に部屋の中に入ってきて壊れた物を持ち出し、床についた血をモップ等で素早く拭きとっていく。
流石は元軍人が率いているだけあってこの男の部下は統率が取れており、手際がいい。
「面倒を掛けちゃって悪かったわねぇクロードちゃ~ん」
「いえ、結果的には我々にとって都合よく事が運んだので問題ないです」
「そ~う?でも客商売でお客さんに迷惑を掛けたままってのはちょっと問題だから。今日のお代は全額ウチで負担させてもらうわ~」
「それは助かります」
「いいのよ~気にしないでぇ~。他でもないクロードちゃんの為だものぉ~」
「ハハハ」
厚化粧の顔を近づけてくるリゲイラに思わずクロードの口から乾いた笑い声が漏れる。
「ところで、だぁ~れださっき俺の事を叔父貴って言ったヤツはぁっ!」
突如口調が変化しておっさん特有の低くドスの利いた声でギロリと鋭い眼光を飛ばすリゲイラ。
そのあまりの迫力に全員が身を竦ませ、叔父貴呼ばわりした当人は完全に硬直している。
「あっ、・・・・アハハ。ご無沙汰してます姐御」
「ラドル。またアンタなのねぇ。本当に学習しない男だわ~」
心底呆れたと言った表情をするリゲイラがゆっくりとラドルに近付いていく。
クロードの時とは違って完全に放つオーラが殺気に満ちている。
「ほんとに嫌だわんラドルったら、私に会った時は"ママ"もしくは"リゲイラお姉さん"って呼ぶようにいつも言ってるでしょお~」
そう言ってリゲイラはその丸太の様に太い筋肉質な腕をラドルの方へと伸ばし、ラドルの頭を鷲掴みにして真上に持ち上げる。
ギリギリと万力を絞める様な音を立ててリゲイラの指がラドルの顔に減り込み、体重100kgを超えるラドルの両足が地面から離れる。
「アッギャアアアアアアッ!勘弁してくれリゲイラの姉御!頭蓋!頭蓋が割れるぅううううう!」
「嫌だわん。私みたいなか弱い乙女にそんな力がある訳ないじゃない。ラドルったらいつも大袈裟なんだから~ん」
痛みにもがくラドルを無視してリゲイラはやれやれと首を振る。
か弱い乙女は体重100kgオーバーの成人男性を片手で持ち上げたりしない。
その場にいる男衆は全員(リゲイラを除く)そう思ったが、命が惜しいので誰もそれを声に出して発言したりはしない。
そうこうしている間に、もがき続けていたはずのラドルが静かになりリゲイラの腕の中でグッタリと力なくぶらさがる。
「あら、いけない。ちょっとやりすぎちゃったわねぇん」
そう言ってリゲイラは近くにあったソファに向けてラドルを投げ捨てる。
ゴミの様に扱われたラドルの巨体がボスンッと音を立ててソファの上に落ちる。
相変わらず馬鹿げた膂力の持ち主だと感心するクロードに、我に返ったモンテスが声を掛けてくる。
「ビルモント専務。あの方は?」
「ああ、あの人はリゲイラ・マッディガル。この店の所有者です」
「なるほど、あの方が噂に聞くビルモントファミリーの幹部"紅の剛腕"リゲイラ殿」
モンテスの言う"紅の剛腕"という名は戦場で数々の名将をその両腕で血祭りにしてきた事からついたリゲイラの通り名だ。
もっとも、本人はこの呼び名があまり好きではないらしくお気に入りの男子以外が本人の前でこの二つ名を言うと普通に頭蓋が陥没するレベルの拳骨で殴られる。
「あの、モンテス社長。その名前をあの人に聞こえる場所で言わない方がいいですよ。物凄く怒るんで」
「そうなんですか?立派な二つ名だと思いますが・・・・」
「見た目とは裏腹にあの人、一応内面は乙女という事になってまして、仲間内には"花園のリゲイラ"で通そうとしてますから」
「・・・はぁ」
クロードの話と本人の見た目でなんとなく理解したモンテスはとりあえず納得しておく。
これ以上この話に触れる事に身の危険を感じたのだろう。賢明な判断だ。
ヒソヒソと小声で話をするクロードにリゲイラがその厚化粧の顔を再び近づける。
「なぁ~にぃ?私の話ぃ~?」
「いえ、これはなんでもないです」
「いいのよぉ~、クロードちゃんになら何でも教えてあげちゃうわぁ~。穿いている下着の色からお風呂に入る時まずどこから洗うかとかぁ~」
ネットリとした喋り口調で迫ってくるリゲイラにクロードとその様子を傍で見ていたモンテスとロックの全身に凄まじい悪寒が走る。
ヨーザは今日食べた物を全部出しきるんじゃないかという勢いでまた吐いている。
「まあいいわ~。とりあえずあの戦鬼達をどうするかはウチに任せてもらうけど、何か要望とかある?」
「いえ、処理についてはお任せします」
「そぉ~う?まあウチで引き取っても使い道ないし、店の修理代を稼ぐまでリッキードの所の鉱山にでも出稼ぎさせるのが無難かしらねぇ~」
そう言ってブリッ子のように自分の頬に指をあてるリゲイラ。
いちいち仕草が可愛い子ぶっているが、外見がモロ筋肉を露出させたマッチョで厚化粧のおっさんなので見ていても気持ちが悪いだけだ。
喉元に駆け上がってくる嘔吐感を必死に堪えながら応対するクロード。
それを見かねたグロリアがリゲイラの傍に寄ってくる。
「リゲイラ。あんまりウチの人を困らせないでよね」
「あらヤダ。困らせるつもりはなかったんだけどぉ、私の魅力がありすぎたみたいねぇ」
どうしてそんな風に思えるのか甚だ疑問ではあるが、反論すると色々と面倒な事になりそうなのでこの場は敢えて突っ込まない。
ここはあの化け物と何故か対等の友人関係を構築しているグロリアに任せるのが得策だ。
「ところでリゲイラ。今日はどうするの?このまま営業続けるのかしら?」
「い~え、グロリア。今日はもう店仕舞いよ。キャストに怪我人が出なかったとはいえ流血騒ぎがあった後だとウチの子達もサービスに支障が出るでしょうしね」
「そう。なら仕方ないわね」
グロリアは友人からクロードの方に視線を移し、今の話についての答えを尋ねる。
「そういう事なんだけど、いいかしらクロード?」
彼女からの問いに答えるべく、クロードはモンテスへ確認を取る。
「よろしいですかモンテス社長?」
「ええ、今日はもう・・・その・・・なんというかアレを見た後だと楽しく飲む気分じゃないですからね」
そう答えたモンテスはリゲイラを視界に入れない様に目を伏せる。
ゴブリンから見てもやはりあの男の姿は目をそむけたくなるゲテモノに映るらしい。
彼が真っ当な感性の持ち主である事に感謝しつつクロードはグロリアに返事を返す。
「ああ、こちらは問題ない」
「分かったわ。じゃあちょっと店の人に馬車の手配をお願いしてくるわね」
「じゃあ、私は他のお客様の所に事情説明に行かないとね」
そう言ってグロリアとリゲイラの2人はVIPルームから出ていく。
視覚的に有害な化け物が居なくなった後、残ったキャスト達が部屋の片づけを始め、やる事がなくなったモンテスとクロードは2人揃ってソファの上に腰を下ろす。
「いや、しかし中々に刺激的な宴になりましたな」
「申し訳ありません。この埋め合わせはまた次回必ず・・・」
頭を下げるクロードにモンテスは朗らかな笑みで返す。
「いやいや、これはこれで珍しい経験が出来ましたよ」
「そう言って頂ければ幸いです」
相手の心の広さに感謝しつつクロードは顔を上げる。
改めて今回の商談の相手が彼の様な人物であって良かったと思う。
その後しばし言葉を交わす2人の下にキャストの女の子がお茶を運んでくる。
「本日はご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、お嬢さん達のせいじゃないよ」
そう言って女の子からカップを受け取ったモンテスは、器の中のお茶に視線を落とす。
「しかし差別されるというのは何度経験してもいい気分はしませんな」
不意にモンテスの漏らした言葉に、クロードもキャストの少女も返す言葉が見つからない。
彼の方が自分達よりもずっと年上であり、自分達とは種族が違う。
この違いを乗り越えられる様な言葉を自分達はまだ見つけられていない。
今、どんな言葉を掛けたところで、自分の言葉では彼の慰めにはならないだろう。
少しだけ暗い雰囲気になるその場の空気にモンテスが慌てたように顔を上げる。
「いや、失礼。私の長年の不満を聞かせてしまいましたが、別に落ち込んでいる訳ではないんですよ」
「と言いますと?」
「先程、私は暴力で物事を解決する考え方が嫌いだと言いましたが、実はビルモント専務達があの鼻持ちならない戦鬼の男達をやっつけるのを見て正直胸がスカッとしました」
そう言ってモンテスは笑うとその子供の様に小さな手で拳を作って前に突き出す。
「ああいう連中を懲らしめる為に使われるなら、力というのも時には必要かもしれませんね。それが不当に苦しめられる誰かを救う事もある」
「それはビルモントファミリーの、いや私の父の目指す所です」
クロードはモンテスの言葉に、マフィアとしてファミリーの一員になる事を決めた日の事を思い出し己の拳を力強く握る。
その姿を隣で見ていたモンテスが興味深そうな顔をする。
「貴方程の男に慕われるアルバート・ビルモント氏。高潔な人物であるというのは兼ねてより聞き及んでいますがそれほどの人物ですか」
「はい。恐らく暗黒街最高の男です」
喜々とした表情で力説するクロードにモンテスは柔らかな表情で頷く。
「貴方にそこまで言わせるなら間違いないのでしょう。機会があれば是非会ってみたいですな」
「そう仰っていただけて嬉しいです。いずれお引き合わせする機会もあると思いますのでその時には是非」
「ええ、楽しみにしています」
そう言って2人は数時間前とは違う親しみの篭った笑みを浮かべて両者は再び握手を交わす。
それから2人は送迎の馬車が着くまでの間、他愛もない話を語り合うのだった。




