賢人と呼ばれた小鬼
応接室で対面したコルティ物産の社長モンテスとクロード達。
自らを社長と名乗った小鬼に向かってクロードは深々と一礼する。
「モンテス社長。本日は面会のお約束を受けて頂きありがとうございます」
世間的に低く見られる事の多い小鬼相手に迷いなく頭を下げるクロード。
相手が小鬼だと知らされておらず、呆けていたロックとラドルも慌ててクロードの後に続いて頭を下げる。
『ありがとうございます』
「・・・ええ、まあそうですね。とりあえず座ってください」
3人の反応を見たモンテスは特に顔色を変える事無くそう告げると、クロード達の対面にあるソファまで移動して腰を下ろす。
モンテスが先に座ったのを確認したクロード達もソファに腰を下ろす。
「で、本日はどういった御用件でしょうか?」
どこか憮然とした態度をとるモンテスに、クロードは表情を崩す事無く本題を切り出す。
「はい、本日は御社で販売している商品を私共の持つ流通ルートを使って新しい土地で販売出来ないかとご相談に上がりました」
それが本日クロードがこのコルディ物産に来た目的。
コルディ物産は自社で家具の製造、流通、販売を行っている。
元から木工などの細工が特異な種族なので、その技術を活かして作ったタンスや鏡台は細工も見事で、仕上がりの良さから市場での評価も高い。
しかも値段もリーズナブルであり、一般家庭からの人気も高い。
現在の国内での販売は、ここ第七区画の他に第五区画ユガレアトルム、第六区画バゼナヴィルにもいくつか販売拠点を持っており、国内流通もまずまずだ。
だが、現在国外への流通のルートは持っていない。
「ほぅ、新しい土地ですか・・・。具体的には?」
「はい、東の隣国。鉱山都市マテバロウになります」
マテバロウは長い歴史を持つ亜人の国。
マハト山脈と呼ばれる山岳地帯に築かれたその国は鉱山資源が豊富で、宝石や金や銀等の鉱石が他国の約五倍の採掘量を誇る。
金属や鉱石の加工以外に他に目立った産業がない国でもあり、国民は金持ちが多いが使い道がなくその財を持て余しているというのがもっぱらの噂だ。
「マテバロウですか。確かにウチの商品を売るには悪くない。それに確か次回の周辺国との鉄道会議で新しく路線開通の候補に挙がってくると噂の国でしたね」
「流石はモンテス社長。お耳が早い」
「ええ、まあ」
知っていて当然の様に答えて見せるモンテスにクロードの気持ちが昂る。
まだほとんど世に出ていない情報を当然のように知っている事にクロードは心の中で笑う。
(やはりこのモンテスという人物はタダ者じゃないな)
次回の鉄道会議の情報を手に入れるのは決して簡単な事じゃない。
何せ知っているのは国のトップクラス。一握りの人物しかいないからだ。
クロード自身、この情報を手に入れるのにラビだけでなくあらゆる情報網を駆使してようやく入手する事が出来た程だ。
(流石は小鬼族の中で"賢人"と呼ばれるだけの人物。大した情報網を持っている)
今回の取引を持ち掛けるにあたってモンテスという小鬼については随分と調べたが、"賢人"と言われるだけあって大した人物だ。
全ての種族が平等である事を主張する中立国であっても、やはり種族による差別は存在する。
実際に小鬼等はその最たるものであり、社会的立場が低い。
現に小鬼が働く飲食店等は、「何が入っているか分からない」、「小鬼が作った物など食える訳がない」等と言って未だに敬遠する者がおり、富裕層の通う学校には未だに小鬼の生徒は1人もいない。
先人達が行った数々の悪事等から未だに根強い差別が残る小鬼族。
そんな小鬼という弱い立場にありながら、仲間を集め、努力と知恵をもって一代でここまでの財を成した小鬼はこの星の歴史の中においても決して多くはないだろう。
彼がここまでの会社を築いた事で、今まで他よりも安い賃金で働かされていた小鬼達にもより良い雇用の場が生まれようにもなった。
長年立場が弱かった小鬼の地位向上と同族の雇用を拡大した功績から彼は英雄視される様になり、いつしか敬意を込めて"賢人"と呼ばれるようになった。
(ここまで来るのも決して楽な道のりじゃなかったはずだ。それでもここまでの会社を作り上げた。小鬼でなくても決して簡単な事じゃない。これ程の相手、是非ウチの取引先に加えたい)
何としても今回の交渉を成功させて、将来的にも長く利益を享受し合える様な関係を構築しておきたい。
クロードの野心の炎が体の奥の方でメラメラと燃え上がる。
「今ならばまだ他の国のほとんどが手を付けておらず、御社の国外での販路を作るには絶好の場所かと思われます」
「ふむ、なるほど」
クロードの言葉にモンテスは顎に手を当てて何やら考え始める。
「しかし、それは言うほど簡単な話ですかな?」
「と言いますと」
「マテバロウは確かに国外進出するにはうってつけの国かもしれないが、あの国への安全な流通ルートはまだ確立されていないはずだ」
レミエステス共和国や他の国の企業がマテバロウへの事業進出を目指すケースは少ない。
その理由は先にモンテスが述べた様に彼の国を取り巻く周辺の環境に問題があるからに他ならない。
マテバロウの近くには三大勢力の内、亜人族の国と有人族の国が頻繁に戦場にしている場所が点在しており、商品を運ぶには近くを通る必要がある。
ならばその間を縫うように移動すればいいかというとそれもまた難しい。
頻発する戦闘で勢力範囲が度々変化する為、昨日までの安全地帯が次の日にはどちらかの勢力の勢力圏内に変わっていたりする。
誤って敵対種族の勢力に見つかりでもしようものならば良くて身ぐるみをはがされ野に放逐、最悪はスパイの嫌疑を掛けられて言い訳する間も与えられず拷問の末に殺される事まである。
実際、過去に何度かそういった事件があり、国際問題になった程だ。
戦場を迂回して進むルートもない訳ではないが、そちらはそちらで逃げ込んだ敗残兵や迂回する商人を狙って頻繁に山賊や野盗が出る密林地帯もある。
「確かにあの国に事業進出する事ができればウチは大きな利益を得る事が出来るでしょう。しかしウチの商品が店先に並ぶ前に壊されたり奪われでもしたらこちらには損しか残らない。何よりわが社の従業員に命の危険を背負わせるほどのリスクを冒してまであの国に行けとは私は言えない。であるならばそこまで進出するメリットがないように思いますが?」
「なるほど。確かに仰る通りです」
商売とは利益を得るために行う行為であって慈善事業とは違う。
「損」と「益」の2つが乗った天秤を、僅かでも「益」へと傾ける事こそが商売。
リスクに見合うだけのリターンがあるならば賭ける価値もあるだろうが、モンテスにはまだその価値を見出せない。
だが、そんな事はクロードとて重々承知しており、この展開になる事を待っていた。
「確かに他所の会社がこの話を持ち掛けたのであればリスクに見合うだけの結果を得る事は難しいでしょう。ですが、もし我が社であれば前提となるリスクを排し安全に運べるルートが存在するとすればどうでしょう?」
クロードの言葉にモンテスの眉が微かに動く。
その隣に立っているヨーザはクロードの話に驚きで目を丸くしている。
「御社はそのようなルートを持っている。そう仰りたいのですか?」
「はい。その通りです」
ハッタリなどではない自信に満ちた言葉に、モンテスは腕組みをしてこちらを値踏みするような目を向ける。
「我々を騙そうとしている・・・という事はないでしょうね?」
「失礼ながら私共もこれで商売人。交渉に時間を割く相手は選ばせていただいているつもりです」
「ふむ」
相手によっては不敬と取られかねない言葉だが、生粋の商売人であるモンテスにとってはご機嫌取りで耳障りの言い言葉などよりも遥かに説得力があるように響いた。
腕組みをしたままモンテスは目を伏せて考え込む。
恐らく話の真偽も含めて考えているのだろう。その気持ちは分かる。
何せ一代でここまでの会社を作った彼だ、敵も多いだろうし、小鬼が社長の会社を面白く思ってない連中もいる事だろう。
そういった連中の妨害工作の一環なのではと考えるのは当然だ。
もっとも、こちらとしてはそんな気はサラサラない。
先程述べた様にこちらにとっても利する話であるからこそ提案しているだけの事。
「少しテーブルをお借りしますね」
そう言うとクロードは自分の懐に手を入れると、アジールに命じて折り畳んだ地図を取り出す。
懐から抜き出した地図を目の前のテーブルに広げたクロードはレミエステス共和国のある位置を指さす。
「我々が利用するルートはこちらを想定しております」
そう言ってクロードは地図の上でレミエステス共和国からマテバロウまでの道を指でなぞる。
それを見ていたモンテスはクロードの通った場所の一箇所を指さして尋ねる。
「ここは噂に聞く山賊や野盗が出ると噂の森では?」
「はい。仰る通りこちらのベフナッドの森には実際に山賊が潜伏しております」
「そんな者達が居るのにここを通るというのは正気ですか?」
ジロリとクロードを睨むように視線を向けるモンテスに、クロードはこの交渉の為に用意していたカードを切る。
「ご安心を、既にここを縄張りにしている者達との間で話をつけてありますので通行に支障をきたす心配はありません」
「っ!?」
予想の斜めを上を行く答えを聞いてモンテスとヨーザは驚愕する。
無理もない。野盗や山賊というのは交渉が出来る様な相手だと思っていないからだ。
「通行料として金品を要求されたりするのでは・・・」
「その心配も無用です。なんなら無料で道案内までしてくれます」
何故ならば彼の地で最大の勢力を持つ山賊グループは既にクロードの支配下にあるからだ。
以前、仕事でマテバロウヘと旅をした折に森で件の山賊グループに遭遇。
問答無用で襲いかかってきたので片っ端から相手にしていたらいつの間にか山賊の頭目とその側近と思しき男達まで出張ってくる始末。
「見どころがあるから部下にしてやる」とか「仲間になるならここまでの無礼を許してやる」だの何やら好き勝手な事を言いだした彼らを「興味ないから失せろ」の一言で一蹴。
クロードの態度に激昂した男達は武器を手にとり襲い掛かったが、相手との格の違いを見誤った彼らはクロードの繰り出す剛拳の前に無残にその命を散らせる事となった。
結果、森の養分となった男達の死骸を足元に転がしたクロードを見て恐れおののいた、生き残りの山賊達がクロードの前に降伏した。
野盗や山賊という連中は野生動物と同じで基本的には力のある者が上に行く実力主義の縦社会。
ピラミッドのトップが入れ替われば自然と次のトップの方針に従うようにできている。
こうして不可侵の森と恐れられたベフナッドの森は公には知られる事無くビルモントファミリーの勢力下となった。
「俄かには信じられない話ですな」
「お疑いになるのも分かります。が、事実です」
疑いの眼差しを向けるモンテスにクロードは堂々とした態度で応える。
2人のやり取りを見ていたヨーザが額に浮かんだ汗をひっきりなしにハンカチで拭いながら尋ねる。
「そうかもしれませんが私共にはそれを確かめる術がありません」
「一理ありますね。では、こうしては如何でしょうか。私とこちらに居ます弊社常務のラドルが案内しますので、実際にこのルートを使ってマテバロウまで行ってみるというのは?」
『っ!?』
「問題ないな。ラドル」
「もちろんだ。気の済むまでご案内しますぜ社長さん」
クロードの問いに、まるでちょっと旅行にでも行くような気軽さで応じるラドル。
2人からの思いがけない提案を受け、流石の賢人モンテスも考えが追いつかない。
かろうじて今、口にできる言葉を頭の中で掻き集めて言葉にする。
「もしも、今の話が本当なら販路を広げる事が出来る上、今より収益も増えて雇用も生み出すことができる。非常に魅力的な提案だ」
「ありがとうございます」
この言葉が引き出せただけでクロードはこの取引の成功を9割達成したといいだろう。
「ちなみに御社に支払うのは如何ほどとお考えで?」
「そうですね。現地での売り上げの1割といった所でしょうか」
「1割ですか。なるほど」
国内での輸送費としては些か高めの設定だが、国外との運輸の手数料としては決して高い割合ではない。
むしろ危険性の高いルートを安全に荷を運べる事を考えれば安いと言ってもいい。
「今回の申し出について、少し考える時間を頂けますか?」
「もちろんです。こちらも性急に事を進めるつもりはございませんので」
「ちなみに今の話を他のところには・・・」
「まだどこにもお話しておりません。御社が初めてです」
クロードの返事を聞いてモンテスは満足そうに頷く。
「分かりました。では次の役員会の席で議題として検討させて頂きます」
「よろしくお願いします」
モンテスとクロードはソファから立ち上がると、どちらからともなく手を差し出して固い握手を交わす。
ひとまず話し合いが終わりを見せた事で場の空気が少し和らぐ。、
「モンテス社長。この後、私共で贔屓にしている店の方で細やかではありますが親睦会を予定しております。ご参加いただけますでしょうか?」
「ええ、もちろんです」
モンテスの了解の言葉に、彼の後ろのヨーザが小さくガッツポーズをしている。
彼はこれから接待に向かう予定のキャバレーの常連である。
(今回、彼にはいい仕事をしてもらったし今日は楽しんで貰うとしよう)
こうして固い仕事の話を終えた男達は、欲望渦巻く夜の街へと繰り出していく。
次回はいよいよ夜の歓楽街のお話。
今から作者の方も書くのが楽しみですわ。
イメージとしては龍○如く?




