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暗黒街で鴉と呼ばれた男と精霊術師  作者: イチコロイシコロ
第2章 鴉のビジネスライフ
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研究室と有翼の淑女

エルテイラの研究室。用意された椅子に腰かけたクロードの前にエルテイラがキャスター付きの小さなテーブルを押してくる。


「お待たせです。クロード」


花が咲いた様な満面の笑みを浮かべるエルテイラ。

彼女が押してきたテーブルの上には白磁のティーセットと皿に盛られたチョコレートケーキ。


「別に気を遣わなくていいぞ」

「いいんです。たまには私もアイラみたいにクロードに尽くしたいんです」


普段は研究の事にしか興味がなく滅多に笑顔も見せないエルテイラだが、こうしてクロードが一緒の時には女性らしく可愛い一面を見せる。

余程クロードが来た事が嬉しいのかニコニコと笑顔の絶えないエルテイラ。

彼女の真っ直ぐな思いに対し、仕事としてこの場に来ている事に若干の居心地の悪さを感じつつクロードはテーブルの上のケーキに注目する。


「このケーキはどうしたんだ?」


見るからに高そうなケーキ。完成度の高さから見てこれはプロの仕事だ。

しかしそんなものが何故ここにあるのかクロードには疑問が残る。

何故ならこの施設にいる人間は基本的に外出禁止だからだ。

誤解が無い様言っておくが決して無理矢理監禁して研究を強いている訳ではない。

むしろ研究者にとってここは夢のような環境である。

何しろ好きな研究を費用を気にせず好きなだけ行う事が出来るのだから。

ただ、ここでの研究内容は機密性が高いものが多いので研究内容や職員を他の組織から守る為に必要のない限り外へ出る事を禁じているに過ぎない。

どうしても外出が必要な場合はファミリーから選りすぐりの人員が護衛に付く事で外出が可能になっている。

以上の理由で簡単に外出が出来ない代わりに研究に必要な品は全てファミリーで調達してここへ運んでくる。

ただ、研究に必要のない嗜好品等を手に入れるにはかなり面倒な手続きを踏み審査を通す必要があり大抵の者が途中で断念する。

そう言った理由もあってこの研究所ではこの手の品を手に入れるのが難しい。

もしかしたらエルテイラが作った可能性もなくはないが彼女が料理を始めたという話を聞いた覚えがない。


「ああ、それですか。それはお昼にフリンジさんがこちらへいらっしゃった時に差し入れてくださったんですよ」

「叔父貴がここへ来てたのか?」


思いがけぬ人物の名前を聞いてクロードは少し驚いた表情をする。

何せ事前に聞いていたフリンジの予定にここへ来るという話はなかったのだから当然だ。


「はい。もっとも少し話をした後にすぐ帰られましたけど」

「叔父貴は何をしにきたんだ?」

「ララディースさんからの依頼で作ってほしい物があると仰ってましたね」

「作ってほしい物?」


この第七区画(レアドヘイヴン)で歓楽街をまとめ上げている女傑が、わざわざフリンジを使い走りにしてまで一体何を頼んだというのだろう。

クロードも流石にいい歳の大人なので歓楽街という街の在り方からそこに精力剤や避妊薬といった様々な薬が必要になるのは分かっている。

ビルモントファミリーは麻薬はご法度にしているので取り扱っていないが、それ以外の普通の薬についてはララディースの指示の下、定期的に納品している。

歓楽街で働く女達を乱暴な客や妙な客達から守るのがマフィアであるクロード達の務めなら、彼女達の働く環境や健康面をサポートするのがララディースの仕事だ。


(頼まれていた今月分は数も揃えてキチンと納品したはずだが?)


思い当たる節がなく首を傾げるクロードにエルテイラが可笑しそうに笑う。


「なんでもララディースさんからの個人的な注文らしいですよ。アンチエイジングに効く薬がどうとかって話でしたけど」

「ッ~~~~~!ゴホッ、ゲホッ!」


クロードの考えていた物からは方向性があまりに掛け離れ過ぎていて思わず口に含んでいた茶を吹き出しそうになって咽る。

口元を抑えて咳き込むクロードにエルテイラがすぐさまハンカチを差し出す。


「大丈夫ですか?クロード」

「ああ、すまない」


エルテイラから受け取ったハンカチで口元を軽く口元を拭った後、クロードは下らない事で自分の所の幹部を使い走りにしたララディースに対する怒りを覚える。


「まったく、あのクソババアは一体何を考えてるんだ」


苛立ちから思わず口汚い言葉が口を突いて出る。

女性がいくつになっても若く居たいというのは昔テレビのCMで見た程度に聞いた事があるし、美魔女とかいう単語にも聞き覚えぐらいはある。

それでもアンチエイジングだとかそういうのは主に40代~50代の女性がやる事だと考えており、まして人生も半ばを過ぎるどころか既に延長戦に突入した100歳越えのしわがれた婆さんが今更若返りに精を出す意義も意味もクロードには見出せない。


「女性は少しでも若く居たいものです。あまり悪く言っては可哀想ですよ」

「しかしだな。美魔女かどうとかはともかくとしてあの婆さん見た目は既に古い絵本に出てくる悪い魔女みたいな顔してるだろう」

「ッ!?それは・・・流石に言い過ぎですよ」


そう言いつつエルテイラは思わず笑いそうになる口元を必死に隠している。

どうやら今のクロードの発言が彼女の笑いのがツボにはまったらしい。

それから少しエルテイラの笑いが収まるのを待った後、クロードは今日の本題に移る。


「約束通り今日は頼んでいた仕事の進捗を確認に来た」

「はい。こちらですね」


エルテイラはあらかじめ用意していた資料のまとめをバインダーに挟んで差し出す。

それを受け取ったクロードは素早く研究成果に目を通す。


「南部の感染症向けの予防薬にワクチンは完成。ポイズンビーの毒の抑止薬も完成。新種の痺れ薬はほぼ完成。なるほど順調じゃないかエル」

「ありがとうございます」


笑顔のエルテイラは少しだけ恥ずかしそうにクロードに向かって頭を下げる。

眼鏡越しに上目遣いにこちらを窺う瞳に彼女が何を要求しているか察したクロードは空いている左手でエルテイラの頭を優しく撫でてやる。

彼女はくすぐったそうにしつつもされるがままにクロードの手を受け入れて嬉しそうに目を細める。


(なんだかこうしていると女を誑かして利用するクズ男にでもなった気分だな)


脳裏に浮かんだ考えにクロードの胸の内で複雑な思いが渦を巻く。

もっとも既にこれ以上ない程、結構な悪人なのでそれも今更の話ではある。

彼女が満足するまで撫でた後、エルテイラがふと思い出したように口を開く。


「そういえば個人的に頼まれていた件ですが・・・」


そこまで言ってエルテイラは一度部屋の中を見渡し誰もいない事を確認すると小声でクロードに耳打ちする。


「"火薬"についてですが、まだ所内で聞いていた反応を示すものを調合した記録はないので安心してください」

「そうか」


彼女の話を聞いてクロードは小さく頷く。

エルテイラには火薬もしくはそれに類する反応を示すものが調合された時にはすぐに報告をするように伝えてある。

いずれはその調合方法も発見される事になるだろうがそれは可能な限り遅い方がいいというのがクロードの考えだ。


(火薬は今の戦争の在り方すら変え兼ねない代物だからな。広めるにしても極力こちらでコントロールした方がいい)


何せ使い方次第で雑兵1人で大勢の将兵を殺せるようになる代物だ。取り扱いは十分に注意する必要がある。

クロードの元居た世界の歴史だと火薬は自動車や蒸気機関車なんかよりも1000年は早く発見されていた。

だが、この世界では未だにその調合方法は確立されていない。

考えられる要因としては挙げられるのが魔法の存在だ。

この世界の戦場で一番戦局を左右するのは魔法であり、より強力な魔法を扱える側が勝利するのが今の戦争の考え方だ。

実際、戦場では普通の魔術師でさえ戦車1両と同等の扱いであると考えていい。

それだけ強力な魔術師がいるのだから火薬の様なものを考える必要がなかったというのが未だに火薬が発見されていない理由だと思われる。

この事実を知った時、クロードの頭に浮かんだのは昔読んだ本の一説。

技術の発達と戦争には密接な関係があり、戦争の為の創意工夫が文明を育てる。

別にその考えが正しいとは思わないが、両者が全くの無関係だとも思わない。


(あっちだと西暦2000年時点でネットやら何やら相当な技術が作られているが、こちらだと人の歴史が始まって3000年以上経ってようやく産業革命期だしな)


もっとも二つの世界は歴史の在り方が根本的に違うので一括りにして考えてしまうのもどうかとは思う。

ともあれこの世界では多くの国が戦争に勝って長い戦いの歴史に終止符を打つべくより強力な魔法の開発に力を注ぎ、結果として他の技術が置き去りにされた。

結果、魔法の存在がこの世界の文明の発達を著しく阻害している様にクロードには思えてならない。


(恐らくこの国の初代大統領であるデッカード氏もそこに気付いていたんじゃないだろうか?)


だから技術開発による国力の強化という誰も考えなかった方法を考え付いた。

他の国が力を入れていない技術の分野であれば建国間もない国でも努力次第で大国に追いつき追い抜くことができる。

それがデッカードの考えた強国に勝つ為の政治戦略だとクロードは見ている。


(その内機会があれば直接会ってその辺も聞いてみたいものだな)


デッカード氏は8年前に政界を退いて今は家族と静かに隠居生活を送っていると聞く。

ビルモントファミリーの首領(ドン)アルバートとはこの国の建国時に共に戦った旧知の間柄らしいので機会があれば紹介してもらいたい所だ。

考えが逸れたが、この施設ではまだ火薬が作られていないと知りクロードはほんの少しだけ安堵する。


「ありがとうエル。今後も定期的に顔を出すから何かあったら知らせてくれ」

「分かりました」


そこまで話した所で今度はエルテイラの方から話題を切り出す。


「そういえばクロード。アイラやグロリア達は元気にしてますか?」

「ああ、相変わらず過ぎてこっちの身が保たないぐらいだ」


そう言ってクロードは笑いながら朝よりも大分薄くなった目の下のクマを指差す。

それを見たエルテイラはしばし目を丸くした後、何かを思い出した様に自分のデスクの引き出しから小さな小瓶を取り出してクロードの手に握らせる。


「これは?」

「今開発中の栄養剤です。気休めかもしれませんが良ければ使ってください」

「そうか。すまないな」

「いえ、ただ今言った通り開発中なので次来た時に感想を聞かせてくれると嬉しいです」

「分かった」


その程度で彼女の研究の助けになるなら薬の実験台になるぐらい何の問題もない。

自分に渡してくるという事はある程度完成段階の代物。命に危険が及ぶこともないだろう。

彼女がクロードに対し強い恨みや殺意をもっていなければだが。

壁に掛かった時計を見て思ったより時間が経っているのを確認したクロードは席を立つ。


「次の約束があるからそろそろ出る」

「そうですか。建物の外までまで送りましょうか?」

「いや、そのままでいい。邪魔したな」

「いえ、ではまた次回」


そう言って少しだけ残念そうな顔をするエルテイラ。

その顔を見たクロードは少し考えた後、エルテイラに向かってスッと右手を伸ばし彼女の頭を軽くポンポンと叩いてやる。


「次に来る時はなにか甘い物でも買ってくる」

「はい。楽しみに待ってますね」


彼女が笑顔になったのを確認したクロードはコートを翻し部屋を後にする。


「少し遅くなったが"ヒロシくん"の所でラドルと落ち合うとするか」


誰にともなく1人呟いたクロードは研究所の長い廊下を1人歩き出すのだった。

久しぶりの一日2話掲載。

なんか寝付けなかったけどやたらと筆は進むものです。

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