仕事の合間の小休止
ラビが事務所を去ってからすぐにロックはファミリーの幹部リッキードの事務所へ出かけた。
そうして事務所に残されたのはクロード、ラドル、トムソンの3人。
クロードとラドルは対面のソファに座ってくつろぎ、トムソンは電話の前で直立不動のまま微動だにしない。
事務所内におっかない兄貴分2人と自分1人という状況に完全にビビっているらしい。
「おい、トムソン!」
「はひっ!」
「早く茶を出せ。茶を」
「ハッ!直ちに!」
ラドルの言葉に従ってトムソンが大慌てで給湯室に駆け込んでいく。
余程クロードとラドルの2人が揃った空間に長く居たくないらしい。
「あんまり虐めるなよ」
「ハハハハハッ、アイツは反応が面白いからついからかっちまう」
豪快に笑うラドルにクロードは呆れたように溜息を吐く。
聞けば先程事務所に帰って来た時にトムソンが気絶していたのもラドルが驚かせたからだと言うではないか。
「まったくお前というヤツは」
「そう言うなって、そんな事よりもさっきの話だクロード」
「さっきの話?」
咥えたタバコに火を着けながらクロードは頭上に?マークを浮かべる。
ラドルは馬鹿ではないが話の切り出し方が雑で分かり辛いところがある。
「ラビんところの妹の誕生会を開いてやるって話だよ」
「ああ、なんだその件か。おまえ話を聞いてたのか」
「あれだけうるさくやってりゃ嫌でも聞こえるっての」
そんなにうるさかっただろうかと思いつつクロードは話を先に進める。
「で、その件がどうかしたのか?」
「水臭いぜクロード。そういうイベントをやる時は俺にも声掛けろよ」
そう言ってラドルはその筋肉質な上半身を前に乗り出す。
どうやら彼も今回の話に加わりたいらしい。
やる気があるのは結構な事だが、その前にクロードは彼に確認すべき事がある。
「そうは言うがお前万年金欠気味だろ。それも主に競馬の負けで」
「ナハハッ、それを言われると立つ瀬がねえな」
照れ笑いというには少しばかり大きすぎるボリュームでラドルが笑う。
この男、給料が入る度にその大半をギャンブルで溶かし尽くすので常に金欠気味で、給料日前になるといつも食うに困ってヒィヒィ言っている。
そんな男に高い金を払わせるのは酷だと思って敢えて声を掛けなかったクロードの判断はやはり正しかったらしい。
「お前には無理だろ」
「心配するな。今回こそは大丈夫だ」
「先に言っておくが競馬で一発当てるってのはナシだぞ」
「ぐっ!それは・・・もちろん分かってる」
言いながらもラドルの眼は完全に泳いでいる。全く懲りない男だ。
それでも借金には手を出さず自分の給料の範囲でやっている事なのでそれ程強く言うつもりはクロードにはない。
もっとも借金を抱える様な事があればぶん殴ってでも止めさせるつもりだ。
「本当にいいのか?俺の計算だと少なく見ても今月分の給料は全額確実に飛ぶぞ」
「男に二言はねえ。貧乏な時にラビの所のおっちゃんとおばちゃんには散々世話になったんだ。ここで恩返ししないでいつするってんだ」
厳つい見た目に反して義理堅いのがこの男のいい所ではあるが、せめて纏まった金額が払える状況になってから言わないと説得力に欠ける。
「お前は昔と変わらず貧乏だがな」
「それを言うなよ。一緒にラビの家でタダ飯食った仲だろ?」
「俺はお前と違って自分でしっかり資金運用してるからな」
ラドルの様な無計画と違い、クロードは会社から出ている給料の他にもあれこれ工夫して金を稼いでいる。
シュバルツを国営競馬のレースに出場させる際の契約料や優勝した時の賞金、個人的に見込みのある事業への出資や投資を行って堅実かつ確実に稼いでいるので今回の出費程度であれば十分に支払えるだけの金銭的な余裕がある。
「同じ様な仕事をしてきたはずなのに一体どこでこんなに差がついたんだ?」
「俺は、まあガキの時に少し金で苦労したからな」
「そうなのか?」
「ああ」
嘘は言っていない。ただしそれはこちら側へ来る以前の話。
幼き日に資金繰りに苦労する家族の姿を見た記憶が今のクロードの糧となっている。
「クッソー!そうと知っていれば俺もガキの時に金でもっと苦労しとくんだったぜ」
「どうだろうな。お前の場合過去がどうだろうとあまり変わらなかった気がするんだが」
ラドルも馬鹿ではないのだが、どうしても自分の直感とか感性を優先したがるきらいがある。
それがうまく働いている内はいいのだが、そうでなくなると見るも無残な程に大崩れするから困ったものだ。
(とはいえこのままでも困る。コイツはボルネーズ商会の次期社長。俺が幹部に昇進すればコイツが中心になってここを纏めていかなきゃいけないからな)
その為にも彼にはもっと幅広い知識や経験を積んでもらいたい所だ。
金の捻出方法をウンウンと唸りながら考え続けるラドルを不安に思いながら、クロードは持っていたタバコを目の前の机の上にある灰皿に捨てて席を立つ。
「さて、話はこのくらいにしてそろそろ出かける準備をするか」
「ん?なんだ。もう行くのか?」
「ああ、今日はまだ仕事の約束が残ってるからな」
クロードは自分用の事務机の前に移動して、引き出しの中から紺色のネクタイを持ち出して今度は姿見の前へと移動する。
「ほぉ、ちなみにどこ行くか聞いてもいいか?」
「別に構わんが・・・聞いてどうする?」
「面白そうなら付いていこうと思ってな」
ネクタイを締め終えて身嗜みを整えたクロードが振り返ると、ラドルがこちらに向けて満面の笑みを浮かべていた。
それはもう殴りたくなるぐらいの良い笑顔だった。
「面白そうならってのはどういう意味だ」
「言葉通りの意味だ」
どうやらこの男の嗅覚がなにかありそうだと嗅ぎ取ったらしい。
こういった時のラドルの嗅覚は馬鹿にできないものがあるが、それでも一つ物申したい気持ちになる。
「まったくお前の気持ち一つで振り回されるオックスの奴が可愛そうでならないな」
「そう言うなって、アイツはアイツできっと楽しんでると思うぞ」
「そうである事を俺は切に願うばかりだ」
いつか我慢の限界が来た時にこの男が刺されやしないかと心配になる。
「で、どこ行くんだ?」
「そうだな。まずは研究所の方に行って現段階での成果確認」
「それはいいや。お前に任せる」
何がいいのか小1時間ほど問い詰めてやりたい気がしないでもないが、今はそんな事をしている時間はないので敢えてスルーする。
「その後は"ヒロシくん"の所に少し顔を出して、最後にコルディ物産の社長との商談の後に歓楽街にあるクラブで接待をする予定だが?」
「ヒロシくんか。そういやしばらくあの人の店にも行ってねえな」
ヒロシくんはビルモントファミリーの首領であるアルバートから直々に融資を受けてある料理の専門店をやっている人物である。
この国、というかこの世界ではかなり珍しい料理なので区画を越えて国中のあちこちから客が来るほどの人気店だ。
ちなみにクロードとラドルよりも年上の35歳だが、何故か皆からはヒロシくんと親しみを込めて呼ばれている。
「"らーめん"とか言ったっけあの料理?アレ久々に食いたくなってきた」
「だったら食いに行けばいいじゃないか」
「1人で行くのもなんかな~」
「だったらロックかオックスが帰ってきたら一緒に行けばいいだろ」
流石にもうこれ以上は付き合っていられないと事務所を出ようとするクロードに向かってラドルが大声を張り上げる。
「よし決めた!ヒロシくんの店で落ち合おうぜ!」
「落ち合おうぜってお前、まさかコルディ物産との商談にまでついてくるつもりか?」
「おう。そのつもりだが駄目か?」
ラドルの申し出にクロードは渋い顔をしながらしばし考える。
今回の商談は今後の両者の関係を決める重要な場だ。
出来れば厄介な事にならないようにしたいが、ラドルに経験を積ませるにはいい機会であるとも言える。
しばし考えた後、クロードはやれやれと溜息を吐く。
「駄目とは言わないが、せめてスーツに着替えて来いよ」
「なんだこの格好じゃ駄目なのか?」
「当たり前だ。もし、その恰好のままで来てみろ。お前の自慢の顔面を粉々にするからな」
微笑みを浮かべながらも割と本気の殺気を向けてくるクロードに流石のラドルも気圧される。
薄く開かれた目から放たれる鋭い眼光からも本気である事は明らかだ。
「わっ、分かった。ちゃんと着替えてから行く」
「ネクタイも絞めろよ。あそこの社長は服装にも厳しい人らしいからな」
今回の商談相手はかなり厳格な人物であり、クロードの手腕をもってしてもここまで漕ぎつけるのにかなり苦労している。
契約を結ぶことが出来ればボルネーズ商会の大きな利益になると思い頑張って交渉まで持ち込んだ今回の件。
故に例え友人で同僚のラドル相手でも甘い顔をすることは出来ない。
「くれぐれも邪魔するなよ。邪魔したらコンクリに詰めてドブ川に捨てる」
現代の道路を作っているコンクリートのクオリティには程遠いがこの時代にも一応コンクリートと呼べるモノは既に存在している。
それでもクロードもまだドラム缶に人とコンクリを詰めて海に捨てた事はない。
マフィアと言っても実際にそんな真似をするような機会はそうあるものでもない。
ただ、なんとなくそう遠くない未来に実行に移す様な気はしている。
クロードがそんな事を考えている間にラドルが立ち上がって何か言っている。
「お前の邪魔はしない!絶対にしない!親父とおふくろと先祖の名に掛けて誓うぜ」
「そうか。ならいい」
「・・・えっ、それだけ?」
返ってきたのがあまりにも素っ気ない返事だったので当惑するラドル。
「他に何か言う必要あるのか?」
「いや、別にお前がいいならいいんだけど」
どこか釈然としないものを感じつつラドルはとりあえず頷く。
流石に違う事を考えていて上の空だったとは言わない。
「そうか。じゃあ俺はもう出るからな」
「おう!また後でな」
今度こそ事務所を出ようとする振り返ったクロードの前に、盆に茶の入ったカップを2つ乗せたトムソンが戻ってくる。
「あれ?クロードの兄貴はお出かけっすか?」
「ああ、外回りに出てくる。今日はもう戻らないから俺の分の茶は飲んでいいぞ」
「はいっす!いってらっしゃいっす!」
そうしてラドルとトムソンに送り出され、クロードは事務所を出た。
23話から26話までのタイトルを改めました。




