剛鬼と物知り兎
午前の仕事を終えて会社に戻ったクロードとロックが事務所の扉を開けると、扉の前でトムソンが白目を剥いた状態で仰向けなって倒れていた。
「・・・ロック。こいつは何でこんな所で寝てるんだ?」
「さぁ、この馬鹿とは付き合い長いっすけど、昔から何考えてるかのかイマイチよく分からないんですよね」
呆れながら気絶しているトムソンを見下ろす2人。
とりあえずいつまでも入り口の前を占拠されると邪魔なので仕方なく足で蹴り飛ばして部屋の隅の方に転がしておく。
「これで邪魔にはならないだろ」
「そうっすね」
ひとまずトムソンを邪魔にならないよう片付けた所でクロードは事務所の窓際の方へと視線を向ける。
視線の先、来客用ソファに背中を預けた大柄な男が1人。
筋肉質な褐色の素肌の上に黄色のアロハシャツを羽織り、足下は迷彩柄のハーフパンツにサンダル履きというラフな出で立ち。
彫りの深い顔をしており、アッシュグレーの髪の間からは見事な角が1本天を突く様に伸びている。
そんなクロード達とはまた別の意味でマフィアらしい格好をした男の眼がクロードとロックの姿を捉えニヤリと笑う。
「よう、クロード。久しぶりだな」
「ラドル。先に帰ってるならあのバカ片付けとけよ」
「へへっ、悪いな。そのまま転がしといた方が面白そうだったからよ」
そう言ってラドルと呼ばれた男はその外見に相応しい豪快な笑い声を上げる。
彼の名はラドル・ボルネーズ。
ボルネーズ商会の社長であるフリンジの息子であり、社内での立場は常務。
ビルモントファミリー内においては若手の中でも5本の指に入る武闘派で、クロードとは歳が同じ事もありよく攣るんでいる数少ない友人の1人。
丁度一月程前に遠方にある魔族の国まで物資輸送の警備で出張していたのだが、今日この街に戻ってくる事になっていた。
「オックスのヤツは一緒じゃなかったのか?」
「ああ、ヤツは真面目ちゃんだからよ。客先に依頼完了の報告に行ってる」
「なんでお前が行かないんだよ」
「お前だって知ってるだろ。俺はああいう堅苦しいのは向いてないんだよ」
悪びれる様子のないラドルにクロードは小さく肩を竦める。
ちなみにオックスというのはラドルの側近で牛鬼と呼ばれる牛の頭を持った鬼族の男で、外見はかなり脳筋っぽく見えるがその実、頭脳明晰で直情的で突っ走りがちなラドルをうまくコントロールしている。
「ラドルの兄貴。どうもご無沙汰してます」
「ようロック。相変わらず派手な格好してんな」
自分の事を棚に上げてロックを指さすラドルに、ロックは派手さで負けている悔しさからか怒りとも悲しみともつかぬ複雑な表情を浮かべる。
確かにロックのスーツも他の者に比べると派手だが、今のラドルの初めてのハワイ旅行から帰国した芸能人みたいな恰好に比べれば随分と控え目に映る。
クロードからしてみると正直どうでもいい話だ。
「それにしても今日はどうしたんだ?帰ってきたらトムソンの馬鹿野郎しかいないから倒産したんじゃないかと思ったぜ」
「悪いな。今日は叔父貴も含めてほとんど出払ってる」
「親父も?何かあったのか?」
即座に真剣な表情に変わるラドルにクロードは態度を変える事無く答える。
「まあ、多少の問題はなくはないがそれについては後で話す。叔父貴はいつも通りララディース婆さんの所にご機嫌窺いに行っているだけだ」
「なんだよ。あの業突くババアまだ生きてんのかよ」
うんざりといった表情のラドル。ララディースという老婆を苦手としている。
ちなみにララディースという人物はこの街の歓楽街を取り仕切る顔役の1人。
ボルネーズ商会の営むクラブやバーは彼女の支配圏で営業しているおり、店のキャスト等は彼女が手配しているので月に一度社長であるフリンジ自らがご機嫌伺いに行く必要がある。
クロードも何度かフリンジの付き添いで会った事があるが、昔の貴婦人っぽい外見で中々に威圧感のある婆さんだった。
「あの人がたかだか一カ月ぐらいでどうにかなるような人じゃないのはお前も知ってるだろう?」
「確かに、それなら親父ももっと楽だったろうにな」
「まったくだな」
そこまで言って、2人はほとんど同時に笑いだす。
豪快で暑苦しいラドルとクールで物静かなクロード。
外見の印象や雰囲気は対照的な2人だが性格は結構似ている部分が多いこの2人。
「それはそうとお前等に土産買って来たんだが食うか?」
「気持ちはありがたいが今は遠慮しておく」
「なんだ?腹でも痛いのか?」
「違う。今日はこれから情報屋と仕事の話があるからゆっくりしている暇がない」
「ああ、そういう事か」
ならば仕方ないとラドルはハーフパンツの中から皺くちゃになったタバコを取り出して口に咥える。
「おっと、ライターライター・・・」
ライターを取り出そうとポケットをまさぐるがなかなか見つけられないラドルの前にクロードが自分のライターを差し出し火をつける。
「へへっ、悪いな」
「気にするな」
クロードの差し出したライターで自分のタバコに火をつけたラドルは咥えたタバコの煙を這い一杯に吸い込み一息つく。
「ちなみに土産ってなんなんすか?」
「おう色々あるぞ。帝王イカの乾物に南国果実のシロップ漬けとかな。後は向こうでしか売ってない酒類だな」
そう言ってラドルは足元に置いてある袋やら箱やらを次々に開けて目の前のテーブルの上に並べていく。
その数はどう見ても1人で持ち運べる量を越えており、彼が本当に仕事をしに行ったのか疑わしくなる程だ。
「よくもまあ仕事の合間にこれだけ買い込んだな」
「初めて行く国への出張だったからな。これでも帰り際に随分減らした方だ」
「まったく呆れたヤツだ」
「そう言うなって、仕事の方はバッチリこなしたからよ」
「当然だ。もし下手打っていたなら殴り飛ばしている」
「うへぇ、そいつは勘弁だな。おまえの拳骨が相手だと俺の男前が見るも無残な姿になりかねねえ」
そう言って心底嫌そうな顔をするラドル。クロードの拳の威力は社の人間であれば誰もが知る所。
加減なしで喰らおうものなら頑丈な鬼族と言えどしばらく入院は免れない。
それからしばし雑談に時間を費やしていると、事務所のドアがゆっくり開き誰かが部屋の中に入ってくる。
「あの~クロードくんに呼ばれてきたんですけど~」
ドアの向こうから恐る恐る顔を出したのは若い女。
藍色のオーバーオールを着て頭にウサ耳を生やした長い金髪に赤い瞳の少女。
傍から見ると子供にしか見えないその少女を見てクロードはニヤリと笑う。
「よく来たなラビ」
「本当だよ~。この辺ガラ悪い人多いから攫われたりしないかラビちゃん超不安だったんだから~」
ラビと呼ばれた少女はそう言うと自分の小さな体を抱きしめる。
こんな事を言っているがこの少女は非常に用心深いので捕まえるのはそう簡単な事じゃないのをクロードはよく知っている。
その傍で部屋に入ってきた人物を見たラドルはつまらなさそうな表情をする。
「なんだ情報屋っておまえかよラビ」
「あっ、ラドルくん出張から帰ってたんだね。おっかえり~」
「何がおっかえり~だ白々しい。テメエが俺の帰りを知らねえ訳ねえだろうが」
「酷いな~。ラビちゃんだってなんでも知ってる訳じゃないんだよ~」
「うるせぇ。気持ちの悪い声を出すな」
心底嫌そうな顔をするラドルの態度にラビは不満そうに頬を膨らませる。
仕草や外見は子供っぽいラビだがこれでもクロード達と同い歳の27歳。
クロードとラドルとは10代の頃から付き合いがある。
「ラビさんこんちわっす」
「やあやあロックちゃん。元気してる~」
「ええ、おかげさまで」
「例の彼女とはその後うまくいってる~?」
「・・・それ、絶対知ってて聞いてますよね」
「アハハ~当然じゃん」
ラビは可愛らしい外見とは裏腹に他人の弱みを握るのが大好きな悪魔のような性格の持ち主であり、その性格のせいで何度かひどい目に遭った。
その性格と月兎族という種族特有の耳の良さ、加えて持って生まれた魔術の才能を駆使して情報収集を生業としている。
クロードの考えだが恐らく国内どころか世界中探してもラビ級の情報屋はそうはいないだろうと思っている。
ちなみに今話題に上ったのは先月までロックが付き合っていた彼女の話だろう。
相当酷い振られ方をしたというのを先日バーニィから聞いた気がする。
当時の事を思い出したのか薄っすらと目に涙を浮かべてロックが目に見えて暗い表情をする。
「ラビ。ウチの舎弟をあまりいじめてくれるなよ」
「ごめんごめん。ロックちゃんの反応があまりに可愛くって」
「相変わらずいい性格してるよな。お前」
「それって絶対褒めてないよね」
「さあ、どうだろうな」
「酷いよ。こんなに献身的に協力してあげてるのに」
そう言ってラビが唇を尖らせたのも一瞬の事、何かを思い出した後その表情が厭らしい笑みを浮かべる。
「そういえばクロードくん。相変わらず女の子を囲うのが旨いよね。今回で何人目だっけ?」
「っ!?」
思いもしていなかった反撃を受けて一瞬クロードの肩が大きく跳ねる。
ラビが言っているのは間違いなくルティアの事だろう。
彼女の事は昨日決まったばかりだというのにどうしてもうその事を知っているのか、そもそもどうやってその情報を知り得たのか皆目見当もつかない。
今言えるのはやはり彼女はとことん油断できない相手だという事だけだ。
「えっ!兄貴またですか?」
「おいおいクロード何やってんだよ」
「うるさいぞお前等」
動揺しているクロードにロックとラドルが呆れた様な視線を向けてくる。
こっちにも事情があると強く主張したい所だが、言った所で言い訳でしかないのでこの場はこれ以上墓穴を掘らない様に発言は控えて話の流れを無理やりでも変える必要がある。
「・・・ラビ。とりあえず仕事の話をするぞ」
「はいは~い。それじゃこの間頼まれてた件の報告と今回は追加でガルネーザファミリーのリットンについてだね~?」
「流石に耳が早いな」
「まあね~。それでご飯食べてるからね~」
そう言ってお道化て見せるラビ。
一体どこまで事情を把握しているのかつくづく恐ろしい奴だ。
「立ち話もなんだし奥の部屋で話をしよう」
「そだね~。あっ、その前にラドルくんのお土産持ってっていいかな~?」
「ったく目聡いなテメエは」
ラドルは嫌そうに言いながらも他の土産とは別口で用意していた土産を取り出す。
なんだかんだで長い付き合いの友人同士、個別でお土産を買ってくる程度の人間関係は今も続いている。
「テメエにくれてやるのは正直癪だが仕方ねえ」
「そんな事言ってもちゃんとお土産買ってきてくれるラドルくんが好きだよ」
「お前、マジでそれやめろよ気色悪いから」
そう言ってラドルは軽く身震いをして見せる。
もう10年近く続けているやりとりにクロードも思わず笑みを浮かべる。
「お前等は相変わらず仲がいいな」
「おいおい、お前まで恐ろしい事を言うなよ」
ラドルは心底嫌そうな顔をしながら土産をラビへと手渡す。
土産を受け取ったラビは小娘の様に無邪気な笑顔を浮かべる。
「ラドルくんも帰ってきたし、今度は皆でお祝いだね」
「祝うって何をだよ」
「それについては今はまだ言えないんだよね~」
「なんだそりゃ?」
事情が分からず首を傾げるラドルの前で悪戯っぽい笑みを浮かべたラビはクロードの方に軽くウインクして見せる。
どうやらこの兎はクロードが幹部候補になった事まで知っているらしい。
もっともファミリーの人事は機密事項だと分かっているので正式発表するまでは喋るつもりはないらしい。
今その事を口に出せばクロードとラドルはラビを消さなくてはいけなくなる。
ラビもその事を分かっているから敢えて口には出さない。
(その情報を知ってるってだけでも十分に問題なんだがな)
とはいえ知っている事を口に出した訳でもなければ、明確な証拠もないので手を出したりはしない。長い付き合いとはいえなんとも食えない友人である。
「無駄話はそれぐらいにしてさっさと打ち合わせするぞ」
「はいは~い」
先導するクロードの後に続いてラビとロックが続き、3人は会議室の中へと消える。
残されたラドルはラビの言葉の意味を考える。
「祝うねえ・・・。遂にクロードが結婚でも決めたか?」
そんな事を呟きながらラドルはしばし1人で答えについて考え続けるのだった。
ちょっと新キャラが続いていますが
群像劇なのでまあ致し方なし。
少し活動報告を更新しました。
ご確認願います。




