少女の向かう先
永く続いた邪霊の呪縛より解き放たれるルティアの契約精霊アルマ。
自身の体の自由を取り戻したアルマは背より伸びる4枚羽を左右に大きく広げる。
「ようやくこの時が来た。我、ここに完全復活せり!」
猛々しく吠える火竜の声が部屋中に響き渡る。
そのあまりの大音響にアルマの足元にいたクロードは迷惑そうに顔を顰める。
「・・・五月蠅い」
ついさっきまで邪霊に憑かれていたとは到底思えない。
とはいえ後遺症などもなさそうでまずは一安心といった所だ。
(それにしてもこれがルティア嬢の精霊か)
屈強そうな外見に似合った威風堂々とした態度ではあるが、契約者であるルティアとの性格の違いに違和感を感じる。
(いや、もしかしたらこういう俺様タイプにはむしろルティア嬢のような大人しいタイプがあっているのかもしれないな)
余計なお世話だと知りながらそんな事を考えるクロード。
その隣をルティアが小走りに駆け抜けていく。
待ち侘びていた時を迎えて気持ちを抑えきれずに走り出した少女は火竜の元へ駆け寄る。
火竜のアルマとその精霊術師ルティアは遂に対面の時を迎える。
「・・・アルマ」
「心配を掛けたなルティアよ」
先程までの威勢が消え、目の前の少女に慈しむ様な瞳を向ける火竜。
対する少女は随分と久しぶりに聞いたパートナーの声に大粒の涙を浮かべる。
「本当ですよ。凄く心配しました」
「すまぬ。しかしもう大丈夫だ」
互いを想いあう両者の視線が交わりあう。
もしかしたら二度とこうして視線を交わす日はこないかもしれなかった。
ルティアは目の前の事実を確かめる様に火竜の体へと手を伸ばす。
今、彼女の脳裏に浮かぶのは1年半前に起こった忌まわしい出来事。
国王からの勅命を受けて魔人族との戦いで劣勢にある味方を救援すべく戦場へと赴いたルティア。
撤退戦は何度か支援した事があったので今回も同じ程度に考えていたのだが、彼女は後にその考えが甘かったと知る事になる。
辿り着いた戦場は彼女の想像した以上の惨状であり、まさに地獄だった。
敵軍の将に魔人族の中でもかなり名の知れた大物がいたらしく相手方にはいつも以上の勢いがあり、攻撃は苛烈を極め戦況は最悪だった。
そんな状況で一週間もの間ルティアと味方の軍は戦場を追い回された挙句、疲弊しきっていた所へトドメの奇襲を受ける。
為す術なく蹂躙される味方をなんとか救おうとして敵の攻撃を受けたアルマは負傷、身動きが取れなくなった所へ敵の集中攻撃を浴びる事になった。
最悪だったのはその後、よりにもよって敵軍は死霊術師部隊を投入し、戦場で死んだ味方の兵士達の怨念から邪霊を生み出しアルマを襲わせた。
それを見ていた味方の将校はあろうことかそれを好機と言い放ち、敵の注意がアルマに向いているのを利用して彼を囮に逃走を図った。
その時にルティアも強引に味方の馬車に押し込まれ、1人残されるアルマの名を叫び泣く事しかできなかった。
それから数日後、戦闘のあった場所の近くで発見されたアルマは既に正気を失いかけており、発見したルティアの師匠や味方の術師達によって魔石へと封じられた。
それから3年以上、なんとか救う手立てがないか探したが、どのような魔術に関する書物にもその手立ての記載はなかった。
また、誰1人として彼女の思いを叶えられる者もいなかった。
そうしている間にも歳月はあっという間に流れ、その間にも邪霊に蝕まれ残り時間が短くなっていくアルマに何もできない事に絶望し、諦めそうになった事もあった。
それでも助けたいと思い続けた時、差し込んだ一筋の光。
まるで天から垂らされた蜘蛛の糸のような頼りない光であったが、それでも最後まで手を伸ばし掴もうとした少女の手は今、奇跡に触れる。
「おかえりなさいアルマ」
「ただいまだ。ルティア」
寄り添いあう火竜と少女、まるでお伽噺の一説に描かれた様な光景。
そんな感動的な場面に背を向けてクロードは部屋の隅の方へと移動する。
「おや?2人の感動の再会を見届けないのかい」
「興味ない」
いつの間にか自分の肩に乗っていたアジールからの問いに適当な返事を返すと、クロードは手に持っていた魔銃を軽く持ち上げる。
「星よ、天に還れ」
短い詠唱の後、手にしていた魔銃は光となって手の中から消失する。
慣れたとはいえ何度言っても小っ恥ずかしい呪文である。
小さくため息をつくクロードに、アジールは呆れた様な声を漏らす。
「やれやれ、折角の感動の再会に見向きもしないなんてクロード。君はもう少し情緒というものを学んだらどうだい?」
「ウルサイ。黙れ。余計なお世話だ」
自分の様な人間はああいう感動的な場面には相応しくない。
これでもクロードなりに気を遣った結果である。
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、アジールはクスリと小さく笑いルティア達の方を振り返る。
「まあ、僕としてはルティアの願いが叶えられて良かったよ」
「お前、今回は随分と肩入れするんだな」
まだ会って間もない相手をアジールここまで気に掛けるのは珍しい。
クロードとしては少しだけその部分が気にかかった。
「そんなに彼女が気に入ったのか?」
「そうだねぇ。ルティアは素直でいい娘だし、きっと彼女は僕だけじゃなく色んな精霊に好かれるタイプの人間だと思うよ」
「そうなのか?」
クロードは精霊と契約しているが別にその分野を専門にしている訳ではないので精霊の事については左程詳しくはない。
知っている事と言えば精霊は割と我儘で自分勝手な個体が多いという程度だ。
「もちろん精霊によって雰囲気や話し方の好みとか色々違いはあるだろうけど、基本正直で素直な人間が好きなのは変わらないかな」
「なら、お前は彼女の精霊になりたいと思うのか?」
自分と契約している限りアジールが自分から離れられない事は知っている。
故にこの質問に大した意味がないのは互いに分かっている。
だからアジールに質問に答える意義も意味もない。
それでも相棒からの問いにアジールは少しだけ考えてから答えを口にする。
「いや、それはいいかな」
「どうしてだ?気に入ってるんだろ?」
「確かにそうだけど、ああいうタイプの人間は僕みたいな超強力で有能な大精霊と一緒になるとイザコザに巻き込まれてすぐに死んじゃうからね」
「・・・そうか」
どこか遠い場所でも見る様に天井を見上げるアジール。
クロードはこの自称大精霊の過去を知らないし聞いた事もない。
自分より何倍も長い時間を生きている相手の話等聞いた所でどうしようもないと思っているからだ。
それでも、今回は少しだけ相棒がこれまでどんな経験をしてきたのか気になった。
「その点、今回の契約者は結構な悪党だから死んでも心は痛まないし、そもそも殺そうとしてもなかなか死にそうにないから安心だよね」
「フンッ、言ってろ」
先程見せた陰のある雰囲気も一瞬の事。
可愛気のない憎まれ口を叩く相棒にクロードは微かに笑って見せる。
「そんな事よりサッサと片付けて帰るぞ。今日は少し疲れた」
「仕方ないな~。少しだけ手伝ってあげるよ」
それからしばらくの間、ルティア達の事を忘れてクロードは部屋に配置しておいた道具の回収や整理で時間を費やす。
しばらくして全ての片付け終えた頃には涙の再会を終えたルティアとアルマがクロードの元へと歩み寄ってきた。
「クロードさん。この度は本当にありがとうございました」
「人の子よ。大義であったな」
殊勝なルティアと違い随分と頭が高い火精霊様である。
そのあまりにも不遜な態度にこいつは本当に礼を言う気があるのだろうかと疑いたくなる。
「これで頼まれた仕事は終わった。俺は帰るぞ」
そう言ってクロードは懐から財布を取り出すと、中から紙幣をいくつか抜いてルティアへと差し出す。
「クロードさん。これは?」
「今日の宿代だ。貸してやるから明日には領事館にでも行って国元に送ってもらえ。利子分は今回に限ってだけまえておく」
クロード自身随分と甘い事を言っていると分かっているが、彼女には他に泊まる場所もなければ頼る人物もいないので仕方ない。
金については国元に帰った後で復職し、ゆっくりと返してもらえればいい。
そう思っていたクロードだったが、ルティアは差し出した金を受け取らなかった。
「これは受け取れません」
「どうしてだ?」
「私はまだアルマを助けて頂いたお礼をしていません」
「その事か、それについては国元に戻ってからゆっくり払えばいいだろう」
火の上位精霊と契約する程の精霊術師なら国でも重用されているだろうから給金はそこそこいい額を貰っているはずだ。
「その事なんですが・・・」
「なんだ?」
言い辛そうにしているルティアを見てクロードは嫌な予感が止まらない。
「実は私、失業してるんです」
「・・・何だと」
「アルマを元に戻す手立てが見つからなかったので、ここに来る前にクビになりました」
「実家に仕送りしてるって言ってなかったか?」
「先月までは、後は退職金を大目にもらったのでその半分を送って、残りの半分でここまで来ました。それももう底をついてしまいましたが」
恥ずかしそうに笑うルティアだが話を聞いたクロードは軽い頭痛に見舞われる。
確かに一国の精霊術師が1人で他国の街をフラフラと歩き回っているのはおかしいとは思っていたが、まさか失業しているとは思わなかった。
そうなると依頼の代金どころか貸そうとしてる宿代さえ支払われる見込みはない。
「それは・・・困ったな」
「なのでクロードさん!私をクロードさんの所で働かせて下さい」
まるで名案を思い付いたように言い放つルティアにクロードは頬を引き攣らせる。
クロードとしては紹介する仕事がない訳ではないのだが、流石にこの年頃の少女にやらせてよい内容とは正直言い難い。
知り合いなどの伝手を辿れば真っ当な仕事も見つかるだろうがそれまで彼女が身を置く場所が必要になる。
ある程度予想していた事ではあるが状況は最悪だ。
「ルティア嬢、その件はもういい。金もやるから実家に帰れ」
「いえ、最初のお約束通りに体で払います!なんでも言ってください」
「いや、本当にいいんだ」
むしろやめて欲しい。正直これ以上面倒が増えるのは御免だ。
律儀なのはいい事だがもう少し状況を考えてほしい。
これを受け入れて彼女を家に連れて帰ればややこしい事になるのは明白。最悪家が消し飛ぶかもしれない。
本当はすぐに断ってしまいたいが、その場合ロクな事にならないのも分かっている。
何か良い方法はないかと考えるクロードに向かって頭上から声が響く。
「貴様、ルティアの願いが聞けぬと言うのか」
「黙れトカゲ。お前こそおかしな事を言ってる主人を少しは止めろ」
助けてもらった相手に高圧的な態度を取る恩知らずな火竜に思わず口調に苛立ちが混じる。
一方、トカゲ呼ばわりされた火竜は余程気に入らなかったのか怒りに震えている。
「この我をトカゲ呼ばわりするとは不敬な奴め、焼き尽くしてくれる」
「アルマ。恩人に対して無礼な発言はやめてください」
「むぅ・・・」
ルティアに窘められた火竜は何も言えず大人しくなる。
どうやらこの俺様もルティアには弱いらしい。
「家に帰っても仕事もなくて、親の作った借金もあって大変なんです」
「それで俺に頼るのはおかしいだろ」
完全に当初の依頼内容から逸脱した上に面倒が上詰みされている。
今のところ話の中にクロードにとってメリットのあるリターンが全くない。
「分かってます。こんな事をお願いするのは筋違いだというのは」
「だったら自分で何とかする手を考えろ」
何とか突き放そうとするクロードにルティアは縋る様な目を向ける。
「クロードさんの家にいる時にアイラさん達と話をして言われたんです」
「何をだ?」
「何か困っている事があるならクロードさんを頼っていいと」
「ぐっ・・・」
真剣なルティアの表情を見てその言葉に嘘が無い事は分かる。
どうやらルティアを家に泊めたのは失敗だったかもしれない。
アイラ達もまったく余計な事を言ってくれたものだ。
いや、もしかしたら彼女達にはこうなる事が分かっていたのかもしれない。
(これだから女ってのは恐ろしい)
一体いつから自分はこんなにも女難に苛まれるようになったのだろう。
原因を知っている者がいるなら教えてほしいところだ。
それからしばし考えた後、クロードは諦めと共に溜息を吐き出す。
「はぁ、分かった。もういい」
「あの、それってどういう・・・」
上目遣いに尋ねる少女にクロードは答えを提示してやる
「仕事分払い終わるまでだ。それまではウチに置いてやる」
「ありがとうございます!」
答えを聞いたルティアは満面の笑みを浮かべてクロードに礼を述べる。
対するクロードは心底疲れた表情を浮かべてからトボトボと部屋の出口へ向かって歩き出す。
こうしてクロードは自宅に新たな同居人を迎える事になったのだった。
これにて第1章終了です。
序盤という事でキャラ紹介重視で
内容は割とソフトな感じに書きました。
次回からは第2章突入です。
第2章はクロードの仕事を中心に描きます。
第1章読んで気に入って頂けた方は
ブクマして頂けると嬉しいです。
ではまた次回!




