表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/143

恐怖に震えて消え往け

吹き荒れる炎の中心、火竜の巨体から立ち昇る5つの黒煙。

瘴気と呼ばれるその煙がただ1人の男を前に大きく揺らぐ。

人間等一撃で消し炭にするだけの力を持つ火竜を敵にしてまるで動じない男。

それどころかここまで傷一つつける事が出来ない上、火竜に憑りついた同族を容易く消し去る奇怪な武器まで持っている。


「ギッギギギギ」


火竜の体から立ち昇る人の姿を模した黒煙が低く唸るような音を発する。

脳がないので大した思考を持ち合わせていないが、子供程度の知能は有している。

その乏しい知能でも十分に分かる。この相手を早く排除しなくてはならないと。

でなければ自分達は全員消滅させられるという危機感を覚える。


「ゲッ、ギッ」


先程の炎の息吹(ブレス)がどうやって躱されたかは分からないが、もう一度同じ攻撃を繰り返しても同じ結果になる可能性が高い事はなんとなく分かる。

どうすればいいかを考えた邪霊は最もシンプルな答えに行き当たる。

思いついた手をすぐに実行に移すべく邪霊は火竜に根付いた部分から精神へ干渉し攻撃を誘発する。


「グゥルォオオオオオッ!」


干渉を受けた火竜が大きく咆哮を上げてクロードへ再びその首を向けたかと思えば体内の魔力を放出して周囲を吹き荒れる炎に指向性を与える。

火竜を中心にして周辺を炎が収束を開始する。

炎が渦を巻き始めたかと思うと、炎は螺旋を描きながら天井まで届く一本の炎の柱を形成する。


「・・・諦めの悪いヤツだ」


クロードの前で炎の柱の向こうへと完全に姿を隠した火竜と邪霊。

見えない以上あちらの動きはまるで掴む事が出来ない。

それでも邪霊がやろうとしている事の大凡の見当はついている。

だからクロードは余裕をもってコートのポケットに手を伸ばし中から愛用のシガーケースを取り出すと、中に並べられたタバコを1本取り出して口に咥える。


「まったく、ライターにするには火力が強すぎるな」


冗談めかしたことを言うクロードの口元で舞い散る火の粉がタバコの先で火を灯す。

そんなクロードの挑発とも取れる言葉が聞こえたのだろうか、炎の柱の根元部分で急激な変化が起こる。

直後、空気を入れすぎた風船の様に内側から破裂し、炎が濁流となって一気に外へと溢れ出す。

噴き出した炎は地面の上を這うように全方向へと広がっていく。

それはまるで水滴の堕ちた水面の上を波紋が伝わるかのようだ。いくら広いと言ってもここは室内という限りある空間。

部屋全体に広がる攻撃はいずれ部屋の全てを呑みこむ。

先程の様に立ち位置を入れ替えただけでは到底躱す事など出来はしない。


「クロードさんっ!」


逃げ場のなくなったクロードを見て叫び声を上げる少女。

自身の事も省みずに円の中から飛び出そうとするルティアだったが、その歩みはすぐに見えない壁の様な物に阻まれ、その場に尻餅をつく。


「いきなり飛び出したら危ないよルティア」

「でも!クロードさんが!」


必死な表情を浮かべるルティアに大精霊は相変わらずの呑気さで告げる。


「さっきも言っただろ。クロードの事なら心配は無用さ」


緊張感の欠片もない口調でアジールは呟くと前方へと視線を戻す。

視線の先には自分達を呑み込もうと炎の波が容赦なく迫る。


「っ!!」


ルティアは声を発する事も出来ず、炎に呑み込まれると思った瞬間。

目の前で炎の波は左右に分かれ後ろへと流れていく。

それはまるで自分とアジールがいる円の描かれた場所を避けているかの様だ。


「円の内側に炎が全然入ってこない」

「最初に言っただろう。この円の中にいる限り君には傷一つつけさせないって」


ルティアの頭上で余裕のアジールは得意げに胸を反らして見せる。

もっとも頭の上なのでその姿はルティアからはよく見えないのだが。


「さあ、心置きなく見届けようじゃないかルティア。僕の相棒の勝利の光景を」


そう言ってアジールはクロードのいる方向へと視線を向ける。

2人の視線の先、全てを呑み込むべく広がる炎の波を前にしてクロードの表情に恐怖や焦燥感は一切ない。

僅かに感じる息苦しさに小さく眉を顰める程度だ。


「流石に少し酸素が薄くなってきたな」


このまま長期戦になると酸欠でクロードだけでなくルティアの身も危うくなってくる。

とはいえそれはあくまで相手の攻略法が見つけられずに戦いが長引けばの話。

既にクロードの目には決着への道筋が見えている。


「とりあえず道を開けるか」


言ってクロードはコートの内ポケットから青いビー玉の様に小さな球と魔術符を一枚取り出すと、向かってくる炎の波に向かってビー玉のような物体だけを素早く投げつける。

小さな球は空を切って一直線に飛び、炎の波の前に呆気なく飲み込まれる。

瞬間、球が飛び込んだ場所で大きな爆発が起こり周辺の炎をもろともに吹き飛ばす。

遅れて爆発で生じた爆音と衝撃波が部屋を大きく震わせる。


「なっ、何ですか今の!」


目の前で起こった爆発を見てルティアは驚きを隠せない。

爆発自体は別に魔法で起こす事は可能だが長い詠唱と魔力を必要とする。

とてもではないがあんな小さな物体に込める事が出来る様なものではない筈だ。


「もしかして今のもブルーノ様の作った魔法道具なんでしょうか」

「う~ん。確かにあれはブルーノが作った魔法道具で間違いないはずだけど、中に入っていたのは確か普通の水だよ」

「えっ?水?」

 

ただの水と聞いて意味が分からずに混乱するルティアにアジールは言葉を続ける。


「えっとね~。クロードの話では"水蒸気爆発"っていう化学現象らしいんけど・・・詳しくは僕も知らないんだよね」

「化学現象?」


聞き慣れない言葉にルティアは小さく首を傾げる。

この世界において科学や化学は最近になって日の当たり始めた分野であり魔法に比べればまだまだマイナーな扱いの分野である。

魔術師などの間では以前から術を構成する要素として注目されていたが、術が精霊頼りである精霊術師にはそれほど知られていない。

故にルティアが知らないのも無理はない。

ちなみに先程クロードが投げ込んだのは風呂桶一杯分程の水を溜め込める魔石。

元々は商人からの依頼で水を簡単に運べる様にとブルーノが作った試作品の魔法道具なのだが、水を運ぶ事のみが目的の為に溜め込んだ水を漏らさぬよう魔術が施されているが試作段階の為に熱や電気等は普通に通す。

そして水は気化する際に体積がおよそ1700倍に膨れ上がる性質を持っている。

ここで問題となるのは通常の炎よりも遥かに高い火力を誇る火竜の炎に投げ込まれた水を内包した魔石がどうなるかだ。

火竜の炎で熱せられた水は魔石の内部で一瞬にして蒸発し、発生した水蒸気は球の許容限界を簡単に超えて外へ飛び出し爆発を引き起こした。

実に単純な方法だが知識が無ければ実行不可能な方法でもある。

改めてルティアは思う。魔術だけでなく科学にも精通しているクロード・ビルモントとは一体何者なのだろうと。

そんなルティアの興味を一身に受ける当の本人はというと、あれ程の爆風に晒されながら当然の様に無傷。

ただその手に持っていたはずの魔術符が忽然と消えていた。

爆風によって吹き飛ばされた小さな火の粉が降り注ぐ中に立ち、口に咥えたタバコの先端から白煙を上げている。


「ドアノックには少し強すぎたか?」


尋ねる様な物言いをして火竜を見るクロード。

彼と火竜の間にあった炎は先程の爆発によって全て吹き飛ばされ、身を隠すものを失った火竜と邪霊が佇んでいた。


「ギッ、ガッガガギギ」


何が起こったのか理解する知能を持たぬ故に不気味な音だけを発し続ける邪霊。

その隙にクロードの右手に持った魔銃(リンドヴルム)の銃口が火竜の体をなぞる様に動く。

間を置かず連続した銃声が室内に鳴り響き火竜の体から4つの瘴気が消し飛ぶ。


「ざっとこんなものか」


呟きと共にクロードは口に咥えていたタバコを左手に持ち、肺の中に満たした煙を空中に向かって吐き出す。

残る瘴気は人の形を真似た1つだけ。

単独では自分よりも強い力を持つ精霊をこれ以上浸食する事は出来ない。

だからといって今更精霊から離れて逃げる事も無理だ。

文字通り手も足も出ない状況となった邪霊。

自らの状況を理解して狼狽える邪霊に向かってクロードがゆっくりと歩を進める。

今すぐ邪霊を消すのは簡単だが、その前にクロードにはやるべき事がある。

英雄と同じ神の武器を持っていようが、魔術師を師と仰ぎ魔法を扱う事が出来ようが、強力な精霊と契約していようが関係ない。

クロードはマフィアであり、マフィアは敵に報復するものである。

チラリと視線を動かすと少し離れた場所でルティアが心配そうにこちらを見ている。

何故すぐに倒してしまわないのか分からないのだろう。


「悪いがもう少し時間をもらうぞルティア嬢」


本人には聞こえない程の小さな声でそう呟くとクロードは火竜の巨体を見上げる。


「にしても近くに立ってみると随分とデカイんだな」


火竜の前に立ったクロードはその巨体を下から見上げ素直な感想を口にする。

邪霊が繋がっているのは首筋のあたりなので手を伸ばしても届きそうにない。


「さて、どうするか・・・」

「何をしている人の子よ」


どうやって邪霊に報復しようか考えているクロードの頭上から突然声が響く。

声のした方角。邪霊の生えた位置よりも少し視線を上げるてみると、その目に光を取り戻した火竜とバッチリ目が合う。


「ん?もう意識が戻ったのか。流石は上位精霊」

「お主。何故我に憑いた邪霊にトドメを刺さぬ」


訝し気な視線を向ける火竜にクロードは軽く肩を竦めて見せる。


「悪いがもう少し辛抱してくれ。アンタの首についてる邪霊にはキッチリとケジメをつける必要がある」

「ケジメ?なんの事か分からんが早くしろ。動き辛くて敵わん」


救ってもらっておいてて随分と不遜な物言いをする上位精霊様である。

少し不満がない訳でもないがそれよりも今は邪霊である。


「とりあえず。首をもう少し下げてくれ」

「何故我がルティア以外の言う事を聞かねばならんのだ」


不満たらたらといった様子の火竜、思った以上に聞き訳が悪い。

ならばクロードもそれ相応の応対をするまでだ。


「あまり我儘を言う様だとその首についたゴミを取ってやらんぞ。それとも首元にそんな気味の悪いオブジェをつけるのが精霊界隈の流行りなのか?」

「・・・ムゥ。人の分際で偉そうな奴め」


火竜は不満に満ちた声を漏らすも、このままの姿でいる事の方が嫌だったらしく。

不肖不詳といった様子で地面に近い位置まで首を下げる。


「これで良いだろう。早くしろ」

「ああ、十分だ。その態勢で少し待ってろ」


不遜な態度の火竜を一瞥してクロードは銃を腰のベルトに挟むと、懐から黒い皮手袋を取り出し邪霊の方へと歩み寄る。


「待たせたな邪霊(ゴミクズ)。お仕置きの時間だ」

「ガッギギ!」


両手に皮手袋を装着したクロードを前にして邪霊は意味不明な声を発する。

そんな邪霊を見てクロードは薄く笑うと人型の顔部分目掛けて右拳を振り抜く。


「フンッ!」


繰り出された拳が左頬を打ち抜き邪霊の首を強引に真横へ向かせる。

普通、半実体化しているとはいえ霊体を殴る事は出来ない。

同様の理由で霊体に通常の打撃で痛みを与える事は不可能に近い。

なのにクロードの拳は確実に邪霊を捉え、ダメージを与えている。

訳が分からずにいる周囲を余所に邪霊の顔を今度は左フックを打ち下ろす。


「足りないなぁ。ああ、まだまだ全然足りない」


ギラリとクロードの眼光が鋭い光を放った瞬間、鋭さを増した拳が黒い閃光となって邪霊の体を次から次へと穿つ。

相手が人間であったら一撃で脳挫傷か首が折れて即死しているレベルの拳を何度も浴びながらそれでも死ぬ事が出来ずに邪霊が呻き声を上げる。

一撃一撃が人としての肉体と共に失くしたはずの感情を引き摺り出す。


「グギッ、ガッ、ギギ」


怒りや憎しみといった感情の残りカスから生まれた邪霊の中に生じる芽生えるはずのない感情。人はそれを"恐怖"と呼ぶ。

肉のない顔の表情が苦痛に歪み、意味のない音が悲鳴の代わりに漏れる。

その姿はまるで泣き叫んでいるかのように見える。


「良い顔になったな。それじゃあ仕上げだ」


顎の部分に真下から鋭い拳で打ち上げると同時に腰のベルトに挟んだ魔銃(リンドヴルム)を引き抜き、邪霊の喉元に銃口を押し当てる。


「喜べ邪霊(ゴミクズ)。こいつで終いだ」

「グギッ!」


恐怖に引き攣った表情を作る邪霊が最後に短い悲鳴を発した後、終わりを告げる銃声が室内に木霊する。

最後の邪霊が大気中に霧散していくのを眺めながらクロードは銃をゆっくりと下ろす。


「これで依頼完了だ」

次回でこの章は終幕。

次の章へと突入します。

にしても関東初雪寒すぎてヤバかった

一日家から出られなかった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ