灼熱のステージ
邪霊からの干渉が強まった事で錯乱して暴れだす火竜。
意図せずあふれ出した魔力が炎の嵐となってクロードの視界を遮り、近づく事はおろか銃の射線も通す事が出来ない。
「まったくもって厄介な炎だな」
吹き荒れる炎のせいで火竜の体を蝕み続けている瘴気の位置が見えなくなった。
どうやってこの状況を考えていた刹那、炎の中から繰り出された長い尾が眼前へと迫る。
「おっと!」
咄嗟にバックステップで後ろに下がり尾の軌道上から逃れる。
だが逃れたと思ったのも束の間、自分の周囲に幾つもの影が差す。
素早く視線だけを上に動かすとマグマの様に赤黒く燃え盛るサッカーボール程の大きさの火球が複数現れクロードに向かって落ちてくる。
「チィッ!」
忌々し気に舌打ちしたクロードは手の中の魔銃を頭上へと向ける。
向けたはいいがリンドヴルムで迎え撃つには圧倒的に弾数が足りない。
そもそも回転式拳銃の利点は高い威力の銃弾を撃つ事が出来る事にある。
逆に難点は自動拳銃の様に連射が効かない事、そして装弾数が少ない事の2点。
故に手数の多い目の前の攻撃に対する防御には向かない。
とてもではないが武器の性能だけでは到底この状況を突破する事は出来ない。
なので武器だけじゃない持ち得る全てを駆使して回避するしかない。
「フゥッ!」
小さな深呼吸と共にクロードは頭上に向かって引き金を3回引く。
銃口から放たれた弾丸は射線上にあった火球の全てを貫き、撃ち抜かれた火球はまるで風船が弾けるみたいに破裂して消える。
それでも全てを射抜くには到底足りない。
しかし、これで少しでもスペースを作ることは出来た。
ジャリッという土を深く踏む足音の後、つま先で鋭く地を蹴ったクロードの体が小さく横に跳ねる。
直後、クロードの立っていた場所に目掛けて灼熱の火球が落ちる。
地面に触れるとジュッという音を立てて炎が地面に広がる。
触れただけで人間の腕など容易く溶かしてしまいそうだ。
当たれば大怪我では済まない灼熱の雨の中をクロードはコートを靡かせながらステップを踏み、舞う様に躱していく。
流石に全てを躱しきれる訳はなく直撃しそうにもなるが、その場合には惜しみなく引き金を引いて火球を破壊する。
右手の魔銃で破壊し、左手の異能で銃弾を作り、火球を躱しながら再装填。
まるで劇場の上で繰り広げられる演舞にも似たその悍ましくも美しい光景にルティアは思わず感嘆の声を上げる。
「まるで赤い雨の中で踊っているみたい」
人など容易く焼き殺す死の雨と銃火の饗宴は少女を魅了する。
やがて最後の一滴までが降り注ぎ、深紅に燃え上がる大地の上で舞台役者の様にカーテンコールを迎える男が1人残る。
流石に炎と熱で全身に汗が滲み、酸素不足で呼吸も荒いが直撃を喰らう事はなく無傷で乗り切った。
「はぁ・・・はぁ・・・」
荒い息を吐きながらクロードは火竜へと視線を戻す。
その視線を受けて火竜の体から立ち昇る瘴気に動きが生じる。
「ギェギェギェッ!」
吹き荒れる炎と熱波の中、火竜の喉元から立ち昇る瘴気の1つが人の頭を形を成して醜悪な笑顔を形成して不気味な笑い声を上げる。
それは勝ち誇り、嘲笑の笑みを浮かべているように見える。
「肺も声帯もない怨念の分際で随分と器用な真似をするじゃないか」
そもそも邪霊というのは実体のない集積した負の感情の集合体であり、肉体を持たぬ彼らは本来漂うだけの存在。世界に干渉するだけの力はない。
ただ、そんな邪霊達にも唯一世界に干渉する術がある。
それは同じく霊体的存在で実体化をする事の出来る精霊に憑りつきその力を奪い体を乗っ取る事。
そうすれば大きな力を得ると共に、自身の存在の理由である怒りや憎しみといった衝動のまま好き放題に暴れまわる事が出来る。
だから邪霊達は精霊に憑りつこうとする。
邪霊は存在の力が弱いので憑依してから相手を乗っ取るまで時間が掛かるが、ある程度浸食が進んで力を得ると今みたいに姿形を変えたり音を発したりする。
こうなってくるといよいよもって危険な兆候となる。
(邪霊が声を発した。という事はかなり状態が悪いな)
憑りついている邪霊の数は半分にまで減らしたが、考えていたよりも浸食の状況が進んでいるように見える。
きっと今、この機を逃せば二度目はない。
自分がこの場でしくじれば、この火竜は人の手で滅ぼす以外に手立てがなくなる。
もっとも最初から次の事等考えていないクロードにとってはどうでもいい。
そんな事よりもクロードには1つ許せない事がある。
「気に入らないな。その態度」
ルティアの精霊に取り付いた事でも無ければ、こちらに苛烈な攻撃を仕掛けてきた事にでもない。
自分を前に余裕をかました事が他の何よりもクロードの癇に障った。
「今、1つ決めた」
ルティア嬢からの依頼は自身の精霊を邪霊から解放する事。
だからこの邪霊達は最初からここで掻き消すつもりだった。
だが、それでは足りない。
ビルモントファミリーを侮った者には報いを。
それが例え人間の思いの残りカスから生まれた存在であろうとも。
「仕事を達成するついでにその気持ちの悪い笑い顔を絶望の悲鳴に塗り替えてやろう」
悪党どころか悪魔だって裸足で逃げ出すだろう邪悪な笑顔を浮かべるクロード。
その邪悪な笑顔と火竜の血走った目が交差する。
「ガァアアアアアアアアアアアッ!」
大きく開かれた口の中、喉の奥の方から赤い光がせり上がる。
もう一度炎の息吹がくる。
そう思った瞬間にクロードの視界一面を真っ赤な炎が埋め尽くす。
真正面から放たれた攻撃。範囲が広く今度は左右どちらへ逃げても炎を避けきる事は出来ない。
クロードは咄嗟に後ろに飛び、戦いを始める準備段階で自身で床に描いておいた魔方陣の上に乗る。
「アジールッ!」
「分かってるよ!」
クロードの声にアジールが答えると同時にクロードの体を炎が呑み込む。
その光景をアジールと共に見ていたルティアが叫ぶ。
「クロードさん!」
避ける暇もなく直撃を喰らった。
少なくともルティアの目にはその様に映った。
しかし、炎が通り過ぎた後にはクロードの姿はなく。焼かれた死体も燃え残った炭や灰も何もなかった。
「えっ!」
一体何が起こったのか分からなかった。
いくら火竜の息吹が強力だと言っても燃えカスぐらいは残る。
それは火竜と契約している彼女自身がよくわかっている。
では、クロードは一体どこへ消えたのか。
不安そうにするルティアに頭上の烏がいつもの口調で告げる。
「心配いらないよルティア」
「アジール様、それってどういう事ですか」
「すぐに分かるよ」
アジールの言葉の意味が分からずオロオロとするルティアが部屋の中を視線を彷徨わせる。
その時、先程クロードが立っていた位置とほぼ真逆に位置する場所で少女の視線が止まる。
何故ならそこにあるはずのない姿を彼女の眼が捉えたからだ。
「一体どうやって・・・」
ついさっき目の前で炎の中に消えた姿がそこに立っていた。
熱風に揺れるロングコートを翻す漆黒の長身痩躯。
「まったく。危ないな」
言葉とは裏腹に余裕の表情を見せるクロード。
一体いつの間にそんな場所に移動したのか、いやそもそも移動が可能だったのか。
とてもではないがこの僅かな合間に走って移動できる距離ではない。
しかもクロードはまるで最初からそこに立っていた様で動いた様子が全くない。
「クロードがあそこにいるのが不思議かい」
「はい。アジール様は何か知ってるんですか?」
「もちろん。だってクロードをあそこに移動させたのは僕の能力だからね」
「えっ?でも・・・」
アジールはこの戦が始まる前に自分の頭の上に乗ってからずっと動いていないし、何かしらの術を発動させた気配もなかった。
「別に大した事じゃないよ。少し空間を入れ替えただけさ」
「空間を・・・入れ替えた?」
アジールが何を言っているのかまるで意味が分からない。
空間を入れ替える。そんな事が果たして可能なのか。
少なくともその様な力を持った精霊の話はこれまで聞いた事がない。
だが現実にクロードの場所は一瞬で入れ替わった。
本当にそんな事が可能なのだとしたら自分が今一緒にいるこの精霊は自分が考えている以上に高位の存在なのかもしれない。
「アジール様って本当にどういう精霊なんですか」
「教えてあげたいけど、話すとクロードがうるさいからさ。また今度ね」
これが人間ならウインクでも決め手そうな事を言ってアジールは目の前の戦場へと視線を戻す。
「いやはやしかし恐れ入ったよ。まさか火竜とはね」
「すいません。伝えそびれてしまって」
申し訳なさそうに目を伏せるルティアにアジールは小さく頷く。
「そうだね。でも今回は相手が大した事なさそうだし、そこまで手こずらずに済みそうでよかったよ」
「そうなんですか?」
「ああ、だから僕がこうして君の傍にいる。もし火竜が本当の実力を発揮していたらそれどころじゃなかったと思うよ。流石の僕も本当にクロードが危ないなら君の事を無視して彼を助けるからね。もちろんその場合は君の精霊がどうなるかは保証できない」
今まで自分に対して優しい言葉を掛けてくれていた精霊と同じ存在とは思えない冷たい言葉。だがルティアは別に驚きはしない。
契約精霊とはそういうものだ。他の何よりも自分の契約者を優先する。
それにルティアにだって自分の精霊の為にクロードに命を懸けろという権利はない。
「こんな僕を君は冷たい奴と思うかい?」
「いえ、それが正しい判断だと思います」
「ふふっ、やっぱり君はいい精霊術師だ。精霊という存在をよく理解している」
そういってアジールは視線をクロードの方へと戻す。
「今のは少し脅しが過ぎたけど心配いらない。もうすぐ決着はつくからさ」
三本足の烏の視線の先、振り返った火竜の体から3つの瘴気が剥がされる。
「グゥオオオオオンンッ!」
悲鳴のような鳴き声を上げて火竜の体が大きく揺らぐ。
体の大きさから考えればとても叶うはずがない様に思われた上位精霊を圧倒するクロードが白煙を上げる銃を手に再装填を行う。
「次で最後だ。マフィアらしく後腐れの残らない様キレイさっぱりと消してやる」
次回でこの話は決着します。
休暇が終わって更新頻度少し落ちてます。
なるべく空いた時間に書いて早めに更新します。