鴉と星神器
だだっ広い部屋の中でクロードとルティアは邪霊退治の準備を始める。
部屋の中にはクロードの指示でロックが用意した道具の他に、部屋の入り口横にいくつかの魔術道具が用意されていた。
道具と一緒に添えられていた手紙にはこの工房の主人である大魔術師ブルーノから役に立ちそうな物があれば好きに使って良いと書き置きがあった。
「師匠もロックも余計な気を回しすぎだな」
苦笑気味に呟きながらクロードは道具を物色する。
隣ではルティアが一般の市場では到底手に入らない様な道具の数々を前にして口を半開きにしたまま固まっている。
「何コレ。魔術補助用の高出力魔術石に高位術式符、こっちは防御術式を施したローブまである」
他にも使い方が分からないが見た事もない道具がいくつも置いてある。
クロードの話ではここにある全ての道具をたった1人の魔術師が作ったというのだからさらに驚きだ。
「これ程の道具を1人でだなんてクロードさんの師匠さんって本当に何者なんですか」
「さっきも言ったがただの行き過ぎた魔術オタクだ」
そう言ってクロードはいくつかの道具を手に取り部屋の中央へと移動する。
「この辺りでいいか」
クロードはその場にしゃがみ込むと道具を1つ取って床に何やら描き始める。
気になって後ろから覗き込んでみると何やら魔方陣と思しき物を書いていた。
「クロードさんって魔術も使えるんですね」
「嗜み程度に使えるだけだ」
「何言ってるんですか。さっきの扉を開けたのだって凄かったですよ」
「開け方を教わったから出来ただけの事。俺が個人の力ではない」
「そんな事無いですよ」
ルティアの見立てではあの扉は開ける事自体がそう簡単ではないはずだ。
少なくとも先程の扉に施されていた術を操作するには、その魔術に対する知識と組み上げてある術式に対してある程度理解を持ち操作するのに使う魔術を正確にコントロールする事が出来なければ触る事も出来ない代物だ。
「買い被りすぎだ」
黙々と準備を進めるクロードの背中を見てルティアは先程から気になっていた事を尋ねる。
「クロードさんって一体に何者なんですか?」
「何だ急に?」
「だって普通ありえないですよ。優希さんや一葉さんみたいな英雄と知り合いってだけじゃなくて、こんな凄い工房持ってる魔術師の方に師事してもらったり、かと思えばアジール様みたいな力のある精霊とも契約してますし」
そもそも精霊術と普通の魔術では前提となる術の根幹が違う。
魔術は自身の体内にある魔力を使って術を発動させるが、精霊術は契約している精霊の持つ力を借り受けて術を放ったり精霊自身を使役したりする。
通常魔術は術を扱う本人の魔力量や知識など個人の能力に大きく依存する。
そして汎用性が高く誰かが作った術を記録して他者に受け継ぐ事が出来るので広く多くの者に広めることが出来るが、個人の魔力には当然限界があるので大魔術等を連続で行使出来ないし、術を覚えるにはそれなりの時間と労力を要する。
一方の精霊術師は万物の化身である精霊の力を借り受けるので術の発動に制限がない。その代りに精霊個々の能力や属性に縛られる為汎用性が低い。
しかも精霊と契約するのは簡単な事ではなく力の弱い精霊と契約した場合、契約した精霊が消滅しない限り契約が解除できないという難点もある。
魔術師は基本自分の術の研鑚や術の開発にしか興味のない者が多い為、人との関わりを求める精霊からはあまり好まれず契約する事がない。
逆に精霊術師は自分の契約精霊との間で魔力循環が生じて魔力属性が固定されてしまうので汎用的な術を扱う事が出来ない。
ただ精霊術師の中には自身の精霊と契約する前に知識として魔術を学習している者が多くいる。ルティアもそうだ。
確かに精霊と契約していながら尚且つ魔術も扱う事が出来る人間がいない訳ではないが決して多くはない。
かなりの少数派というより両方を習得できる者がいない。
だがクロードは違う。力の強い精霊を連れていながら平気で魔術を操っている。
師がいいのか、精霊の力か、クロードの素質なのか、ともかく普通の事ではないのは確かだ。
「普通無理ですよ。両方を習得するなんて」
「言うほど大した事じゃない。そもそも魔術は暇な時に少し教えてもらってる程度でそこまで大それたことは出来ん」
「少し・・・ですか?」
そんな筈はないだろうと思うルティアにクロードはさらに言葉を続ける。
「本格的に師事している訳じゃないからな。師匠も別に俺を弟子だとは思っていないだろ」
クロードの言葉にルティアはそれはありえない事だと思う。
魔術師にとって術は自身の生涯を削って生み出した成果であり。人生の結晶だ。
それを何とも思っていない人間に簡単に授ける事等ありえない。
だから魔術師は自身の成果を託せる弟子を探す時は吟味を重ね、才を見出した限りある者にだけしかその技術を授ける事はない。
「これ程の魔術師がそんな軽率な事をするとは思えないんですが」
「ウチの師匠は変わり者だからな。たまに近所のガキを呼んで読み書きだって教えてるし」
「流石にそれとこれとは話が違うと思います」
高等な魔術と子供の読み書きを一緒にされては堪らないと思うルティア。
だが当のクロードにとっての認識はその程度だ。
「アジールにしたってそうだ。たまたま出会ってなんとなく契約しただけだ」
「そんな事って・・・」
少なくともアジール級の上位精霊と会うには数十人がかりで大規模な召喚を行うか世界のどこかにある精霊達の棲み処の最深部まで潜る必要がある。
街で知り合いにあったぐらいの感覚で出会えるような相手ではないし、ましてや商店で買い物するように契約できる相手ではない。
「君がどう思ってるかは知らんが、俺はどこにでもいる普通の悪党だ」
「いいえ、クロードさんは普通じゃないです。魔術も使えて精霊とも契約してるなんて英雄と呼ばれる人達でだってここまでの人はいません。ましてやあんな綺麗な人たちと一つ屋根の下で暮らしてるなんて」
「最後のは関係ないだろ。しかも何1つ俺が凄い訳じゃない。周りが凄いだけだ」
思わずツッコミを入れたクロードは溜息をついて立ち上がる。
「そんな事よりもだルティア嬢」
「はい」
「封印解除の準備は出来たのか?」
「・・・・あっ」
つい話に夢中になるあまり本来の目的をすっかり忘れていた。
ハッとなる少女にクロードは冷たい視線を向ける。
「下らない事を喋ってる暇があるのか?」
「いえ、決してそういう訳では・・・」
「助けてほしいんじゃないのか。やる気がないなら俺は帰るぞ」
その言葉でルティアは相手を詮索する事ばかりに囚われ、今も囚われている自身の精霊を忘れていた事を心から恥じた。
「すいませんでした」
小声で謝罪を述べた後、ルティアは俯きクロードの傍から離れていく。
その小さな背中を見送るクロードの肩で静かにしていたアジールが口を開く。
「少し言い過ぎたんじゃない?」
「さあな」
これは彼女の自業自得だ。
今も邪霊に蝕まれている自分の精霊をほったらかしたのだから。
本人もそれを分かっているからあれ程落ち込んだのだろう。
「そんな事よりも随分と大人しかったなお前」
「いや~黙ってた方が面白そうだと思ってね」
ケラケラと隣で笑う相棒にクロードはやれやれと肩を竦める。
それから30分程クロードもルティアも一言も発する事無く準備に没頭し、ようやく2人が言葉を交わしたのは全ての準備が終わった後だった。
「クロードさん。先程は本当に申し訳ありませんでした」
「ああ」
深く頭を下げるルティアにクロードは適当に返事を返しておく。
別に自分への謝罪が欲しくて言ったわけではない。クロードとしては彼女の目的を再確認しただけだ。
「準備が出来たならその円の中に入れ」
「ここですか?」
クロードの指差した場所には人が1人入れる程度の円が描かれていた。
ルティアは言われるがままその円の中に入ると、クロードの肩に乗っていたアジールが離れて彼女の頭の上に乗る。
「アジール様?」
「ルティアは僕とここで見学だよ」
「その円の中にいれば何があってもアジールが君を守る」
「クロードさんはどうするんですか?」
ルティアの問いにクロードは軽く肩を竦めて見せる。
「君の精霊を邪霊から解放するのにそこにいたら戦えないからな」
「・・・大丈夫なんですよね?」
「その為にあれこれ準備したんだろ」
そう言ってクロードは不敵に笑うと自身の右手を前に向かってスッと持ち上げる。
同時に彼の周囲を取り巻く空気が変わる。
「星神器召喚」
クロードが言葉を紡ぐと同時に彼の手の中に光が集まり形を成す。
そして現れたのはクロードが元いた世界で回転式拳銃と呼ばれていた種類の銃。
その中でも「リボルバー界のロールスロイス」と呼ばれる程の名銃「コルト社製、コルト・パイソン」その6インチモデルに酷似した銃。
まだ火薬の発明されていないこの世界において存在するはずのない武器だった。
「それがクロードさんの星神器なんですか」
「そうだな」
恐らく生まれて初めて見る銃火器を見てルティアは不思議そうな表情をする。
無理もないだろう。英雄と呼ばれる者達が持つ武器は剣や槍、弓といったどちらかというと旧時代的なものばかりだ。
それらと比べると刃物もついていない小さな金属の短筒に何ができるのか不思議に思うのは当然だ。
実際、銃だけだと何の役にも立たない。銃の真価を発揮するには撃ちだす弾が必要だ。
「アジール。弾をくれ」
「はいはい」
名を呼ばれたアジールはクロードに向かって自身の翼を軽く振る。
羽ばたきに合わせて飛礫のようなものが飛び、クロードの左手の中に納まる。
「とりあえずいつも通り10発だね」
「ああ」
クロードが手を開くとそこにはこの銃と併せて初めて意味を成す物があった。
実包つまり弾丸である。
手に握ったリボルバーのロックを親指で外しシリンダーを振り出したクロードはシリンダー内に装弾可能な6発を手早く込めるとシリンダーを戻して残りの4発を上着のポケットに突っ込む。
初めて見るルティアからすれば何をやっているのか分からずさぞ奇怪な動作に映っている事だろう。
「その武器はなんていう名前なんですか?」
「こいつは魔銃『リンドブルム』」
「魔銃?」
聞き慣れない単語に首を傾げるルティアにクロードは彼女の知る武器の中で当てはまりそうなものを考えて説明してやる。
「まあ威力の高いボウガンみたいなものだ」
「・・・なるほど」
そんな武器で邪霊退治が可能なのかという表情のルティア。
だがクロードとしてはこの武器の性能も扱いも誰よりも理解しているので不安はない。
「それじゃ、始めるとするか」
魔銃を片手にクロードは精霊が封印された石に向かって歩き出す。
すいません。戦いは次回からになります。
今回は武器紹介と説明がメインになります。