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力を示す時 3

血化粧を施したレッガから放たれる強烈な威圧感。

この場に集まったビルモントファミリーの大半がこれ程の威圧感を放つレッガの姿を見た事がない。

それほどまでに知る者がいない理由は実にシンプル。

これまでレッガが自らと対等な敵と認識するだけの実力をもった相手に出会う事が非常に少なかったその一点に尽きる。

過去に幾人かがレッガからこの姿を引き出した事実は存在しているが、いずれもレッガとの闘いの果てに命を落としており誰かへと語り伝えられる事もなかった。

吹き付ける熱波のような威圧感は観客席で見ているだけでも汗が滲む程、一般人であれば卒倒していてもおかしくない。

その様な状況の渦中にあって尚、クロード自身は冷や汗一つ浮かべてはいない。


「殺し合いねぇ。俺の拳から逃げたアンタにそれが出来るのか」

「その答えはすぐに分かる」


正面に立つクロードへと向かって踏み出したレッガは巨体に似合わぬ速度であっという間にクロードを自身の拳の射程圏内に捉える。

まるで猛スピードで迫りくる大型トラックの様な圧迫感から放たれる初撃は腰の高さから放つアッパー気味の左フック。

攻撃スピード自体は先程放った大振りの一撃と比べてもそこまで差はなく対処可能と判断したクロードは、相手の拳を右足を半歩下げて上体を反らしギリギリの間合いで躱して左拳を握り込む。

上体を起こした反動で前へ出てレッガの体の左側を抜けながら離れ際に左脇腹へ一撃を狙う。


「っ!」


己の左足をレッガの左足の真横へ並べる様に踏み込んだ時、不意に感じた違和感。

説明できる根拠などはなく言語では到底言い表す事の出来ないただの直感。

ただ歴戦の中で磨かれた本能が僅かに嗅ぎ取った危険のサインに従い攻撃モーションを中断し、レッガの体から距離を離すように前方ではなく真横へと逃れる。

直後、左耳をもぎ取らんばかりのゴウという音と共にレッガの左肘が自分の頭があった位置を通過していく。


「チィッ!外したか」


難を逃れたクロードを見てレッガが大きく舌打ちする。

あのまま攻撃を仕掛けていればレッガの肘打ちが後頭部に直撃していたのは間違いない。


(流石に今のを貰う訳にはいかないな)


魔術刻印によって肉体強化を施しているとはいえ頭部への攻撃を貰うのは流石にマズイ。

最悪は頭蓋骨粉砕で即死、良くても意識喪失して昏倒するのは間違いない。

そうなった時点でクロードの敗北は決定する。

自分から距離を取ったクロードをレッガが鼻で笑う。


「ハンッ、今度はお前が逃げたなクロードォ!」


先程の意趣返しとばかりに声を張るレッガに彼の派閥の者達から歓声が上がる。

一方、言われた側であるクロードの方はというとまるで意に介する様子を見せない。


「さっきの言葉を気にしていたんだな。だが生憎とアンタと違ってオレはその手の挑発に簡単に乗る程単細胞ではないんでね」

「・・・本当にムカつく男だなお前は」


相手を挑発したはずが逆に挑発で返されたレッガは腹立たし気にクロードを睨む。

しかし、最初のように感情に任せて突っ込んでくるような様子はない。


(なるほどな。頭から余計な血が抜けて少しは冷静になったか)


目の前の男はかつて義兄カロッソと幹部の座を争った相手。

彼のもっとも評価されている部分は確かに闘争の場における戦闘力の高さではあるが、決してそれ以外の能力が他の者より劣っているという訳ではない。

実際、事務仕事やら交渉事も自分でこなし結果を出せる程度には頭の回転は良い。

ただ一度怒りに火が付くと手が付けられなくなるという直情的な性格であり、戦いの場においてはその攻撃的な部分が強く表に出て力押しの戦法が主体となっていた。

格下相手であればそれだけで十分に制圧出来るだけの地力が彼に備わっていたのは間違いない。

ただ、相手が同格以上となった場合にも同じ戦法が通じるとは限らない。

だから荒ぶる力をコントロールする必要がある。


(恐らくさっきの血化粧はある種のルーティーンといったところ)


感情任せに力を振り回す喧嘩屋から、本気で相手を狩りに行く狩人への切り替えスイッチこそが先程のパフォーマンスの中にあると推理する。

もっともそれが血化粧自体の効果なのか、それとも血化粧を描く前の自傷行為自体の効果なのかまでは流石に見当がつかない。


(問題はこれが二重の仕掛けならもう1つ仕掛けがあるはずだが)


流石に頭に血が上ったからクールダウンする為だけにあんなパフォーマンスをしたなんて間抜けな話もないだろう。ここからは何か仕込みがある事を前提に対応すべきだと判断する。


(さて、どうしたものか)


相手の伏せている持ち札(カード)の中身を解明するにはまだまだ情報が不足している状況。

ここからの展開を自分に有利に動かすには今少し情報が必要だ。


「大層な口を叩くなら少しは自分から仕掛けてきたらどうだ!」

「逃げてばっかでデカイ口叩いてんじゃねえぞ!」


考え事の最中、不意に耳に入ったレッガ派の客席から飛んだ野次にクロードは自分がこの場に立っている意味を思い出す。

この闘争は次の幹部を選ぶ戦いであると同時に、その座に着く者の実力をこの場に集ったビルモントファミリーの仲間の前に示す為の戦いでもある事を。


「全くもって仰る通りというやつだな。ではお言葉に甘えてこちらからも」


両拳を持ち上げ、膝をやや落としボクシングのファイティングポーズの体制を取ったクロードは小刻みに一定のリズムを刻みながらレッガへと近づいていく。

対するレッガも両拳を前に構えて臨戦態勢でこれに応じる。


「いいぜ。今度はお前から打ってこい。その上で俺が勝つ」

「果たしてアンタに出来るかな」


レッガの拳の射程圏内に入ったがレッガからは動かない。

自分の宣言通りあくまでクロードから先に手を出させるつもりらしい。

慢心なのか本気を出した自分への自信なのか、どちらにせよクロードとしてはこの機を利用しない手はない。

己の拳の届く範囲内に入ると同時にクロードが動く。


「ヒュッ!」


強く握り込んだ左拳を相手の右脇腹目掛けて打ち込む。

拳を打ち込んだ瞬間に左手の先から伝わってきたのは強烈な違和感。


(こいつは!)


最初に右脇腹に拳を打ちこんだ時はゴムタイヤを殴ったような感触と相手の体にダメージが通ったという確かな手応えがあった。

だが、今回はまるで巨岩でも殴りつけた様な硬い手応えしか得られず拳は完全に止められた。

拳を止められたクロードを見てレッガが勝ち誇ったように口元を釣り上げた笑みを浮かべ拳を握る。


「言っただろ。俺の方が勝つと」


レッガは握った右拳をクロードの顔面に向かって放つ。

クロードの攻撃を敢えて受けたのは別に見せ場を作ってやる為などでは断じてない。

自分の攻撃が相手に通用しなかった時に生じる精神的動揺を狙っての事。

動揺した状態であればいかに優れた見切りを持っていたとしても必ず動きは鈍る。


「オラァッ!」


眼前で放たれた会心の拳にクロードは為す術もない。そう思われた。

しかし、レッガの拳はクロードの髪の毛にすら触れる事すらなく空を切る。


「なにっ!?」


見れば拳の下に僅かに姿勢を低くして拳を掻い潜るクロードの姿。

レッガの拳を頭上に見上げながら、握った両拳を強く固く握り力を篭める。


「ハァァアアアアアアッ!」


咆哮と共に先程拳を止められたはずの右脇腹へ向かって左フック、右ストレート、左フックと3連撃を叩き込む。


「この野郎!」


咄嗟にレッガが跳ねのけようと手を振るうが、その時には既にクロードは手の届かぬ位置まで離れており、レッガの腹を殴った拳を開いて手先をブラブラとさせている。


「流石に硬っいな」

「何がしたいんだお前。それとも一度じゃ分からなかったか!もう効かないんだよお前の拳は!」


レッガの言葉にクロードは無言のままフッと意味ありげな笑みだけを返すと、拳を握りなおして再びレッガへと接近する。


「サービスは終わりだ。これ以上好きに打たせん!」


接近するクロードに向かってレッガも応戦すべく前に出る。

今度はクロードの機動力に対抗する為に威力を抑え、回転数とスピード重視の連打を放つ。

威力を抑えてもレッガの拳であれば相手を行動不能にできるだけのダメージは十分にある。

しかし、レッガの思惑は最初の一打目で頓挫することになる。


「フンッ!」

「んだとッ!」


連打の初撃に対してまさかの右ストレートを強打し打ち返してきたクロードにレッガは右拳を弾かれて半歩後ろへ仰け反る。

上体が反り返った事でガラ空きになる足元、当然その隙をクロードが見逃すはずもない。

右足膝に向かって拳を二発打ち込んで素早く離れる。

レッガが上体を持ち直して前を向いた時には既にそこにクロードの姿はない。


「どこへ行き・・っ!!」


クロードの姿を追って視線を右へ振った直後、背中に感じる痛痒。

振り払うように身をねじりながら後ろを振り変えると、タイミングを合わせ迎え撃つようにクロードの拳が右脇腹目掛けて左ストレートを打ち込む。


「だから効かねえって言ってんだろうが!」


クロードに向かって拳を伸ばすレッガだが、あとほんの数cmで相手に届かない。

それが決して偶然などではない事はクロードの無表情を見れば分かる。

まるでこちらの手を伸ばすタイミングやスピード、距離までも完璧に把握しているとしか思えない見切り。

冷静さを取り戻した今だからこそ分かる。考えなしでこの動きを捉えるのは困難だと。


「まったくこうも捕まえられんとはな」


このままではどちらも決定打に欠けたまま時間と体力だけを浪費していくだけの泥仕合。

もう少し条件が揃えばクロードの動きにも適応できる自身はあるが、なるべく時間を掛けずにクロードをどうにかして捕まえて勝負を決めたいという思いもある。

そこでレッガの脳裏にある考えが過る。

クロードは先程、自分に挑発は効果がないと言っていたがレッガの読み通りであればこの内容であれば相手は乗ってくる可能性は高い。

レッガ自身の古傷にも触れる内容だけに躊躇もあったが、この膠着した状況を打ち崩す策は今のところこれしかない。

レッガは戦闘態勢を維持したまま、次の攻撃のタイミングを伺っているクロードへと目を向ける。


「クロード・ビルモント。まさかお前がここまで大した男になるとはな」

「何ですか急に気色の悪い」

「いや。お前程の男があの"落ちこぼれ共"と肩を並べていたなど俺には信じられなくてな」

「・・・・・・ア"ッ?」


直後、鋭い眼光と共に向けられる突き刺すような殺気がレッガを襲う。

先程までまるで感情を読ませなかったクロードから伝わってくる明確な怒りの気配。


「おい、今なんて言った」

「なんだ。お前はファミリーの為にならなかったあの役立たず共の事などまだ気にしているのか」

「・・・・・・・ハァ」


小さく溜息を零したクロードはファイティングポーズを解いて俯き顔を右手で抑える。

場内が水を打ったかのように静まり返る。

レッガの放つ威圧感とは真逆、凍てつくような冷たい気配にほとんどの者が声も発する事が出来ない。

時が止まったような空間の中、ゆっくりと顔を上げたのは怒りを纏った悪鬼。


「もういい。お前はこれ以上何も喋るな」

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