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鴉は小悪魔の掌で踊る

ロックとの電話を終えて2階から降りたクロードはリビングへと足を運ぶ。

そこにはクロードが来るのを待ちかねた様子のメリッサとレイナーレが居た。


「お兄様遅いですよ」

「すまない」


庭が見える窓辺に近い場所で早く来るように手招きするメリッサ。

笑顔を向ける母娘を見て一枚の絵のようなだという感想を抱くと同時に、今からあの場所に自分が入っていくのかと思うと気が重くなる。

どう考えてもこんな黒づくめの強面があの中に入るのは場違いでしかない。


「早くこっちに来て話を聞かせてよクロード」

「分かりました」


名を呼ばれ覚悟を決めたクロードは促されるまま2人の下へ向かう。

テーブルの上には高そうな白磁の茶器が並び、傍らには彩り鮮やかなケーキ等の菓子が添えられている。

確か街でも有名な菓子店のものだったと記憶しているがそれにしては妙だ。

店は屋敷からかなり離れておりクロードが家を訪れ、アルバートと会談していた1時間足らずで用意できる様な物ではない。

いくらクロードが来ることを知っていたとはいえ茶の席に応じるかは分からなかったはずだ。

なのに何故きちんと人数分用意されているのかだろう。


「随分と用意がいい気がするんだが・・・」

「気のせいよ」


クロードの問いかけに間髪入れずレイナーレが笑顔で答える。

この義母は一体どこまで見越しているのだろうか、気にはなるが恐くてあまり考えたくない。

複雑な心境で用意された席に着いたクロードにすぐさまメリッサが話しかける。


「クロードお兄様は今日はお仕事だったんですか?」

「ああ、少し親父に呼ばれてな」

「そうでしたか」


嬉しそうな笑顔を見せるメリッサ。

きっと心の中では父に最大の賛辞を送っている事だろう。

そう考えると父はここまで見越した上で今日、自分を呼んだのかもしれない。

むしろ義母と結託してここまでの流れを作った可能性さえある。

どこまでが仕組まれた事なのか考えてクロードは背中に寒気を覚える。

そしてこれ以上考えるのはよしておいた方が自分のためだという結論に至る。


「この後はゆっくりされていかれるんですか?」

「いや、商談で人に会う約束があるからな。そうゆっくりもしていられない」

「そうですか」


クロードの返事に心底残念そうな表情を浮かべるメリッサ。

義妹にこんな顔をさせてしまった事を申し訳なく思いながらクロードは彼女の頭をそっと撫でる。


「そんな顔をするなメリッサ。今度からはもっと会いに来る様にする」

「本当ですか!」

「ああ」


クロードの言葉にメリッサの表情がぱぁっと明るくなる。

花の咲いたようなその笑顔を見てクロードはもっと早くこうしていれば良かったと少しだけ後悔する。

メリッサの機嫌が良くなったところで話は次の話題に変わる。


「そうだ。お兄様、今度授業参観に来て下さいませんか?」

「・・・は?」


突拍子のない話に思わず手に持っていたティーカップを取り落としそうになる。

いくらなんでもありえない話に彼女の母親であるレイナーレを見るが、彼女はニコニコと笑顔を浮かべるだけで何も言わない。


「待て、授業参観なら親父か義母さんがいるだろ」

「そうですが、私はご学友にお兄様を自慢したいのです」


昔から思っていたがどうも我が妹は自分の事を過大評価しすぎている気がしてならない。


「いや、それは絶対にやめた方がいいだろう」

「何故ですかお兄様?」

「何故って・・・」


社会的に勝ち組であり優等生揃いのメリッサのクラスメイト達の前に自分の様な見るからに悪人顔の人間が出ていけばどうなるかなんて分かりきっている。

間違いなく教室中が阿鼻叫喚の坩堝と化すか、あるいは永久凍土の如く凍り付くのは言うまでも無い。

他の父兄の方々もさぞ驚かれるだろうし、憲兵が出動するような大騒ぎにだってなりかねない。

例え可愛い義妹の頼みであってもそんな騒ぎになるのはご免だ。


「こんな恐い顔した男が教室に居たらみんな不安だろ。色んな意味で」

「そうですか?私はカッコイイと思うのですが」


義妹のカッコイイの基準はいまいち分からないが褒められて悪い気はしない。

とはいえ授業参観は諦めてもらおう。彼女のクラスメイトや父兄の為にも。


「とにかく授業参観だけは無しだ」

「ええ~。どうしてですか?カロッソお兄様とレイナお姉様は来て下さいましたよ」

「そりゃ、カロッソ兄貴とレイナは見た目も中身もまともだからな」


兄カロッソはクロードと違い粗野な感じが無く。紳士然とした誰もが羨む爽やか系のイケメンだ。

少しのんびりとした印象はあるが、頭も良くケンカも強いし仕事だって出来る完璧人間。

妹のレイナもクールなキャリアウーマンという感じで品があって実際落ち着きもある。

どこに出しても恥ずかしくない自慢の義兄と義妹だ。クロードとは違う。


「カロッソが行った時はクラスの女の子がソワソワして授業にならなかったのよね」

「そりゃカロッソ兄貴ですからね」


詳しく聞かなくてもその場で何が起こったかなんて簡単に想像できる。

兄気らしい等と思っているクロードの前でメリッサが立ち上がる。


「クロードお兄様だって負けてませんよ」

「よせよメリッサ。カロッソ兄貴が相手じゃ俺なんて虫みたいなものだ」

「いいえ、絶対にそんな事はありません!」


小さな手を固く握り、拳を振るって熱弁するメリッサを見て自分ばかりが義妹に褒められて本人の知らぬ所で悪者になっている義兄に申し訳なく思う。

クロードの魅力について赤裸々に語り出すメリッサにレイナーレが小さく頷く。


「確かにメリッサの言うとおりね」

「ですよね。お母様!」

「ええ」


賛同する母の声に我が意を得たりと喜ぶメリッサの前でレイナーレが余計な一言を口にする。


「だってクロードってばあんな素敵な女性達と同棲してるんですから」


その瞬間、間違いなく部屋の中の時が一瞬止まった。

確かにその話は家族だけで無くファミリー全員が知る公然の事実ではあるが、メリッサの前でその発言をするのは暗黙の内に禁じられていた。

何故なら以前この話をした時はメリッサが突然泣き出して家中をめちゃくちゃにする程大暴れして大変だったからだ。

今回はどうなると恐る恐るメリッサの顔色を窺うクロードが見たのは、先程までの笑顔が消えて感情のない顔で、ただ一点怒りで濁った目で虚空を睨む義妹だった。


「あの雌豚共、私のお兄様を誑かすなんて絶対に許さない」

「メッ、メリッサ?」


義妹の今まで聞いた事のない声に思わず動揺したクロードの声が微かに震える。

こんなメリッサの姿は今までの人生で一度だって見た事がない。

別にお前のものじゃ無いぞなんて突っ込みをする余地等どこにもありはしない。

しかも雌豚なんて言葉を一体どこで覚えてきたのだろうか。

屋敷の人間は生まれから育ちまで調べ上げて品行方正な人間を雇っているし、温室育ちであるメリッサの学友達が知っているとも思えない。

育ちの悪いファミリーの下っ端共は屋敷には来ることはまずないし、家族の誕生会等で会う機会があったとしても「はい」と「いいえ」以外は喋らせないように徹底している。

だから彼女の周りにそんな口汚い言葉を使う人間はいないはずだ。


(いや、まあ1人だけ居るには居るか)


確かに"彼女"ならばこの手の単語は息をする様に常日頃から口にしている。

しかし今のメリッサと"彼女"の間に接点はなかったはずだ。

どこでそんなスラングを覚えたのか真相を確かめたい所だが、それを確認するにはパンドラの箱を開く必要がある。

出来ればそれは避けたい。絶対にロクな事にならない事等分かりきっている。

最終的にクロードは今のメリッサの発言は無かった事として処理すると決めた。


「落ち着けメリッサ」

「嫌ですわお兄様。私は至極冷静ですよ」


ニコやかな笑顔で微笑み返す義妹だがクロードは騙されない。

どう考えてもさっきの目は熟練の殺し屋が仕事に入る時にする眼と同じだった。

だがその事に突っ込んだりはしない。今は目の前の全ての出来事から全力で目を背ける時だ。

そんなクロードの努力に、レイナーレが何食わぬ顔で水を差す。


「カロッソももうすぐ結婚だし、クロードもそろそろ身を固めたら?」

「ケッ・・・コン?ダレガダレト?」


母の一言にメリッサは感情のない笑顔を浮かべ、B級ホラー映画に出てくる呪いの人形の様にぎこちない動きでクロードの顔を覗き込む。

この稼業に身を置いて今日まで数多くの極悪人達と対峙してきたが、そんなクロードでも未だかつて味わった事のないプレッシャーに思わず視線が泳ぐ。


「だ、大丈夫だメリッサ。俺はまだ結婚なんてする気は無いから」

「ホント・・・デスカ?」

「当然だろう」

「そうよね。みんな美人さんだから誰にするかすぐには決められないわよね」

「フシュルルルルルッ」

「すまない義母さん、頼むから一度黙ってくれないか」


いよいよ奇怪な呼吸音まで立て始めたメリッサがこれ以上得体のしれない怪物になっては堪らない。

殺意のオーラまで纏い始める義妹を必死に宥めようとするクロード。

ファミリーの幹部ともなればこれから百戦錬磨の悪党達を束ねていかねばならない男が、義母と義妹にこうも手を焼いているとはなんとも情けない話である。

日々の仕事とは別ベクトルからくる過度のストレスに内臓をギリギリと締め上げられ、さらには義母からの妨害を受けつつもクロードはなんとか20分程説得を掛けてメリッサ落ち着かせることが出来た。

フルマラソンを走り切ったランナーの様に疲弊し、かつてない程に精神をすり減らしたクロードがグッタリと椅子に背を預けていると話題は機嫌を取りなおしたメリッサが上目遣いにこちらを見てくる。


「クロードお兄様。次の誕生会の件ですけど、今度は来てくれますよね?」

「ああ、なるべく善処す・・・・」


途中まで言いかけた所でメリッサの瞳が期待から落胆へと色が変わるのが見えて、言葉を止める。

どうやら自分はまた同じ失敗を繰り返すところだったと反省し、額に手をやる。

この問いに対する答えなどこの席に着いた時から1つしか用意されていなかった。


「必ず出席させて頂きます」

「お兄様大好き!」


メリッサは全身で喜びを表現しながらクロードに抱きついてくる。

クロードの方はというと為されるがままその状況を受け入れる他なかった。

この国の悪党達を震え上がらせる"第七区画の鴉"も妹の前では無力なただ1人の兄でしかなかった。

ともあれこれでようやっと一段落と思ったのも束の間、メリッサが思いがけぬ事を口走る。


「これでやっとお友達にクロードお兄様を紹介する事が出来ます」

「・・・ん?」


一瞬、義妹が何を口走ったのか理解できず、間の抜けた声を漏らしたクロードは一拍遅れで今出た発言の内容について聞き返す。


「ちょっと待てくれ、まさかクラスメイトを夜の部に呼ぶ気か?」

「はい。そのつもりです」

「いや、流石にそれは止めた方がいいと思うぞ」


ビルモントファミリーの毎年行われている恒例行事の一つとして、メリッサの誕生会がある。

会は二部構成となっていて昼の部と夜の部に分けて催される。

昼の部は屋敷でメリッサの友人や家族を招待して催されるメリッサと一般家庭でも行われるようなアットホームな会。

夜は第七区画の高級ホテルの一番大きな会場を借りてファミリーの人間やその関係者、VIPを招いて盛大に執り行われる政治色の強い会となっている。

その為、必然的に夜の部への一般人参加はご遠慮頂く事になっている。

ちなみに例年通りであればクロードが参加するのは夜の部のみだった。


「夜はその・・・あれだ、ウチの連中も参加するから学校の友達にはキツイだろ」

「でしたらお兄様が昼の部にも参加してくださればいいのです」

「俺にお前の誕生会をぶち壊せと?」


一般人から見て自分が一目見て分かる悪人顔だという事ぐらいは自覚している。

流石に善良な坊ちゃん嬢ちゃんを泣かせる趣味はクロードにはない。

なんとか夜の部の参加だけで勘弁してもらおうと説得の方法を考え始めるクロードだったが、そこへ2人の話を聞いていたレイナーレの口から衝撃の一言が繰り出される。


「そういえば今度のメリッサの誕生会には恋文をくれた彼も来るんでしょ?」


レイナーレが口にした恋文という単語を聞いて、クロードの思考がピタリと止まる。

数秒の沈黙の後、クロードは視線だけを義母の方へと向ける。


「恋文?それって何の話ですか?」

「お兄様は家に帰られないので知らないと思いますが私、先日クラスメイトから恋文を頂きましたの」

「ほぉ、そうなのか」

「そうなんですよ」


義母が答えを返すよりも早く当の本人から答えを告げられたクロードは何かを考え込むように口元に手をやる。


「そうか・・・そうか」


まさか自分が家に帰っていない間にそんな愚かな行為に及ぶ人間が居る等知りもしなかった。

手を口元に当てたまま僅かに下を向いて俯くと、その体が小刻みに震え出す。

それだけで遠目に様子を見ていた使用人達が怯え出す程、彼が怒っているのがよく分かった。

ただ、メリッサだけはそんなクロードの反応を見て何故か嬉しそうにしている。


「メリッサ。そのむ・・・いや、友達は次の誕生会に来るんだな?」

「ええ、その予定です」

「分かった。だったら昼の部に俺も出る」

「お仕事はよろしいんですか?」

「”絶対に”なんとかするから心配するな」


内心では今すぐその命知らずな真似をした小僧の所へ乗り込んで己が執った愚行についてじっくりと後悔させてやりたいところだが、今はひとまず我慢し、来たるべき日に向けて念入りに準備をすべく今から算段を巡らせる。

この間、周囲に対し平静を装っているつもりでいるクロードだが、意図に反して先程から殺気が洩れ出ている。

本人に自覚がないだけであってこの男もかなり度が過ぎたシスコンである。


「ウチのメリッサに粉かける様な勘違い坊ちゃんとは是非一度じっくりと語り合う必要があるからな」


もっとも相手の少年との会話に用いるのはもちろん拳という名の肉体言語が前提となる。

まだ見ぬ敵をどうやって料理するかイメージするクロードを見て母と娘が笑う。


「いいのメリッサ?何か勘違いしてるみたいだけど」

「ええ、お兄様にはいい薬です」


最初にクロードを焚きつけたのはレイナーレだと思うがそこは女同士、言わぬが花。

実は恋文の一件は既に片が付いている。結果を言えばメリッサがその日の内に相手を振った。

お相手の男子はそこそこ裕福な家庭に育ち、運動も勉強も出来てルックスも悪くない。

絵に描いたような優良物件ではあるが、メリッサに言わせると全然好みじゃなかったとの事。


「ちなみにその男の子のどこが不満だったの?」

「街で不良に睨まれた程度で目を逸らす様な臆病者(チキン)はタイプじゃありません。最低でもクロードお兄様達の放つ殺気の中で私と一緒にお茶が楽しめてようやく検討に値するレベルです」

「アラアラ、それは大変ね」


我が娘の男を見る目の厳しさにレイナーレも思わず苦笑いする。

流石は国内屈指のマフィアの首領を父を持つだけあって選考基準のハードルの高さも桁違いである。

ちなみにメリッサの中の理想の男性像は1位に次兄クロード、2位に父アルバート、3位が長兄カロッソというビルモントファミリーでも屈指の実力者で占められており、彼女のハートを射止めるのは単独で城を落とすよりも難しいかもしれない。


「ウフフ、今から次の誕生日が待ち遠しいです」


きっと楽しい誕生会になると先の未来に思いを馳せるメリッサ。

母親譲りの男を手玉に取る才能を持ち、それを自覚する彼女のような存在を人は小悪魔という。

そして何も知らぬ男達はそんな悪魔の掌の上で道化となって踊るしかない。

メリッサ・ビルモント。なんとも末恐ろしい少女である。

一日2話掲載。

とりあえずビルモント家の話はひとまず終了。

次回はいよいよ邪霊退治に向けて動き出す!

にしても10話以上書いてまだ2日目の昼とか・・・。

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