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力を示す時 2

観客席から両者の攻防を眺めていたチャールズが自身の口髭を撫でながら感嘆の声を漏らす。


「ほぉ、今のは巧いですな」

「・・・ぬぅ」


チャールズの言葉にアシモフは不快気に口元を歪める。

レッガが拳を打ち込んだ瞬間、クロードは振りかぶっていた左拳とは反対の手で彼の肘の骨を押して相手の拳の軌道を変えて自分の体の外側へ向けて押し出した。

言葉にしてしまうと一見簡単な様にも見えるがこれを相手に気づかれずに実践するのは至難の業。

構えた左拳に敢えて相手の意識を引き付けた上でレッガの視線が彼自身が打ち込む拳によってクロードの右手の動きを遮るギリギリまで待つ必要がある。

加えてレッガ程の剛拳の持ち主相手に実行するとなれば腕を押し出すタイミングだけでなく力加減を少し間違えただけでも自滅に繋がる危険行為。

それをこの大一番で事も無げに決めて見せるなど常人の成せる業ではない。


「レッガのヤツは自分が何をされたのか分かっていないだろうな」

「ああ、口惜しいが完璧なタイミングだった」


アシモフの言葉にシェザンも不本意ながらも同意する。

客席から見ていたからクロードのやった事が見えていたが直接対峙した者からは何をされたか理解できないだろう。

腕利き揃いの幹部であっても恐らくあのような芸道が出来るのは少数。


「打ち合わせもなくあのような真似が出来るとは到底思えん。ヤツはレッガが相手だと知っていたんじゃないのか?」

「いや、それはないはずだ」


レッガがこの街に戻ってくるのを知っていたのは首領のアルバート、アシモフ、シェザン、カロッソとそれぞれの側近と極少数。

移動にも最新の注意を払いクロード側に対して情報が漏れる事のないように万全を期していた。


「もしかしたらクロードはいつかレッガと戦う日が来ると考えていたのかもしれませんね」

「馬鹿な。この時に備えていたとでもいうのか」


カロッソの言葉にアシモフは信じられないという表情を浮かべる。

しかし、そうとでも考えなければ先程の攻防の説明がつかない。


「例えそうであったとしてもここまで完璧に対応できるとは到底思えない」

「嫌だな~アシモフさん。本気にしないで下さいよあくまでも可能性の話ですよ。可能性」

「あっ、ああ、そうだな」


笑いかけるカロッソにアシモフは煮え切らない表情で応じる。

僅かでも可能性があるという事実の方がアシモフにとっては脅威に感じられた。


「まあ、確かに備えていたからどうこう出来るという類の問題ではないんだよな」


誰にともなく呟いたカロッソは貴賓席の方へと視線を向ける。

貴賓席ではアルバート、ダリオ、ブルーノの3人が戦いの様子を見守っていた。


「ダリオ。お前に同じ真似が出来るか?」

「出来ないとは言いませんが進んでやろうとも思いませんね」


貴賓席からだと対峙する2人の会話内容までは聞き取れないが、状況から察するにクロードの挑発に乗せられたレッガが感情的になって仕掛けた様に見えた。

感情的になり視野が狭まった相手であれば攻撃パターンを絞って対応する事は可能だ。

とはいえレッガの拳の破壊力についてはダリオとてよく知る所、可能な限り彼の拳の間合いに入って戦いたくはない。


「今のは確かに巧く捌いたとは思いますが、果たして次も同じ様にいくかどうか」

「ふむ」


ダリオの言葉にアルバートはブルーノの右肩の上に乗っているアジールの方に視線をやる。


「実際のところどうなんだ。やはり厳しそうか」

「心配なら無用だよアルバート。あの程度を捌くのなんてクロードにとっちゃ造作もない事さ」


まるで問題ないとするアジールの答えにダリオは率直な疑問をぶつける。


「随分な自信だな。何か根拠があるのか」

「別に何て事はないさ。レッガは仮想敵としてもう何百回と対戦している相手だからね。単純に見慣れているというだけだよ」


アジールの口を突いて出た聞きなれない単語にダリオが眉根を寄せる。


「待てアジールどういう事だ。仮想敵?対戦したとは一体」

「ダリオ。君は強くなる為の一番の近道は何だと思う」


こちらの疑問に質問で返すアジールにダリオは釈然としないものを感じつつも少し思案する。


「やはり実戦・・・だろうな」


個人的な見解だが安全な場所で厳しい訓練を積むより、たった一度でも命を掛けた強敵とのギリギリの死闘の方が経験になりえると考える。


「僕も同じ考えだ。だけどそんな強敵と命のやりとりなんてそうそう巡り合うものじゃないだろう」

「その通りだ」


強敵との出会いというのはそれこそ星の巡り合わせの様なもので望んで得られるようなものではない。


「だけどもし強敵との闘いを何度も繰り返し経験出来る方法があるとしたら?」

「・・・そんな事が可能なのか」

「出来るさ。当然かなりの危険を伴うけどね」


アジールの言葉にダリオは驚きを隠せない様子で口元を抑える。

そこまで2人の会話を黙って聞いていたブルーノが浮かない様子でアジールを横目に見る。


「まさかと思うがアジール。お主の精霊術を使っているのか」

「流石はブルーノ。よく分かったね」


楽し気に答えるアジールに反して正解を言い当てたブルーノに喜びはなく、むしろ暗い表情のまま俯いてしまう。


「まったくあの馬鹿者が」

「ブルーノ相談役。何か心当たりがあるのですか」


ダリオの問いにブルーノは答えるか迷う様な素振りを見せる。

クロードの魔術の師として弟子の秘匿している術の事を軽々しく口にするのは憚られた。

そんな彼の心中を察してか、アジール自らが自身の術について喋り始める。


「僕の精霊術の中に1つに対象に幻覚を見せる類の術があるんだ」

「普通の幻術とは違うのか?」

「この僕の術をそこらのチープなものと一緒にされちゃ困るなぁ。当然ながら全くの別物さ」


アジール曰くその術は世の魔術師が使う一般的な幻術の様に相手の目に虚像を見せる術とは異なり、対象の視覚から情報を取り込ませ脳に強制的に情報を書き込む事が可能だという。

クロードかアジールが相手の事をある程度知っていれば体格や得意の武器はもちろん拳の握り方、足の運びといった細かな所作や癖まで再現した完璧に近いイメージを造り出し"仮想敵"として戦う事が出来るというものだった。


「そんな事で実戦と同様の経験を積む事が可能なのか?」

「もちろんさ。相手の能力だって体格の筋肉の状態から技の熟練具合まで実物よりある程度強くする事だって出来るからむしろ実戦以上かもね」

「なるほど。それは下の者達の訓練に使えそうだな」

「やめておきなさいダリオ・ローマン。部下から大勢死人を出す事になるぞ」


ダリオが思いついたアイデアは険しい表情をしたブルーノによって即座に否定される。


「アジールが先程言ったようにこの術は脳に直接情報を流し込む。つまりイメージした仮想敵との戦闘において負ったダメージも脳にそのままフィードバックされる。もし仮想敵に殺されるような事があった場合どうなると思う」

「っ!?」


ブルーノの話を聞いたダリオは思わず息を呑む。

上位精霊術『月女神の領域』はダリオが考えていた様な都合のいい術などでは断じてない。

他の魔法のような直接的な攻撃力こそ皆無であるが、指一つ触れずに相手を廃人にも屍にもする事が出来る恐るべき能力をもった術だ。


「今話した術をヤツは自分に対して使ったのか」

「そうだよ。昔は死にかける事なんてよくあったし僕も冷や冷やさせられたものさ」


話を聞いてダリオは改めて場内でレッガと対峙するクロードへと目を向ける。

格上であったはずのレッガを相手にたった数年でここまで圧倒する程の実力をどうやって身に着けたのか疑問を持っていたがこれならば納得もできる。

視線の先の男は幾度その命を死の淵へと追いやってきたのだろうか考えも付かない。

分かっているのはそれが正気の人間のやる事ではないという事だ。


「なるほどな。狂人の所業ならばあの強さも道理という訳か」


ダリオは自分の口を突いて出た言葉に思わず身震いする。

これがクロードへの恐怖から来るものなのか、闘争への昂りなのかは本人にも分からない。

場が静かになったところでここまで沈黙を貫いていたアルバートが口を開く。


「ところでアジール」

「なんだい?」

「お前達の考えた仮想敵とは一体"どこまで"を相手と指している」

「それはね・・・・えっと・・・・」


アルバートの問いに先程までと一転して急にアジールの歯切れが悪くなる。

幹部候補から外れていたとはいえレッガという組織の身内を敵と仮定して訓練していた以上、当然他にも自分にとって"敵"となりうる存在を想定した訓練をしていてもおかしくはない。

むしろここでレッガだけが対象だったという答えの方が不自然であり要らぬ疑いを招く事になる。

だからといって逆に正直に答えたとしても角が立たない訳ではない。

明らかに狼狽したように視線を逸らすアジールに3人から無言の圧力が集中する。


「そっ、そういえば僕急な用があるんだった。悪いけどここで失礼するね」


誰が聞いても嘘だと分かる苦し紛れの言い訳を残してアジールが貴賓席から一目散に飛び去って行く。


「逃げましたがどうしますか首領」

「構わん。放っておけ」


先程のアジールの様子を見れば他に仮想敵としていた人物がいた事など明白だ。

そんな事よりも今は目の前の2人の若者の戦いの方が大切だ。


「クロード。ビルモントファミリーはそう一筋縄ではいかんぞ」


どれだけ実戦に近い環境に身を置いて死の危険を冒してまで経験を積もうとも、全てが人の立てた想定の範囲内で収まるとは限らないのだ。


クロードの一撃によって後ろへと退いたレッガは己の足元を見下ろす。

そこには確かに先程まで己が立っていた場所から今の位置まで退いた事を示す軌跡が確かに残っている。


「逃げただと?この俺が?」


顔を上げたレッガの視線の先には己をこの場所まで退かせた男が立っている。

かつて本気の腕試しがしたいと頼み込んで対峙した幹部であるベイカーやシェザンとの闘いの中でしか感じた事のない悪寒を今再び自身に思い出させた男。

それはかつて自身が何度も殴り倒して地面に這いつくばらせたはずの男だった。


「ハハッ!なんだこれは!ハハハハハッ!なんなんだこれは!ハハハハハハハハハハッ!」


突如笑い出したレッガに観客席にいた彼の事を慕う部下や取り巻き達も戸惑った様子でオロオロしている。

彼らが当惑するのも無理はない。この様な笑い方をするレッガの姿を誰も見た事がないのだから。

叔父であるアシモフ1人を除いては。


「馬鹿者が。ようやくスイッチが入ったか」


しばらく一人で笑い声を上げていたレッガの声が突如ピタリと止む。

場内が不気味な程の静寂に包まれる中、レッガは自分の拳を持ち上げるとその拳で自身の顔面を思い切り殴りつける。


「ウオラァッ!!シャアッ!!ドラァッ!!」


一度だけでなく二度、三度と己の顔を殴りつけるレッガの顔から血飛沫が飛ぶ。

狂気じみたその振る舞いに恐れを感じたのか会場のほとんどの者が声を発しない。

対峙するクロードの方はと言うと無表情にただ黙って事の成り行きを見守っている。

しばらくしてレッガは己を殴っていた拳を止め、その手に付いた血で顔の上に紋様を描く。

歌舞伎役者の隈取のような血化粧を施したレッガの顔が改めてクロードの方を向く。


「待たせて悪かったなクロード」

「っ!?」


これまでクロードの事を敵としてではなく格下としてしか見ていなかったその眼がしっかりとその姿を捉える。

同時に先程までとは段違いに跳ね上がった圧力がクロードを襲う。


(こいつはまだ見た事がなかったな)


過去に抗争の場においてレッガが最前線で戦う姿を何度か見た事はあるがその時見たいずれの姿とも異なる。


「お前を侮っていた。その詫びと言ってはなんだがここからは殺し合いだ!!」

長く、長くお待たせしてしまいました事をまずはお詫び申し上げます。

まだ続きを期待頂いている方がいらっしゃるならば期待に応えられればと思います。

連載頻度がどうなるかなどは何とも言えませんが、最低でも月1、2ぐらいで掲載を目指します。

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