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交わした約束

最後の1人が物言わぬ肉塊と成り果てた姿を目の当たりにしウォルフレッドは大きく息を吐く。


「ようやく・・・終わった」


改めて周囲を見渡すが自分以外に動いている者の姿は見られない。

過酷な試練の終わった事を確認したウォルフレッドの口から思わず安堵の息が漏れる。

直後、極限の緊張感から解放されて僅かに気が抜けたのか足からフッと力が抜ける。

ガクガクと足が震えたかと思うと立っていられずにその場に片膝をつく。


「クゥッ」


何とか立ち上がろうと足に力を込めてみるが中々うまくいかない。

だがそれも当然の事。彼の肉体はとうに限界を迎えている。

むしろ未だに意識がある事の方が驚きと言える。

並の人間であれば立ち上がる事はおろか意識を保つ事さえ出来ない。

満身創痍の状態で勝利したのだから今倒れても誰も文句は言わないだろう。

しかし、ウォルフレッドは立ち上がろうと足に力を籠める。

確かに戦いには勝利したがこれで終わりではない。自分にはまだやるべき事が残っている。

それが終わるまで意識を途絶えさせる訳にはいかない。

手にした槍を杖の代わりに体を支えながらウォルフレッドは立ち上がると正面へと顔を上げる。

観客席にいるクロードの方へと体を向けると大きく声を張り上げる。


「我、ウォルフレッド・ベルカインはここに『死連闘の儀』を完遂した事を宣言する!」


体を支えていた槍を頭上に高らかに掲げ、堂々と勝利宣言をするウォルフレッド。

そんな彼の姿に観客席から大きな歓声が上がる。


「いい戦いぶりだった!」

「強かったぞ狼仮面!」

「まったくアンタ大した男だよ!」


過酷な試練を勇猛に戦い、そしてやり遂げたその姿にマフィア達から拍手と賞賛が送られる。

それはファミリーの男達がウォルフレッドの力を認めた証に他ならない。

彼を認めたのは観客席に大勢集まった構成員だけではなかった。


「あの状況から生き残るとはな。大した腕だ」

「中々に魅せつけてくれますねえ」

「本当よ~。おかげで体が火照っちゃうわ」

「まったく、ええもんを見せてもろうた」


思い思いの感想を口にする幹部達。

一見するといい芝居を観劇した後の余韻に浸っているように見えるが実際は違う。

今でこそ大人しく組織の幹部の椅子に収まっているが、元は彼らも1人の荒くれ者。

そんな男達があれだけの戦いを見せつけらればどうなるか。

身の内に宿した闘争本能が今すぐにでも戦いたいと血が騒いで仕方がない。

ほとんどの幹部達が闘技場の中心に向けてギラついた視線を送っている。

その中でただ1人、ウォルフレッドに関心を示さない男がいた。


「フフッ、彼は中々のエンターテイナーだな」


他の幹部達とは違う愉快そうな表情をクロードに向けるカロッソ。

幹部達がウォルフレッドの戦いに触発されている中、彼だけは違うものを見ていた。


「立っているのもやっとだろうに大した役者だよ。それともあのパフォーマンスもクロードの仕込みか?」

「さあ、どうでしょうか?」


素っ気なく答えるクロードにカロッソは苦笑を浮かべる。


「なんだよ釣れない返事だなぁ」

「それはそうでしょう」


本心までは分からないが少なくとも表向きはカロッソはレッガ達についている。

相手が義理の兄とはいえお互いに組織内の体裁もある。あまり対立派閥の相手と仲良く振舞う訳にはいかない。


「少し失礼しますね」

「なんだよ、もう少し話したっていいだろ」

「すみません。ですが、あのまま放っておく訳にもいかないので」


兄に一言断りを入れたクロードは席を立つと観客席の下へ向かい場内へ降りると足元に横たわる屍には見向きもせず中央に立っているウォルフレッドの元まで歩く。

視界の端でその姿を捉えたウォルフレッドが虚ろな視線をクロードの方へと向ける。


「やり遂げました。我が主よ」

「まったく・・・主はやめろとさっきも言ったはずなんだがな」


呆れた様に溜息を漏らしたクロードはウォルフレッドの姿を見る。


「随分と派手にやられたな」

「事前に聞いていた以上の内容で随分と苦労しました」

「それで天井の照明まで落としたのか?知らないだろうがアレは特注品でかなり高額なんだがな」


ウォルフレッドの肩越しにもはや原型を留めていない照明の残骸が見える。


「すいません。あれしか手が思いつかなったので」

「別に構わんさ。アレの弁済費用程度は今後の働きで十分補える」


肩を竦めて見せるクロードにウォルフレッドは微かに笑みを浮かべる。


「私は約束を果たしましたよ。だから次は貴方の番だ」

「ああ、分かっている」

「では、私は先に・・・休ませてもらい・・・ます」


そこまで言うとウォルフレッドの意思を繋ぎ止めていた最後の糸がプツリと切れる。

前のめりになって倒れるその体をクロードは自分の腕で受け止める。


「目が覚める前までには片を付けておく。だから今はゆっくりと休め」


意識のないウォルフレッドにそう告げるとクロードは視線を前へと向ける。

そこにはいつの間に実体化したのか女人狼が立っていた。


「オイ、なんだよアレ?」

「嘘だろ。精霊じゃないか」

「まさか、あれが人喰い餓狼!」


何の前触れもなく姿を現した人狼の姿に場内は騒然となる。

驚く周囲の反応を無視してクロードは目の前の女人狼に語り掛ける。


「心配するな。気を失っただけだ」

「・・・・グルゥ」

「怪我の方も問題ない。闘技場の外に腕のいい医者を待たせているからすぐに連れて行って診てもらえ」


人狼は黙ったまま小さく頷くとクロードの腕からウォルフレッドを受け取って抱きかかえ、クロードの背後にある場外へと続く通路に向かって歩いていく。

その姿を観客席の大勢が見送る中、幹部達は女人狼に興味深そうな視線を向ける。


「あの男、まさか精霊術師だったとは次から次へと驚かせてくれますね」

「切り札を残したままであそこまでやったというのか」

「ますます面白いヤツじゃけぇ」

「・・・一度手合わせしてみたいものだ」


しばらく退屈が続いて闘争に飢えた獣達の熱視線が元騎士と精霊に集まる。

そんな彼らの視線を遮るように視界の間にカロッソが割り込む。


「おっと皆さん。浮かれたい気持ちは分かりますが本来の目的をお忘れじゃありませんか?」


仰々しく両手を広げたカロッソは闘技場の出口に消えるウォルフレッドと人狼をチラリと見る。


「確かに彼は中々魅せてくれる男ではありましたが今回はあくまでも前座。残念だが今日の主役じゃない。では今夜の主役は一体誰なのか?」


カロッソはそう言うと右手を場内のクロードの方へ左手をレッガの方へと向ける。


「片や我が愛すべき義弟にして第七区画最強と謳われる男『クロード・ビルモント』、もう一方はかつて私と幹部の座を争ったライバル『レッガ・チェダーソン』。彼ら次期幹部候補たる2人こそが今夜の主役。そしてどちらが勝者となるか見届けるのが今日の我々の役目。違いますか?」


いつもの飄々とした印象とは打って変わって真剣な口調で話すカロッソの言葉に幹部達は冷静さを取り戻す。


「ごめんなさいねカロッソちゃん。私達少し浮かれてたみたい」

「いえいえ、私もこう見えてマフィアの端くれ。彼の強さに魅せられる皆さんのお気持ちは理解出来ますよ。平和が一番とは言いますがやはり小競り合い程度では中々に満たされない退屈もありますからね」


そう言うとカロッソは皆に向かっていつも通りの笑顔を浮かべて見せる。


「それじゃあ、話も本筋に戻すとしましょう。と言っても現在ステージは血に臓物、酸の池には溶けかけた死体とあまりに酷い有様。臭いだって相当なものだ。とてもじゃないが次期幹部の座を決める場に相応しくない」


言われてみればカロッソの言う通りだと皆がその言葉に頷く。


「じゃあどうされますかカロッソさん」

「そうですね。これから場を整えますので用意が出来るまで一旦休憩にいようと思いますが如何ですか?」


カロッソの言葉に他の幹部達も賛同し1時間後に2人の一騎打ちを執り行う事が決まる。

それまでクロードとレッガはかつての剣闘士達が控室として使っていた部屋でそれぞれ待機する事になった。


会場の状態が整うまで控室での待機となったクロードはカロッソから控室までの案内を命ぜられたレイナの後ろについて控室へと続く廊下を歩く。

控室への移動の間、何故か2人の間にはずっと気まずい空気が流れており会話らしい会話もなかった。

何か自分から声を掛けてようともしたが適当な話題も思いつかず。

あれこれと思案している間に控室の前についてしまった。


「案内させて悪かったな」


それだけ言ってクロードは控室に入ろうとするがレイナは入り口の前で立ち止まったまま動かない。


「レイナ。どうかしたのか?」


控室の扉の前から動こうとしないレイナの背中に声を掛ける。

声に反応してゆっくりと振り返るレイナの表情はどこか暗く、瞳には僅かに不安の色が浮かんでいるのが見て取れた。


「・・・本当にレッガさんと戦うんですか?」

「ああ、そうだな。それが幹部会の決定だからな」

「カロッソ兄さんと幹部の座を争った人ですよ。アナタみたいな人が勝てるわけないじゃないですか!」


思わず語気を強めるレイナにクロードは少しばかり面食らう。

感情の起伏の激しい末妹のメリッサと違い、レイナはクールで何事にも動じない方だと認識していた。


「確かにかなり強敵なのは違いないがどうしたんだ急に。珍しく心配してくれているのか?」


少し茶化すぐらいのつもりで放ったクロードの言葉にレイナの瞳に微かに涙がにじむ。


「そんなの・・・当り前じゃない。だってあの人は本当に強い人だもの。大怪我をするかもしれない。それどころか下手をすれば死ぬかもしれないのよ」


声を震わせながら零れ出た言葉と共に頬を一筋の涙が伝う。

彼女の涙を見てクロードは自分の間抜けぶりに気づかされる。


(嫌われていると思っていたんだがな)


どうやらそれはとんだ勘違いだったらしい。

何故日頃突き放すような態度なのか理由までは分からない。

それでも今、目の前で流された彼女の涙こそが彼女の本心だという事は分かる。


「悪い。そこまで心配させていたとは思わなかった」

「別に・・・そんなんじゃ・・・」


そう言って涙を拭って見せるレイナだが涙は中々止まってはくれない。

クロードはそんな妹の傍に歩み寄ると取り出したハンカチでその涙を拭う。


「確かにレッガの兄貴はまぎれもない実力者。お前が不安に思うのも無理はないな」

「だったら」


今からでも幹部の座を諦めて幹部選から降りてしまえばいい。

そう言おうとするレイナの言葉をクロードは制する。


「すまないな。だが俺にも引けない理由がある」

「引けない理由って何?幹部なんて命を掛けてまでならなきゃいけないものなの」

「そうだな」


もちろん幹部の座が欲しいがそれだけが理由という訳ではない。

かつての仲間の復讐を遂げる為、今の仲間の信頼に応える為、理由など幾らでもある。

そしてそれら全てが自分が命を懸けて挑むに値する理由だ。


「だが安心してくれ。俺は負けない」

「どうしてそんな風に言い切れるの」

「簡単だ。あの人がどれだけ強かろうと俺の方が強い」

「そんなの何の理由にもなってない!」


確かにクロードの方がレッガより強いという事を示す根拠は何もない。

各区画最強の証である区画番号保持者セクションナンバーホルダーと呼ばれてはいるが誰が名付けたかもわからない称号など何の保障にもならない。

対するレッガは荒事にかけては抜きんでた実力を持っており、その実力は誰もが知るところ。

表に出ている情報だけを見れば誰がどう考えてもクロードの方が分が悪い様に思われる。


(参ったな。こういう時、カロッソ兄貴ならもっとうまく声を掛けられるんだろうが)


兄カロッソならば妹達に心配一つさせる事無く全てを完璧にこなして見せただろう。

残念ながら自分はカロッソの様に上手く立ち回れるセンスはないし女性の扱いもどちらかといえば苦手。

それでも何とか妹の心配を和らげられないかと考えたクロードはレイナが髪を結んでいる青いリボンに手を伸ばす。


「分かった。そこまで心配ならこのリボンを戦いが終わるまでの間、お守り代わりに借りてもいいか?」

「リボンを?こんな安物じゃ何の役にも・・・」

「そんな事はない。俺を心配してくれる大事な妹の持ち物だ。借りていく以上、兄として何があってもこれを返さなくちゃならない。義理でもお前達の兄を名乗るからには妹との約束を破って勝手に死ぬ訳にはいかないからな」


そう言うとクロードはレイナに向かって自分の右手を差し出す。


「だからレイナ。このどうしようもない兄に勝って帰る理由をくれないか?」

「・・・・・」


レイナは無言のまま、しばしの間差し出された手を見つめた後で髪を結んでいたリボンを解く。


「返しに来なかったら許さないから」

「ああ、わかっているとも」


受け取ったリボンを手の中で握りしめる。


「後、落ち着いたら家族全員を食事に連れていく事。もちろん高級店に」

「えっ、それは・・・」

「連れていく事!じゃないと渡しません!」

「・・・・分かった。それで手を打とう」


思わぬ追加要求もろともレイナの主張を押し切られ、クロードは彼女の要求を受け入れる。

万が一にも抵抗しようなどと愚かな事を考えてはいけない。

そんな事をすれば後日、母と末妹という援軍を率いて現れ集中砲火を浴びるのは明らかだ。

後で相棒にまた女に甘いだのと言われるだろうがこればかりは仕方がない。

悲しいかなビルモントの男は母親と妹には勝てない様に出来ているらしい。

だからクロードは大人しく要求を呑み、その手に青いリボンを受け取るのだった。

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