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生き延びるのはただ1人

足元の敵を睨みつけたウォルフレッドはもう一度頭上に設置された照明を見上げる。

見出した勝機をつかむべく空気玉を踏みつけながら天井目掛けて駆け上っていくウォルフレッド。

そんな彼の姿を遠めに見ていたサムとフェリーは訝し気な表情を浮かべる。


「妙じゃないかフェリー?」

「ああ、お前もそう思うかサム」


確かに目の前に迫る苦痛から逃げるようとするのは動物であれば当然の行動。

だから普通に考えればウォルフレッドの取った行動も、そういった動物的生存本能に駆り立てられてのものと映る。

実際、サムとフェリー以外の大半の者には追い詰められた鼠の最後の悪あがきと同じに映っているらしい。

既に勝った気になって安堵の表情を浮かべている者までいる。

しかし、長年裏稼業に身を置いていたサムとフェリーの目には違って見えた。


「ありゃあ逃げる鼠の動きじゃないな」

「ああ、ただの悪あがきにしちゃ迷いが無さすぎる」


本当に下から昇ってくる強酸の気泡に追い立てられているなら、もう少し動きに焦りの様なものが表れるものだ。

にも関らずウォルフレッドの動きにはそういったものが見られない。

むしろ何かしらの意図をもって行動しているようにさえ見える。


「しかし、何かやるにしても一体何をする気だ?」

「さあねえ。上に逃げても打つ手はないはずだが・・・」


もし確かな策もなく距離を取ろうとしているだけならそれは失敗だ。

すぐに天井に突き当たって退路がなくなり、立ち昇ってきた気泡に追いつかれる。

そうなれば後は悲惨だ。

為す術なく全身を強酸の気泡で外側から削られ、力尽き、最後は酸で出来た水溜まりに落ちて死ぬ。

つまり結果的には自分が苦しむ時間を長引かせるだけの悪手でしかない。


「さっきの見えない矢を打てば一時的に気泡の進行は止められる」

「確かにそうだが、それはないだろうな」


それが出来るならとっくにやっているだろう。

サムとフェリーが考えるに恐らくあの技は魔力消費が大きく連発が出来ない。

あとは魔力の残量の問題だ。

どんな優れた術師でも保有する魔力に限界はある。

そして、ここまでの戦いでウォルフレッドは大量の魔力を消費しているはず。

加えて現在も足の負傷をカバーする為、術を使って体を移動させている。

無駄に使っていい魔力が残っているとは思えない。

という事は逆に考えると、ただでさえ無駄にできない魔力を消費してまで上を目指すという事は何かをする気という事だ。


「どうするサム?」

「そうだなぁ。とりあえずこっちも何かしないとな」


フェリーの言葉にサムはボンヤリとした答えを返し、苦笑いを浮かべる。

言ってみたはいいが正直、今から彼らに出来る事は決して多くない。

何故なら彼らもまたこの局面を造り出すために戦力の大半を注ぎ込んでいるからだ。

おかげで残っている魔術師達の中に戦闘に使えるだけの魔力を残している者は少ない。

かといって手負いのウォルフレッド相手に接近戦で勝てるだけの腕を持つ者もいない。

つまり、ウォルフレッドが今の状況を打ち破り、接近を許した時点で敗北がほぼ確定となる。

だから何が何でもウォルフレッドをあの強酸の檻から出す訳にはいかない。

サムは魔術師達のリーダー格の元へと近寄っていき、声をかける。


「少しいいですかね?」

「何の用だ」

「いえ、少し急ぎで協力をお願いしたい事がありましてね」

「・・・言ってみろ」

「ありがとうございます」


サムは男に向かって一礼し、自身からの提案を伝える。

その提案を聞かされたリーダー格の男はサムの顔を訝し気な顔で見返す。


「それは本当に必要な事か?」

「その必要がない相手なら最初からお願いはしませんよ」


サムの言葉にリーダー格の男は腕組みをし、しばし考え込む。

確かにウォルフレッドのあの動きには何かしらの意図の様なものを感じる。

何か現状を打開する為に動いているとすればかなり危険だ。

とはいえ自分達の魔力も残り少ない。

ここは万が一に備えて少しでも温存しておいたいいのではないかという気もする。


「万が一あそこから出る事があったなら、今少しでも削っておかないと勝てませんぜ」

「チッ、分かっている」


手負いといえど接近戦をすればまだウォルフレッドに分がある。

だからもし倒しきれないなら少しでもその能力は削ぎ落しておかなくてはならない。

リーダー格の男はサムの提案を受け入れると、まだ余力が残っている数名を呼びつけて指示を出す。

その指示に従って数人が素早く分かれると酸の沼を囲むように陣取る。

配置が完了すると同時にリーダー格の男が前方に向かって手を振り下ろす。


「一斉に放て!」


リーダー格の号令に合わせて術師達が上方に向かって風魔法を放つ。

男達が生み出した風は上昇気流となって大量の気泡を上空へと一気に押し上げる。

真下から加速度的に上ってきた酸の気泡は足元からウォルフレッドを襲う。


「グウゥウウウウッ!」


足元から急激に上がてきた気泡が体の外側を削り取っていく。

衣服を溶かし、皮膚を削り、傷口を抉っていく。

止む事がない痛みが全身を襲っていく中、それでも歯を食いしばり上を目指す。

今、少しでも気を抜けば足を踏み外し真下の酸の池へと真っ逆さまに落ちる。

だから痛みを意識の外へと追い出し、空気玉の生成とそれを足場として上昇する事だけを考える。


「あと、少し・・・」


目の前にあと少しと迫った照明に向かってもうすぐ手が届く。

だがその時、突如左腕から力が抜けてダランと垂れ下がり、作った空気玉が指先から零れ落ちる。


「っ!?」


自分の意に反してまるで言う事を聞かない左腕。

本人の意思は未だ闘志を残していても体の方は既に限界を迎えていた。

次に足場とすべきものを失った足が何もない空を踏む。

このまま落ちればもう上がってくるだけの力は残っていない。


「まだだっ!」


叫び声を上げたウォルフレッドはギッと奥歯を噛みしめると、剣を握った右手の中に空気玉を生み出して自分の胸へと押し当てる

腹部に走る強い衝撃と共に体が大きく跳ね、天井を覆う土に背中から叩きつけられる。


「ガハッ!」


背中に走った痛みに視界が明滅し、激痛に思考が混濁する。

脇腹に走る痛みに肋骨が何本か折れたのが分かる。

常人なら意識が飛んでいるような状態で、ウォルフレッドは持っていた剣を咄嗟に天井に突き刺して落下しないよう体を留める。

天井に刺した剣からブラ下がったウォルフレッドだが、このままジッとしている訳にはいかない。

こうしている間にも酸の気泡は次々と迫ってきておりすぐに動かなければ格好の的だ。

疲弊しきった体に鞭を打ち空気玉を作りだすと、それを踏んで天井から吊り下げられた照明の傘の裏へと飛び込む。

成り行きを下から見ていたリーダー格の男が険しい顔になる。


「あの男。照明の裏に隠れたぞ」

「その様ですねぇ。もしかしたらあれを盾にして泡が切れるまでやり過ごすつもりかもしれません」

「それはマズイんじゃないか。酸の泡が尽きたら・・・」

「いえ、その心配は必要ありやせん。例え分厚い金属の盾だろうとあの酸の前じゃ長く保ちやしませんから」

「本当だろうな」

「ええ、自分の扱う道具の事ですからねえ。色々と検証しておくのはプロとして当然ですぜ」


自信満々に応えるサム。

実際、過去に何度か実験して時間さえあれば重騎兵の持つ大型盾さえ溶かせる事は確認済みだ。

照明の傘に使われている鉄の厚みや強度は分からないがそれでも数分あれば溶かせるだろう。


「これで我々の勝ちですな」


僅かに焦りを浮かべたリーダー格の男を諭したサムは安堵したように表情を緩める。

一方、照明の裏に張り付いたウォルフレッドの方はいよいよ追い詰められたかと思えばそうではなかった。

むしろ、その瞳には煌々と闘志の炎が灯っている。

とはいえ焦りが全くない訳ではない。

今も自分が身を隠している照明の傘からは何かが蒸発するような音が断続的に聞こえている。


「やはり金属も溶かすか」


もう少し体力が回復させたかったが悠長にしていられる時間は残されてはいない。

しかし、今すぐに傘が破られるという訳でもなさそうだ。


「もって数分、いや数十秒持てば十分!」


ウォルフレッドは天井から照明を吊るしていた固定具やケーブルを剣で斬り裂く。

支えるものを失った瞬間、ガクンッと照明が大きく揺れて全身を浮遊感が襲う。

思った以上に重量があったのか、照明は落下を開始するとスピードはみるみる内に加速する。

進路上を昇ってくる酸の気泡など物ともせず、真っ直ぐに突き進む。


「ヤツの狙いはこれか!」

「無駄な事。ただ落ちるだけでは下の酸の池に落ちるだけでさぁ」


フェリーの言う通りこのままでは真っ直ぐ落ちるだけでは脱出はできない。

そんな事はウォルフレッドとて理解している。


「狙うべき方向は既に決まっている」


右手に少し大きめの空気玉を練り上げたウォルフレッドは、照明の傘に押し当てて破裂させ落下の方向を強引に変える。

軌道を変えた照明の向かう先にはフェリーやサム達の姿。


「いけねえ!」

「退避だ!」


彼らがウォルフレッドの狙いに気づいた時にはもう遅い。

方向転換した照明は流星となって彼らの頭上に落下する。

落ちてきた照明から逃げきれずに3人が押し潰される。

さらに、照明の内側に溜まっていた強酸が飛び散って近くにいた者の体に降りかかる。


「うっぎゃああああああ!目がぁああああ」

「いでぇええええええ!」


阿鼻叫喚の叫び声を上げる男達の中心に1匹の獣が舞い降りる。

照明が地面に激突する直前に飛び降りたウォルフレッドは敵の中心で手に握った剣に力を籠める。


「その命を貰い受ける」


誰にともなくそう告げたウォルフレッドの手の中で剣が十文字槍へと姿を変える。

直後、何かが風を切る音がサム達の耳に聞こえた。

数秒して彼を中心に周囲に立っていた男達の体から一斉に血が吹き出し崩れ落ちる。


「参ったねこりゃあ」

「流石に予想外だ」


まさか照明1つで自分達の持つ切り札が破られるとは思っていなかった。


「クソッ!他に何か策はないのか!」


狼狽えるリーダー格の男が2人に詰め寄るが残念ながら手持ちのカードは品切れだ。


「あとは当たって砕けるだけかねぇ」

「いや、1つだけあったわ」

「どっ、どんな手だ?早く言え!時間がないんだ!」


徐々に背後から忍び寄ってくる死神の足音に怯え急かしてくるリーダー格の男。

そんな彼の胸にフェリーの手が触れる。


「ここまで手を貸したんだ。最後は俺達の為にチャンス作ってくださいよ」

「へ?」


フェリーが何を言っているのかリーダー格の男が理解するより早くフェリーの手が男の体を突き飛ばす。

急に突き飛ばされたリーダー格の男は足をもつれさせながら後ろを振り返る。

そこには地獄から自分の命を奪いに来た銀の狼の姿があった。


「死ね」

「いやだぁああああああああああああ!」


男の叫びは空しく響き突き出された槍の矛先が男の腹を貫く。

直後、男の背後に隠れていたサムとフェリーが短刀を手に左右から飛び出す。


「いくぜ相棒!」

「これでお終いですぁ!」


槍の先端はまだリーダー格の男の体に刺さった状態。

片手ではすぐに抜いて振り回すことは難しい。

これがラストチャンスと2人は手に持った短刀を思い切り振り抜く。

サムは頭部を狙い、フェリーが腹部を狙う同時攻撃。

いくら接近戦が得意でも、この同時攻撃は裁けない。はずだった。

ウォルフレッドは持っていた槍は躊躇なく手放すと、手刀を作ってフェリーの腕を払い除ける。

そして自身の顔目掛けて突き出されたサムの短刀を額の仮面で受けた。


「なにっ!」


目の前で起こった出来事が信じられず目を見開くサム。

一瞬の動揺の隙にウォルフレッドはサムの手からナイフを奪い取って頸動脈を撫で斬りにする。


「ゴボッ」

「相棒!」


目の奥の光が弱まり、崩れ落ちていくサムの姿を見てフェリーが初めて叫び声を上げる。

貧民街で悪事を働いていた子供の頃からの相棒が呆気なく死んでいく姿に冷酷非情な暗殺者も冷静ではいられなかった。


「泣くな。お前も一緒だ」


フェリーに向き直ったウォルフレッドは、奪った短刀を今度はフェリーの胸に振り下ろす。


「グェエエエッ」


口から大量の血を吐きそれでも必死にウォルフレッドに抗おうとするフェリー。

そんな彼の胸に突き刺さった短刀を90度に捻り、刃を引き抜く。

フェリーは最後に苦悶の声を上げその場に崩れ落ちる。

一部始終を観客席から見ていたクロードは小さく溜息を吐く。


「どうやら戦局は決したようですね」

「・・・その様だな」


クロードの言葉にアシモフはやや不満そうな声で応じる。

本音はどうであれこの結末は認めざる負えない。

唯一見込みのあったサムとフェリーが倒れた今、戦局を左右出来るだけの強者も智者もいなくなった。

ウォルフレッドは確かに深手を負っているが、それでも残った者では相手にならないだろう。


「ウォルフレッド・ベルカインの勝ちだ」

ようやく調子戻ったと思ったら風邪ひいた。

せっかくの休みがぁあああああ!

だいぶ回復したので残りで少しでも進めたいですね。


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