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試練の闘技場

ビルモント商会の社屋2階、無数の部屋の一室にクロードはいた。

静寂に包まれた部屋の中、黙ったままソファに腰掛けてタバコの煙を燻らせる。


「・・・・・フゥッ」


天井を見上げ、物憂げな顔でタバコの煙を吐き出すクロードの懐で黒い影がモゾモゾと動いたかと思うとアジールがひょっこりと顔を覗かせる。


「どうしたのさ。さっきからずっと黙り込んじゃって」

「別に、なんでもいいだろ」

「よくないよ。君が喋ってくれないと僕が退屈するじゃないか」

「だったら外にでも遊びに行けばいいだろう」

「そんなのもう行って来たに決まってるじゃないか。そしてもうとっくに飽きて帰ってきたよ」


こちらの心情などお構いなしに自分勝手な事を言うアジールに溜息を零すと、壁に掛かった時計の方へと視線を移す。

レッガとの一騎打ちが幹部会で決定してもうかれこれ6時間程が経過している。

現在のクロードはこの社屋の地下にある闘技場で全ての準備が整うまで用意された部屋での待機を命じられている。

ウォルフレッドの方は全ての決着が着くまで処分保留という扱いで今は死連闘の儀の準備が整うまでダリオがその身柄を預かる事になった。

その他の幹部会に参加していた者達は全員、急遽決まった戦いの準備を行うべく出払っている。

なので現在、この部屋にはクロードとアジールだけしかいない。


「な~に1人で暗くなっちゃってんのさ。もしかしてアルバートの出した条件を気にしているのかい?」

「それは・・・・」


アジールからの問い掛けに、クロードは僅かに答えを渋る様な間を取る。

だが、自分の半身同然のアジール相手に強がりを言ったところで無意味な事。

他に本音で愚痴れる様な相手もいないと事と話してみる。


「・・・まあ、少しはな」


アルバートがあの様な条件を提示してくるのは予想していなかった。

もちろん、アルバートが自分を排除しよとして言った事だとは思っていない。

不器用な義父なりにクロードに発破を掛けようと思って言った事だと思う。

しかしながら、そのおかげで余計なプレッシャーを背負わされる羽目になってしまった。


「期待されていると思いたい所だが、それはそれでキツイな」


いくら巷で第七区画最強などと呼ばれているとはいえ、元はただの小市民。

精神面まで強靭だなどとあまり思ってほしくはない。

内心でそんな事を考えながら、溜まった不満をタバコの煙と共に吐き出す。


「クロードってさ。豪胆に見えて意外と繊細だよね」

「ウルサイ。余計なお世話だ」

「アハハッ、まあいいじゃないか。アルバートの件以外は概ね計画通りうまくいったんだしさ」


陽気に笑い声を上げるアジールの姿に、クロードも僅かに口元を緩める。

確かに相棒の言う様にここまでの流れはほぼクロードの目論見通りに運んでいる。

幹部会でアシモフ側から対立候補が現れる事も、その相手と戦う事もこちらの想定していたシナリオの範囲内だ。


「もっとも向こうがレッガの兄貴を担ぎ出して来た事には驚いたがな」

「でも、それは君にとっては嬉しい誤算だよね」

「何故そう思う?」

「だってあの男はロイド達の仇も同然の男だよ。そんな相手を前にして何とも思わないなんて、僕の知ってるクロード・ビルモントはそんな物分かりのいい男じゃなかったはずだよ」


思いがけぬアジールの言葉にクロードは目を丸くする。

そして四六時中一緒にいる相棒というのも困りものだなと苦笑する。

レッガがこの街から追い出された時、手を出す事無く見送った悔しさは今だって忘れていない。

あの当時は自分が下っ端の構成員で相手の方が立場が上の存在だから、尊敬するアルバートの決定だから、フリンジが我慢しているのだからと散々自分に言い訳をして、怒りの感情を全て喉の奥へと呑み込んだ。

それが何の因果か数年の時を経て、こうして拳を交える機会を得るに至った。

これで誰に遠慮をする必要もなく堂々と己の拳であの男を殴る事が出来る。


「恐らくこの期を逃せば二度と機会は巡ってこないだろうな」

「あんな筋肉ダルマを叩き潰すなんて1回あれば十分さ」


アジールの言う様にクロードの持っている全ての力を使えば、レッガ1人を倒す事など造作もないのは確かだ。

しかし、残念ながら今回の一騎打ちはそこまで楽な話ではない。

クロードにとって今回の戦いの目的は死んだ仲間の返礼をする事、勝って幹部になる事の他に自分の正体を隠し通す事も含まれる。

当然ながら英雄の証たる星神器(アストライオス)は使えない。

アジールの力については使っても直接自分の正体に結びつく事はないだろうが、攻撃系の魔法を使う場合は攻撃範囲が広すぎて周囲を巻き込む危険があり使えない。

なので実質、今回使えるのは師より授かった魔術刻印と己で磨いた格闘の技のみ。

流石にそれだけで簡単に勝てる程、レッガという男は甘い相手ではない。


「こちらは切り札を使えない。しかも条件は相手が最も得意とする近接戦になるだろう。そう楽観も出来んだろ」

「とっておきが使えなくても大した問題じゃないよ。近接戦はクロードだって得意分野だ。さらに僕の魔力を使って君の魔術刻印を最大までブーストしてから殴ればレッガなんて一発で木っ端微塵さ」

「木っ端微塵にしてどうする」

「えっ!しないの?」

「する訳ないだろ」


いくら恨みがある相手とはいえ、流石に身内を手に掛けるつもりはない。

あれでもレッガはファミリーの若い衆からはかなり慕われているのだ。

幹部に匹敵するだけの力を持ち、それでいて頭の方も切れて漢気もある。

そんな彼の姿に憧れてマフィアを志した者も多い。

もしもレッガを無残に殺してしまえば、彼を慕う者達の恨みを買う事になるだろう。

それはファミリーの将来に禍根を残す事に繋がる。

レッガが過去の失態で粛清を受けなかったのもその辺の事情に配慮しての事だ。

もちろんクロードにとってもその様な事態になる事は望ましくない。


「将来の為にも今回は殺さずに捻じ伏せる」

「君がそう言うならそれでもいいけど、それで君が負けたら元も子もないよ」

「分かっている」


ただでさえ強力な敵を相手にするというのに、こちらは制約ばかりで本当に嫌になるがそれでもやるしかない。

覚悟を決めたクロードは持っていたタバコを灰皿の上に押し付ける。

丁度その時、部屋の扉をノックする音が響く。


「どうやらお迎えが来たようだね」

「その様だな」


アジールが影の中に首を引っ込めたのを確認しクロードはソファから立ち上がる。


「行くか」


誰にともなくそう呟いたクロードは部屋を後にする。

廊下に出てすぐ、迎えに来た案内役に連れられて建物の中を進む。

一階に降りた後、一般社員には知らされていない秘密の通路を通って建物の地下へと続く階段を降りていく。

長い階段を降りてようやく辿り着いた出口の向こうに広がっていたのは、昔テレビで見た中世ヨーロッパが舞台の映画に出てくる円形闘技場(コロッセオ)

石造りながらもサッカースタジアム程の広さを誇るその闘技場は、革命前の王国時代に王侯貴族の娯楽施設として建造されたもので、この国に革命以前から暮らしている者にとっては忌むべき負の遺産でもある。

なんでも当初は奴隷や獣を戦わせて見世物にしていたそうだが、移り気な貴族達の趣向が代わったのに伴い無作為に選んだ市民を家族同士、友人同士を殺し合わせて楽しんでいたらしい。


(そんな馬鹿な事をしているから革命なんて起こされる)


当時、この国にいた貴族達の愚かさに呆れながらクロードは案内役の後に続いて円形闘技場(コロッセオ)へと向かう。

歩きながら天井に目を向けると、頭上を覆う一面の土が円形闘技場(コロッセオ)をドーム状に覆っている。

何故この円形闘技場(コロッセオ)が会社の地下にあるかというと、この街に古くから住まう者の中にはここで家族や友人を失った者がいる。

そういった者達が悲しい記憶を思い出す事のない様に革命後に二度と人の目に触れる事のない地下へとブルーノが術を使って土の下に封じた。

その後、アルバートが新時代の象徴となる会社の社屋をこの地に建てた。

ただ、地下に封じたとはいえ施設としての利用価値はあったので、設備を整えて現在はビルモントファミリーの粛清など血生臭い行事用として使われている。

悪しき過去を持つこの闘技場の土は過去に流された血で赤みを帯びており、微かに鉄の香りが漂う。

そんな匂いの中を顔色一つ変えずに進んだクロードが闘技場の中へと踏み出す。

闘技場の中央には既に幹部達とレッガ、ウォルフレッドの姿があった。


「おっ!ようやく来たか」

「お待たせしました」


到着が最後になった事を詫びつつ、クロードはフリンジの近くへと歩み寄る。


「別に構わねえよ。他の連中もついさっき来た所だ」

「そうですか。ところで叔父貴に伺いたい事があるんですが?」

「どうした」

「この状況は一体?」


周囲に目を向けると観客席にはかなりの人の姿が見える。

しかもそのほとんどがファミリーの人間だ。


「ああ、折角の次期幹部候補同士の戦いだからな。次の幹部が決まる所を他の連中にも見せてやろうと思ってな」

「そうよん。歴史的瞬間の目撃者は多い方がいいでしょ」

「・・・はぁ」


フリンジと話に割り込んできたリゲイラの言葉に生返事を返しながらクロードはどんよりと暗い顔でもう一度観客席を見る。

これで益々、全力を出して戦う訳にはいかなくなった。

幽鬼の様な虚ろな目で観客席を眺めていると、最前列の一角に陣取った見知った連中の顔が目に入る。

見間違える事などない。あれはラドルやロック達ボルネーズ商会の面々だ。


「・・・何をやってるんだあの馬鹿共は?」

「アラ、そんなのクロードちゃんの応援でしょ。いいわよね~男の友情」

「いや、そんな事よりもアイツら仕事はどうしたんだ」


羨ましそうに零すリゲイラの隣でクロードは頭を抱える。

クロードの把握している仕事量から考えて、こんな所で呑気に観戦なんてしている様な余裕はなかったはずだ。

深刻な顔で仕事の心配をするクロードの気持ちなど知らないラドル達はこちらに向かって大きく手を振っている。


「ぶちかませよ!クロード!」

「兄貴ぃいいい!ファイトォオオオオッ!」


熱の入った声援を送るラドル達だが、今のクロードはそれどころではない。


「今日の業務はどこまで進んでいるんだ?契約書類の作成は?客先への納品予定の提出は?銀行への振り込みの確認は!?」


脳内でネガティブなイメージばかりが膨らんで、クロードの顔色々がみるみる内に青褪めていく。

過去に見せた事が無いレベルで取り乱す彼の肩をフリンジがポンと叩く。


「ちっとは落ち着けよクロード」

「しかし!」

「仕事の事はいいんだよ。今は自分の事に集中しろ」

「そうよ。みんな貴方に期待してるんだから格好の悪い所は見せられないわよ」


自分に近い幹部2人から掛けられた言葉にクロードは冷静さを取り戻す。


「・・・大丈夫です。分かってます」


仕事の事はこれが片付いた後で観客席の連中から聞き出すと決めて、今は目の前の敵に向かう。

ようやく自分の方に目を向けたクロードに、レッガが不満そうに鼻を鳴らす。


「俺との一騎打ちより、仕事の心配とは余裕だな」

「手の焼ける連中ばかりなのでそんな余裕なんてありませんよ」

「他人より自分の身の心配でもしたらどうだ」

「そうですね。早めに終わらせて会社に戻らないといけませんし」

「無事に帰れるとでも思ってるのか?」

「ええ、そのつもりですよ。明日も予定が詰まってますから」


正面から睨み合い、舌戦を繰り広げる両者の間にダリオが割って入る。


「2人共そのぐらいにしておけ。こちらも時間が惜しい」

『・・・・・』


その言葉一つで2人を黙らせたダリオは、これからの流れについて説明を始める。


「これより死連闘の儀と次期幹部選考戦を執り行う。尚、どちらの戦いに武器、魔法の使用は自由だ。ただし助っ人の介入は認めない」

「で、ダリオ君。どちらから始めるんです?」

「そりゃ前座はそこの狼小僧の試験からやろ」

「やっぱりそうよね。メインイベントは最後にとっておかないと」

「・・・・そういう事だ」


興奮気味のリゲイラとリッキードの若干ペースを乱されそうになったダリオは、咳払いを1つするとウォルフレッドを見る。


「すぐに始めるが、覚悟はいいか?」

「・・・・いつでも」

「フッ、勇ましい事だな。いいだろう。では他の者は全員観客席に移動しろ」


ダリオの言葉に従い、ウォルフレッドを除いた全員が観客席へと移動を開始する。

その流れに乗じて歩き出したクロードはウォルフレッドの横を通り過ぎる。

すれ違い様、クロードは小さな声でウォルフレッドに耳打ちする。


「遠慮はいらない。1人残らず狩り尽くせ」

「御意に」


たったそれだけの短い言葉を交わして2人は離れる。

広い闘技場の真ん中にただ1人取り残されたウォルフレッドは静かにその時を待つ。

しばらくして闘技場内に通じる出入り口からゾロゾロと人が流れ込んでくる。

全員がギラギラと血走った目をしており、手には凶悪な武器を握り締めている。


「ハァ、ハァッ!」

「アイツか。アイツを殺せば俺は・・・」

「殺す。殺す。殺すぅっ!!」


鬼気迫る形相で闘技場内に入ってきた男達はウォルフレッドの周囲を取り囲む。

その数はどうみても話に聞いていた300人よりも多い。ざっと数えても500人はいるのではないだろうか。

それは観客席にいるクロード達もすぐに気付いた。


「かなり数が多くないか?」

「ちょ~っと手違いがあってね。予定より多く集まっちゃったんだよね」


悪戯っぽく舌を出して見せるカロッソにクロードはやれやれと肩を竦める。

どう考えてもカロッソがわざと数を増やしたのは一目瞭然。


「あれではさしもの人喰い餓狼も突破は難しいだろうね」

「折角引っ張ってきたのに残念だったな」


ワザと嫌味っぽい言い方をするシェザンをクロードは気に留める様子もない。


「いえ、あの程度の数なら問題ないでしょう」

「何だと?あまり適当な事を言うなよ」

「500と言えば幹部でもかなり手こずる数ですからね」

「確かに、ですが問題はありません」


シェザンとチャールズの言葉にもまるで動じる事無くクロードは敵に囲まれたウォルフレッドに視線を向ける。

その時、ウォルフレッドの背後を囲んでいた一団の中から痺れを切らした数人の男が勢いよく飛び出す。


「もう待ってられるか!」

「ヤツを殺して自由を手にするのはこのオレだぁ!」

「いや!この俺だぁああああ!」


獣の様な雄叫びを上げて飛び出した男達はウォルフレッド背中に向かって武器を手に飛び掛かる。

迫りくる敵を前に、銀面の狼は懐から十字架を抜きながらゆっくりと背後を振り返る。


廻天十字刃(クロスパーダ)、起動」


直後に手の中の十字架から光が迸ったかと思うと刃を形成するして、背後に迫った3人の男を空中で一瞬で斬り裂く。


「はへ?」

「ぬぁっ!」

「おっ」


自分達が斬られた事も理解できず、間抜けな声を上げる男達の体が空中でバラバラと崩れながら地面に落ちる。

瞬き程の間に起こった出来事に会場中にドヨめきが走る。


「なんだよ今の!」

「お前見えたか?」

「いや、早すぎてちっとも見えなかった」


驚きに包まれる周囲を余所に、ウォルフレッドは剣の先に着いた血を払うと自分を囲む男達に向かって手にした光の刃を向ける。


「これより死にゆく貴殿等は1人残らず覚えて逝かれよ。我が名はウォルフレッド・ベルカイン。血に飢えし魔狼なり」

さあ、戦闘開始です。

どんな展開になるかは乞うご期待。


読者様からご意見として、登場人物の紹介の希望がありました。

本作、キャラクター多いからあった方がいいですかね?

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