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例え道を踏み外そうとも

フィーベルト・アルカインが最初に"その男"の名を耳にしたのは今から10年程昔になる。


フィーベルトが妻であるディベルと籍を入れてまだ間もない頃、雨の降りしきる夜半に城からの使いがアルカイン邸の扉を叩いた。

雨音に混じって微かに聞こえたドアを叩く音が気になり、ベッドから起きだしたフィーベルトが屋敷の玄関へ向かうと、丁度使用人が玄関の扉を開いた所だった。

扉を開くなり屋敷の中に転がり込んできたのは城からの連絡として遣わされた兵士。

兵士の焦り様から、何か大きな問題が生じた事を理解したフィーベルトは家人に寝室の父を起こしてくるように命じた。

数分後、寝所から身支度を整えて出てきた父と共に使いの兵士から国王から緊急招集が発せられた旨を伝え聞いたフィーベルトは、父クライスラと共に急ぎ王城へと参じた。

フィーベルト達が城に駆けつけた頃には、夜も深い時間であったにも関わらず既に貴族や軍上層部の重鎮達が数多く集まっていた。

集められた者達も詳細については知らされておらず、どこかの拠点が他国からの侵攻を受けたのだろうかといった話が持ち上がるがどれも確度の高い話ではない。

全員が断片的な情報しか把握できていない様子だったが、それでもこの招集が只事ではないという見解については一致していた。

フィーベルト自身この様な事態はかつて経験した事がなく非常に落ち着かない気持ちだったのを覚えている。

それから一時間も経たぬ内に召集の掛った面々が城に到着し、全員がそのまま白の奥にある議場へと通された。

ただならぬ空気の立ち込める議場の中、大臣より国王から緊急の報を伝えると告げられる。

アルカイン家の後継者としてその場に居合わせる事を許されたフィーベルトは緊張に体を強張らせながら王の登場を待った。

しばらくして、身支度を整えたノグレアデス十七世が議場内に姿を現す。

どこか緊張した様子を窺わせる国王は無言のまま玉座に着くと、議場に呼び出された臣下達の姿を黙ったまま見渡し、それからゆっくりと息を吐いた。


「皆よ。このような夜更けにも関わらずよくぞ集まってくれた」


臣下を労う王の言葉にフィーベルトの父クライスラが即座に反応する。


「王のご命令とあればいつ何時であろうと馳せ参じるのが我等臣下の務め。そのようなお気遣いは無用にございます」

「・・・うむ、そうであったな」


クライスラの言葉に王は静かに頷いた後、真剣な顔で正面を向く。

それから気を落ち着ける様に一度目を閉じて一呼吸置いた後で口を開く。


「では早速だが本題に入る。先程、教会本部より火急の知らせが入った。2日前に天聖法国グラミデアの首都カルダリンテにて国王ユリアネス十七世が弑逆(しいぎゃく)された」

『ッ!!!』


自分達の王の放った一言に、その場にいた全員が一時騒然となった。

ユリアネス十七世とはアーデナス教の総本山たる天聖法国グラミデアの当時の国王。

有人種以外の存在を認めない極端な思想の持主で、異種族廃絶の急先鋒を担っていた人物でもある。

どういう手段を使ったかは分からないが神の武器を操る英雄を複数従えており、圧倒的な武力でもって他種族の国家を攻め滅した事からアーデナス教内の強硬派からは"聖王"等と呼ばれ、高い求心力を得ていた。

その様な王が突如殺されたと聞かされ、議場内にいた誰もが俄かには信じられなかった。

何故なら天聖法国グラミデアは有人族史上最大の宗教国家であると同時に有人族の中でも最大の軍事力を持つ国家でもあった。

当然ながら聖王の守りは鉄壁と呼んで憚らない程に厳重であり、並の人間では接近する事はおろか王城に近付く事すら到底不可能と言っていい程だった。


「なんと愚かな。一体誰がその様な真似を・・・・」

「詳しい事は分からない。グラミデア内でも相当な混乱が起こっているらしく情報がまとまっていない様だ、ただ、一つ分かっているのは王を殺したのは英雄の1人だという事だけだ」

「馬鹿な事を。英雄と言えどかの国を敵に回してただで済むはずがあるまいに」


どれだけ強大な力を持つ英雄であろうと所詮は人間、一大勢力を誇るアーデナス教を相手にすればどうなるか等考えるまでもない。

恐らくその場にてすぐに捕縛されて処刑されただろうと誰もが思った。

しかし、そんな臣下達の思惑は王の次の言葉によって否定される。


「ユリアネス十七世を殺した裏切り者は、王の側近で会った十三神官と同朋であった刀剣の英雄までも手に掛けて逃走。現在に至るまで捕らえられていないそうだ」

「なんとっ!」

「誠にございますか!」


偉大な王を屠った大罪人は罪を重ねるだけでなく今尚逃走を続けているという。

犯人がいつまでも逃げ続けられるとは到底思えない所ではあったが、万が一にも犯人が国外へと逃げた場合どうなるのだろうか。

ノグレアデス十七世の話はその逃走した場合についてであった。

教会本部からの要請で逃げた犯人の捜索の為に協力を行うという事と、もしこの国に入った時の為の対応についてだった。

王の話を聞いた臣下達はその場で話し合いを行い、国境付近の警備の強化や入国審査の厳重化という方針を決定。詳しい体制については翌日以降再び集まって会議を開き決定する事となった。


会議が解散となった後、フィーベルトは王城の廊下を歩きながら考えていた。

確かに夜中に臣下を呼び集めるだけの人類史に残る様な大事件ではあったが、この話を聞き終えた時のフィーベルトは周りの重鎮達程この出来事を深刻だとは思わなかった。

強いて感想を述べるなら自分の見知らぬ土地に後先考えない馬鹿な人間が1人いたという程度。

だが、彼がそう考えるのも無理のない事だ。

今は運よく逃げ遂せているかもしれないが、元英雄が敵にしたのは10億人を超えるアーデナス教の信徒達だ。

それら全てを敵に回して最後まで逃げ切れる訳がない。


「どうせすぐに捕まって処刑台の上に送られる事になる」


前を歩く父の後ろでフィーベルトは小さく呟いた。だが、事態は彼の予想とは逆へと動いていった。

数日後、"魔弾の英雄"と呼ばれた元英雄は教会本部から第一級犯罪者として高額の賞金が懸けられ、彼の顔と名前が掛かれた手配書はあちこちの国に出回った。

それに伴い教会や関係国で大規模な捜索部隊も編成され、裏切者の英雄を追ったと伝え聞くが結果は芳しくはなかった様だった。

そこから2~3年の間、王殺しの犯人が捕まった。死体となって発見された。という真偽不明の報が何度か世間を騒がせる事はあったが教会から手配が取り下げられる事はなかった。

元々フィーベルトにとって関心の薄い話であった事、多忙だった事もあり以降その話がどうなったか知る事もなかった。今日この時に至るまでは。


「とうの昔に・・・死んだものだと思っていた」

「まあ、そうだろうな」


恨めしそうな目を向けてくるフィーベルトを意に介するでもなく、クロードは彼の目の前でタバコを取り出すと自身の口元へと運ぶ。


「かつて"英雄"とまで呼ばれた男がこんな所で何をやっている?」

「見ての通り裏社会で細々と悪党稼業に勤しんでいる」

「人類史に名を遺す程の大罪人がこんな所で小悪党をしているだと?笑えない冗談だ」

「別にアンタから笑いを取る為に生き方を選んではいないからな」


素っ気なく答えたクロードは口に咥えたタバコの先端に火を灯す。


「何故、貴様ほどの男がこんな所で一介のマフィアなどに甘んじている。それだけの力があれば他にいくらでも生き方はあるだろう」

「くだらんな。力の大小など生き方を選ぶ上で大した理由にはならない。それに少なくとも俺は今の生き方が結構気に入っている」

「まるで理解できないな」

「今はそうかもしれないな。だがすぐにアンタにも理解できるようになる」

「・・・どういう意味だ」


怪訝な顔をするフィーベルトにクロードはワザとらしく不敵な笑みを作って見せる。


「これは勧誘だフィーベルト・アルカイン。俺の所へ来い」

「見くびるな悪党。落ちぶれたといえ元は騎士。その様な真似ができるか」


断固拒否の意思を示すフィーベルトにクロードはやれやれと肩を竦める。


「まだ雇用条件も話していない内から結論を急ぐのはあまり感心しないな。だが、まあいい。俺の話を聞けばアンタの気も変わる」

「何度も言わせるな。そんな事はありえない」

「ほぅ。ならばもし、俺がアンタとあそこで転がってる邪精霊の2人揃って生きられる道があると言ってもその気持ちは変わらないか?」

「っ!?」


クロードの放った言葉にフィーベルトの瞳が大きく見開き、動揺の色が滲む。

自分がとうに諦めたはずの未来を目の前の男は簡単に提示してみせた。


「確かアンタは言っていたな。自分と邪精霊は2人揃って死ぬしかないと」

「ああ、それ以外の道などない」

「果たして本当にそうか?」

「・・・何が言いたい」

「アンタが自分達が死ぬしかないと思ったのは、あの邪精霊が魔力を補給する為に人を喰わなければならないからだ。いつか暴走して関係のない一般人を襲うのではないかという危惧がそう決意させた。ならばそうならない様にすればいい」

「そんな事は不可能だ」

「いいや、可能だ。その方法をアンタはもう知っているだろ?」

「・・・・まさか!」


脳裏に浮かんだ考えにフィーベルトの表情が青褪める。

そしてその考えが正しかったとすぐに知る事になる。


「簡単な事だ。腹一杯喰わせてやればいい。余計なものに手を出さなくて済むようにな」

「そんな事は出来ない。それは正義に背く事だ」

「何を今更。ここに至るまでアンタが散々やってきた事だろう」

「それは・・・」


クロードの言葉にフィーベルトは何も言い返す事が出来ない。

確かにクロードの言う通り、フィーベルトは邪精霊の存在を維持させる為だけにこの国で悪党達を食わせ続けてきた。弁解の余地などとうにありはしない。


「心配しなくても餌ならいくらでも用意してやる。これでもそれなりに裏社会では名の知れた悪党なんでな。命を狙ってくる様な連中には事欠かない」

「だとしても、・・・そんな事は許されない」

「許されない?それはアンタが邪精霊に喰わせた悪党共にか?それともアンタの主人を殺した武器を作り、浄化の炎とやらで家族を焼いた神とやらか?ハッキリ言って下らないな。今ここに居ない連中に義理立てする理由が何処にある」


クロードは呆れた様な顔をするとフィーベルトの胸倉を掴んで引き起こすと、邪精霊が倒れている方向を強引に向かせる。

フィーベルトは視線の先に映った光景に息を呑む。

瓦礫の上、右腕を失ってなお、必死に自分の下へ向おうと惨めに地を這いずる人狼の姿。


「あの姿をよく見ろ。俺に腕を吹っ飛ばされてもまだアンタを守ろうと足掻いている。アレを見てアンタはまだそんな寝惚けた事が言えるのか」


クロードの言葉がフィーベルトの胸を締め付ける。

誓ったはずの正義と、決意したはずの自死への思いが大きく揺れる。

例え元の姿も心も失っても、これほど自分を想う者の姿に自然と涙が零れる。


「アンタは全てを失ったと言っていたがそれは間違いだ。この世にはまだアンタを想い続ける誰かがいる。そんな誰かとロクに知らないどこぞの悪党共。秤にかけてどっちが大事かよく考えろ」

「選んで私に外道へ堕ちろと言うのか」

「ああ。その通りだ」


クロードは右手に持っていた魔銃の銃口を地を這う邪精霊の方へと向ける。


「アンタが本当に守りたいのは何だ。正義か?騎士の信念か?」


それはきっと違う。

もし、正しさが大事なら自分はきっとこの国の地を踏む前にどこかで野垂死んでいた。

本当は分かっていた。自分が本当は何を望んでいるのか。

ただ、認めたくなかった。王に仕える正義の騎士となるべく育てられ、正義の為に剣を振るったはずの己の中に宿るこの我欲に満ちた醜悪な感情を。

それを覆い隠す為に自ら死んで全てを精算しようと思っていた。

しかし、それももう終わりだ。目の前の死神に本当に大切な事に気付かされてしまった。


「・・・・違う。そうじゃない」


例え姿、形が変わっても生ある限り共にいたいと願い続けている。

それこそが自分の本当の願い。


「違うというならその中途半端な正義感は早く捨てる事だ。そうでないとアンタの手の中に最後に残った大切なものまで失うぞ」

「分かっている」

「ならば今ここで選べ。愛する者と生き続ける為に正義を捨てて地獄を生きるか、最後に残ったたった一つすらも失って虚無に堕ちるか」


魔銃の引き金にクロードの指が掛かる。

力の差も見せつけられて最早抗う術もなくなった今、突き付けられた選択肢を選ぶ以外の道はない。


「選ぶ前に1つ聞きたい。何故私に選ばせる」

「簡単な事だ。最後は自分で選ばないと意味がないからな」


実質選択肢など1つしかない状況まで追い詰めておいてよく言う。

いや、ここまでが全て彼の計画の内だったのかもしれない。

もしそうなら今日ここで彼に挑んだ時点で自分はこうなる運命だったのだろう。

そう考えると少しだけ気持ちが楽になり、体から余計な力が抜けていく気がした。

これが運命だというのならその運命に身を預けてみよう。

例えそれが地獄へ続く道だとしても彼女と共にあり続けられる地獄なら、その道を往くのも悪くない。

フィーベルトはここに至るまで散々苦しみ、悩みぬいた上で出したはずの答えをここに至り覆す決意をした。

体調不良やら何やらで長々と長らくお待たせしました。

今回の話の掲載に伴い、前話の112話戦闘シーンが

ちょっと物足りなかったので改稿しました。




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