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狼の見た絶望

今から30年前、人喰い餓狼ことフィーベルト・アルカインは有人族の国であるノグレアデス公国において生を受けた。

父の名はクライスラ、母の名はテアモーリといった。

彼の生家であるアルカインの家は代々ノグレアデス公国の王家に仕える貴族の家柄であり、父クライスラは当時ノグレアデス公国を治めていたノグレアデス十七世と幼馴染で古くから友人として公私共に懇意にしていた。

その様な間柄からかクライスラは我が子が生まれた時にその名付けを無二の友であり自身の主でもあるノグレアデス十七世に依頼した。

一国の王より名前を授かるという栄誉を賜ったフィーベルトは、幼き頃より周囲の期待に応える様に幼くしてその頭角を表す。

若干8歳にして大気の精霊ヴェルダとの契約を果たしたのを皮切りに、勉学においては常に優秀な成績を修め、同世代の者よりも常に一歩先を進み。

14歳の時に一般学生が17年掛けて学ぶ全行程を修了。

武芸においては15歳にして初めて師事していた剣の達人を越え、17歳にして剣、槍、弓、近接格闘の師より免許皆伝を得ていた。

まさに文武両道を体現した存在であったフィーベルトはその勢いのままに学生過程を終えて次のステージへ進む事となる。

当時のノグレアデス公国は亜人国家との戦争状態に突入していた事もあってフィーベルトは国防の為に軍人としての道を志す。

まだ年若い彼が軍人の道に進む事に対し母は大いに反対したが、我が子の才が自国の未来に必要だと確信していた父の説得によって泣く泣く認める事となった。


そうして晴れて軍人となったフィーベルト・アルカインは軍人となってからもその優れた才を遺憾なく発揮する。

貴族の身分であるフィーベルトはある程度安全の保証された後方勤務ではなく前線への配属を自ら志願。

前線に於いてその力を大いに振るい、数々の武功を重ねた彼をいつしか人々は"空撃の狼"と呼ぶようになった。

戦場で活躍を繰り返し実績を積み重ねていくフィーベルトはその貴族の身分も手伝って順調に出世をしていく。

そんな彼の人生は私生活においても充実していた。

20歳で成人を迎えた彼は幼馴染であるディベルと結婚を果たす。

子供の頃に同じ貴族の家に生まれた彼女はフィーベルトにとって幼馴染であり、親の決めた許婚という間柄ではあったが、共に過ごす日々の中でいつしか2人は互いに想いを寄せ合う様になっていた。

若くして美しい妻を娶り、仕事においても重要な役割を任せられる様になったフィーベルト。

順風満帆の日々を送っていた彼の人生はこのまま順調に進んでいくかに見えたが、その裏で崩壊の足音は静かに近付いていた。


順調に出世を果たしていくフィーベルトは多くの者から期待され、羨望されていた一方で、彼に対して憎悪や嫉妬に駆られる者達も多く居た。

若い彼に先を越された事を面白く思わない軍部の人間、彼の活躍によって貴族としての発言力を増していくアルカインの家が自分達の立場を危うくすると考える貴族達。

人知れず黒い感情を増幅させていった彼らが起こした行動によってフィーベルトの人生は大きく狂う事となる。


事件はフィーベルト・アルカインが26歳の夏に起こった。

アーデナス教を信奉する国家群によって形成された連合国軍と亜人の連合軍が山岳地帯において大規模な戦闘に突入した。

亜人有利な山間部という戦場ではあったがフィーベルトの活躍もあって開戦当初は善戦。

敵軍を撃退するまであと一歩と迫った時、異変は起こった。

アルカイン達のいた部隊の後方から突如敵の奇襲を受けたのだ。

味方が守っていたはずの後方からまさかの奇襲を受けてフィーベルトのいた部隊は総崩れ。

その隙に体制を立て直した前方の敵部隊部隊からも挟撃され、フィーベルトのいた部隊はその半数以上を失い敗走する事となる。

後に知った事だが実はこの一件、フィーベルトを疎ましく思っていた者達が立てた策略であり、戦場でフィーベルトを戦死させる為に仕組まれたものだった。

最大の窮地を辛くも脱したフィーベルトだったが、この時すでに彼の人生の歯車は狂い始めていた。


フィーベルトを殺す為に立てられた作戦には大きな誤算が生じていたのだ。

実はこの時フィーベルトのいた部隊に同行している者が居た。

それはアーデナス教を信奉する国家の中でも強い発言力を持つ国の一つであるソグニデア王国の第三王子だった。

彼はフィーベルトと共に敵の挟撃にあった同じ戦場におり巻き込まれた。

味方と共に勇敢に戦った第三王子だったが最期は敵の放った矢に頭部を射抜かれ敢え無く戦死。

命がけの戦場に立つ以上それは仕方のない事ではあるが、この事を知って激怒したのが彼の親であるソグニデア国王だ。

息子の死の真相を確かめるべく動き出したソグニデア国王はあらゆる手を使ってこの件を調べ上げる事を配下に命じる。

そして自国の軍を動かし敵国の拠点を急襲させ、敵の将校を捕えて厳しい拷問にかけ口を割らせた。

その結果、何故味方が居るはずの後方から奇襲を受けたのか真実を突き止めるに至る。

事実を知ったソグニデア国王は息子を死なせたのはノグレアデス公国であると断じ、人類を裏切った背教の国として滅ぼす事を決意する。


ある時、ソグニデア国王によってアーデナス教連合国軍に名を連ねる国の重鎮達が招集され会議が開かれた。

その場には国王ノグレアデス十七世とその付き添いとしてフィーベルトも同行した。

そこでフィーベルトは絶望を突き付けられる。

開かれた会議の場においてソグニデア国王は皆の前で息子が死んだ奇襲作戦がノグレアデス公国から齎された事とその証拠を公表したのだ。

そして人類史上主義を掲げる教義を信奉する者達の前で言い放った。

ノグレアデス公国は人類を裏切り亜人と通じた憎むべき背教の国であると。

もちろんのノグレアデス十七世は即座にその発言を否定し弁明しようと試みるが、連合軍の中心であるソグニデアとノグレアデス公国ではまるで発言力が違う。

誰1人としてノグレアデス十七世の言葉に耳を貸さず、それどころか彼に対し侮蔑の言葉を並べ、殺意の篭った視線を向けた。

その場において圧倒的多数の支持によってソグニデア国王の提案したノグレアデス公国殲滅の裁決が下され、そしてノグレアデス十七世には逆賊として死刑が言い渡された。

自分の目の前で繰り広げられた悪夢の様な出来事に言葉を発する事も出来ずに呆然と立ち尽すノグレアデス十七世は衛兵によって即座に処刑場へと連れ出される。

それを止めようと立ち上がったフィーベルトや王の護衛達も他国の兵士に取り囲まれる。


「陛下!」


主君を逃がすべくフィーベルトは咄嗟にヴェルダの力を使って包囲網を破ると、単騎で衛兵を蹴散らし王の身柄を取り戻すと馬を奪って逃走。

急ぎ国へ帰りこの事を父や貴族の皆に伝えなければと馬を走らせるフィーベルトは人目に付かぬよう山道を選んだ。しかし、この選択は間違いだった。

山に入ってしばらく馬を走らせていた時、彼の前に1人の男が現れた。


「あ~あ~、面倒くせえなぁ」


イラついた様子でフィーベルトの前に立ったのは甲冑などを身に着けず黒シャツの上に白いロングコートを羽織り、右手に異形を剣を携えた短い黒髪に黒目の人相の悪い男。

フィーベルトはその男に見覚えがあった。

連合国軍の合同訓練の場などで何度かその姿を見かけた事がある。

それは天聖法国グラミデアが抱える"英雄"と呼ばれる者の1人。


「追手か!陛下はやらせんぞ」


フィーベルトは後ろに乗せた主を守る為ヴェルダの力を最大限に使って防壁を張り強行突破を試みる。


「無駄な事してんじゃねえよボケが!斬裂風舞」


武器を構えた男が苛立ちに任せて声を発した瞬間、フィーベルトの張った防壁は馬もろとも切り裂かれてその身はは宙空へと投げ出される。


「ガハッ!馬鹿・・・な!」


防壁があったおかげでなんとか全身バラバラにはならなかったものの全身を斬り刻まれたフィーベルトは地面に叩きつけられる。

全身を強く打ち付けて動けなくなったフィーベルトの前で、馬から転げ落ちたノグレアデス十七世が体を起こす。


「フィーベルト。お前だけでも逃げるのだ」

「その様な事は出来ません。陛下!」


自身の名付け親であり、忠誠を誓った主を見捨てて逃げる事等フィーベルトは出来ない。

痛みに耐え、流れ出す血を省みずに立ち上がろうとするフィーベルトを男はつまらなさそうな目で眺めている。


「クソが。何を頑張ってるんだかな」

「陛下はお守りする。例えこの命に代えても」

「あっそ。だけど残念だったな」


次の瞬間、男の手に持った剣がまるで生き物のような動きを見せたかと思うと、一瞬でノグレアデス十七世まで伸びてその喉を貫く。


「ゴフッ」

「お前の主は今、死んだ」

「陛下~~~~~~~~!!!!!」


フィーベルトの目の前で喉を射抜かれたノグレアデス十七世は血を吐くと、フィーベルトに向かって口を何度か動かしゆっくりと崩れ落ちる。

身命を賭して仕えると誓った主が血溜まりに沈む姿を見てフィーベルトは悔恨の涙を流しながら吠える。


「貴様ぁぁああああああああ!よくも陛下を!」

「うるせえよんだよカスが。裏切り者は黙って死んどけよ」


直後、男の手元から伸びた刃が蛇のようにうねりながらフィーベルトに襲い掛かる。

咄嗟に剣で弾こうとするがその剣もろとも力で押し込まれる。


「グァアアアアッ!」


まるで大木で殴られたような衝撃に襲われたフィーベルトの体は再び宙を舞い、そのまま崖の外へと放り出される。

断崖絶壁に投げ出されたフィーベルトはそのまま崖下へと真っ逆さまに落ちていった。

その後、崖下を流れていた川へと落ちたフィーベルトは契約精霊ヴェルダの力のおかげでなんとか致命傷を負わずに命を繋ぎ止める事が出来た。

命からがら逃げ延びたフィーベルトは主を守れなかった後悔と悲しみに苛まれつつも、この事を何としても国元へ報告しなくてはと先を急いだ。

苦難の末になんとか国へと帰り着いた彼を待ち受けていたのは更なる悲劇。

数日掛けてようやく国に戻った彼が目にしたのは連合国軍の攻撃によって炎に焼かれ赤く染まった祖国だった。


「そんな・・・・」


燃え上がる城下を見て一瞬言葉を失ったフィーベルトの脳裏に父や母、愛する妻ディベルの姿が浮かぶ。当時の妻は懐妊しており、1人で逃げる事が出来ない状態だった。

弾かれる様にして駆け出したフィーベルトは炎で焼ける街の中を我が家へと向かって駆けだす。

道々に横たわる領民たちの骸を目にする度、絶望と焦燥感に胸を締め付けられる。

降り注ぐ火の粉が身に降りかかるのも構わず、足を何度ももつれさせながらも街を駆け抜けたフィーベルトは邸宅の前にようやく辿り着く。

そこで彼が目にしたのは家の前に立てられた複数の十字架と、そこに張り付けになった焼死体だった。

それらがすぐに父や母、愛する妻であると悟ったフィーベルトはその場に膝をつく。


「あ・・・ああ・・ああああ・・・」


言葉にならない声を発し頭を抱えるフィーベルト。


「何故だ。何故こんな事に・・・・」


彼等が一体どのような罪を犯したというのか。これが自分達の信じた神のなさる事なのか。

返ってくるはずのない問いかけをしながら声を震わせ涙を流す彼の傍らに、彼の精霊であるヴェルダが狼の姿となって現れる。

実体化したヴェルダは真っ黒になった遺体を見上げながら悲しそうに表情を歪ませる。


「余程酷く苦しい思いをしたのでしょうね。焼かれた後も魂が傷つき悲鳴を上げている。このままでは怨嗟を抱えたまま邪霊となってしまうわ」

「・・・そうなったらどうなるんだ」

「滅びるまでずっと痛みと苦しみに囚われ続ける事になるわ」

「っ!?」


無慈悲に命を奪われたというのに、この期に及んでまだ神は自分の愛する者達を苦しめるというのか。


「どうすれば・・・・救える。どうすれば・・・」

「救う方法は分からない。でも今ならまだ・・・」


そう語ったヴェルダは何かを決意する様に静かに目を閉じる。

すると周囲を空気の流れが変わり周囲の淀んだ空気がヴェルダに向かって流れ込む。


「ヴェルダ。何をしているんだ」

「今ならまだ彼女達の心を人として残せるかもしれない」

「どういう意味だ」

「ごめんなさい。詳しく変わっている時間はないの。だけど安心してフィーベルト。貴方の愛した人達をこのまま憎しみだけの存在になんてさせはしないから」


母の様な優しい口調でそう語るヴェルダ。彼女の言っていることの意味は分からない。

だがそれでも彼女のやろうとしている事は何か良くない事の様な気がする。


「やめてくれヴェルダ。頼むもうこれ以上は・・・」

「心配しないで、例えどんな事になろうとも私はアナタを守り続けるから」


ヴェルダがそう告げた直後、傍らにいた狼の姿が掻き消え白い魔力の塊へと変わる。

宙空にぼんやりと漂っていた魔力はやがて黒へと変色していき、新たに形を形成し始める。

やがて魔力が安定し、フィーベルトの前に実体化したのは妻の面影を持つ人狼だった。


「グァアォオオオオオオオオオンッ!!!」


炎舞い散る中、空に向かって人狼が咆哮を上げる。

激しい怒りと僅かな悲しみを乗せた叫びが燃え落ちる国土に響き渡る。

こうしてフィーベルト・アルカインは仕えた国も大切だった人達も全て失った。

本編始まって以来のどシリアス回。

いかがでしたでしょうか?

一話に収まるか微妙でしたがなんとか纏まりました。

次回、フィーベルトの過去を知ったクロードはどうするか!

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