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お前の過去に用がある

レアドヘイヴンの市街地よりも南東、サッカースタジアム程の広さの工場跡地がある。

以前、街でも大手とされる金属加工会社の工場が建っていた場所。

業績自体は悪くない会社だったのだが、4年前に金属加工に使っていた燃料の不始末が原因で火災を起こし、一夜にして工場は全焼した。

敷地内には従業員の宿舎も併設していたため、逃げ遅れた従業員の中から多数の犠牲者も出た。

一部報道で火災の原因として利益重視の経営体制により、燃料を入れておくタンク等への補修が不十分だったこと等が明るみとなり大きな騒ぎとなった。

結果として工場はそのまま操業を停止、再建しようにも工場の修繕費や遺族への賠償金を捻出できず負債を膨らませて倒産。直後に経営者は行方を眩ませた。

この工場跡地はその後売りに出されたのだが、凄惨な火災現場となった場所とあって今だに買い手がつかず放置され当時の状態そのままになっている。

先に述べたような経緯もあって昼間であっても一般人が寄り付く事はほとんどない。

それをいい事に表沙汰に出来ない非合法な取引などの場として悪党達に利用されている。

今回、クロードがこの場所を選んだのも人目がなく、それでいて派手に暴れても周囲への被害の出ない事を考慮しての事。


(予定よりも早く着いたな)


工場跡地を上から見下ろせる位置に立ったクロードは頭上を仰ぐ。

地上を照らす太陽の位置はまだ天頂には至っていない。

特に急いだつもりもなかったが約束の時間よりも早く着いてしまった。


「流石にあの男もまだ来ていないか」


辺りを見渡しながら1人呟くクロードの襟首の影からアジールが姿を現す。


「そうでもないよ」


クロードの肩に留まったアジールは奥の方に見える倒壊寸前の建物の方に嘴を向ける。


「あちらさんは既にお待ちかねみたいだよ」

「まったく、気の早い事だな」


心底呆れたといった様子でクロードは肩を竦めるとフィーベルトの待つ建物の方へと移動する。

工場の敷地内に足を踏み入れると日中だというのにどことなく薄暗く感じる。

真っ黒に焼けて崩れ落ちた建物の外壁や剥き出しになった鉄骨がそういう印象を与えるのかもしれない。

当時の火災の激しさが窺える光景の中をクロードは特に気にするでもなく前へと進んでいく。

アジールの示した建物の前まで来たクロードは建物の壁面に空いた大きな穴を通って中へ入る。

外から見るよりも広い建物の中央付近、天井に空いた大きな穴から差し込む光に照らされフィーベルト・アルカインは立っていた。


「・・・・・」


フィーベルトはこちらに気付かずジッと天井に空いた穴から空を見上げている。

クロードは特に声を掛けるでもなくそのままフィーベルトの方へと向かって歩き出す。

静かな空間に突如として響き渡った靴音にフィーベルトの視線が動き、クロードの姿を捉える。


「ああ、貴殿か」


そう口にしたフィーベルトは昨夜と同様に力のない笑みを浮かべる。

クロードはそれに応える事無くフィーベルトの前まで歩を進めると、彼の足元に視線を向ける。

フィーベルトの足元には大きな血溜まりが広がっており、周囲には獣人のものと思しき手足やら内臓やらが散らばっており悪臭を放っている。


(パーツの数から考えて殺られたのは4人といったところか)


地面に散らばったパーツからおおよその死者の数を割り出したクロードは、肩の上に乗っている相棒に尋ねる。


「ここにある死体の中にウチの連中は居るか?」

「いないよ。それどころかこの街の人間ですらないね」

「ならいい」


最低限必要な確認を済ませたクロードは改めてフィーベルトの方へと視線を向ける。


「俺が来るのが待ちきれずにつまみ食いとは節操がないな」

「私としてはそんなつもりはなかったのですがね」


昨夜あの場を離れた後、特に行く場所もなかったのでこの場所を訪れたフィーベルト。

クロードが来るまでこの場で待つ事にしたのだが、真夜中になって突如彼らに襲われた。


「第九区画からの追手を名乗っていましたから私の方で仕方なく応戦しましたが何か問題でもありましたか?」

「いや、問題はないな」


どうやってこの男達がフィーベルトの居場所を嗅ぎつけたのかという事に関しては興味があるが、死んでしまった今となっては確認のしようもない。


「お前が殺らなかったら、ウチで掃除する手間が増えるところだった」


クロードはそう言うと、手に2つ持っていた茶色の紙包みの片方をフィーベルトに向かって投げる。

何の説明もなく投げ寄越された紙包みをフィーベルトは咄嗟に受け取る。

紙包みはほんのりと温かく中からは香ばしいパン特有の香りが溢れ出す。


「パンの香り?これは一体どういう・・・」


相手の意図が読み取れずに問いかけるフィーベルト。

一方のクロードはというと彼の事などまるで気にせず、地面に倒れた鉄柱に腰を下ろすと手元に残った紙包みを開けて中からホットドックを取り出す。


「丁度昼時だ。少し昼飯に付き合え」

「・・・はぁ?」


フィーベルトの口から思わず間抜けな声が漏れる。

これから命のやり取りをしようという相手に向かって一緒に食事をなんてどうかしている。

まさか毒でも入っているのかと疑って中身を確認してみるが、紙袋の中にはバターの香るロールパンにクロワッサン、チーズたっぷりのピザトースト。一見して怪しい部分はない。

一体何を考えているのかとクロードの様子を窺ってみるが、表情からは彼の意図を読み取る事は出来ない。


「どうした腹は減っていなかったか?」

「いえ、そういう訳ではないのですが・・・」


昨夜どころかその前日から何も食べていないので勿論腹は減っている。

それでも今は空腹感よりも自分の置かれたこの状況でどう振る舞えばいいのか判断がつかない。

例え答えが出たとしても周囲は血と臓物まみれで悪臭漂う状況で食欲など沸いてくるはずもない。


「よくこの状況で食事なんて出来ますね」

「血と臓物を見たぐらいで食欲を無くす様な可愛気をアンタは俺に期待しているのか?」


フィーベルトからの問い掛けにクロードはケチャップのたっぷり掛かったホットドックを頬張りつつ答える。

善悪など関係なく今まで自分が出会った者達とはまるで違うクロード・ビルモントという異質な存在を前にフィーベルト・アルカインは身震いする。


「タダ者でないとは思っていましたが」


昨夜の戦いの時点で彼の強さや特異性について少しは理解していたつもりだったが、甘かった。

目の前の男は今の自分が推し量るには底知れなさすぎる。


「このままでは・・・いけませんね」


規格外のこの男を相手に願いを叶えるには全ての力で挑まなければきっと相手にもならない。

そう直感したフィーベルトは近くに倒れていたロッカーに腰を下ろすと、紙袋の中からピザトーストを取り出してかぶりつく。


「慌てて喉を詰まらせるなよ」


クロードは自分の紙袋の中から水の入った瓶を取り出すとフィーベルトに投げて寄越す。

フィーベルトは受け取った小瓶の栓をすぐに抜くと、中の水を喉の奥へと流し込む。

最早渡された水が毒かどうかなど疑いもしない。

いや、クロードにその様な小細工は最初から必要ないのだと今なら理解できる。

その様子を無言で観察しながらクロードは次のパンを紙袋から取り出す。


(自殺志願者にしては随分と食欲旺盛だな。それとも少しはやる気になったか)


先程までの死んだ魚の様だった目にも光が灯っている様に見える。

人生最後の食事への感謝か、あるいはまだ生きる事に望みを捨てていないのか。


(どちらにせよこれで退屈はせずに済みそうだ)


少しでも生きていたいと思っているなら、まだ揺さぶりを掛ける事は出来る。

その為にはもっとこの男について知らなくてはならない。

クロードはここに来るまでに考えていた策を実行に移す。


「確かフィーベルト・アルカインとかいう名前だったな」

「ええ、そうです」


2つ目のパンを食べ終えて顔を上げたフィーベルトの目がクロードの方を向く。


「アンタはなんでそんなに死にたいんだ?」

「・・・いきなりそれを聞きますか」


ごまかしや遠慮など一切ないクロードの問いにフィーベルトは苦笑する。


「私の過去をルティア・ディ・フィンモールから聞いていないのですか?」

「確かにお前についての大体の話なら聞いた。アンタがかつて仕えていた国で屈指のエリート精霊騎士様だった事や、アンタが仕えていた国が背教の疑いを掛けられて聖教会を国教とする連合国軍の手にによって焼き滅ぼされた事もな」


クロードの口にした内容にフィーベルトは悲哀に満ちた表情を浮かべ下を向く。


「そこまで知っているのなら私の口から語る必要などないでしょう」

「いいや。俺が聞いたのはルティア嬢がかつて人伝手に聞いた話の又聞きでしかない。俺が知りたいのはアンタが自分の目で見てきたアンタだけが知る真実だ」


真実という言葉を聞いてフィーベルトの表情が僅かに動く。


「聞いてどうするのです?正直、楽しい話でもないと思いますが」

「それについては話を聞いた後で俺が決める」


相手の心情など知った事かと言わんばかりの傲慢な物言いをするクロードにフィーベルトは微かに眉を顰める。


「まったく裏社会の人間というのは随分と勝手ですね」

「他人に自殺の手伝いをさせようなんていうアンタ程じゃない」


クロードの言葉にフィーベルトの視線が僅かに揺れる。

恐らく心の中では誰にも話したくないと思っている一方で、誰かに聞いて欲しいという思いも微かにあるのだろう。

ならば後はその気持ちの揺れをこちらの望む方向に傾けてやればいい。

先程からの会話とルティアから聞いた話で既にこの男の性格は大体把握できた。

後はこの男が話す気になる様に背中を押すだけでいい。

そしてその背中を押す為に必用な言葉は既に用意できている。


「そもそも俺は縁もゆかりもない見ず知らずのアンタの我儘に付き合わされて随分と迷惑をしている。アンタはそんな俺に事情の一つも伝えない不義理な真似をするのか?」

「それは・・・」


相手の迷惑など考えない身勝手な人間が相手ならクロードの言葉は聞き流されて終わるだろう。

しかし、クロードの考えるフィーベルト・アルカインという男はそういった人間ではない。

生まれ持っての性格なのか、精霊騎士として己を律してきた結果なのかは分からないが、少なくとも彼のこれまで取った行動の端々には責任感であったり、他社への気遣いといったものが見え隠れする。

そんな性格の人物であれば自分が巻き込んだ相手の言う事なら例え相手がクロードの様な人間であっても最低限の義理を通そうとするのではないか。


「・・・分かりました。最後に誰かに話すのも悪くないでしょう」


諦めなのか義建てなのかは分からないが、フィーベルトは観念したように言葉を漏らす。

ともあれこちらの思惑通りの反応となった事にクロードは心の中でほくそ笑む。

いくら人殺しにまで落ちぶれたとはいえ、その根幹にあるものまでは変わっていなかった様だ。

まったく難儀な男だ。恐らくこの性格が彼が自殺を望む理由の一端だとクロードは踏んでいる。


(原因はヤツが抱えている邪精霊だろうな)


邪精霊について以前にアイラから聞いたところでは、邪精霊というのは身に宿しているだけで大量の魔力を消費する上に、制御するのが非常に難しいという。

普通の人よりも長い時を生き、優れた魔力と魔力制御に長けたエルフ族のアイラでさえ長時間制御するのが困難で消費魔力が一定量を超えると制御が効かなくなる。

そんな怪物を人の身で宿し続けるのは決して簡単な事ではない。

例えるならいつ爆発するかも分からない爆弾をずっと抱えているのと同じ。

真っ当な人間ならまず精神が耐えられず、心が壊れてもおかしくはない。

今は自死の衝動に捉われているとはいえ、今日までフィーベルトが正気を保ってこられたのは奇跡に等しい。


(そう考えるとこの男の精神力も大したものだな)


こういう人材であれば味方に引き入れるのも悪くないと思えてくる。

ここまでは概ねクロードが当初考えていた筋書き通りに運んだ。後はこの男がどの様な過去を語るのか、その内容次第。

フィーベルトをこの場で始末するのか、それとも説得して味方に引き入れるのか、どちらか判断を下す為にもまずはこの男の話を聞かない事には始まらない。


「少し長くなりますが構いませんか?」

「ああ、この際だ。最後まで聞いてやる」


クロードの言葉を受けてフィーベルトは一呼吸おいてからその過去について重い口を開く。

フィーベルトの身に起こった悲劇とは!

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