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邪精霊の異変

燃え広がった炎の中、クロードがフィーベルトと彼の邪精霊の方に向かって歩を進める。

そんな彼のコートの影からアジールが顔だけを覗かせる。


「クロード。まさかと思うけど素手でやり合うつもりかい?」

「だとしたら何か問題があるか」

「問題って訳じゃないけど、あまり時間はないよ」


戦闘が始まってすぐ近くを歩いていた者はその場から遠ざけ、建物の中にいた者は魔法で眠らせるか当身で気絶させた。

これでしばらくの間は誰にも見られる事はない筈だが油断はできない。

先程から派手に戦っているせいで大きな破壊音が何度も上がっている。

いずれは騒ぎを聞きつけて憲兵隊が出動し、ここに集まってくるだろう。


魔銃(リンドヴルム)を使ってすぐに片付ければいいのに」

「お前の言いたい事も分かる。だが・・・」


アジールの言い事も分からないではない。

仮初の肉体と言えど精霊の肉体は素体(ベース)となった生物の能力の大体5~10倍のスペックがあるとされており、そこら辺のチンピラを相手にするのとは訳が違う。

しかも魔力の塊である精霊相手に通常の打撃や斬撃では大してダメージを与える事も難しい。

なので本来、精霊と戦うには魔法か魔道の力を帯びた武器が必要になる。

しかも相手の精霊の格が高い程、ダメージを通すのに必要となる魔力の出力も上がる。

その点、クロードの魔銃(リンドヴルム)だけはそれらの条件を一切無視した攻撃が可能。

着弾箇所の魔力を問答無用で破壊する力を持つ魔銃(リンドヴルム)は魔力の塊である精霊に対して絶大な威力を誇る。

核にでも直撃させようものならそれだけで上位精霊さえ一撃で消し去れる。

それだけの有利な攻撃手段を持っていながらクロードは敢えてその力を使おうとはしない。


「親父に可能な限り生きて連れてこいと言われているからな。極力余計な物は見せたくない」


もちろんそれだけが理由という訳ではない。

実は先程から目の前の邪精霊についてどうにも引っかかっている事がある。

その正体が一体何なのか直接確かめたいという思いもある。


「ふ~ん。何か考えがあるみたいだけど怪我しても知らないよ」

「その辺りはそうだな。まあうまくやる」

「そうかい。なら僕はもう止めないよ」


クロードの返事を聞いてアジールがコートの中に頭を引っ込める。

直後、拳を構えた邪精霊がクロードに向かって大きな咆哮を上げる。


「ガァルゥアアアアアアアアアアアッ!」


ビリビリと鼓膜の奥を劈くような叫び声と共に邪精霊は石畳を踏み砕き前へと飛び出す。

それは戦術や戦略といったものなどまるで感じられない動き。

獲物を前にした野生の肉食獣の様な本能に任せた勢い任せの突撃ではあるが、そのスピードは獣などとは到底比べ物にならない程速い。

クロードとの間にあった20m程の間合いが一瞬で詰まる。


「ウガァアアッ!」


クロードの目前に迫った邪精霊は容赦なくその右拳を相手の顔目掛けて打ち込む。

驚異的なスピードに加え、そのスピードに乗せて繰り出されるのは人の膂力など遥かに超えた力によって振るわれる拳。

常人がまともに受けようものならばまず無事では済まない。

一撃必殺の前にクロードは防御の姿勢は取らずに、左斜め後方に上体を逸らして拳の軌道ギリギリの所で回避する。

拳が目の前を通過した直後、一拍遅れて風がゴウという音を立てて背後へと吹き抜けていく。


(速く鋭く威力も高い。だが攻撃軌道が直線的すぎる)


頭の中で今の攻撃について冷静に分析している間にも邪精霊は次の攻撃を取るべく拳を引く。

その動きに合わせて上体を起こすクロードに向かってその首を刈り取る様に繰り出される左爪。

下手な剣撃などよりも遥かに鋭い横薙ぎの一撃にクロードは反応し、相手の腕の動きにタイミングを合わせてアッパー気味に右拳を振り上げ、相手の左手首にぶつけて左腕を真上へと跳ね上げる。


「ガッ!」


人間相手に自分の攻撃が弾かれると思っていなかったのか、邪精霊が驚いた様な声を上げる。

対するクロードは特に驚いた様子もなく打ち込んだ右拳の手応えから相手の攻撃の威力を推し量る。


「中々いい一撃だ。こちらも少し本気を出そうか」


言うが早いか今度はクロードの方から攻撃を仕掛ける。

相手の間合いの中へ一歩踏み込むと、ガラ空きになった相手の腹部目掛けて真下から左拳を突き上げる。


「ゲァッ!!!」


脇腹に抉り込むように放たれたボディブローが邪精霊の腹部に深く突き刺さる。

内臓を持たぬ邪精霊であってもその一撃にダメージは免れず、その体がグラつく。

ダメージを受けて無防備な状態になった邪精霊の前でクロードはさらに拳を固く握る。


「安心するのはまだ早いぞ」


続けざまにクロードが放った追撃の右ストレートが邪精霊の顔面に向かう。

咄嗟に邪精霊は両腕をクロスさせてその一撃をガードする。

ズンッという全身を揺さぶる様な重たい衝撃を受けて邪精霊の体が今度は大きく後ろへ下がる。


「グガッ!?」


人間相手に肉弾戦で圧倒されると思っていなかった邪精霊は負ったダメージに思わず膝をつく。

魔法による攻撃は受けていないはずなのに想像以上にダメージが大きい。

そんな状態の邪精霊に向かってクロードは容赦なく追撃の手を緩めない。

今度は無防備な顔面に向かって左拳を突き出す。しかし直撃のタイミングで左拳に感じたのはこれまでに感じた事のない強烈な違和感。ブヨブヨとした柔らかい何かに手首から先が埋没する様な感覚。


(なんだこれは)


邪精霊を打ったはずの自身の拳は慣性を失い相手に届く寸前の中空に留まっている。

クラゲの様なゼリー状の物質が手に纏わりつくような感触ではあるが、水分は感じない。

ただ、クロードと相手の間の景色が微かに歪んでおり、両者の間に隔てる様に空気の層を展開されてる。


(水系統の術?いや、これは大気操作系の精霊魔法か)


自分の攻撃を阻止した魔法を推察しつつクロードは素早く拳を引いて相手との距離を取る。

その間に邪精霊は体制を立て直して再び立ち上がる。

顔を上げた邪精霊の目には先程まではなかったクロードに対する強い警戒の色。

邪精霊は邪霊だった頃と違いある程度思考する力を持っている。

考える力があるなら当然、痛い目を見れば次は同じ轍を踏まぬ様に学習だってする。


「フシュッ!」


牙を剥き出しにし、荒い息を一つ吐いた邪精霊の目が怪しい光を放つ。

邪精霊は足元の石畳を力づくで数枚引き剥がすとクロードに向かって投げつける。

手裏剣の様に横回転しつつ飛来する石畳を前に、クロードは落ち着いた様子で左右の拳を交互に繰り出し迎撃する。


「今更こんな苦し紛れの手が通じるとでも」


視界を覆った石畳を粉砕した先、そこに立っていたはずの邪精霊の姿が忽然と消える。

石畳での攻撃はあくまで目眩ましであり、そちらに意識が向いている隙に機動力を活かしてクロードの視界から外れる。

だが生憎とその程度でクロードの知覚から逃れる事は出来はしない。

周囲の風の動き、気配、移動音から軌道を予測し答えを導き出したクロードは背後を振り返る。

そこにはクロードに向かって殴りかかる邪精霊の姿。


「残念だったな。その手は喰わん」


独り言を呟くと振り向きざまに繰り出した拳で相手の拳を打ち返す。

互いの拳が真正面からぶつかりあった衝撃で大気が大きく震え、勢いを殺しきれなかった両者の体が後ろへと弾かれる。


「どうした。こんなものか?もっと本気で来い」

「ガァアアッ!」


息一つ乱す事無く余裕のクロードに邪精霊は牙を剥いて再び襲い掛かる。

激しい肉弾戦を展開する両者の姿を少し離れた物陰からルティア達が見守る。


「見てくださいアイラさん。クロードさんあの邪精霊相手に全然負けてません」

「当然です。旦那様はあの程度の相手に負けたりしません」


何も驚く様な事等ないといった様子のアイラにルティアは苦笑を浮かべつつ再びクロード達の方へと視線を戻す。


「これならアルカイン卿とあの邪精霊を傷つけずに捕まえることだって」


彼らを生きて捕らえる事が出来れば、絶望の淵にいるかつての恩人を救える可能性もある。

今の自分には残念ながら彼の現状をどうにかする力も知識もないが、クロードや自分の師匠である大魔術師ブルーノであれば彼の身に宿る邪精霊をどうにかする事も出来るかもしれない。

そんな微かな希望がルティアの中に芽生える。

一方、隣でルティアと一緒に戦闘を眺めていたアイラはこの戦いにある違和感を感じていた。


「・・・妙ですね」

「何がですかアイラさん?」

「旦那様が優勢なのは当然なのですが、今の状況で一つだけ気がかりな事があります」

「どういう事ですか」


ルティアの問いにアイラは自身が感じた違和感について口にする。


「あの邪精霊、グレイギンとの戦闘時は魔法を連発していた様なのですが、旦那様との戦闘になってからほとんど魔法を使っていないのです」

「そう言われてみれば・・・」


言われてこれまでの事を思い返してみれば確かにアイラの言う通り。

相手の邪精霊は先程から防御に一度だけ魔法を使った以外でその他には一切使っていない。


「何か大技を狙っているのでしょうか?」

「その可能性もなくはありませんが・・・」


ただなんとなくだがアイラは何か別の理由があって術を使っていない様に見える。


「この事、クロードさんに伝えた方がいいですよね!」

「いえ、それには及ばないでしょう。旦那様も気付いているはずです」


クロードが魔法も魔銃も使わずに直接相手をしているのはそれが理由だと考えられる。

であれば自分達は余計な口出しはしない方がいい。かえって彼の邪魔になるかもしれない。


「私達は黙って見届けましょう」

「・・・はい。分かりました」


アイラに言われてルティアは小さく頷きつつも、やはり気になって物陰からこっそりとフィーベルトの様子を窺う。

視線の先のフィーベルトはというと壁に寄りかかったまま目の前の戦いを眺めている。

その表情は微かな喜びと憂いを帯びている様に見えた。


「第七区画最強と呼ばれる人物がどれ程かと思ってましたが、期待以上ですね」


今までの相手であれば最初の一撃まではなんとか耐えられてもニ撃目で終わっていた。

しかしクロードはニ撃目も耐えるどころか無手で邪精霊と互角以上に渡り合っている。


「これほどの相手であれば」


フィーベルトは期待を込めた視線をクロードへと向ける。

その時だった。遠くの方から複数の笛の音が響く。


「この音は?」

「チッ、憲兵隊か。思ったよりも早いな」


どうやら騒動を聞きつけた憲兵隊がこちらに向かって急行している様だ。


(このままだと面倒な事になるな)


駆けつけてきた憲兵隊が邪精霊と出くわせば、邪精霊はフィーベルトを守るべく憲兵隊と戦闘を開始するだろう。

そうなれば憲兵隊から間違いなく犠牲者が出るのは間違いない。

被害が拡大するのを避けるには速やかに目の前の邪精霊を片付けるのが最善ではあるのだが。


「一旦仕切り直すか」


ポツリと呟いたクロードは大口を開けて掴みかかってきた邪精霊の下顎を左ジャブを打って首を真上に跳ねさせると、続けて右の掌底を相手の腹部に叩きこむ。


「アッグゥアッ!」


呻き声を上げた邪精霊は派手に吹っ飛ばされてフィーベルトのいる建物の外壁へと叩きつけられる。

そのまま崩れ落ちるかと思われたが、すぐさま顔を上げて攻撃態勢を取る。

まだまだ闘志を失わない相手にクロードの口元が自然と綻ぶ。

このままここで終わらせてしまうのはあまりにも勿体ない。そう思えた。


「もうすぐ邪魔が入る。日を改めるぞ」


理性を持たぬはず邪精霊に向かってそう宣言するクロードにフィーベルトは何を言い出すのかと苦笑する。


「無駄ですよ。今の彼女にアナタの言葉など通じはしない」

「さあ、果たしてそうかな?」


見ればクロードの言葉を受けた邪精霊は低い唸り声を上げながらも攻撃姿勢を解除する。

邪精霊の思いがけぬ行動にその状況を見ていた全員が驚きを隠せない。

中でも一番驚いたは他でもない邪精霊の宿主であるはずのフィーベルト自身。


「・・・・そんな馬鹿な」


今までフィーベルトの制御を離れた邪精霊が迄攻撃を止めた事など一度としてなかった。

その攻撃衝動が収まるとしたらそれは敵対した相手が死んだ時だけ。

にも関わらず目の前の男は数度拳を交えただけで邪精霊に言う事を聞かせてみせた。

今起こった出来事が理解できずに動揺するフィーベルトに、クロードは皮肉るように言葉を投げる。


「どうやら相方の方がアンタが思ってるより物分かりがよかったな」


周囲の驚きに反して落ち着き払った様子のクロードは、いつの間にか取り出していたタバコを燃え上がる炎の中にくぐらせて火をつけそのまま口元に運ぶ。


「ありえない。一体どうやって・・・・何かの術で操っているのか?」

「残念だがハズレだ。俺は別に何もしていない」


確かにクロードは『月女神の支配領域』のような相手を支配し操る術も持っているが、今回に限って言えばそういった術の類は一切使用していない。

もっとも万一使ったとして精霊や邪精霊相手にあの術が有効かは保証できない。


「そうだな。アンタの相方がどうして大人しくなったのか理由が知りたいなら明日の正午、ここから南東にある工場の跡地まで来い。その時に今日の続きのついでに答えを教えてやろう」


タバコの煙を吐き出しながらそう告げたクロードにフィーベルトは疑いの目を向ける。


「この場を逃れる為の口実という訳ではないですよね」

「まさか。せっかくの楽しみを邪魔されるのは俺とて本意じゃない。それだけの事だ」


正気を疑いたくような相手の言葉にフィーベルトは自分の耳を疑う。

目の前の男は先程までの命のやり取りを楽しんでいたと言うのだから当然だ。


「まったくどうかしてますね」

「自分達を殺してくれなんていうヤツに言われたくはないな」

「それは・・・違いない」


クロードの言葉にフィーベルトはまったくもって違いないと自嘲の笑みを浮かべると大人しくなった邪精霊の傍らへと移動する。


「約束守ってくださいよ」

「そちらが余計な事をしなければな」


クロードの返事を聞くとフィーベルトは小さくうなずく。

直後、邪精霊が彼を抱え上げて真上へと飛び上がる。あっという間に建物の壁を飛び越えるとそのまま屋根伝いにどこかへと逃げ去っていった。


「良かったのかい逃がしてしまって?」

「ああ、問題ないだろう」


影の中にいる相棒からの問いかけにクロードは自信ありげに答える。

直接会って彼らの目的は分かった。自殺という目的を遂げる為の相手にクロードを選んだならそれまで余計なことはしないだろう。

例え彼らの気が変わったとしても問題ない。直接会った事によってアジールによる追跡が可能になった。


「居所はいつでも掴めるようになった事だし、今日はこのままアイラ達を送って一度家に帰るとするか」


クロードは宙空に向かってタバコの煙を吐き出すと憲兵隊が到着する前にその場を後にした。

なんかうまく展開造れなくて時間かかりました。

構成ねる為にももっと時間が欲しい。

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