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人喰い餓狼を追え 6

西に沈む夕日を浴び茜色に染まる街の中、クロードは一人"人喰い餓狼"の捜索を継続していた。

ホテルでの一件から、もうかれこれ3~4時間程街中を探し回っているのだが未だ人喰い餓狼と思しき人物を見つけるには至っていない。

いくらアジールのサポートがあるとはいえ、やはりこの広い街の中からたった1人の人間を単独で見つけ出すのは至難の業だ。


「クロード。そろそろ一度会社に戻って誰かに助っ人頼んだら?」

「それは・・・中々難しいな」


別に自分一人で探すことに拘っている訳ではない。

クロードは自分の手柄よりも全体としての結果を優先するタイプ。

目的の為に使えるならば人だろうが物だろうが使う事に躊躇いわない。

しかし今回に限って言えばそうもいかない。

確かに相手を見つけるだけであればファミリーの者の手を借りるのが一番手っ取り早くはある。

だが、万が一にも相手と接敵した場合に味方が無事で済む保証がない。

もちろんマフィアとして生きる以上、ファミリー者もあ覚悟はもってこの仕事をやっている。

それでも覚悟があるからと言って無策で死の危険に飛び込ませていい訳ではない。


「ウチの若い連中にとって"人喰い餓狼"はほぼ間違いなく格上の相手だ。それが分かっている以上、連中が間違ってヤツと戦う様な状況を作りたくない」

「ロックとかドレルでも駄目?」

「そうだな。3人一緒ならともかく単独で当たるのは厳しいだろうな」

「そっか~。でもだからっていくらなんでも1人で捜すのは無理があると思うよ」

「無理でも何でもやるしかないだろう」


仲間の身の安全を守る為にも、何より自分を信じてこの件の対応を任せてくれた父の期待に応える為にも今は1人でやり遂げなくてはならない。


「とにかく今は片っ端から捜して回るぞ」

「もう、仕方ないな~付き合ってあげるよ」


首を左右に振って心底呆れた様な声を漏らすアジール。

こうしてなんだかんだと文句を言っても結局は最後まで協力する辺りアジールは付き合いがいい。

そんな事を考えながら捜索を続けようと一歩踏み出すクロードにアジールはさらに言葉を続ける。


「でもその前にちょっと喉が乾いたからどこかで少し休憩していこうよ」

「喉が渇いたってお前・・・」


言うまでもない事だが精霊であるアジールは喉が渇く事等ない。

もし実体化した肉体が渇きを覚えたとしても実体化を解けば済む話だ。

つまり喉が渇いたと言うのはただの方便でしかなく何か他に理由がある。

経験上こういう事を言うのは大抵近くに何か気を引くものを見つけた時。

クロードは視線を動かして自分が立っている通りの左右を見渡す。

すると前方に少しいった通りの角に喫茶店があり、その店のテラスで学校帰りの女学生達がケーキを頬張っている姿が見えた。

どうやらアジールはそちらに興味を惹かれたらしい。


「クロードが焦るのも分かるけど、そういう時に一度足を止めてみるのも大切な事さ」

「分かった分かった。そこの喫茶店でいいな」


なんだか格言めいた事を言って誤魔化そうとするアジールの話を聞き流し、クロードは喫茶店の方へと移動する。

どの道アジールの助けがなければ捜索は今より難航するのは間違いない。

ならばここは機嫌をとっておいて後から捜索に力を注いでもらった方が賢明だ。

クロード自身、今日は朝食を2回採ったとはいえ、その後は捜索に掛かりきりで何も食べていなかったので少し腹も減っている。

喫茶店に入ったクロードは通りの様子が見える様にテラス席の方へと移動する。


「ほんとキミってば仕事熱心だよねえ」

「放っておけ。それより何を頼むんだ」

「そうだねえ。さっき女の子たちが食べてたケーキがいいな~」

「分かった」


アジールの注文に加えてメニューの中からコーヒーと軽食を選んだクロードはウェイトレスを呼ぶ。

その後、注文を取りに来たウェイトレスに怯えられるという一幕はあったものの、コーヒーとパンといった軽食、そしてアジールご所望のケーキを注文してからクロードは通りを歩く通行人へと視線を移す。


「ここって結構人通りが多いけど通ったりするかな?」

「さあ、どうだろうな」


正直それについてはあまり期待できると思えないが、万が一という事もある。警戒するに越したことはない。


「偶然というのはこちらが油断している時にこそ起こるものだからな」

「まあ言ってる事は一理あると思うけど、そこまで身構えられたら偶然の方も近寄りたがらない気がするなぁ」


そうやってしばらく大した実りもない会話を続ける1人と1羽。

やがて先程注文した品が運ばれてきてテーブルの上に順番に並べられていく。


「来たよ来たよ~。待ってたよ~ケーキちゃ~ん」


まるでキャバ嬢を出迎えるおっさんみたいな事を言ってケーキを迎えるアジール。

その体は嬉しさからか先程からずっとメトロノームの様に左右に揺れている。

彼の視線の先、純白の皿の上には宝石のように輝きを放つ色とりどりの果実が乗ったタルトケーキ。

それは見た目にも大変美しく女子受けのよさそうな一品だった。

全身黒づくめの男と鴉が一羽留まっているテーブルにこれ程似合わない物もない。


「分かってると思うが食べたら捜しにいくぞ」

「もちろん分かってるよ~。さ~てどこから食べようかな~」


そう言ってアジールはタルトが乗った皿の周りをグルグルと回り始める。

別にどこから食べても大して変わらないと思うが、それを言うとこだわりについて語り始めて話が長くなるので口には出さない。

やがて最高の一口をどこから食べるか決めたアジールはタルトの方を向いて柏手を打つ様に両翼の先端を二度合わせる。


「それじゃあいっただきま~す」


行儀よく日本式の挨拶まで言ってアジールはタルトの上に嘴を突っ込む。

精霊と言っても外見は所詮鴉、上品さなど欠片もない召し上がり方だ。


「あまり散らかすなよ」

「失礼だな。いつも綺麗に食べてるじゃないか」

「・・・・鴉にしてはそうかもな」


確かに皿の上からは砂糖一粒たりとも落ちていないが、皿の上にあった美しいタルトは既に原形をなくしており、かつて海外の映画で見た宇宙人に攻撃されて破壊された都市の有様に似ていた。

それを見てつくづく精霊と人間では美意識が折り合わないなと思いつつクロードは通りを歩く人々へと視線を戻す。


「この時間だと歩いているのは勤め先や学校から家に帰る人間か、夕飯の買い出しにきた主婦といった所か」


そんな事を呟きながらしばらく眺めてみるが、一向に人喰い餓狼と思しき人物は見当たらない。

すると突如どこからともなく聞き覚えのある声がクロードの耳に届く。


「クロードさん!」


不意に名を呼ばれて声のした方を振り返ると、両手に買い物袋を提げたルティアとアイラの姿があった。


「お前達か。どうしたこんな所で?」

「アイラさんと一緒にお夕飯の食材を買い出しに来ました」


元気よく答えたルティアは大根や人参がはみ出した網籠を持ち上げる。


「旦那様こそこんな所でどうされたんですか?」

「俺か?俺は人捜しの合間の小休止だ」

「人捜しですか。私達も何かお手伝いしましょうか?」


手伝いの申し出にクロードはすぐさま断りを入れようとしたが僅かに逡巡する。

ファミリーの人間であれば人喰い餓狼の攻撃対象になる可能性が高いが、この2人は一応一般人。

人喰い餓狼の攻撃対象には含まれない可能性が高い。

それに万が一にも攻撃を受けたとしても精霊術師である彼女たちならクロードが駆け付けるまで相手を引き付けておけるのではないか、そんな考えが脳裏に浮かぶ。


(いや、例えどんな理由があろうとそいつは"無し"だ)


確かに現状で取りうる手段としては合理的な案ではある。

しかし、組織に属さない彼女達を裏社会の面倒事に巻き込むのはビルモントファミリーの主義に反する。


「いや、その必要はない」

「そうですか。差し出口を申しました」


少しだけ残念そうな表情を見せるアイラには悪いと思うがこればかりは譲れない。


「では私達は家に戻ります」

「クロードさんもお仕事頑張ってくださいね」


軽く会釈をして立ち去ろうとする2人。

その手に持った大きな買い物袋がその時は何故か少し気に掛かった。


「2人共、少し待て」

「なんでしょうか?」

「やっぱり人捜し手伝いますか?」

「違う。その荷物を運ぶのを途中まで手伝うだけだ」


そう言ってクロードは席を立つと皿の上を啄みつづけるアジールの横に勘定を置いて店を出る。

クロードの申し出に困惑した表情を見せる2人の手から買い物袋を奪い取るとクロードは自宅が建っているであろう方角を向く。


「まだ仕事が残っているから街を出る手前までしか手伝えないが」

「でも、人捜しの方はよろしいのですか旦那様?」

「構わない。どうせすぐには見つからないだろうからな」


そう言うとクロードは2人の前に立って歩き始める。

アイラとルティアは不思議そうに顔を見合わせた後、とりあえずクロードの後ろについていく。


「すまないな。家が遠いせいで買い出しも苦労が多いだろう」

「いえ、そのような・・・」

「そうですね。確かに距離が遠くて大変な事は多いです。初めて買い出しに行った日には腕が上がらなくなりましたから」


遠慮がちに否定を述べようとするアイラを遮って、正直な感想を述べるルティア。

その率直な意見にクロードが難しい顔で考え始める。


「やはりそうか。何か楽に荷運び出来る方法があればいいんだが・・・」


愛馬のシュバルツを荷運びに使えれば多少は彼女達の負担を軽く出来るのだろうが、生憎と彼女はクロード以外だと1人専属で雇っている世話係の言う事しか聞かない。


(もう荷馬車と馬を買うか?いや、しかしそれだとシュバルツが機嫌を悪くするからな)


何か良い方法はないかと思案を巡らせるクロード。

その後ろで先程発言を遮られたアイラがルティアに恨みの篭った視線を向ける。


「・・・ルティアさん。後で少しお話があります」

「えっ!」


夕暮れ時だというのにはっきりと見える程のドス黒いオーラを纏ったアイラにルティアは思わず表情を引き攣らせる。

そんな事もありつつ3人は街の外へと向かってしばらく歩き続ける。

その途中、大きな十字路に差し掛かった所で不意にルティアが左を向いたまま足を止める。


「どうしたルティア嬢?」

「えっと、今、向こうの通りに知り合いを見かけた気がして・・・」

「知り合い?という事は教会関係者か」


ルティアの言葉にクロードは険しい表情を浮かべる。

もしそうであるならお尋ね者の自分はすぐにこの場を離れた方がいいかもしれない。

だが、ルティアはクロードの言葉を首を左右に振って否定する。


「いえ、軍属の頃に少しお世話になった事がある他国の将校の方です」

「他国の将校?何故そんな奴がこの街にいるんだ」

「分かりません。もしかしたら人違いかもしれませんが、少し気になるので確かめてきます」

「あっ、オイ」


クロードが止めるよりも早くルティアは十字路を左方向に向かって小走りに駆けだす。

彼女の向かう先にはフード付きの街灯を目深に被った人物の姿が見える。

その姿を見た途端にクロードの背筋をゾワリと冷たい感覚が駆け抜けていく。

何か根拠があった訳ではない。動物的直観があの人物は危険であると本能的に告げている。

同じ感情をアイラも抱いたのかすぐにルティアの後を追う。

だが、アイラが追い付くよりも早くルティアが相手の名を口にする。


「待ってください。フィーベルト・アルカイン卿ではありませんか?」


その瞬間、名を呼ばれた相手の顔がこちらを向く。

相手の顔を見たクロードの脳裏に昼間グァドから聞いた人喰い餓狼の特徴が浮かぶ。


「若い人間種だったと思う。髪の色は金で長髪。目は青色で汚れてたけど貴族みたいな服を着ていた。身長はアンタよりも少し低かったと思う」


少し頬が痩せこけてはいるが、ほぼグァドが語った通りの容姿の人物がそこにいた。

名を呼ばれた男の顔は何故かみるみる青褪めていき大声で何かを叫ぶ。


「駄目だ!こっちに来てはいけない!」


そう叫んだ男の影から紫色の霧のようなものが吹き出し姿を形成していく。

現れたのは人の様に二足で大地を掴み、狼の様な鋭い爪と黒い毛並みを持つ世に人狼と呼ばれる種族の姿をした女形の怪物だった。

だがそれは決して人狼などではない。その身に纏う禍々しきオーラがその正体をクロードに告げている。


「馬鹿な。邪精霊だと!」


驚きに目を見開くクロードの前で、邪精霊は狂ったような雄叫びを上げてルティアへと襲い掛かる。

久しぶりの一日2話投稿。

今、いい波が来てる。そんな感じです。

そしてようやく人喰い餓狼との対面。

激闘必死の次話は「人喰い餓狼の正体」です


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