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人喰い餓狼を追え 3

ラビから人喰い餓狼に関する情報を得たクロードは事務所を出た後、"人喰い餓狼"の協力者であるグァドの滞在しているホテルのある街の郊外へと向かう。

目的地が近づくにつれて周囲の景色が閑散として人通りがまばらになっていく。

通りを歩く人の数が減った頃合いを見計らってアジールがコートの影から飛び出すとそのまま天に向かって舞い上がる。


「あ~、この解放感!やっぱり人の少ない通りはいいねぇ」


クロードの頭上で両翼を目一杯に広げたアジールは体に感じる風に満足そうな声を上げる。


「ヤレヤレ、あまりはしゃぎすぎるなよ」

「そんなの分かってるよ~」


頭上を飛び回る相棒の返事を聞きながらクロードは口に咥えたタバコの先にライターで火を点ける。


(全く。そんなに空を飛びたかったのならいつでも言えばいいものを)


タバコの先から立ち上る煙の向こう側、空を舞う相棒の姿を目で追いながらふとそんな事を考える。

そもそもアジールは自身の力の及ぶ範囲内であればクロードの許可を得ずともどこへだって自由に行く事が出来る。

クロードもアジールの活動範囲について特別制約等を設けたりはしていない。

それでもアジールはクロードの傍を離れてあまり行動しようとはしない。

以前、少しだけその事について尋ねた事はあったがその時のアジールの回答はというと。


「僕がついていないと君は危なっかしい所があるからね」


そう笑って答えるばかりでそれ以上の事は何も聞き出す事が出来なかった。

以来、その話題について彼と話をした事は一度もない。

なんとなくだがその話題が彼が過去に負った心の傷とでも言うべきものに触れる。そんな気がしてこちらからは敢えて聞いていない。

いつか自分から話をしたくなったら勝手に話し出すだろうと思って待つ事にしている。


(もっとも俺が生きている間に話す気になるかは分からんが)


精霊の寿命は生物のそれとは比較にならない程に長い。

というよりも精霊はその自我を形成する"核"が生じたその時から"核"を失わない限りその生に終わりがないと聞く。

実際、どれほどのものかと思いアジールが生まれてどのくらい経つか聞いた時には、クロードが100回生まれ変わってもアジールの生きてきた歳月には届かないと言われた。

人間の頭では到底理解が及ばぬ程に遠大な時間を生きる彼らにとって人と過ごす時間などきっと塵芥程度の物だろう。

その塵芥程の時間で彼らの僅かばかりの心の変化だって見届けられるものなのだろうかとも時には思う。

だが、待つと決めた以上今更その意思を曲げるつもりもない。

己の命が尽きるその時まではせいぜい気長に待つとしよう。

それからしばらく空の散歩を楽しんでいたアジールだったが、飛ぶのに飽きたのかクルリと身を翻すとクロードの方に向かってゆっくりと降りてきて肩の上に留まる。


「もう気は済んだか?」

「まあね~」

「そうか。ならいい」


相棒も満足した様だしこれで気兼ねなく目的地に向かえる。

そう思った矢先、アジールがクロードに問いかける。


「ところでクロード。質問だけど今日は本当に出てきてよかったのい?」

「ああ、こういうのは後に回すと状況が変わるからな。すぐに動いた方いい」

「それは分かるんだけど、でもそれだと君の仕事は溜まる一方だと思うんだよね」

「・・・・確かにそうだな」


先程の事務所でのラドルの様子を見るにまだ自分の業務を完璧に引き継がせるのは難しそうだ。


「今日朝早く出たのも仕事を片付ける為だったのに、これじゃあいつまで経っても仕事が終わらないね」

「その事は言うな」


アジールの言う事は最もだが、こうなってしまった以上は仕方がない。

情報にも鮮度という物があり、手に入ってすぐ使うべき情報とある程度時間を置いてから使う情報の2種類が存在する。

今回、ラビから得た情報は前者であり、時間を置きすぎると使い物にならなくなる。

結果としてクロードの仕事は溜まるかもしれないが、そちらはまだ後からでも片付ける事が出来る。


「最悪、徹夜でやれば問題ない」

「そうかい。でもその時は悪いけど僕は家のベッドで寝かせてもらうよ」

「薄情者め」

「アハハッ、仕事中毒者(ワーカーホリック)にそんな事言われてもね~」


ケタケタと笑うアジールに舌打ちしつつクロードは火の消えたタバコの吸殻を通りに転がっているバケツの中へと投げ入れる。

その瞬間、アジールの笑い声がピタリと止んでアジールの顔が進行方向へと向かう。


「クロード。どうやら君の判断は正しかったみたいだ」

「どうした?」


いつになく真剣な口調のアジールに何かが起こったとすぐに察する。


「グァドっていう男のいるホテルの近くに妙な動きをする連中が居る」

「数はどのくらいだ」

「結構いるよ。15、いや16人だね。四方から徐々にホテルを取り囲んでる」

「そうか」


アジールからの報告を受けてクロードの頭の中に真っ先に浮かんだのは第九区画からの刺客の可能性だった。

そして恐らくこの予想は間違っていないだろうと思う。

ここは第七区画なのだから普通なら身内の可能性も考えられるが今回それはない。

ビルモントファミリー内でも今回の件を知っているのは幹部とごく一部の人間のみであり、全員に箝口令が敷かれている。

何よりファミリーの人間であればアジールは大体把握しているので妙な連中などと呼んだりはしない。

だからホテルを囲んでいる者達が味方である可能性は0%だ。


「相手がどこの誰にせよに先にグァドの身柄(ガラ)を抑えられるのは避けたいな」

「なら急ぐしかないよね」

「そういう事だな」


幸い目的のホテルが目視できるだけの距離まで来ている。

急げば十分に間に合うとクロードは足を速めてホテルへと向かう。

不審者達を補足しているアジールのナビゲートに従い、右へ左へと路地を移動する。


「この調子なら近いヤツにならなんとか追いつけそうだ」

「ならそいつ等から先に叩いて話を聞くとしよう」

「了~解。それじゃあ次の角を右に曲がってすぐの所に2人とその奥に2人だ」

「分かった」


アジールの指示に従い、黒革の手袋を両手に嵌めつつ路地から飛び出す。

路地を抜けてすぐ右を向けばこちらに背を向けホテルの方へ向かう4人の男の背中。


(手前に2人、奥に2人)


敵と思しき対象を目視で確認したクロードが動く。

まだ相手がどこの誰か分からない為、いきなり殺すのは流石にマズイ。

握った拳の力を少し緩めてからクロードは男達に向かって仕掛ける。

相手がこちらに気付くよりも早く、無音で相手の背後に迫りると自身の右手側にいる男の背中を掌底で打つ。


「かはっ!」


突如背中を襲った衝撃に何が起こったのか分からないまま男が白目を剥いてその場に倒れる。

隣にいた男の異変に隣を歩いていた男がこちらに視線を向ける。

こちらを向いた男の前には既に攻撃の態勢に入っていたクロードの姿。

素早く左手を振り、喉元に手刀を当てて呼吸を奪う。


「っ!?」


声を出せず苦悶の表情を浮かべる男の鳩尾に容赦なく右手で掌底を打ち意識を断つ。

瞬く間に2人を沈黙させたクロードは背後で起こる異変に気付かぬまま先を歩く2人の男の背中へ向かって襲い掛かる。

今度は右側の男の襟首を背後から掴んでそのまま後ろに引き倒して地面に叩きつける。


「がっ!」


後頭部から地面に叩きつけられる男は苦痛に表情を歪める。

その頭上目掛けて足を振り下ろし、追撃の一撃を加えてすぐに黙らせる。


「誰だっ!」


突如仲間を襲った攻撃に反応し、残された1人は懐から即座にナイフを抜いて身構えるが、クロードは素早くナイフを持った手を掴まむとそのまま男の腕を逆方向に捻じり上げて背後の塀に押さえ付ける。


「ぐあっ!何をする」

「何をするだと?それはこちらのセリフだ」


捻り上げた腕からナイフを奪い取り、その刃先で背後からペチペチと男の頬を叩く。


「刃物なんぞを持ち歩いて、こんな所で何をしている」

「別に何もしていない。アンタの勘違いだ!ナイフもただの護身用だ」

「護身用?その割には刀身に毒が仕込んである様だが」


そう言って男の目の前でナイフの先端を壁に向かって押し当てる。

するとドロリとした緑色の液体が刃の先端から流れ出て壁を伝う。

これは相手の体の中に刃が刺さると同時に体内に毒を直接流し込む暗殺でよく使われる極めて殺傷性の高い武器だ。


「確かこの手の武器や毒の扱いはドミニオンファミリーの十八番(オハコ)だったな」

「いっ、言いがかりだ。第一それが本当に毒かどうかなんて」

「そうか?なら、このナイフをお前に刺して確かめてみるか」


そう言うとクロードは壁に押し当てていたナイフの先端を壁から離し、ゆっくりと男の首筋をなぞる。


「毒でないなら刺しても問題ないはずだな?」

「なっ、それはちょっと待って」

「何故だ。お前の持ち物なのだからお前の体で確かめるのが一番理に叶っている」

「やっやめ・・・」


ナイフの刃の冷たい感触にみるみる青褪めていく男の表情。

その時点で既に答えは出た様な物だが、クロードは更に追い打ちを掛ける。


「止めて欲しいければお前が何者で何をしにここへ来たのか聞かせてもらおうか」

「それは・・・出来ない」

「そうか。ならこちらも急いでいるのでな。喋らないならここで4人とも消えてもらうとしよう」


そう言ってクロードが男の腕を捻じり上げる手に力を篭めると、男は観念したように下を向く。


「分かった答える。俺達は第九区画の人間だ。首領の命令で人喰い餓狼とグァドとかいう鼠野郎を始末しに来た」

「やはり狙いはそれか」


第九区画で好き勝手に暴れまわった人喰い餓狼とそれを支援していた情報屋。

何もできないまま見逃しては第九区画を治める大組織としての面目は丸潰れ。

何が何でも自分達の手で仕留めたいと思うのは至極当然と言えば当然の事。


「こっちに来たのは何人だ」

「俺達・・・4人だけ・・アガッ!」


男が全てを言い終わるより早くクロードは掴んでいた男の右腕を容赦なくへし折る。

あまりの激痛に男は短い悲鳴を上げて悶絶する。

荒い呼吸を吐き下を向く男の耳元でクロードが囁く。


「嘘をつくとは賢明じゃないな」

「ハァッ・・俺は・・ッ・嘘など・・・ギェッ!」


今度は背後から右肩の辺りを拳で打って鎖骨をへし折る。


「あまり舐めた真似はせず真実だけを語れ。次はないぞ」

「わがり・・・まじっだ」


目に涙を浮かべ涙声になる男はその後の質問には素直に答えた。

この街に乗り込んできたのは全部で20人である事、その内今日の襲撃に参加したのはアジールが補足した16人である事。


「お前達は人喰い餓狼の正体を知っているのか?」

「それは俺達も知らない。ただ、国外から来た人間だとしか」

「そうか。なら俺が聞きたい事は以上だ」


聞くべき事を全て聞き終えたクロードは男の腕から手を放す。

これで解放されると男が安堵の息を漏らし振り返る。

そこには黒革の手袋で覆われた拳が目前に迫っていた。

拳が男の顔面に減り込み、勢いよく跳ねた頭が背後の壁にぶつかって血の華を咲かせる。


「馬鹿が。人様の縄張り(シマ)で勝手な真似をして無事に帰れると思うな」


最早言葉を発する事のない相手にクロードは冷たく言い放つ。

仕掛ける前と違って明確に敵と分かった以上、助命してやる理由などない。

建前でも理由があれば第七区画である程度の身の安全を保障する必要があるが、そうでない場合は例えどうなろうと文句は言えない。

今回、彼らに関して言えばこちらで保護する正当な理由が存在しない。

クロードは手に持った仕込みナイフで気絶している3人にもキッチリ止めを刺していく。


「さて、これで残りは12人。先を急ぐか」


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