6 居候の身だから
家族って、とてもあたたかいんだろうな。夜天家で一日過ごして、そんなことを思った。
どんなことでも心配してもらえて、一緒に安心できて、みんなで笑い合って、辛いことがあっても支え合って……。
自分には家族が居ない。いや、居たのかが分からない。
ああそっか、もし自分が記憶を取り戻したなら、その在処も分かるんだよな……。
心からの歓迎をされているか分からないが、ルイのお父さんは、自分をここに住まわせることを改めて受け入れてくれた。ただそれだけなのだけれど、本当に嬉しかった。
それと、ルイには妹が居るんだな。それも少し驚いた。
ただ何というか……ルイ以上に個性が強いというか……とても不思議な子だと思う。良い子だってことは分かったけど。お父さんも変わってるからそこは遺伝なのか?
目覚めた時、自分はリビングに居た。やがてお父さんや妹の結芽が起床してくるが、ルイの姿がなかなか見えない。
お父さんによれば、家族で一番起きるのが遅く、寝坊助らしい。
「たたき起こしてこい」なんて笑いながら言われた。そんなに起きないのか。
ルイの部屋だという場所に着いて、声をかけてみたら予想と違って、既に起きていた。どうやら自分が来る直前に目を覚ましたようだ。
「父さんってば、もう中学生なんだから、そんな寝坊なんかする訳ないでしょうに」
「そうなのか。それなら安心だな」
本当か? と少し疑ってしまったが、ルイを信じることにしよう。
それから朝食を食べに台所へ向かおうとしている時に、自分は有る疑問が浮かんできた。
昨日は家に着いてから歓迎会を開いてもらって、そこでご飯を食べさせてもらったみたいなんだけれど、その時の記憶がまるで無いのだ。
まさか、また眠ってしまったのかと聞いてみるも、そうでは無いと言う。
じゃあ一体何があったんだと聞いてみても、ルイは俯いて頑なに教えてくれない。これでは表情も汲み取れないから困った。
隠すほどに変なことがあったのか? 今度また改めて聞いてみることにしよう。
「またパン買えないのかよ……」
自分たちが朝食の最中、既に食事を終えたお父さんがぼやく。どうやらここ数週間は、その小麦の値段が高騰していて、決まって主食が白米になっているらしい。別にそれでも良いと思うのだけれど、ダメなのだろうか。
「炊飯が面倒だし、それに、元々パンが多めだったからね」
「なるほどなあ」
初の朝食は、白米、味噌汁、目玉焼きと実にオーソドックスな組み合わせだった。
昨日の記憶が無い分、美味しさは十二分を超える程に思えた。何だろう、味付けがとっても好みだ。
「はふう……」
朝特有の落ち着いた空間にトラブルが起きるということも無く、今自分たちはリビングでくつろいでいる。
くつろぐことに最初は抵抗があったものの、一度のんびりしてしまえばもう気にならない。
「幸せそうな顔してるね」
「心が落ち着く……」
今までにない程に安心していると思う。昨日はずっと、記憶を巡って色々なことを複雑に考えてきた訳だし、ずっと難しい顔をしていたんじゃないかな。
でも、もうそんな苦しい事ずっと考えていくのはやめようと思う。何より記憶を第一にしていたら、ここでの生活が成り立たなくなって、ルイに余計な迷惑かけてしまいそうだから。
今は、思い出作りをしていこうと思う。記憶が無い自分にとって、これからのことが一番大切なことだろう。
だから、もし仮に記憶を取り戻したとしても、色あせないような幸せな時間を過ごせたらと心から思う。
ルイとだったら、それが出来る気がするんだ。
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
……そうは言っても、ずっと怠けているだけだと気が引ける。自分はあくまでも居候の身だしな。
お父さんが仕事へと出かけて行った後に、自分に出来ることが無いかと考える。
「ルイ、何か仕事って、あるかな」
「ほぇ、仕事?」
「家事手伝いしたくって」
ルイは少し悩んでいたが、やがて部屋の懐から掃除機を取り出した。
掃除って割と大変なんだろうな。隅々までしっかりと綺麗にするのは、意外と骨が折れることだろう。
彼の負担が少しでも減ればいいなって、そう思って。
「別に、ベガは気にしなくってもいいのに」
「いやいや、それだと悪いからさ」
使い方を一通り教わって、リビングの掃除に取り組み始める。
なんだ、そこまで大変じゃないな。
一通り全体を周ったところで、自分はふうと掃除機の電源を落とす。
「待った」
「へ?」
「貸して」
言われるがままにルイへとバトンタッチ。すると、自分がいかに掃除下手であるかを思い知らされることになる。
「えっと、まず隅っこね」
「……あ、取れてないな」
自分では上手く出来たつもりでいた。けれどそれは気のせいだったみたいだ。
「だしょ? こういう所は入念に……」
隅に吸い込み口をあてがって、何度も往復させていく。
「なるほど、これが掃除か」
「や、まだまだ。後は家具の隅もそうだし、カーペットの下、ソファーの下も盲点でしょう」
「全然意識してなかった……」
自分のやり残した場所を次々に掃除していくルイ。その都度指摘もしてくれて、とっても分かりやすい。特に皮肉を込めて言うでもなく、ただこうすれば上手くいくってアドバイスを実演しながら教えてくれた。
やがて、隅々まで綺麗になっていった。
掃除だけでこれだけ学ぶことがあるのか……いや、ルイはもっと色々知っているのだろう。その色々をこれからもっと知りたいな。
「次は皿洗いするけど、ベガもやる?」
「ああ、勿論! やってみたい」
しばらくは勉強の日々だろうな。家事手伝いも大変だけれど、でも、とっても楽しいな。
あれ、何だか目的が変わってきているような……。まあいいか。