5 心のY
目覚めは悪かった。
呼吸は乱れて心臓はバクバク。立ち上がったら倒れてしまいそうな程だった。落ち着きを取り戻すまでには、かなりの時間を要したことだろう。
やがて、ルイが教えてくれた。病室に戻ってきて直ぐに眠りについてしまったということを。
夢の内容は、一部を除き鮮明。
あんな光線のような攻撃をモロに受けていて、覚えていない訳がない。今でも思い出すだけで、腹も背中も、ヒリヒリと痛むのだ。夢なのにも関わらず、痛覚を覚えている。
普通ならば先ほど見ていた一連の変な世界、そして不思議な少女は全て夢だったと思えるのだろう。けれど、本当にそうだと言い切れるのか。
眠りにつくほど自分は疲れていたかな。
夢の鮮明さもあって、妙に引っかかる。
病室に入るまでは確かに意識が有ったはず。その際に眠気など全く感じていなかった。入った後の記憶がこれまたぽっかりと抜けている。
もしかしたら、自分は夢に出てきた少女に連れていかれたのかもしれない。変な話かもしれないけれど。
「聞こえてるー? おーい」
「――ん。ルイ?」
「やっと気づいた。ベガったら、急に考え事始めちゃうんだもん」
「あ……ああ! ごめんよ」
深く考えすぎか。
折角二人で帰っているのに、話をしないのは悪いな。気を付けよう。
「それにしても、一緒に暮らせるなんてね」
「ホントにな」
「僕、決まった時嬉しかったよ。ベガのこと、もっと知りたいなって思ってたから」
「そう言ってくれると嬉しいな」
自分がルイに興味を持っているように、ルイもまた、自分に興味を持ってくれていたのだ。それほど嬉しいことは無い。
「オイラだって、ルイのこともっと知りたいよ」
「本当!? わぁあ~」
「喜んでばっかりだなあ」
「だって本当に嬉しいんだもん」
満面の笑顔でこちらを見る彼。多分自分も同じような顔をしていると思う。
こんな楽しい時間が、これから待っているのかな。
本当に? いや、多分、きっと。そうであってほしいな。
ファンと鳴り響く、独特な乗り物の音。どうやら気付かない内に、踏切を越えていたらしい。
「どうしたの?」
「電車って何だか良いなあ。乗ってみたい」
「ほえ。ベガ、電車知ってるの?」
「へ?」
言われてみれば……。
知らないはずの名称を、どうしてパッと口に出せたのだろう。不思議だ。
「……潜在意識、だったりして」
「どういうことだ?」
「電車が、忘れた記憶の一部に有ったのかもしれないよ」
「ああ、なるほど」
そうかもしれないけれど、それが事実だったなら、自分が宇宙人であること自体が間違っていることになりそうだ。
二つ目の可能性が出てきてしまった。
自分はこの星の住民だったのだろうか。それともルイの言う通り、宇宙人なのだろうか。
……今は気にせず、あるべき道を進むだけか。
「そういえば、ベガ、結局どうするの?」
「どうするって?」
「えっとほら、これからについての提案があったじゃない」
ああ、そうだった。
理事長曰く、これから生活していく上で、身分がはっきりしていた方が都合が良いらしい。そのためにはルイと同じ学生になった方が良いのではないかと言われたのだ。
考えるまで若干の猶予を貰ったが、他に何か生きていく術を自分で編み出せる訳でもない。だから自分の中で答えは決まったも同然だった。
「今は学びたい、かな」
記憶を取り戻すまでに、あまり時間はかからないかもしれない。それでもその短い時間の中で、この星のことを知りたい。
宇宙人の可能性がある以上、勉強をした所できっと無駄になってしまうことだろう。でも、それでいい。
返答が想像通りだったと、ルイは言う。果たして自分は、そんなに分かりやすいのか。彼以上に表情が豊かだとでも言うのだろうか。多分ないな。
「不思議だね。僕、前からベガに会ったことがある気がするんだ」
「なんとなく、オイラもそんな気がする」
「僕ら、前世では恋人だったのかもね!」
「恋人!?」
突拍子も無さすぎる。これも帰りにちょっぴり話したオカルト的な奴なのか……?
いや、前世ってあれだろ、この人生の前に生きた世界のことだろ? 寧ろ何で知ってるんだ。
まあそこで恋人同士って、確かにロマンチックだよな。確かに、素敵、だけどさあ……。
……素敵。素敵だな。
目の前に居るこの可愛い、男の子と……?
あぁ、うう。
「……親友……だったかもな」
「ほえ、そうなのかなあ?」
身体中があつい……やめてくれよぉ……。
恥ずかしいよ……。
しばらくの間、ルイの顔を見ることも、自分から見せることも出来なかった。
彼はきっと無意識なのだろうけれど、こっちは割と気にしてしまうんだよ。いつかは心を射止められてしまうかもわからない。いや、でもそんなことが有ってはならないだろう。
自分は記憶を失っているのだから。その記憶を取り戻してしまったら、ここでの行動のほとんどが、きっと無意味になってしまうのだろうから。
寂しいというより、恐ろしい現実だな。
己が死ぬことを想像すると、少しばかり恐ろしいだろう。それと似たような感覚がある。
記憶を取り戻すことは、今ある自分が死ぬということと同義だと思う。
だってそうだろう。生きてきて培ってきた記憶を取り戻すのだから、今あるごく一部の記憶なんて微々たるものにすぎない。
仮に記憶を失ったことで、自分の人格が少しでも変わっているとするならば、余計に記憶というものの存在が恐ろしく思えてしまうな。
でも、取り戻さなければならない、そんな義務感も心の奥底に眠っているように感じる。
出来ることなら逃げたい。何か恐ろしいことに巻き込まれつつあるような、そんな気がしてならないから。
しばらく歩いて、彼の家が見えてきた。
「……なあ、ルイ」
「どうしたの?」
「オイラが、記憶なんて要らないって言ったら、お前はどう思う?」
どうしても、記憶を取り戻すことを肯定したくない自分が何処かに居る。だから、今はその気持ちを大切にしようと思う。
だけど、協力の姿勢を見せてくれていたルイは、どう思うだろう。裏切られたという気持ちにはならないだろうか。
「今の気持ちだけで決めなくても、良いんじゃないかな」
学校生活をしていくうちに、考えが固まるんじゃないの? ということらしい。
ルイって賢いよな。自分はあまり楽観的に考えられないから、彼の意見は本当に為になる。
彼の言う通りだ。今考えを固める必要なんて無い。時間が無いわけではないじゃないか。ここからゆっくりと、気持ちを決めていこう。
過ごしている内に、手がかりも見つかるかもしれないからな。