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4 記憶の深淵

 恐らく、本筋とは一切関係ないことを延々と語られた。学生時代の話に友達と虫取りする話にまで脱線した辺り、この読みは間違っていないだろう。


 テーブルを間にして、ルイは自分の隣に。理事長とその娘のヒカリは自分らに向かって座っている。

 話の途中、明らかに理事長の様子がおかしかった。


 悶絶するような痛みにでも耐えているかのように、上ずったような声になっていて。おまけに時々ビクビクと震えて。それでも懸命に無駄であろう話を続けている姿には、学校の先生なりの職業意識というか、魂すら感じざるを得ない。


 ……彼の世間体のために格好良く伝えたらそうなるが、実際は無駄な話に呆れたヒカリに足を思いっきり踏まれて悶絶していただけなのだろう。多分。


 どんだけ父親が嫌いなのかヒカリ。親の足を執拗にゲシゲシと蹴るような人がこの世界に多いなんて考えたくないんだが。


「では本題に入ろう」

「おいクソ野郎前置き長えよ畜生」

「言葉が汚すぎる……」


 その眼差しは、まるで汚物を見るかのようだった。本題でないことは『冬の終わりの到来が云々』で察してたけども。いや寧ろあれが本題だったら呼んだ意図を問いたい程なのは理解できるが、それにしたってその目はおかしい。


 それ以上に彼女は青少年の教育に悪そうな行動や発言しかしてないぞ。彼女が会長とやらでいいのか学校教育よ。


「よう、こそ……我が星(アストガイア)へ。我々は君を歓迎する……よ」

「声震えてるけど大丈夫かよ!?」






「ああ……これかい……? これならあれだ……ご褒美だ……」

「虚ろとしすぎて反応が遅れてるぞ!? しかも凄く変わった趣味をなさってるなお前!? おまけにヒカリがさっきよりも見下したような目で見てるぞ!?」

「ベガ、落ち着いて落ち着いて……」


「はっ……」


 ルイの言葉で我に返った。

 目覚めてからここまで、面子があまりにも濃すぎて驚きの連続だ。

 驚きすぎて、こちらの体力が幾らあっても足りない気がしてきた。


「ま、まあ、歓迎してくれるなら嬉しいな」


 宇宙人が何たるかというのは何となく分かるものの、正直実感が湧かない。自分の顔はまだ良く見ていないけれど、その質感や形状、色合いの見える限り全てがここの人間と同じではないか。


「もしや、宇宙人だって断定できるものがあるのか?」

「いや、そういう訳ではない。顔も所謂可愛いと呼ばれる系統だろうし、見分けはつかん。だがはっきり言って興奮すいだだだだだだだだだだーー!!」

「股間をもいでやろうかこの変態。あたしの存在したこの楕円形の世界を潰してやろうか?」

「あひいいいいいいいいいい!!」


 ヒカリがその股の部分を握る中、ルイが目をぎゅーっと瞑って、耳を塞いでいる。

 自分にはそれがどういう意味なのかは分からない。

 だが、理事長は公衆の面前に出してはならない顔をしている。目は限りなく上を見つめ、鼻水を垂らし、舌が限界まで見えている。


 ……彼がどうして理事長をしているのかも疑問に思えてきた。こんな人にやらせるような仕事じゃないだろう。


 数十秒後、ようやく解放されたようだ。


「ふぅ……」


 理事長は言った。妙にスッキリとして落ち着いた表情で。それを実は見ていたらしいルイは呆然としている。


 先ほどまで逝去してしまいそうな、苦痛の顔をしていたとは思えないような変貌っぷりである。


 なるほど、ヒカリが理事長こと父親を嫌っている理由はこの性格か。それなら合点が行く。


 一人で納得していると、彼は続ける。



「……ヒカリ、なんか痛くなってきた。代わり頼む」

「はぁ……了解ー」


 何だか権力が逆転しているような気がしないでもない。まあどうやら理事長は残念な人のようだし、分かりきったことなのだろうか。


 この家の広さを見るに、大黒柱であろうこの人が無能だとは思えないけれど……。


「ベガ。あなたが宇宙人だろうが、この星の民であろうが、町民の名簿に載ってない以上は真実を知る必要がある」

「そんなのあるのか……」

「ええ。事細かに記されたのがね。まあ、あなたが記憶を失っているのなら、それを取り戻すまで待つってことよ」


 要するに、この町に身を置けってことか。行く宛も無いのだから、寧ろそれは好都合なんだけどな。


「オイラは構わない。ただ、それなら住む場所や生活はどうするだとか、その辺りの説明をしっかりしてほしい」


 そう。生活するにも住む場所やお金、そして暮らし方も考えなければならない。どう生きるべきなのかをはっきりさせたいのだ。


「……それなら」


 これまであまり話に参加してこなかったルイが、ここに来て一番真剣な目で呟く。


「それなら、僕の家に来るのはどうかな。父さんが許してくれるか分からないけど……」

「おおー」


 何だかとても嬉しい意見を貰えた気がする。これから生活していく上で、仲良くしていけそうな人と一緒に過ごせることは何よりも安心だ。


「さあ、どうなるんでしょうね。そこんとこどうなのクソリジ」

「うーん。問題ないとは思うが……ルイ君のお父さん次第になるなぁ」


 クソリジって暴言をさも当たり前のように捉えてる辺り、今見ているのは日常の一コマなのかもしれない。


「んー、どうしよう。連絡手段がない……」

「心配には及ばんよ。お父さんにはこっちから連絡しておくよ。あいつとは昔っからの親友だからね」

「えぇ!? 初耳です……」


 聞いている限りでは、ルイの家へと厄介になることがほぼ確定したみたいだ。

 彼と居るのは結構楽しいし、何だか嬉しいな。

 

「さて、今のところは以上よ。後で病室まで呼びにいくから、待機してて」

「ああ、分かったよ」


 とりあえず、今は生活がどうなるかは分からないってことか。黙って下がるしかないかな。

 理事長に後のことは任せて、気持ちを落ち着かせることにしよう。


「あ、そうそう」


 突拍子も無いな。言い洩らしでもあったのか。


「家族仲の悪さについては門外不出でお願いね。もし口外するようなら……天ノ峰家が総力を挙げて止めるから」


「…………」

「…………」


 顔が恐いな。圧力をかけて止めるってことか。

 月並みだけれど、権力者って恐ろしいと思う。


「さあ、部屋に戻ってて」


 自分ら二人して頷いて、何も発することなく、部屋を後にした。


「……お金持ちってこわい」

「力を持ちすぎると、ろくなことがないな。権力もそうだし、パワーの意味での力も同じ。幸せのような不幸せしか、手にすることはできないんじゃないかな」


 これを言うと、ルイはきょとんと、不思議そうな顔をした。


「ベガ、何か思い出したの?」

「ん……いや、何にも」

「そっか。まるで経験談を語ってたみたいだったから」


 ……言われてみれば。

 記憶喪失の自分が、そこまでのことを話せる理由は定かではない。だけどもしかしたら、身体で感じ取った経験が言葉として出ているのかもしれない。断言なんて一切出来ないけれど。


「記憶……もっと深いところに……何かがあるのか」


 深い、深い場所へ。


「どうしたの、ベガ?」


 フラッシュバックのような……流れる世界……。

 さっきまでの記憶だ……。これを、掻き分けて……。

 

「ベガ~?」


 その先に、何がある……? 無か……?

 紫、緑、紺、黒……。混じり合った色だ。


「お~~~い」


 ……? あれは何だ?


「え、ベガ……?」


 混じり合った色の中にただ一点、色が明るい場所がある……。


「  !?    !!      !!!」


 ……あれは……人だ。

 ……知っている人……なのか……? 

 思い出せない……。でも、近付いて来る。


 違う、自分が近づいてるんだ。


 顔は見えないが、金色の髪の、女の子、だろうか。白い神秘的な衣服を身にまとっている。

 ……もう少し、近づけないだろうか。


 やがて、その姿がはっきりと分かるようになると、女の子……少女はついに口を開く。


『来た』


 心が無いかのように、無機質な声だった。

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