20 過去を背負う覚悟
フェーリエント=ランブレイルは全裸だった。
自分は彼女を老婆のような姿であると、勝手に想像していた。
だがそれは全くの誤りであったようで、見るからに幼き少女の身体、顔つきをしている。髪は輝玉と同じ水色で、月明かりのお蔭か、余計に優しい色に見えている。
大切な部分こそ草木のお蔭でギリギリ隠れているが、このまま出てきてしまったら露出してしまう。ただでさえ世の男性に邪念を与えかねない格好なので、控えて頂きたいのだが……。
「見てない―……僕は何も見てないー……」
ああ、反対向いてる。どうやら、ルイには刺激が強すぎたようだ。
「はは~ん、さては我のきゅ~となぼでぃに見入っておるなあ??」
「それよりも隠すところを隠せよ……」
「んぁ、何を言うか! キバツなセンスの服装はしていないつもりじゃぞ」
「どこがだよ……」
「青少年にもやっさし~いのじゃ!!」
「何言ってんのお前!? どっからどう見ても不健全の塊なのによくそんな恰好で町中歩いて来れたな!!」
「あー、なんか民衆がこちらをジロジロと見ていたが、現代に於いてはこれは……センス無いのか……」
「公序良俗の問題だからな!?」
ああ、また頭が痛くなってきた。この際全裸であることは無視して考えた方がいいのだろうか。もう異質なことは気にしないようにしなければ身が持たない気がしてきたぞ……。
「分かった分かった。それよりもお主、自身がぴんちであったを忘れた訳ではあるまいなあ?」
拍子抜けて忘れかけていたが、そうだ。自分はローテナリアに攻撃されていた真っ最中だったな。
フェーリエントが水の力で怯ませていなければ、こちらは確実に負けていた。そういう意味では彼女はお手柄だ。
どういった水を用いたのか皆目見当はつかないが、相手は相当体力を消耗している様子だ。
しゃがみ込んで、剣で身体を支えるのがやっとらしい。これならば、話し合いを纏めることも出来るかもしれない。
「あのさ、ローテナリア」
「気安く名前を呼ぶな!」
狼のように吠えてくる彼女の背後に、悲しみと、そして勇敢さの、その二つを感じる。
……けれど、これらは全て、自分に向けられたもの。
自分が一体、何をした。過去の自分が犯した何か。それは一体……。
「……お前の話は……絶対に聞かない……兄さんを殺した悪魔め……!」
自分が、彼女の兄を殺した……?
「どういうことだよそれ……!?」
「……とぼけるな……いや。その顔に嘘偽りは無い……だとすれば……『忘れた』とでも言うか?」
記憶喪失だという事実。それが何か問題が起きた時の免罪符になると、そう思っていたのかもしれない。心から思っていた訳ではないけれど、隅っこのどこかで。
結局自分は、逃げていただけだったのか。
「ごめん、何も覚えてない」
「ふざけるな!!!」
怒鳴り声で、手が震える。彼女も、そして自分も。
「何も覚えていないだと……? それが事実だとして何になる? 兄が帰って来るのか? 死んでいった者たちも戻って来るのか??」
目の焦点が定まらない。思考も上手く働かない。
彼女の仲間意識、更には愛が、自分に対する殺意の槍へと変貌し、何度も、何度も何度も何度も突かれる。その事実しか、わからない。
「返せ……私の全てを!! 一人でのうのうと安全圏に逃げ込むなんて……私は絶対に認めないッ!!」
恐怖で目も合わせられない。分かるのは、剣を構えて立ち上がった彼女が、ただ自分を襲わんとしていること。
殺されないためにも、逃げなければ。
いや、逃げたらどうなる?
生き永らえる。
それは罪を背負って生きるということ。
では、仮に、彼女に 殺 さ れ た ら どうなる?
「ベガ……」
……ああ、そうか。 罪 が 償 わ れ る 。
なんだ。それならいっそのこと、 死 ん で し ま っ た ほうが楽じゃないか。
あまり思い出の無い今、何かが減るということもない。
「ベガ……?」
寧ろ、彼女の気が晴れるのではないか。
自分が無償で消えて、彼女は利益を被る。
「ねえベガ……?」
――最高の等価交換ではないか。
幸い自分が消えた所で悲しむ人は居ないし、友達も……――。 「ベガってば!!」
「――……ルイ」
「ベガ……酷い顔だよ……落ち着いて……ね?」
何当たり前のことを忘れてるんだ……これまで自分は何をしてきた。
ルイと笑顔で笑い合った。時に感情的になったり、驚き合ったり。
一緒に不思議なことを考えたりもしたよな。神様について考えてみたり、天ノ峰家の陰謀論だったり。
冒険だってした。洞窟の半分はフェーリエントとの話になったけれど、巨大生物から逃げた時はとってもスリルあったよな。
それでも、二人で一緒に、笑って過ごしてきたじゃないか。
たった二日間の思い出だし、もしかしたら自分勝手なエゴかもしれない。
だが自分にとって必要なルイが、もし仮に、自分を必要としてくれていたとしたら……?
「……死ねないな」
「ベガ……!!」
記憶を失っていたとしても、他人にしてきた行為は、絶対に消えることはない。
それは良い事でも、勿論悪い事でも。
自分にとっては無関係なことでも、他人からしたら、関係の深いこと。
記憶喪失になったから、自分は無関係だなんて、そんな甘い話があるわけない。
それを償う方法があるのなら、自分はそれを望もう。
それが無いのなら……許される限りの悪者になる!!
「来いローテナリア!! お前の全力を見せてみろ!!」
「その口を一瞬で消し飛ばす!!」
自分は自分の正しい道を行こう。
ルイのために。




