19 戦場となった樹海
ローテナリアと名乗った女性は、その多くを語ること無く、自分たちを出口まで誘導した。時間にして何十分かは経過していたことだろう。
どうやら自分たちが居たのは中央の辺りらしい。外側ならともかくとして、そんな場所だと見つかるはずもないよな。
「もうすぐ樹海を抜けますよ」
「ああ。ありがとな、長いこと案内してくれて」
「いいのです。お気になさらないでください」
その声は別に何でもないことを言っているようでもあるし、そしてまた、自分たちを小鳥であるかのように見立て、ささやいているようでもあった。
彼女のエメラルドグリーンの髪は、まるでこの樹海を象徴しているかのようにも見える。
果たして彼女は一体、何者なのだろう。
「見ず知らずの人に聞かれて困るかもしれないけどさ、お前は一体、ここで何をしているんだ?」
「疑問にお答えしたい気持ちは山々なのですが、ごめんなさい。このことは誰にも話せないのです……」
「……そっか、こっちこそごめんよ」
彼女は申し訳なさそうな笑顔を浮かべているが、これは見せかけだろう。
自分が問うたその時に、彼女の表情が若干曇ったのを、自分は見逃さなかった。
その内には、彼女自身が抱える大切な何かが有るのだろう。それが一体何なのかは、自分たちには分からない。だが知ったところでどうすることも出来ない。ただ互いにモヤモヤが残るだけ。
だから話さないというのは、彼女にとっての責任でもあり、誠意でもあるのだろう。
その気持ちを汲み取らずに無理やりにでも聞こうとするのは、筋違いも甚だしい。
解決するのは彼女自身。だから自分たちが触れるべき問題ではないのだ。
……何だろうな。本当にそれで良いのかと思う自分も居る。
優柔不断なのかな、自分は。
「ローテナリアさん、ありがとう」
「いえいえ、私に出来ることをしたまでです」
「でも、不思議だなあ。今はもう、星屑ヶ原のことが気にならなくなっちゃった」
「私が施したのはメンタルケアですから」
ルイは何かを忘れた訳では無いらしい。ただ、気持ちが軽くなったと言う。
本当にメンタルのケアを、彼女はしてくれたのだ。
どういう原理なのかは分からないが、あの時彼女の辺りから発していた緑色の光。あれがきっと、何かに関係しているのだろう。
「……あ、そうだ。不公平ですから、赤髪の方にも」
そうだ、と手をポンとして彼女はこちらを向く。
「何か悩み事はございますか……? もしくは何か、お手伝いできることが……」
……悩み事は、ある。
自分にとって最大の悩み。それは記憶のこと。記憶喪失であることを、今ここで打ち明けてしまえば……。
もしかして、記憶が取り戻せるのかな。
自分の顔をじっと見つめてくる。最初は穏やかに見えたその表情は、徐々に強張って行った。
「……いいえ。貴方にはなにをするつもりも無い。」
「へ?」
声は先ほどと打って変わり、低く、そして非常に圧を感じる声だ。
「赤髪……垂れ下がる一本の髪……リオンヴァレムの民。私はお前達を許さない!」
《ヒコブレイダー》
言うや否や、彼女の手元にいきなり、緑色に輝く太い剣のようなものが現れる。
美しくも禍々しいそれを、自分を狙わんとばかりこちらに向けている……!?
「ルイ!! 下がっていろ!!」
「ふぇえ!? うんッ!!」
何があろうと、ルイだけは守る。いや、ルイには逃げてもらってもいいかもしれない。
今から起きるのは、恐らく時間停止や巨大生物、更には神様の存在に匹敵する程の何か。今目の前に剣を持った女性が居る。
その事実だけでも、酷い状況は容易に想像できる。
「ローテナリア!! 一体どうしたんだよ!!」
「煩い黙れ!! リオンヴァレムが調子に乗るな!!」
剣を構え、こちらに向かってくる……!
「はぁああああああああああ!!」
どうする。どうすればいい!?
誰がこんな状況を予想できた?
くそう……!! 自分が過去に何をしたって言うんだ!
☆★☆
「むにゃ……んん?」
おやおや、我はしばらく寝てしまっていたようだ。
確か夜天とサシで呑んでいたのだったか。
「夜天や、どこなのじゃ?」
…………。
返事が無い。一体どこへ……?
そういえば、ルイもベガもおらんのじゃ。
外出したかのう。
まあ、自由になったとて、することも無いしなあ。丁度良い。あの力の本領発揮なのじゃ……。
《水神奥義:心の眼》
水を司る神は、精神統一こそがすべてと、師匠は言っておったの。
洞窟に居る際にも割と使っておったが、ぶっちゃけ人のぷらいべーとを覗くぐらいで、ちっとも楽しくは無かったからのう。
久々に、興味のあるものが見れそうじゃ。
「フム……どれどれ」
なるほど、彼らは樹海で迷っているようだのう。
なーんじゃ、迷うなんてそんな楽しいことをしているなら我も混ぜてもらおうじゃないか。
歩くのはちと骨が折れるが、しばらく歩くかの……。
☆★☆
「おわ、よっ、うわっと……!」
剣はだいぶ重いようで、非常に助かった。
軽いもの、例えばサーベルのようなもので連続攻撃をされたら一溜りもなかった。
「お前らの、せいで、兄さんが!!」
声に合わせてブン、ブンと振り回している。
幸いなことに、彼女はそこまで戦闘が得意という訳では無さそうだ。
かと言って、自分がどうして回避できるのかは全くの謎なのだが。
どういうわけか、相手からの攻撃を軽やかに流すことが出来ている。
飛び上がったり、後ろにかわしたり。木々を伝って、飛んで逃げたり。
だがそんなことをすればする程、木々はなぎ倒され、荒れたフィールドが出来上がって来る。
出来ることなら元々の景観を壊したくはない。
早い所何か対策を打たないとな……。
《幻想魔法:打水》
「ぐっ……何……?」
「ひょひょひょ……何やら物騒なことをしておるのぅ……」
その声は……!
自分は、声のする方向を向いた。見えるはずがないのに。誰にも見えないはずなのに。
「フェーリエント!?」
「どうしたんじゃそんなに驚いて。助けてやったんだから感謝して欲しいぐらいじゃよ」
「いや、そうじゃなくて、どうしたんだよその姿!!」
……フェーリエント=ランブレイルはそこに居た。
個体として、自分たちに見える姿で。
ただ一つ問題があるとすれば、彼女が全裸であったということか。




