16 水神様は酒が好き
家に帰ってきて直ぐに、お父さんにシャワーを浴びるように促された。
川の水で衣類もろともずぶ濡れになってしまったのだからまあ、当たり前か。
自分は浴び終えて、今はルイがバスルームに居る。身体の熱が冷めるまでは、しばらくリビングでゆっくりすることにしよう。
「ベガ、少し話を聞きたいんだが……いいかな」
「ん、いいですよ」
ルイのお父さん、表情が真剣そのもの。先ほどまでに何があったのかを説明せよと言わんばかりの顔だ。なるほど分かりやすい。やっぱりルイの親だな。
さて、お父さんに対しては丁寧語を使っている。
何というか、自分を預かってくれてる訳だし、敬意は込めたいなと思って。
「もしかして、滝の方に行ったんじゃないか?」
「……う」
「図星だな」
「……そうです。オイラが行きたいって言いました」
なんてことだ、察しが良すぎる……。
いや、そうだとしても、どうして分かった……?
普通なら、川へ行ったと考えるのが自然では無いだろうか。
「……そこで起きたこと、全部話してくれないか? なぁに、疑ったりはしない」
お父さん、真っすぐな目をしている。まるでこの先の話を覚悟しているように……。
「やっぱりそうだったか……」
「憑依、水神様、巨大生物……思い返せば意味が分からないことの連続です」
「ほぉ……」
お父さんは終始、真剣に話を聞いてくれた。
時に頷き、時に顔をしかめ……。細かい反応が鮮明に把握できる辺り、もしかしたらルイよりも表情のバリエーションがあるのではないか。
年季の入った表情……フフッ。
「ん? どした?」
「いえ……あの、ここまで変なことを言っても、信じてくれるんですか?」
「信じるも何も、俺、昔水神様には会ってるからな」
驚いた。
まさか同じ境遇の人が身近に居るなんて。
しかも、ルイの父さんだ。
親子二代揃って同じ目に遭うとは、一体どんな運命に左右されているんだ。
「まあ、憑依まではされなかったな。さっさと逃げたからかもしれないけどな。ははは!」
一人で自虐的に笑っている。こちらもとりあえず笑顔を見せておく。
「え、じゃあ滝の内部まで入っていったんですか?」
「いや? その声聞いたのは洞窟の入り口辺りだったしな……。変な声聞こえてその場から去らないとか、どんだけ肝を冷やさなきゃならないんだ。俺にゃ無理だな」
『情けないのうお主は』
「うわっ!?」
いきなりすぎて驚いた。だが良く聞けばさっきまで聞いていた声だ。
「お、おっすー水神ぃー」
『砕け過ぎじゃの!? 昔はビビリで可愛かったというのに……』
「昔の話はやめてくれよ……中学時代の俺なんざ、まだ青い」
『ハァ、時間とは残酷よのぅ。とはいえ、今もお主は、子供を捨てきれていないようにも見て取れるが?』
「うぐっ……否定できねえ……」
お父さんは驚くどころか、寧ろ直ぐに順応していた。なるほど、会話が出来ている辺り、彼の話に嘘偽りは無かったということか。
「そう言えばさっき、フェーリエントが『数十年前に誰かと会話した』って言っていたけど、それもお父さんだったって事か?」
『そういう事じゃ。まさにな。昔はルイのような可愛らしいビビリ腰抜けモヤシ男だったのに、今は単なるおじさんではないか……我の恋心を返して欲しいわい……』
「仮に俺が若くてもお断りだがな」
『ぐぬぬ……何じゃ。何がいけないのじゃ!! 歳か!? 歳のせいか!?!? ええい!! いつか我の身体を人間どもに見せてくれようぞ……!!』
いや、性格だと思うんだが。と言いかけたが、あまりにも辛辣すぎるのと、話を余計にややこしくしたくないことから言わないでおいた。
「で、まあ雑談はそれぐらいにしておくけどさ、水神さ、ベガが話した巨大生物って何だ?」
『ウムゥ……長くなるが、いいか?』
「ダメだ。オイラが許さない」
『この一家は辛辣じゃのう……ええと……』
一生懸命に頭を回転させて、必死に考えているのだろう。しばらくの間声の一つも聞こえてこなくなった。しばらくして、ルイがシャワーから出てきた頃に『よし出来た!』と突然大声を出し、ルイの腰を抜かしたのはここだけの話である。
『地底人のペットが暴走していた……なのじゃ』
「はい?」
『だから地底人のペットがじゃなー』
「そこだよ!! 分からないのそこ!!」
説明省き過ぎて意味が分からなかった。考えさせないと長くなるし、考えさせると逆に意味が分からないし、本当にもう……説明下手って……。
「まず地底人のペットって何なの?」
ルイがフォローに入ってくれた。というかフォローしてくれなかったら多分彼女のペースだっただろう。ありがたい。
『まず地底人と言うのは周波数の違いによって定義されている内のダイヤルを「2」として考えてほし』
「ルイは周波数を知らないんだが……」
『ムゥ、そうじゃったな……ではあの説明をもう一度す』
「オイラが代わりに説明する」
『我の出る幕無しか……』
寂しそうな声だ。だけど彼女に喋らせると話が脱線しすぎるだけでなく、意味が分からないまま相手のペースにされてしまうから困るのだ。脳の思考が止まる。
「俺としばらく話すか。お前には聞きたいこともあるしな」
『ほう、良い男とサシで話すのもよいな。酒も飲みたいのう』
「その身体で酒なんか飲めんのか?」
『酒が神の貢ぎ物にあるじゃろ? あれは飲めるから置かれるのじゃよ! 人間には減っていないように見えるがな!!』
「すげえ意外な事実だ!!」
あっちはあっちで楽しそうだ。というかフェーリエント、お前酒飲める解説上手いな。何で他の話題でそれを生かせない……。
「周波数って、ルイ分かるか?」
「えっと、オカルトっぽいのなら分かるよ。生命ごとに違う周波数によって、見える物体が違うって奴でしょう? 人間は大したものが見れていないけれど、お化けとかは時々見えるって言うよね。それはこの周波数を霊に合わせてしまっているから……だったような」
「凄い。ほぼ同じ説明なのにルイのが分かりやすい」
『我の説明が不服かぇ!? お゛お゛ん゛?』
早速酔ってるし。お酒に弱すぎだろ……。
「まだ一本目空けたばっかりじゃらいか~!! まだまだこえからでゃ~!」
「全く……父さんもお酒弱いんだから無理しないで欲しいな……」
何だかんだ、お父さんもフェーリエントも、意気が合いそうなコンビだよな……。
「って……飲まれたら困る!! 巨大生物の説明してもらってないじゃないか!!」
「あっ……!!」
『うりゅひゃーい!! 我のシャケの邪魔をするでにゃーい!!!』
「うへへぇ……なんだぁ姉ちゃん、良い体してんなぁ……」
『ひょひょひょ……オヌシも良い身体じゃ……』
混沌としている……。
まあいいや、まだ今日は時間あるし、ルイとまた出かけることにしようかな。
帰って来る頃には酔いも醒めてると……――。
『ひひひぃ~!!』
「へっへっへ~……」
――……いいけどなあ。