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休憩 昼過ぎのバスルーム

「なーんでそんな濡れてんだよ!?」

「いやあ、これには深い訳が……」


 二人で夜天家に戻って早々、お父さんは大変に驚いた様子だった。まあ無理もないよな。


 考えてみれば、深海にも辿り着けそうな程に深い出来事だったと思う。

 神様に遭遇するということはあり得ない。これがまず一つ。


 第二に、あんな意味不明な巨大生物に遭遇するということはまず無いということ。これはルイにしっかりと聞いて把握している。


 最後に、今の時間が午後1時だということ。体感としてはもう夕方になっていてもおかしくはないような感覚なんだけれど。なるほど、これがフェーリエントが時を止めていた影響か。


「というか父さん何で家に居るの……平日なのに」

「んあ? 定時退社だけど。ほれそんなことより、一人ずつシャワー浴びれ」


 お父さんが出て行ったのが、およそ午前8時。つまり、出退勤の時間を考えないとしても、5時間。割とマイペースな仕事を選んでいるのだろうか。自分の常識よりも遥かに少ない気がしないでもないが。まあ星が違えば考え方も違うのかな。

 自分の星がどうだったかも思い出せないのに、こんなことを考えるのも変か。


「ベガ、お先にどうぞ」

「あ、ああ。ありがとう……」


 お風呂は少し苦手だ。

 昨日初めて入ったのだが、お湯の出し方が分からず水のままシャワーを出してしまい、「ひゃん!」なんて情けない声がバスルーム内に響いてしまった。


 幸い気付かれることはなかったようで、自分は羞恥を露わにすることなく、無事適温に調節することが出来た。だがこれが誰かにバレていたなら……ああ、考えただけで恥ずかしすぎて、消え入りたくなってしまう……。


 とまあ、こんな気分になってしまうから嫌いだ。

 早く忘れてしまいたい。そうすればお風呂が、単なる楽しい時間に変わっていくだろうから。



 バスルームに入り、心を落ち着かせる。

 昨日みたいなことが起こらないよう、シャワーのノズルの向きを弄っておこう。とりあえず自分の身体にかからないようにしておけば、一先ず安心だ。


 そして、蛇口の近くにある温度メーターを昨日の適温に合わせる。


「まさか、これだけでドキドキするなんてな……」


 意を決して、蛇口をクッと握り、そして捻る。


 ジュイーとシャワーから水が出てくる。ルイが言うには、しばらく待てば設定した温度と同じになるらしい。だからそれをゆっくりと待つだけだ。


 風呂場に置かれた椅子に座って、正面を向く。座っていれば自分の全身が見えるぐらいの鏡が見える。昨日は焦ってしまい、見る余裕も無かった。

 けれど今は大分落ち着いて自分を見ることが出来ている。


 ……これが自分なんだ。自分の姿なんだ。顔は昨日見たから理解していたつもりだが、全身が映ると見方もまた変わる。


 改めて自分の身体に触れてみる。腕のむにっとしたその感触にほんの少しだらしなさを覚えつつも、自分の身体がはっきりと見えた喜びを感じることが出来た。


 しばらく自分の身体を調べつつ弄っていると、やがて蒸気で鏡が曇ってしまった。シャワーがお湯を出し始めたのか。


 それにしても……自分の身体を触るのって、不思議な感覚だな……。優しく触るとビリッとして、何だろう、変な気分だ。


 温かいシャワーを頭から被り、ワシャワシャする。髪はデリケートらしい。だから優しく揉むように洗う。


「はふぅ……」


 自然と声が漏れ出る。温度も相まって、とっても気持ち良い。

 シャワーに背を向けて、お湯の温もりを全身で堪能する。


 昨日はこんな気分になれなかったし、ある意味初体験だ。ずっとこのままでも良いかもしれない。そんな気持ちになるほど、安心するし、心地良い。


 心が落ち着き切った所で、『シャンプーはやっぱりアミノ酸』と書かれたボトルを2プッシュ。指の腹で、自分の髪を優しく撫で洗う。


 ……あれ、何でシャンプーが頭を洗うものって分かったんだっけな。


 ほんの一瞬だけ気になったが、そんな些細なことはどうでも良い。ふわりとしたシャンプーの泡立ちが、自分の思考ごと絡めとっていく。そしてシャワーの温かみが、自分の思考を流していく。


 物事がどうでも良くなる程に没頭する。どうして昨日は気付かなかったのだろう。


 夜にもう一度入ろう。今度は風呂桶にもしっかり浸ろう。

 個人的な決意を固め、バスルームから上がる。



 着替えを済ませて、洗面所から出る。そこに偶然ルイの妹、ユメが通りがかった。


「髪の毛は乾かさないとー!」


 拭いたとは言え、湿ったままの髪は衛生的にあまりよろしくない。それは理解しているつもりなのだが、勝手に家具を使うのにまだ抵抗があって……。

 まあユメが通りがかってくれて良かったのかな。これで気にせずドライヤーを使うことができる。


「ユメがやるのー!」

「自分で出来るから、気にしなくていいぞ」

「遠慮しなーいしなーい」


 洗面所に戻って、ユメはドライヤーを既に準備していた。

 仕方ないな……お任せしよう。


「先ずは全体を乾かしてー」


 強めの風が髪に当たる。距離感が良いのか、熱すぎない風がしっかりと届いて来る。

 何だか、上手いな。手際も良いし、それでいて優しい。


「内側と外側をまんべんなく~」


 気付けば弱めの風に変わっていて、とても眠気を誘う。

 彼女の言う通り、外側を優しく、まんべんなく指で整えながら乾かしていく。


「右に垂れた一本は強調してー、完成!」

「おぉー……上手いな」

「お兄ちゃんのを手伝ってるから、慣れっこなの」


 少し顔を赤らめて照れるユメ。背伸びした可愛らしさ……とでも言おうかな。


「ありがとう、ユメ」

「気にしなくていいのー! あ、最後に一つ。んーっと……」

「どうしたんだ?」

「今日のお風呂は、『ひゃん!』ってならなかったね。偉いの!」


 …………。


「あ、ううぅぅ……」

「それじゃあね~!」


 ユメはいずれかへと走っていった。


「……ひゅっぅ!」


 顔を隠して、しゃがんでうずくまって顔を強張らせて。

 しばらく立ち上がることは出来なかった。


 もおおおおおやあああああ!! はああああああああああーーーーー!!


 心の中で叫んだ。長らく叫んだ。それ以外叫べる場所は無いのだから。


「ベガー。どうしたのー? ベーガー?」

「……!? ルイ!?!? な、なな、何でもないぃ!! ごめんよ邪魔だったな!! りり、りビんグに居るからな!! それじゃ!!」


 ルイが戻る前には、気持ちを落ち着かせておかないと……。

 ユメ、彼女は良い子だ。良い子だと思う。でも何というか、無意識にしこりを刺すのが上手いな……。

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