14 水神様は話したがり
「ところで水神様、お前名前は何て言うんだ?」
「んにゅ? 突然だのう」
お互いに黙って歩いていた時に出た話題である。難しい話を聞けば頭が痛くなるため簡単なことだけを聞くことにしていた。
「ふーむ、一応あるぞ。なんだったかなぁ……」
「いや、名前は忘れるなよ」
「いやはや、恥ずかしい限りじゃなあ。幾千年もの間水神様水神様って言われすぎてな、忘れてしまったわい! にゃはははは!!!」
時が経過し過ぎて、記憶が積もり積もって忘れてしまうなんてこともあるのか……。それはそれで、何だか切ない話のような気がするんだが。
…………。
「あっ」
「ベガよ、どうしたんじゃ?」
「……そうだった」
「??」
名前を忘れているのは自分も同じだった。まさに言葉のブーメラン。自分が投げたのに自分にも刺さって……。
「にょっははははは!!! なぁんじゃ!! オヌシの身体なーんか変だと思ったらそうかそうか。やはりこの星の民ではなかったか!! おまけに記憶喪失とな!! 珍しい者が居るものじゃ!!!」
とりあえず大まかに自分のことを話してみたが、なんかこう、盛大に笑われてしまった。その笑い方が、ほんの少し気に障ってしまった。
「オイラにとっては笑い事じゃないんだけど……」
「馬鹿者、我は大真面目に笑っておる」
「出来れば笑うのをやめてほしいな」
「フヌ……不服と申すか。だがな、我から言わせると、それはある意味ちゃんすじゃぞ」
「チャンス?」
そう言うと、水神様はこれまでにない程真剣な顔をする。ルイの顔にしてはあまり真剣そうではないのがシュールだ。
「何か運命めいたことが待っているからこそ、その事物が起きたと考えるべきじゃ……。お主はその運命という川をゆったりと、流れているのだよ」
「おお、何だかかっこいい」
普段はおバカさんみたいな雰囲気だが、こういう時はやっぱり神様らしいことを言うんだな。
「――って知人が言ってたのう」
「伝聞かよ! せめて友達にしとけ!」
それなら自分の意見として言ってくれれば嬉しいのにな。神様界隈にも何か事情があるのだろうか。
「友達なぁ……おらんのぅ」
「意外だ。幾らか居そうだと思ったが」
「先程も言ったが、周波数的に我と会話出来るのは神様ぐらいしか居ない。そして、その神様共も基地外ばかりでな。友達になろうとも思えんでな」
いやお前も大分変だけどな。少なくともこれまで関わってきた連中の中では群を抜いて。
面白いからまぁ水に流せるけど。
川の神様だけに。
「どうしたんじゃニヤついて」
「ああ、ごめん。こっちの話」
……洞窟の中って寒いな。
しかし、周波数の問題は知るほど寂しいな。神様側には人々の姿が見えていたとしても、人間は神様を見ることが出来ないというのは特に。
「なあ、お前憑依は出来るんだろう? ならその力を使って、存在をアピールすればいいんじゃないのか?」
「あぴぃるというと自己主張か。残念ながら、やりたくても出来んのじゃ……」
「何でだ? この周辺から出られないからか?」
「や、違う。それ以前の問題じゃ。ウム……まあお主になら話してもよいか」
異星人であるお前ならば、と付け足した。
「ルイは特別な身体をしておるようでな、我々の次元と非常にマッチしているのじゃ。先ほども話した通り、周波数の一致こそが対話を図るために最低限必要なものなのだが、ルイこそがその条件を満たした初めての人間でな。先ほど『折角ここまで来れそうな若造が近くに居ると言うのに、それを見過ごす阿呆がどこに居るか!!!』などとのたまったが、これは要するに、これまで我に近づける人物が居なかっただけなく、周波数的な意味でも唯一の人間という意味でもあったのだよぉ。それでなそれでな、いざくっついてみると不思議なモンで良く馴染むのじゃあ……。自分の肉体でも感じたことのないこのスッキリとした気分をどう表現すべきかも分からないが、とにかく良く動けてのう!! めっちゃ楽しい気分になってて、今でも猛烈に気分が良いのだ。まあそれは置いといてとにかく不思議じゃ。普通の人間に憑依しようものなら我欲が強すぎることが問題なのか分からないが、入り込むことが出来ないんじゃよぅ。なのでまあ、ルイだけっちゅーわけじゃな!」
ああ頭が痛い。何をどうしたらそんなに話を長くできるんだ……。
「オイラなりに解釈して言うけどさ、『現状憑依出来るのはルイだけで、それ以外の人間では不可能』ってことでいいのか?」
「良く纏めたのう!」
「お前が説明下手なだけだろ……」
「ああー!! 説明下手で思い出したぞ!!」
「……どうしたんだ?」
「我の名はフェーリエント!! フェーリエント=ランブレイルじゃ!!」
「何でそれで思い出すんだよ!! 脳の回路どうなってるんだ!!」
何だかもう、頭痛のせいで言葉が荒っぽくなってきている気がする。おまけに大声出したせいかもっと痛くなってきたし。
普段から少し荒っぽい言葉を使っているような気がしているけれど、流石に言っていいことと悪いことの区別はつけている。そのため変な言葉を発することは全くないのだが、今回ばかりは流石に限界だった。
彼女には悪いが、思いはぶつけさせてもらおう。大して気にしていないようだし、まあ大丈夫だろう。
「ふぅー。楽しかった。久しぶりに楽しく会話ができたのじゃ」
気付けば祭壇が見えてきた。やっと解放されるのか……。
「流石に限度はあるけどな……幾千年黙っていたらこうなるのか……」
「いんや、数十年前にほんの少しだけ誰かと会話したのう。名前は忘れてしまったが。まあ、助けてはもらえなかったがなぁ……」
「これでお前は解放されて、自由に色々な場所を回れるようになるんだし良いんじゃないか?」
「まあそうじゃなあ。二人には感謝しておるぞ。本当にありがとうな」
水神様はルイの胸に両手をあてて目を瞑って、深々とお辞儀をしてきた。神様がこのようなことをするイメージがあまりなかったからか、少しばかり驚いたかな。
祭壇に飾られた一つの水晶玉。優しい水の色をしていて、見ていると気持ちが落ち着く。
「さて……美しき赤髪のベガよ、お主に水色の輝玉を託そう」
手に余るほど大きくて、落としたら大変なことになってしまいそうだ。
「大丈夫じゃ、お前の心に入り込んでいくからのう。必要になったら念ずるのじゃ。そうすればまた現れる」
「なるほどな……分かった」
「おやおや物分かりが良いの。説明はせんでもいいのか?」
「……遠慮しておくよ」
正直に言うと、今頭が痛くて堪らない。
聞いたらもっと痛くなると思ったし、またいずれ水神様……フェーリエントとはどこかで出会う気がした。だからあえて今教えてもらう必要もないだろう。
彼女が持つ輝玉に手をかざすと、そのまますぅっと消えてしまった。
なるほど、これが心に入ったってことなのか。
「ありがとな……。それじゃあさらばじゃ。またどこかで会えたらの……」
水神様……いやルイの身体はそのままふらりと、倒れてしまった。