10 さあ、町を探け…………!?【怪異編】
タプララとした川の音以外にも、別の音が聞こえてきた。ドバドバと上から下へと落ちる水の音。どうやら滝はもう、直ぐ近くのようだ。
「ここに来るの、懐かしいなあ」
「来たことあるのか?」
「実は一回だけ。滝は綺麗だけど、昔、何か変な声を聞いた気がしてさ。それが怖くて、来れなかった」
「変な声……」
小さい頃の話だから曖昧だけどと、ルイは笑う。
幼いころに植え付けられたトラウマ……なのだろうか。それが悪戯なのかそれとも、本物なのかは定かではないけれど、やっぱりここには何かがあると、そう肌で実感することができた。
「滝には……色々寄って……来るんだって……霊とか……」
「霊だって? まさか……。って、分かったからお化けの手をやめろ」
それより表情と声のクオリティ高いなおい。いかにも死霊のそれだぞ。
ルイは自分から表情変えるのも上手いのか……。色々凄い能力だし、演劇とか出来そう。
「そういう……わけで……二人なら……安心……」
「声と顔も元に戻せ! 怖くて緊張してるのは伝わったから!」
多分これ空元気だな。怖い気持ちをぐっと抑えるために、ふざけて気持ちを別のベクトルに向けているってことなのかな。
「ねえ」
「ん、どうしたのベガ?」
「へ? オイラ何も言ってないが……」
「えっ……」「え……」
……奇妙なタイミングで風が吹いてきた。単なる優しいものではない。冷えている訳ではないのに、寒気を感じさせてくる嫌な風。
周囲に生えた草花はざわめいている。海とは正反対。まるで自分たちの進入を歓迎していないかのように。
半ば無意識なのだろう。ルイは自分の手をぎゅっと握ってきた。
……とても震えている。手に力が入っていないじゃないか。昨日目覚めた時に感じた、あのあたたかさは一切無い。ただ、恐怖で冷えた少年の手があるだけだ。
「今日の所は帰るか?」
「……ううん。だ、だって、ベガ、す、進みたい、でしょ?」
「進みたいのは本音だが、お前がこんな状態で行きたくはないな」
「…………」
「……あ、おい、ちょっと待、引っ張るな!」
思いもよらなかった。ルイがまさか、自分の手を無理やり引いて歩き出すなんて。先ほどまでのふざけた雰囲気はどこへやら。無言で、異様な空気だ。
「ちょ、ルイ……ルイってば! どうしたんだよ!」
「…………」
ルイが手を引いて歩き出してから、もう何分経過しただろう。彼らしくない行動のせいか、自分にも恐怖が伝染しそうだ。
滝に近づくにつれて、より強引に手を引いてきているように思える。
ルイに一体、何が起きている……?
これはただ事とは思えない。何かが取り憑いたとしか。
まさか本当に……霊が……。
「ぷぁ……!!」
滝が見えてきたと同時に、何かが身体から抜けていくような、そんな声をルイが吐き出した。
手の力は抜けて、へたり込んでしまっている。
「ルイ……大丈夫か……?」
「う……うん……。身体の自由が……利かなくて……必死に動かそうとしても……動かなくてえ……」
「よしよし。泣くな泣くな」
涙目になったルイの頭を優しく撫でる。緊張した中で、いきなり変な現象に巻き込まれて。下手したら泣いてもおかしくないことではないか。
泣くことは、別に悪いことではない。でも、内に残った恐怖を、少しでも減らしてあげられればと思う。
でも、本当に何が起きてるんだ……?
変な声が聞こえたことに続いて、まさか身体まで乗っ取られるなんて……。
「ベガ……行こう……」
ルイは怯えながらも、覚悟を決めたように言う。
「大丈夫なのか……?」
「呼ばれてるってことは、何かがあるんだよ……。もしかしたら、大切なことが……」
本当にそうなのだろうか。呼ばれていると言っても、理由は様々だろう。
運命めいたものがあるのかもしれないし、命に関わることも待っているかもしれない。死者からの手招きなら、尚更危険ではないか。
だけど、彼の思いも大切にしたい。だから……。
「……ルイ。何かあったら、直ぐに逃げよう」
「うん……ありがとう……」
滝はあまり高くなく、横に少し広がっている。そのためか、流れ落ちる音は少し大きめだ。力強くなくとも、相当な威厳がある。
ああ、確かに美しい。恐怖心さえ植え付けられていなかったなら、どんなに素敵に映っただろうか。
今はただその美しさが、あまりに不気味に思えてしまうだけだ。
生き物の声は何一つ聞こえない。あるのは自分たちの呼吸音だけ。
冷えているわけでもないのに、時折撫でてくる風で寒気を感じてしまう。
……けれどここまで来た以上は、しっかりと調べていくべきだろう。
「…………」
「……あのさ」
「んえ?」
「気持ちは分かるんだが、そこまで引っ付かなくても」
「こうしてると落ち着くから……」
「……そうか」
自分の後ろで肩をぎゅっと掴んで、身体を押し当ててきている。それ程怖かったのだろう。だから今は、やめろとは言えない。
仕方がないので、この体勢で二人して歩くことになった。
いや、でも重いな。いつまで持つかな……。