8 さあ、町を探検だ!【水の在処編】
「三つの中で、どれに行きたい?」
良く晴れた天気の中で提案されたのは、山か森、もしくは海の三か所だった。
どれも行ってみたい気持ちになるが、時間も限られているから選ばざるを得ない。
しばらく悩んだが、最後に選んだのは海だった。
少し遠くにあるという山と森は、また時間がある時にでも行きたいな。
理想は浮かべすぎても仕方が無いので、とりあえず向かおう。
本音を言うと、ルイと話をしているだけでも楽しいし、満足だけど。
「ベガは海って何か分かるの?」
「うーん、分かるには分かるんだけど、記憶には無いかな」
「名前とその意味は分かるってこと?」
「そうだな。あとはイメージも湧くけれど、それが記憶だとは思えなかったりとか」
非常に曖昧なものとしか認識できないというと、変かな。分かっているけど、分かっていない。ニワカのような状態なのかな。
……いや、ちょっと違うな。何だろう、説明できない。
こないだの電車だって、小麦だとかパンだって聞かずとも理解できたのは、こうしたモヤモヤとしたイメージが残っているからこそだろう。それ以外に考えは及ばない。
でも自分で言っておいて、とっても不思議だなと思う。こんなこと普通ならあり得ないだろうし。
まあ、変なことに巻き込まれて生きている幸運な人って思っておけば幸せなのかな。
適当な話をしながら進んでいたら、辺りに工場が増えてきたような気がする。
「向かってるのは浜だけど、最初に行くのは港の方だからね。工場や漁のための施設が多いと思うよ。時々市場も開かれるみたいだし」
「へぇ、どういう魚が獲れるんだ?」
「うんとね……」
ルイは町の色々なことを知っているんだな。話をしていると本当にそう思う。
やがて船が見えてきて、人気も増えてきた気がする。
ルイは知人なのか何なのか、釣りをしているおじさん達に向かって「連れてますかー?」と聞いて周っている。対して釣り人達はバケツを気持ちよく見せてくれた。
中には一時間で四尾も釣ったと言う名人も居て、中々見ていくのが楽しい。
「ショイァアアアア!!! 狙ってた奴じゃねえか!!!」
「漁船来るなよぉ、これはワシと獲物の戦いだ」
「……そこか」
嬉しい声や必死な声、更には熱が入りすぎて、表情が強張ってる人まで居る。
好きなことに集中するって、こういうことなのか。自分の世界に入り込んで、ある一定のことに打ち込むだけの趣味が、自分にはない。
昔はあったのだろうか。自分を心から熱狂させるほどの、素敵な趣味が。
潮風が優しく流れて、自分の赤色の髪がふわりと揺れて、見える。昨日鏡で一度見たけれど、何だか違和感を感じてしまう。何だか自分らしくないっていうか……。
「ベガー? おーーーい」
「ハッ……また考え事してた」
「え、もしかして無意識なの!?」
驚かれてしまう辺り、自分は相当考え事をし易いタイプのようだ。というかルイでもここまで悩んでること無い気がする。
「えっと、もうすぐ浜だよ」
「あ、ああ。わかった」
気づけば辺りに釣り人はおろか、人そのものもあまり見えなくなっていた。代わりに、結構高めの堤防が見えてきて、周囲の木々も浜らしくなってきている。
左を見ると堤防がある。何製なのかは知らないけれど、随分と高いな……。自分が二人居ても届きそうにない。
「なあ、これって何であるんだ?」
「えっとね、水神様が町を壊さないため、かな」
ルイ曰く何千、何百年以上前の、推定出来ない程昔に起きた大津波がきっかけ……らしい。本当かどうかは定かでないが、大津波の原因はその水神様が激怒したから……ということのようだ。
詳しいことは天ノ峰家が所有した歴史書に載っているらしいのだけれど、それらは一般人の目に触れられない場所に保管されていて、認められた者以外は読むことが出来ない。
ただ、大津波が起きたということは隠しようの無い事実らしく、天ノ峰家も公にしているということだ。
また、噂によると大地や緑、そして炎、風といった神々も存在していて、それぞれが今の天ノ峰を形成したきっかけらしい。そして、神の在処とされる各所に祭壇があり、年に一度供え物をして、怒りを静めているんだとか。
あくまで言い伝えなのだから、本当なのかも疑わしい伝記だと思う。ただ、ルイが本当に存在するかのように喋るから、危うく自分も信じかけてしまった。
まあ信じても別に悪いことはないとは思うけれど、自分は何かを信仰したくないから、あえて単なる言い伝えだと考えておく。
気付けば浜だ。優しく、ささやくように波打つ音が聞こえる。ああそうか、あれが海だったか。
自分の想像していた海とは、ほんの少し違っていた。
自分の中の海は、もう少し薄汚れていたと思う。先ほどの港もそのイメージに即していたと思ったが、ここだけは違っている。近くが港なのにもかかわらず、この海と浜はとっても美しい。
透き通って、底が見えてしまいそうだ。
「綺麗……」
「本当にね~……」
その気品溢れる海に、自分はまるで吸い込まれているかのように近づいていく。半ば無意識に、けれど、思考をする余裕は持ちながら。
太陽の光がキラキラと海に反射している。その光はまるで空を見ているかのように優しくて、綺麗だ。大波の中にある小さなうねりが優しく、私達を迎えてくれているように見えて、余計にロマンを感じてしまう。
何だろうな、本当に綺麗。
「……ん、何だこれ」
キラリと輝く、不思議な物体。それはこの青々とした景色に唯一相応しくないものに思えて、自分は思わず拾い上げる。
「何かのパーツ……なのかな」
この海にとって相応しくないもの。そんなものが、何故ここまで来てしまったのか。
それと……。
「……なあルイ、海の水って、川から流れてきてるんだよな?」
「うん」
「川上まで行ってみたい。この海がどうしてここまで澄んでるのか、その理由が知りたいんだ」
何が自分をここまで駆り立てているのだろう。とてつもない興味が、内に秘められている。
ルイの同意も得られたので、不思議なパーツをポケットに入れて、いざ川上を目指していく。