英雄を志す者-8-
「ラナ・クロイツ」
「何だよ」
「合格よ」
「何が?」
(合格とはなんだ?)
何を試されていて、何に合格したのか。そんな意味合いを込めて訊いた。
「四大魔貴族の一つ。由緒正しき魔女の一族の正統な後継者であるこの私【スフィア・セーラム】と契約を結ぶことを許可するわ」
「ええええええ!?」
謎の少女改め、魔女の一族の後継者スフィア・セーラムの元に届けられた魔導契約書は、無条件で契約を結ぶためのものではなかったようだ。
話の流れからして、スフィアの話を聞き入れ、信じさえすれば、英雄になる為の条件である魔族との契約をしてくれるものだとばかり思っていた。
結局のところ、その話がもつれ聖女ディアンナと魔族の交渉が決裂したように、人間である自分と魔族であるスフィアもまた、相入れない関係として、終わりを迎えるものだと、弱肉強食の世界と同じく、力あるスフィアに殺されるのだとそう覚悟していた。
それなのに今しがた、命を奪おうとしていたスフィアの口から出てきた言葉は「合格」。
晴れて契約を結ぶことを認められたラナは英雄になるための条件の一つ。正式な英雄志願者になる為の力を得ることが許されたのだ。
「やっと期待通りの反応ね。無理もないわ。四大魔貴族の中でもっとも魔力の扱いに優れた一族である私と契約を結ぶことができるんだもの。それくらい驚いてもらわなきゃ困るわ」
「すまん。四大魔貴族の凄さなんて全然分からないし、何となくその場のノリで驚いてみたんだけどさ」
「君に期待したのが間違いだったわね」
「それはそれとして、なんでさっきまで殺そうとしていた俺と契約する気になったんだよ」
「女の子には色々事情があるのよ。ほんとデリカシーのかけらもないわね」
「意味わかんねえから」
「もしかして、由緒正しき魔女の一族である私との契約が不服とでも言いたいの? 非力で無能な分際である君が?」
(そこは変わんねえのな)
「別に不服ってわけじゃないけどさ」
「なら良いわ。早速で悪いけど、私の気が変わらないうちに契約に際しての注意事項だけ伝えるから、さっきみたいに黙って私の話を聞きなさい」
「はい。はい。」
「もし、また上の空みたいな顔してたら私が死んででも全魔力を持って君を殺すから覚悟して聞くのよ」
「さすがに色々聞いて見せられたからな。もうそんなことしねえよ」
「それなら良いわ」
上から目線な態度には、さすがに慣れた。
兎にも角にも、英雄になる為の力を手に入れることができるのだ。世界を救い英雄になる為なら、どれだけ人を蔑み愚弄するような女だとしても、今だけは我慢しよう。
そんな気持ちで、注意事項とやらを聞くことにした。
「まずは、これね」
人差し指で指し示したそれは、半年前に完成した魔法【結魂契約】で定められた条件を夜空に描いたものだ。
1.魔族は人間と契約を結ばなければ、魔力を失い死に至る。
「これに関しては、契約の儀式を行い君と魂と肉体をリンクさせることで条件は満たせるわ。そして、問題はここ」
2.魔族は人間と契約を結び、魔力を共有しなければならない。
3.魔族は人間と契約を結び、一つの命として生涯を共にしなくてはならない。
「この二つが、君と契約を結ぶ上で一番の問題点であり、必ず理解しておかなければならないことよ」
「俺もその二つが気になってたんだけど、契約して、魔力を共有して命を一つにするって具体的にどういうことなんだ? まさか、融合して一つの生命体になるとかそんなんじゃないよな?」
「そんな訳ないじゃない。もしそうだとしたら死んだ方がマシ」
「良かったあ」
「単純にこの契約は魔族の持つ魔力を最大限に引き出す為の鍵であり、人間に力を与える為のパイプであり、強大な魔力を取り戻した魔族が人間を殺させない為の錠でもあるのよ」
「ごめん。もっと分かりやすく言ってもらえると助かるんだけど」
真剣に話は聞いている。
長々と続く契約に至るまでの説明を適当に流して早く終わらせたいとも思っている。
だけど、契約を結ぶということは、そんなに簡単なことではないし、ちゃんと理解した上で契約しないと、人間に対して恨み辛みのあるスフィアに何をされるか分かったものではない。
ラナは何度呆れた顔を見せられようとも、納得できるまで質問しまくる。
そういう男だ。
「――と、いう訳。分かったかしら?」
「わ、分かりました」
あっという間の出来事だった。
理解力のないラナとの会話の最中に、どうやって説明すれば理解できるのか。その方法を見つけ実践し、完璧に理解させてしまっていた。
「そうなると、俺たちが魔力と命を共有した時点で、運命共同体になるってことだよな?」
「そうよ」
「どちらか一方が死ねばもう一方も死ぬってことでいいんだよな?」
「そうよ。だから、命を危険に晒してまで世界を救おうとしている英雄志願者たちは自殺志願者と言われるようになった。今となっては富と権力を手に入れる為、裕福な余生を楽しむ為に魔族と契約することがこの世界での常識になってしまったようだけれどね。それでも、君は世界を救うために私と契約してくれるのかしら?」
「何度も言わせんなよ。俺は世界を救うために生まれてきた男なんだぜ? それに世界が終わればそれまでだし、契約しないとあんたは死んじまうんだろ? 契約する以外の選択肢あるわけねえじゃん」
「わかったわ。これで心置き無く契約の儀式に入れる」
ようやく、心が決まったスフィアはラナの手を取ると少し開けた場所へ連れて行き、契約の儀式の準備を始めた。
持参していた杖を雪の積もった地面に突き刺し、ローブの中から見たことのない七色の輝きを放つ石を取り出すと四方に投げ置いた。