英雄を志す者-5-
「三度目の終焉の日があったことは知っているわよね?」
「過去最強と名高い偉大な英雄が四人同時に存在した伝説の一戦だろ?」
三度目の終焉の日は、四騎士聖戦と言われ、死を齎す厄災が人の形を模した死の四騎士との死闘が繰り広げられた歴史上稀に見る世紀の一戦とされている。この戦いは英雄を志す者のみならず、誰もが知る伝説として今もなお、語り継がれている。
「その戦いで英雄たちは、かなりの苦戦を強いられたわ。君の言う歴代最強と謳われた四人の英雄がいたにも関わらずね」
「苦戦? あり得ないね! 俺が読んだ絵本には死の四騎士を圧倒して世界を救ったって描いてたんだからな」
【四人の英雄と死の四騎士】というタイトルが付けられたその絵本には、四人の偉大な英雄が死の四騎士と刺し違える覚悟で戦いに挑み、圧倒的な力の差で死の四騎士を討ち滅ぼし、世界を平和に導いたと記述されていた。
例え絵本などの書物を読んだことがない子供でも、一度は遊び歌として耳にしたことがある内容だ。
「残念だけど、それは真実じゃないわ。君の読んだ絵本は人間が自分たちの力を誇示するために書き残したものに過ぎない。実際のところ進化し続ける終焉の日に対抗しうる力を英雄たちは備えていなかったというのが正解よ」
「それは変じゃないか? 英雄が負けたなら、どうして俺たちはこうして生きているんだ?」
「語弊があったわね。彼らは勝つことができなかっただけで、負けたわけじゃないの」
「どういうことだ?」
「戦いを先送りにしたと言った方が良いかしら。英雄たちは、自分たちの力だけでは死の四騎士に勝てないと悟って、別次元に存在する天界の民と魔界の民に協力を求めたわ」
「別次元!? そんなこと出来るの!?」
想像を超える話になってきたことで、ラナは怒りを忘れて我に返り、心底驚いた。
「普通では不可能よ。でも、四人の英雄の中に一人だけ、人間でありながら別次元に干渉するほどの魔力を持って生まれた女傑がいたの」
「女傑って……まさか、聖女ディアンナ!?」
「その通りよ」
ラナが食い気味に反応を示したのも無理はない。
四人の偉大な英雄たちの中でも【聖女】の異名を持つディアンナは、多くの謎に包まれた存在だったからだ。
三度目の終焉の日が起こる以前の話。王都サンクトゥスを囲うように東西南北に四つの王国があった。
王都サンクトゥスは、物資や食料が豊富にあり、どんな時でも決して枯れることのない聖なる土地として、他国から領土を狙われる事があった。
その頃から聖十字騎士団の一員として活躍していた【聖女ディアンナ】の起こした奇跡について、こんな記録があった。
『聖女、傷あるものに癒しを与え、命亡き者に生を与える』
言葉のままに受け取れば、負傷者を回復させ、死者を蘇生したということなのだろうが、今から三〇〇年以上も前の昔話でその事実を知るものはいない。当時のことを記した書物の中にも【神の御業】とだけ記されているだけで、彼女に関することはそれ以外何も残されていなかった。
英雄に異常な憧れを抱いているラナからしてみれば、神秘のベールに包まれた聖女ディアンナの話は、たとえ作り話だったとしても反応せずにはいられなかった。
「私にもどうして魔力を持って生まれたのかは分からないけれど、彼女の存在が今の世界に大きく影響していることは間違いないわ」
「うんうんっ! それでそれで?」
早く続きを聞かせてよと子供のように目を輝かせていた。数十秒前まで、英雄を侮辱されたと怒り心頭だった人物とは思えないほどの変わりようだ。
「彼女は三度目の終焉の日を阻止できないと悟って、単身、天界と魔界へ赴いて、それぞれの民に人間界を救ってくれるよう助けを求めたわ。進化し続ける終焉の日に人間が敗れれば、混沌の闇はいずれ次元に歪みを生み、天界や魔界に侵食し滅ぼしてしまうという理由でね」
「うん! うんっ!」
「天界の民は、退屈凌ぎには良いと言って承諾してくれたけど、元々無数に存在する世界の観測者という立場として期限付きで四体の神を派遣してくれたわ。そして、終焉の日によって誕生した死の四騎士を一時的に封印する事ができた。だけど、神の力が常軌を逸していたせいで、逆に人間界が崩壊しそうになったわ。その救済措置として天界と人間界を一つにすることで、世界のバランスを保とうとしたのよ。だけど、本当の意味で世界を救うには、天界と人間界を一つにするだけでは不十分だった」
「ん? 封印出来たなら問題ないっしょ!」
「神の力を持ってしても、一時的に封印すふことしかできなかったのよ? もし、封印が解けたら、その時は世界が滅亡してしまうことになるわ」
「だから魔族の力が必要ってこと?」
「そうよ。だけど、終焉の日の存在を知らない彼らにとっては、突然現れた異世界人の戯言のようにしか思えず、誰一人として真剣に聞き入れようとするものはいなかった。ちょうど今の君のようにね」
「確かにそう言われると、俺が何も知らないだけなのかもな。でも、どうして魔界まで人間界と一つにする必要があったんだ?」
「一時的に死の四騎士を封印出来たとしても、このまま終焉の日が進化し続ければ、全ての世界が滅びてしまうことは必至だった。だから、終焉の日を打ち滅ぼす可能性が残された最後のチャンス、四度目の終焉の日に全てをかけることにしたのよ。世界を強制的に一つにすることで、魔界の民が終焉の日と戦わなければならない状況をを作り出した。その結果がこの有り様よ。滅びの時を待つだけのあなたたちの世界と運命を共にしなくてはならなくなった」
手をグッと握りしめながら強い口調で言う少女の話から伝わってきたのは、この世界を作り出した聖女ディアンナ――いや、自分たちの世界の問題を自力で解決できなかった人間に対する怒りだった。
縁もゆかりもない人間族の世界を救う手伝いを無理矢理やらされてるのだから、人間を下等な存在と見下すのも無理はない。少女からすれば、この状況は見知らぬ人の家に連れてこられて監禁されていることと同じだ。
「ごめん。俺そんなことがあったなんて知らなくて」
「別にいいわ。君が今の話を理解してくれたのならばそれでいい」
「うん。世界が一つにされたことも他の種族がいることも信じるよ。でも、君は人間が嫌いなんだろ? それなのにどうして俺に英雄になる条件を教えようとしているんだ?」
「そうね。私は君たち人間がとても嫌いよ。好きになるなんて無理な話。そうでなくても、非力で無能な存在が気に入らない」
「なおさら理解できないんだけど」
「言ったでしょ。強制的に終焉の日と戦う条件を作られたの。君たち人間に協力しなくてはならない呪いともいえる魔法をかけられてね」
「ま、まほう?」
「そうよ。魔力を根源して願いを叶える方法。それが魔法よ」
「願いを叶える方法か――」
「聖女ディアンナは世界を救いたいという強い願いから、世界を一つにする最上級創造魔法【天地創造】と二つの魂を結ぶ上級契約魔法【結魂契約】を発動していた」
そう言うと、またもや夜空に向かって文字を描き始めた。
1.魔族は人間と契約を結ばなければ、魔力を失い死に至る。
2.魔族は人間と契約を結び、魔力を共有しなければならない。
3.魔族は人間と契約を結び、一つの命として生涯を共にしなくてはならない。
4.魔族は契約を結んだ者を英雄とするために尽力し、共に戦わなくてはならない。
5.終焉の日が消滅したとき、全ての契約が解除される。
それは契約に関する五つの内容だった。