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旧:英雄になる条件、教えてあげましょうか?  作者: 夢月真人
第1章「旅立ちと契約」
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英雄を志す者-3-

 あれだけ意気込んで出発したのにも関わらず、意図せず現れた少女に哀れまれた上に罵倒され、挙句の果てには土下座までさせられる始末。


 英雄ごっこでは、親友フルラに全戦全勝の負け知らずだったこともあり、どんな勝負においても自分が負けると思っていなかった。


 それなのに剣を交える攻防戦ではなく、語彙力と頭の良さが勝敗を分ける口論と言う名の戦いに身を投じた結果が、完膚なきまでに言い負かされ、この有様。そんな男が英雄になろうと言うのだから片腹痛い話だ。


 生まれて初めて味わう敗北感に自然と涙が溢れてくる。


(って、何弱気になってんだよ!)


 積雪の中で冷え切った頭を上げ、両の手で頬をパンッと打ち鳴らし気合いを入れ直した。そして自身の目的を見失わないように、


「憧れの英雄に絶対なるんだ!」


 と、繰り返し自分に言い聞かせ、少女のペースに乗せられまいと折れかかった心に応急処置を施した。


「あら、死ぬ覚悟でもできたのかしら?」

「そんな覚悟するか! 俺は英雄になる為に村を出たんだ! こんな下らない理由で死ぬくらいなら戦って死んだ方がマシだ!」


 しかし、その発言は火に油を注ぐようなものだった。


「下らない? 人を変な女呼ばわりしておいて下らないですって?」

「変な女呼ばわりしたことは悪いと思うけど、死んで詫びるほどじゃないって言ってるんだよ!」


 負けじと強気な態度で応戦し続けるが、怒れる少女には全く効果がない。退いてくれるどころか、悪魔のように冷酷で悍ましい言葉が襲い掛かる。


「英雄になりたいのは勝手だけれど、運も実力もない志だけの無能な人間である君には到底無理よ」

「なんだと!?」

「君の末路は、このまま遭難し続けた挙句に野生の熊にでも身体を食い千切られて、そこら辺に肉片になってこびり付いているのがオチってところかしら」

「な、何、急に怖いこと言ってんの?!」


 真顔でしれっと恐ろしいことを口走る少女に、いとも容易く手玉に取られてしまってしまい、結局ペースを握られてしまった。


「何にも怖いことは言っていないわ。事実を言っているの。君は英雄になる前にここで死ぬわ」

「事実? 俺の未来が見えるってのか?」

「そんなものが見えていたら苦労しないわよ。誰でも君の言動を見ていれば分かることよ」

「俺のどこをどう見たら分かるんだよ! 俺は英雄になる為に生まれてきた男だぞ! 俺がこんな所で死ぬって言う根拠があるんなら言ってみろよ!」


 身の程知らずの哀れなラナに対し、人差し指を立てて、数を数えるように一つずつ現実を突きつけ始めた。


「ひとつ、こんな真夜中に無計画に山を越えようとする無知で無謀なところ。ふたつ、運が悪いことに王都と逆方向に進み続けているところ」

「え!? 俺逆方向に歩いてたのか!?」

「みっつ、そんなことすら気がつかないバカなところ」

「うっ」

「まだ聞きたい?」

「いいえ。もう結構です」

「そう。自分の愚かさを理解できるくらいの頭は持っているようね」


 ぐうの音も出なかった。

 この瞬間まで、英雄になるべくして生まれた男だと自負していたのに、英雄になれない理由ばかり突き付けられている。


 一度は自信を失い、絶望の底に沈みかけたが、これくらいで屁古垂れるようなラナではない。


 何度、心を折られそうになっても、英雄になりたいという思いで持ち堪えるその逞しい精神力は、他の英雄志願者(ルーキー)とは比較にならないものだった。


 しかし、それは少女からしてみれば、自分の非力さを受け入れられない哀れな現実逃避者という風にしか見えなかった。


「ねえ。君の実力で野生の熊を討伐することができるのかしら?」


 もしかすると、ただバカなだけで相当な手練れかもしれないと考え直した少女は、確信を得る為の質問をした。


「楽勝に決まってるじゃないか! 英雄になる為に生まれてきた男だぞ!」


 自信満々に答えたラナを信用できない少女は、その実力を図る為の一言を添えた。


「それなら君の後ろで今にも飛び掛かってきそうな熊を討伐して見せてくれるかしら」

「熊!? どこっ!? どこっ!?」


 啖呵を切っておいて、何とも情けない声を上げるラナ。後ろを振り返るがそこに熊の姿はなかった。きょろきょろと辺りに目を配るもそれらしき姿はどこにもない。どこに身を潜めたかも分からぬ熊の強襲に怯えながら、少女を盾にへたり込んでしまった。


「さっきまでの威勢はどうしたのかしら?」

「く、熊は?」

「噓よ」

「へ?」


 まんまと少女にしてやられたラナは、半べそをかきながら見っとも無い顔で少女を見上げた。


「普通に考えて、こんな真冬に熊が出てくると思う? 今頃、冬眠しているわよ。まあ、現れるとしたら――」

「は、ははっ! どうだ! 俺の鬼気迫るような迫真の演技は」


 熊がいないと知るや否や、颯爽と少女の前に出てきて両腕を胸の正面に組み、白々しくも偉そうに言い放った。


「演技?」

「そうとも! 怯えているように見せかけて、不用意に近づいてきたところに一撃かましてやるって寸法だったのさ。それなのに嘘だったとは残念だなあ、俺の勇姿が見せられないなんてさ」

「じゃあ、君の後ろに不用意に近づいてくる熊に一撃かましてくれるかしら?」

「ひっ!」

「虚勢を張るのも大変ね」

「うっ……」


 全て見透かされている。

 どれだけ虚勢を張ろうとも、この少女の前では無駄な足掻きにしかならない。

 そう思っていても、負けを認めたくないのが男の性というものだ。


「できないならできないと正直に言った方が身のためよ」

「そ、そんなのやってみなきゃ分からないじゃないか!」


 売り言葉に買い言葉。

 男のプライドが黙ってはいられなかった。


「じゃあひとつ訊くけど、その刃のついていない剣でどうやって討伐するのかしら?」

「どうやってって……」

「無理よね。そんな遊びの道具でできる訳がないわ」

「ぐっ」


 なにも言い返すことができなかった。

 過去に野兎(レプス)を狩ることはあったが、あくまでも安全圏内(セーフティエリア)である村に迷い込んできた野兎(レプス)だけで、自ら進んで危険区域に赴いて野生の動物を狩ったことは一度もない。


 ただでさえ凶暴な熊を討伐するなどもってのほかだ。ましてや、野兎(レプス)を狩るのに一時間近く時間を費やしてしまうほど、殺傷能力の低い護身用の長剣(デモ・フルーレ)では話にならない。


 ラナは自分が必ず英雄になれる男だと信じて疑わなかったが、自身の力を過大評価しているわけではなかった。


 英雄ごっこの相手はいつも親友のフルラだけで、自分の剣術がどこまで通用するのかという不安もあった。


 農作物を売りに王都へ向かう道中は父親が安全マージンを取っていたから、獰猛な野生動物に遭遇した試しがない。真夜中に出発したのも、野生動物との遭遇する確率が低いと考えてのことだった。格好良さを優先して行動していたことも事実だが、無知でバカなラナなりに色々考えているのだ。


「結局、君も実力もない口だけの似非英雄志願者(ダミー・ルーキー)と同じってことね」

「ちょっと待て! 俺のどこが似非英雄志願者(ダミー・ルーキー)なんだよ」


 似非英雄志願者(ダミー・ルーキー)という発言で気分を害したラナは、眉間にしわを寄せると怒りを露わにした。


「間違ったこと言ったかしら」

「ああ、言ったね。俺をあんな名ばかりの奴らと一緒にするな」


 英雄になる為に世界を救うと決意していたラナにとって、何の覚悟も持たずに自分の利益だけを考え行動する名ばかりの英雄志願者(ルーキー)を指すその呼び名は、決して許せるものではなかった。


「何が違うというの?」

「あんたの言う通り、まだ力はないかもしれない。だけど、生半可な覚悟で英雄になりたい訳じゃない。俺は口先だけで終わるつもりはないんだ!」

「だから自分は違うとでも言いたいの?」

「ああ、そうだ」

「口では何とでもいえるわ。それにまだ君は英雄志願者(ルーキー)になる資格すらないのだから」

「何言ってんだよ! 俺はもう十五歳になったんだから、英雄志願者(ルーキー)になる資格はあるだろう?! それに誰よりも英雄になることを望んでいるのは俺だ!」

「英雄を目指すことはあなたの自由。そこに異論はないわ」

「だったら、あんたにとやかく言われる筋合いはないじゃないか!」

「大いにあるわ。これから私は君に命を預けなくてはならないのだから」

「命を預ける? どういうことだよ」

「これに見覚えはない?」


 少女は徐に、どこにでもあるような何の変哲もない少し古びた便箋を差し出した。


「手紙?」


 手渡された手紙には、子供の字でこう書き記されていた。


『サタンさん、15さいになったらえいゆうになりたいです。ラナ・クロイツ』


 それは紛れもなくラナが書いたものだった。


 小さい頃に父親から貰ったクリスマスプレゼントの絵本の中に挟まっていた『願いが叶う手紙』というものだ。そして、ラナは誰もが信じて疑わない存在であるサンタさんに向けて自分の叶えたい願いを書いたはずだった。


「なんでこれをあんたが持ってるんだ?」

「やっぱりね。君は悪魔の王サタンに契約を申しこと込んだつもりだったみたいだけれど、この魔導契約書は魔界の住人である一部の魔族と契約をする為のものなの。多分、君はそのことを知らなかったから私が来たことを理解できなかったのね」


 理解できなかったとか、差出人を間違えたとか、そういう問題ではなかった。人間以外の種族が存在するなんて初耳だったからだ。


「どこでその手紙を手に入れたのか知らないけど、悪魔の王とか魔界の住人とか魔族とかよく分かんない遊びに付き合ってる暇ないからさ。他所でやってくれないかな?」


 少女はその発言から全てを察した。

 ラナがこの世界に起きている異変に気づいていないことを――。


「はあ、骨折り損とはこのことね。君がどの程度の器なのか慎重になりすぎていた私がバカみたいじゃないの」


 そういうと少女は背を向け、夜空の星々を指先でなぞるように何かを書き始めた。浮かび上がる文字は無数の流れ星が残す軌跡ように銀色の幻想的な輝きを放っていた。


「空に文字!?」


 口をあんぐりさせて驚くラナ。

 そんなことは御構い無しに、一通り書き終えると、少女は人差し指の先一点をラナの額に押し当てた。


「何も知らずに英雄を志す哀れな君に、この世界がどうなってしまったのか教えてあげるわ」

「どんなトリックか知らないけど、本当に遊びなら他所で――」

「黙りなさい」

「は、はい」

「一度しか説明しないから、よく聴きなさい」


 何やら凄みの増した少女に圧倒されるがまま、切り株の上に静かに腰を下ろした。

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